谷戸散策のススメ②~地形拘束を見つけよう~


地形拘束とは

谷戸と言えば里山、というイメージが強いですが、都市化に飲み込まれ宅地化されてしまった谷戸も多くあります。私はこれを街谷戸と呼んでいます。
さてこの街谷戸ですが、街中ではどこにあるかとてもわかりにくいです。
例えば現地で『~谷戸公園』などの谷戸地名がついた公園を発見した場合、近くにその元となった谷戸がある可能性が高いです。
ただ公園自体が谷戸(開析谷)そのものの場所を示しているとは限りません。
目当ての谷戸がどこにあるのか。どういう構造をしているのか、どちらの方向を向いているのか。
そんな時役に立つのが『地形拘束』という考え方です。

東京都 墨田区
江戸時代の埋立地

画像を御覧ください。
全体的に道が奇麗に十字に交差していますよね。
ただ画像の赤枠部分、左上の個所だけは道が斜めになっています。
これは江戸時代に増加する人口に合わせてこの地域が埋め立てられ造成された際、対岸に合わせて岸が造られたため道路や街並みがそれに沿って形成せざるを得なくなったためこのような形になっています。
このような地形によって作られる道路や敷地の歪みのことを私は『地形拘束』と呼んでいます。
地形拘束は基本的に(埋立地など)自然地形が存在しない場所や大規模造成により自然地形が均され取り払われた場所では弱く、逆に自然地形を利用したり活用したりした街づくりがされた場所では強くなります。
大規模な土地造成やその技術は近年になる程高くなりますから、単純に言うと「古い町並みほど地形拘束が強い」とも言えます。

地形拘束と谷戸

谷戸型の谷戸は開析谷を利用して棚田と集落を形成するためこの地形拘束が強めです。
その性質を利用する事で谷戸の場所を特定しやすくなります。

関東小字地図より
千葉県 西ノ谷津・谷津・上谷
開析谷に沿った小字

例えば上記の画像のような小字であれば話は簡単です。
開析谷の構造とほぼ同じような形状で小字が付けられており、間違えようがないからです。

同GoogleMap
地形の歪みがわかる

道路の構造を見てみましょう。谷戸にそって道が歪んでいるのがわかりますね。
これが地形拘束です。
見てわかる通り「谷に合わせて道が歪む」「谷底部と谷戸根(谷戸の脇の高台)を繋ぐ道が少なく、両者は多くの部分が同じ歪みを共有しながら断絶しつつ並行している」のような性質があります。
では次のようなケースはどうでしょう。

関東小字地図より
東京都 前谷戸

都市化により町に飲み込まれてしまった谷戸です。
命名由来は川の『前』にあるから前谷戸でしょう。
さてこちらは先程と異なり小字の境界が開析谷の形状になっていません。
この中のどこに谷戸があるのでしょう。
こういう時に役立つのが先程の地形拘束の考え方です。
小字の中に谷状の地形があるならそこには地形に沿った道が形成されるはず。といことは…

このあたりが怪しいですね。
では高低差を付けて確認してみましょう。

開析谷が確認できる

妙正寺川の河岸段丘が東西に伸びている中、この部分だけ北側に開析されているのがわかります。
地形拘束からここが「谷状の地形であること」「(壁の幅の変化から)北に向かって開析されている事」そしてそれらの理由から「北側が高く、南に向かって低くなってゆく坂道である事」「開析谷を産み出した湧水が南の妙正寺川に流れ込んでいたこと」などがわかります。
つまりここが小字地名の元になった『前谷戸』であると高い確度で同定できるわけです。

行き止まりを探せ

単なる道路の歪みだけでなく「行き止まり」もまた地形拘束になり得ます。
普通に考えたら集落から伸びた道は四方に伸ばしたいはずです。すぐ近くに他の道があるならなおのことですね。
逆に言えばそちら側に道があるのにそこに通じる道が伸びていない、のような場所があった場合、そこにはなんらかの断絶…強い地形拘束があると考えられます。

神奈川県 泉ヶ谷
北東に伸びた中央の道がすぐ先に道路があるのに連携されず止まっている

例えばこちら。
道が伸びているのに途中で止まっています。
その北に大き目の道があるにもかかわらず、です。
つまりここに大きな地形拘束があって、道が伸ばせない理由があるということです。

同航空写真

同じ場所を航空写真で見るとこうなります。
立派な開析谷ですね。
先程の道が途切れている箇所は谷戸の谷頭部であり、その高低差から道が伸ばせなかったことがわかります。
ただこうした法則は常に適用できるとは限りません。
谷戸の現代の在り方には様々なパターンがあります。
以前別項で述べた谷戸の末路、というやつですね。↓

現代の谷戸~谷戸の末路五類型~|Myah Nyah

この中に『その他型』というのがあって、主に谷戸の開析谷としての地形を活用し跡地利用を行うものをそう呼んでいます。
その1つに谷戸の跡地を道路として整備するパターンがあります。
丘陵地帯などに谷戸ができた場合、その谷の内側は緩やかな傾斜となって谷頭部である山頂方面に向かっています。つまり丘を越える道路を整備するのに向いた構造になっているわけですね。

関東小字地図より
神奈川県 船越谷戸

例えばこちら。地形拘束から開析谷であることはわかりますが東西いずれにも道が伸びていてどちらが谷頭部だかわかりにくいですね。

同現代地図

高低差を付けて確認すると西側が谷頭部であり弧を描きながら東方面に降っていることがわかります。
そして西側に伸びた道が谷頭部あたりでトンネルになっており、谷戸自体が峠越えをする通路として跡地活用されている事がわかります。
このように現代の土木技術があれば地形拘束を突破する事も可能なわけで、常に先刻の法則が適応できるとは限らないわけです。

現地での谷戸探索

今は今昔まっぷなり関東小字地図なりで谷戸地名を直接探せるようになりましたが、それでも完全に網羅されているわけではありません。
例えば現地で看板や交差点の標識、公園の名前などから谷戸地名を見つけてしまった場合などはどうしたらいいでしょうか。

東京都 向山谷戸
公園名に谷戸地名が付いている

例えばこの地図。『向山ヶ谷戸緑地』と見えます。
『向山』という地名は「向こう側の山」というニュアンスでしょうから北側にある川のさらに向こうからこちらの地形を見て名付けたものと考えられます。
命名から割と古い地名であると推測できますね。
地名には特定の狭い場所のものが町や市の名前となってしまった場合、交差点名や施設名など、本来地名のあったところからかけ離れたものにその地名が付いてしまうケースがありますが、ここの場合どうやら昔からある地名+谷戸のようで、このあたりに『向山ヶ谷戸』という谷戸があってもおかしくなさそうです。
ではこの公園のある場所が谷戸なのでしょか。
違います。
公園名に谷戸地名が付いているからと言ってそれが谷戸そのものを指しているとは限りません。
こういう時こと地形拘束です。
公園の近くにそれらしき拘束があるでしょうか。

このあたりが地形拘束

ありますね。
道路だけ見ると上にも下にも広がっていますが北側に川があるところを見ると北が下谷、南側が谷頭部でしょう。
とすると先程の公園は谷戸そのものではなく谷壁部を登った先の谷戸根にあることがわかります。
このように谷戸地名の元となった開析谷そのものでなくそこから少し離れた場所に当時の谷戸地名が残っている事はよくあります。
今回は例として出したものなので、関東小字地図にも載っている谷戸です。確認してみましょう。

東京都 向山谷戸
先程の地形拘束がしっかり含まれていることがわかる

確かに先程の地形拘束が向山谷戸のようですね。
公園名は『向山ヶ谷戸』、小字が『向山谷戸』と異なっていますが、この手の助詞の有無などは割と頻繁に起こる事なので、あまり気にする必要はありません。
おそらく地元の人の読み癖による差異かと思われます。

見間違いに注意せよ

さてこのように谷戸特定に便利な地形拘束ですが、見間違いをする危険もあります。
例えばこちら。

東京都 神明谷戸
谷戸はどこだ

このあたりに谷戸がある、と当たりを付けたとして、さてどのあたりにあるでしょう。
ぱっと考えるとこんな感じになりそうですよね。

南から北に向かって谷戸が伸びているのでは…

が、違います
実際のラインはこうです。

神明谷戸の本当の形

東から伸びて途中で大きく曲がり北に向かっている開析谷ですね。
先程開析谷だと誤解した歪み(赤線部分)は、実際には「高台→開析谷の谷底→高台」と道が続いた際に発生した高低差からくる歪みだったわけです。

おわりに

地形拘束を見極めることで街中の谷戸を特定する助けになることがわかりました。
まあ実際には上記のように見間違いをすることもちょくちょくあって、いざ現地で確認してみたら「そっちの方向から?!」のようなケースもままあります。
が、私はそのあたりまったく気にしていません。
重要なのはどのあたりが怪しいのか当たりを付けられること。
要はそれさえできれば現地に行って直接確認すればいいのですから。
地図を見て怪しいと思えること、疑問に思えること、目星を付けられること。それ自体が地形拘束で大事な点であると思います。
とまあこのように気軽に考えて、皆様も少し街中の谷戸に目をむけてみてはいかがでしょうか。









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