頻出谷戸地名その①~金ヶ谷戸~
頻出谷戸地名とは
以前谷戸地名には密集性がある、という話をしましたが
谷戸地名の密集性について~川谷戸と丘谷戸~|Myah Nyah
密集していると困ることがあります。
谷戸同士の呼び分けです。
これについてはちょっと面白い話があるのですがそれはまだいずれ話すとして、ともあれ複数の谷戸が密集している以上呼び分けのために別の谷戸地名を付ける必要が出てきます。
ところが古代の語彙の問題で、異なる場所で似たような別名を付けてしまう事がよくあるのです。
各地の谷戸を回っていると、こうして付けられた多くの谷戸地名の中で「これ別のとこでもあったな…」的な妙に数が多い谷戸地名というのが存在します。
これが今回の題材である頻出谷戸地名です。
今回はそんな中から「金ヶ谷戸」について取り上げてみたいと思います。
金ヶ谷戸とは?
金谷・金ヶ谷・小金谷・金谷戸・上金谷・金ヶ谷戸…など、金の字を用いた谷戸地名が各地にあります。
読みは「かなや」「かながや」を基本としてこの「や」の部分が「やと」や「やつ」に変わるパターンが多いですね。
カイト地名にも存在するので金ヶ谷戸で「かながいと」と読んだりします。
関東地方全域とその近辺程度しかまだ回っていませんが、各地にそんな谷戸地名が20か所以上確認されています。
まずますよく見かける谷戸地名と言っていいでしょう。
当初この地名を見た時は少し首を傾げました。
不勉強だった私は「谷戸なのに金が採れるの…?」的な見当違いをしてたんですね。
ですが谷戸地名は谷戸型であろうと谷地型であろうと基本水田耕作に適した湿地帯であって金鉱掘りするような場所に付けられる地名ではありません。
では金ヶ谷戸の『金』とはいったいなんなのでしょう。
「かね」とは「曲がる」
実は金ヶ谷戸の金は黄金の金ではありません。
「大きく曲がる」のような意味の古い言葉「かね」の当て字と考えられています。

谷戸が途中で大きく曲がっているのがわかる

見るからに蛇行している

宅地化しているが開析谷地形が大きく折れ曲がっているのがわかる
画像を見るとわかりやすいですね。
古語と言いましたが実は現代でも同じ意味で使われている単語があります。
大工道具の曲尺(かねじゃく)です。
曲尺とは途中で直角に曲がったL字型の定規のことです。
途中で折れ曲がっているから「かね(曲)」なんですね。
「『曲』と『金』で字が違うじゃないか」という指摘もあると思いますが、以前も述べた通り日本語に於いて漢字は後から輸入されたもの。当て字的な使い方をされた結果別の文字になる事は全然おかしくはありません。
母音交替
「でも『かね』と『かな』で発音も違うじゃないか」という指摘もあると思いますが、これについては日本語として別段おかしいことではありません。
例えば雨を「あめ」と読むのに雨傘を「あ『ま』がさ」、雨漏りを「あ『ま』もり」と読むように、後に他の音が続いた時『エ』音が『ア』音に変じるケースは日本語に多く見られます。
「酒(さけ)」と「酒盛り(さかもり)」「酒樽(さかだる)」などもそうですね。
これを『母音交替』と言います。
ちなみに上記のような『エ』音から『ア』音への変化だけでなく『イ』音と『オ』音の母音交替も存在します。
「木(き)」と「木立ち(こだち)」「木枯らし(こがらし)」などがそうですね。
なお母音交替は常に起こるわけではありません。
「雨降り’(あめふり)」「雨上がり(あめあがり)」のように名詞+動詞的な言い回しの時は起きないこともあり得ます。
元々は変化先の発音の方が本来の発音であり、古い言い回しをした際に古い発音が出てしまうのだとも言われています。
ともあれ「かね」と「かな」でも上記の母音交替が行われていると考えればわかりやすいでしょう。
つまり曲がる「かね」が「~谷(や)」や「~ヶ谷戸(がやと)」などを後ろに付けることで「かな」に変化し、結果「金ヶ谷(かながや)」「金ヶ谷戸(かながやと)」になったと考えられます。
曲がる谷戸
さて読みの問題は解決しましたが、そもそもなぜ金ヶ谷戸は曲がっているのでしょうか。
これは開析谷の生成過程で浸食の方向が変わったからです。
浸食の方向が変化する理由はいくつかあります。
開析谷の浸食は湧水源が奥へ奥へと進む(厳密には進んだ先も湧水源だった、が正しい)谷頭浸食(こくとうしんしょく)によるものですが、この湧水は地底の不透水層の上の透水層を流れています。
透水層とは地層のうち砂礫などで構成され水を通しやすい層のこと、不透水層は粘土や岩盤など水を通さない層のことですね。
この地層が斜めになっていたりするとそれにより湧水に方向性ができて、その結果湧水の流れる向きに沿って浸食方向が変わることがあります。
他にも地層によって開析のしやすさが変わるため、浸食した先の地質が変化したためより柔らかく掘りやすい方向へ浸食してしまうケースや、谷壁部の崩落などにより大きく削れた壁面を基点にそちら方向に浸食してゆくケースもあります(この場合向きが変わるだけでなく支谷として内側にもう1本開析谷が発生する事もあります)。
こうした理由で谷戸は折れ曲がったり蛇行したりして、結果「大きく曲がった谷戸」である金ヶ谷戸と呼ばれたりするようになるわけですね。
まとめ
金ヶ谷戸は「途中で大きく曲がっている谷戸」のこと。
まあ金ヶ谷戸という名前でなくても途中で曲がってる谷戸は多いのですが。
