谷戸関連地名とは
谷戸関連地名とはざっくり言ってしまえば「谷戸地名に加えて私が調査しにいく範囲の地名」を指します。
谷戸地名とは地名の中に「谷」の文字があり、「ヤ」「ヤト」「ヤツ」「ヤチ」などと発音する地名のことですが、これはあくまで一般用法であり…谷戸自体が一般的かどうかはさておいて…本項で定義する谷戸地名はもう少し狭義のものです。
私の定義する谷戸地名とはその谷戸の名が付く元となった地形…『谷戸型』もしくは『谷地型』のそれと直接紐づいている地名の事を指します。それ以外であれば谷を「ヤ」と読むものであっても谷戸地名とは扱いません。
それらは谷戸関連地名となります。
谷戸関連地名には大きく分けて三つあります。
・谷戸類似地名
・谷戸周辺地名
・谷戸確認地名
です。
以下に簡単に説明します。
谷戸類似地名
谷戸類似地名とは「谷戸と同じニュアンスや使い方をされる地名」のことです。
クボ・イリ・サクなどがあります。
クボ
井戸久保(狭山)
荻窪(東京都杉並区)
クボは驚くほど谷戸と扱いが似ています。地域によっては大きな開析谷をクボ、小さいものをヤトと呼ぶ、のような区分けがされているようですが、常にそうだというわけでもなく、共通する区別はあまりないようです。
なぜ似た地形に別の地名を付けるのが、それが同一地域に併存しているのか、詳しいことはわかっていません。
イリ
横沢入(あきる野市)
フチノ入(東大和市)
多くの地域においてイリ地名は「~の入口」的なニュアンスで使用されます。山入であれば「山へ入る場所」という意味ですね。
ただ東京のあきる野市あたりではこの入地名が谷戸地名のかわりに用いられています。
例えばこの地域で三ツ入と地名にあれば他地域では三ツ谷の意味ですし、横沢入であれば横沢谷戸、のようなニュアンスになります。
他地域でもこのような用法をするところが若干あります。そういう意味では谷戸確認地名でもあります。
詳しくはこちら↓
サク
長作(ナガサク/千葉県)
門ノ作(カドノサク/千葉県)
サク地名は地域によって開析谷を示すこともあれば台地の上の畑地を示すこともあります。
地形図を見ればだいたいわかりますが現地で見ると印象が変わる事も。なのでこれも谷戸確認地名と言えるかもしれません。
詳しくはこちら↓
谷戸周辺地名
谷戸周辺地名とは「谷戸地名ではないけれど谷戸の近くにある地名」を指します。
広義ではその多くが谷戸地名として扱われています。
古地図や現代地図で地名確認する際、本来の谷戸地名が消滅しており、この谷戸周辺地名しか残っていないこともままあるため、谷戸地形を探す際の手がかりなどとして利用します。
谷向
谷向(茨城県石岡市)
谷ツ向(東京都日野市)
谷戸の向かい側、という意味の地名です。谷戸ではありません。谷戸の位置を特定するのに役立ちます。
川を挟んで向かい側、などのようになにがしかのラインの向こう側、というニュアンスで用いられる事が多いようです。
他の地名と異なり●●谷向、のようなケースは少なく、だいたい「谷向」「谷津向」などのように冠詞なしで使われる事が多いです。
~谷前、~谷戸前
四ツ谷前(東京都日野市)
入谷前(千葉県市川市)
谷戸の前にある場所、という意味の地名です。なので谷戸ではありません。谷戸の位置を特定するのに役立ちます。
ちなみに谷戸型の谷戸はその構造上三方が閉じていて一方向に開いていますが、その開いている方角が正面となります。つまりその先にある土地が「谷戸前」になるわけですね。
なので「谷戸後」や「谷後」という地名は存在しません。谷戸の後ろは谷頭(こくとう)部、その背後にあるのは湧水源の森であり、そこに集落などが作られることはないからです。
一方で「後谷」という地名はあります。
~谷台、~谷上
古谷上(神奈川県川越市)
栗谷台(神奈川県川崎市)
谷戸の上の高台、という意味の地名です。谷戸の左右の谷壁部を登った上に付けられる地名のようです。本来そのあたりは山林であり、集落共用の入会地となっているはずでかつてはこのような地名は元はついていなかったと思われますが、谷戸が発展/衰退していく過程で山林が切り払われ、そこに集落や近代的宅地などができた際に付けられた地名ではないかと思われます。
また谷戸の形成に丘陵や山岳が関わっていた場合、そうした場所に付けられることもあるようです。
すぐ下に谷戸があるため谷戸の位置を特定するのに役立ちます。
入谷
入谷津(千葉県松戸市)
入谷(埼玉県八潮市)
谷戸の入口、という意味の地名です。谷戸ではありません…と言いたいところですが、これに関してはちょっと微妙です。開析谷の入口部分まで含んでいるケースがあるからです。
前述の通り谷戸は谷が開いている一方向が正面になるので、その前の入口あたりを入谷と呼びます。「~谷前」が明確にやとではないとするならこちらはより谷戸に隣接し、谷戸の一部となっているイメージですね。
谷戸の入口を教えてくれるので谷戸の位置を特定できます。
谷中
谷中(東京都台東区)
谷中(東京都世田谷区)
谷戸に囲まれた場所、という意味の地名です。大抵の場合谷戸ではありません。
谷戸の中身を上中下で分解した時のその真ん中あたりなのでは?と思うかもしれませんが、違います。そうした谷戸もあるにはありますがその場合「中谷戸」のような言い方をします。谷中ではありません。
例えば谷地型(低湿地帯)の谷戸に囲まれているならその谷中って場所も湿地帯になってるのでは?と思われるかもしれませんが、違います。そういう場所は谷中ではなく「谷原」と呼びます。
まあ地名なんて地域ごとに例外事項だらけなのであまり強くは断言できないのですが。
近くに複数の谷戸があることが確認できる地名ですが、谷戸の場所自体を指し示してくれる地名ではありません。
山谷
中山谷(神奈川県横浜市)
山谷(東京都渋谷区)
サンヤ、と読みます。明らかに谷戸型でも谷地型でもない場所がそう呼ばれているため谷戸地名ではないと思われます。
これについては謎が多く、いずれ詳しく書く予定です。
~谷根・谷戸根
谷戸根緑地(東京都多摩市)
高谷根(茨城県つくば市)
この地名に関しては谷戸そのものを指しているわけではないようなのですがその正確な意味についてはちょっと判然としていません。
「根」とは通常「山のふもと」「谷のひだ」などを示す地名ですが、幾つか同系の地名を見て回った限り「谷戸+尾根」で谷戸根、谷根、という地名が付けられているようにも思えます。
例えば谷戸型(開析谷)の谷戸が形成される土壌の場合、一つの谷戸が発生し得るならその近辺に同じように開析谷が発生する可能性が高いです。地質条件が似通っているのだから当然ですね。
そうした場合、仮に谷戸が『UU』のように二つ形成された場合、その挟まれた場所が山の尾根のようになることがあります。
また長く突き出た丘陵の左右どちらからも谷戸が形成された場合、谷戸の背と谷戸の背に挟まれた細い尾根道のようなものが形成されることがあります。
こうした場所を谷戸根と呼んでいるのではないかと推測しています。
なお私が記事を書く際は、谷戸の谷僻部の上の尾根部分を谷戸根、と呼称する事があります。ご了承ください。
~谷新田・~谷戸新田
三谷新田(静岡県三島市)
菅野谷新田(茨城県鉾田市)
これに関してははっきりしています。まったくもって谷戸地名ではありません。
谷戸地名を見始めた頃、この手の地名の近くでまったく谷戸的な地形が見当たらずがっかりした事がありました。
ですがその後完全な関係性を持った地名が見つかりようやくその意味がわかりました。
上記の菅野谷新田がそれです。
菅野谷新田の近くにもう一つ谷戸地名がありました。そのまま「菅野谷」です。
そして菅野谷新田の近くには川が流れていました。
一方で菅野谷は川からだいぶ上がったところ、長く続く開析谷の奥にありました。
つまり『菅野谷-菅野谷新田-河川』のような位置関係になっているわけですね。
推測される流れはこうです。
1.古い時代に河川の近くは氾濫などの危険があるため奥まった開析谷に菅野谷が誕生
2.時代が下がり治水技術が上がって川の近くが(比較的)安全になる
3.人口増などで菅野谷から溢れた人たちが川の近くに進出、新田開拓を行い自らの出身地の名前を付ける
これでヤトでも何でもない、だが谷戸地名を冠した『菅野谷新田』の完成です。
以前調べた場所では元谷戸が地名から消滅しており、●●谷新田という地名だけが残っていたため混乱の元となっていたわけです。
こうした場所に出身谷戸の名を冠するところから、谷戸地名には集落性があり、集落名や部落名としてのニュアンスがあることがわかります。
この地名は近くに同名の谷戸があることを示していますが、その位置を特定することはできません。せいぜい川から逆方向を探せば何かあるかも…くらいでしょうか。
谷戸確認地名
谷戸確認地名とは、「本来谷戸地名ではない、あるいは一見谷戸地名に見えない地名だが、谷戸である可能性があるため念のため確認しておきたい」という地名です。
同音異字地名、語尾消滅地名、ネゴヤ、カイトなどがあります。
以前はサワ、ババなども入れていたのですが、今は外しています。
同音異字地名
町谷→町屋(栃木県足利市)
糀谷→糀屋(埼玉県さいたま市)
東矢貝→東谷貝(茨城県桜川市)
『家』『矢』『屋』など、「ヤ」と読む地名は、谷戸と類似した地名の付け方をするケースがあります。
『八軒家』『八軒谷』(ハッケンヤ)
『三ツ矢』『三ツ谷』(ミツヤ)
『町屋』『町谷』(マチヤ)
などがそうです。
また谷の字が最後ではなく最初につく地名の場合、『八』の字と転字することもあります。
『八ヶ代』『谷ヶ城』(ヤカシロ)
などがそれですね。
日本語はまず口語が先にあり、文字(漢字)は輸入であるためか、古い地名は書き文字を変えることにあまり躊躇がありません。
そのせいで谷戸地名が一見すると谷戸地名に見えないように変化しまっているケースがあります。そのため怪しい地名は念のため地形を確認する必要があります。
語尾消滅地名
厳耕地谷戸→厳耕地(東京都八王子)
嫁入谷戸→嫁入(東京都八王子)
古地図を見ているとしばしば発生するのですが、「●●谷戸」という地名が時代が下がるにつれて単なる「●●」という地名に変わってしまうパターンがあります。
これは以前にも述べた谷戸の集落性の問題で、「~谷戸」という単語が単なる地名ではなく集落や部落、或いは村に似た性質を持っているため考えられます。
例えば所沢市のことを常に『所沢市』と呼ぶわけではありません。むしろ単に『所沢』とのみ呼ぶことの方が多いと思います。
新宿区も常に『新宿区』と呼ぶわけではなく、大概は『新宿』で通じます。
谷戸地名も谷戸であることは使っている側としてはむしろ当たり前であり、しばしば省略されます。地図編纂などの際にそれが元で谷戸地名から『谷戸』の部分が抜け落ちてしまう事態が発生し得るのです。
これに関してはもうどうしようもありません。せいぜいネットで確認できる古地図などを利用して過去に遡って地名の変遷を調べ、そうした見落としが少しでもすくなくなるようにするしかありません。
このあたりの詳細な記事はこちら。↓
ネゴヤ・ネコヤ
根古屋(千葉県成田市)
根古谷(千葉県八街市)
根小屋(神奈川県相模原市)
猫谷(神奈川県横浜市)
これは本来谷戸地名と全然無関係な地名であり、元は山城における家臣団の住む集落を指す、主に東日本で多く使われる地名です。
古い時代のお城と言えば山城です。私たちが普段イメージする江戸城、大阪城といったお城は基本平地に建てられた平城ですが、これらはある程度平和な世の中になって戦争より統治が重要になって来たから平地に移って来たわけで、本来お城は戦争のためのものでした。
戦争であるなら当然防御力が重要ですが築城技術が不足している古代において、それを人力で賄うには限界がありました。
なので技術が足りない分を天然の要害で補おうとしたわけです。これが山に城が作られた理由ですね。
ところがこの山城には大きな問題がありました。
築城技術が足りないから天然自然の険しい守りを利用したわけですから、そんな未熟な状態で山の上に立派なお城など作れるわけがないんですね。
戦をするための砦部分はまだなんとかなります。
多少不便だろうが戦時に文句など言っていられません。
問題は居住区域です。
人が快適に暮らせる場所を山の上に作り出すのは非常に困難でした。
作れたとしてもそれを広範囲に構築する事ができなかったのです。
結果として古い山城では城に住むのは領主とその家族のみ、家臣団は普段山のふもとに住み暮らしいざ戦争が起きれば城に駆けつける、のような生活をせざるを得なかったわけですね。
この家臣団が居住していた山の麓の集落の事を場所を『ネゴヤ』と呼びます。
つまりネゴヤ地名があるところには必ず近くに山があり、その山にはかつて必ずお城があった、と言う事になります。
知っていると少しだけお得な気分になれますね(そうかな?)。
…とまあこれだけなら単なるネゴヤの話なんですが、このネゴヤ、地域によって書き文字が細かく変わり、『根古屋』『根小屋』『根子屋』、あるいはネコヤと読んで『猫屋』などと書く事があります。
そして屋の字が谷の字に転字した『根古谷』『根小谷』『猫谷』のような地名も散見されるのです。
これら谷の字が用いられたネゴヤは、現地で確認したところそのほとんどが谷戸型の谷戸の特徴を備えていました。
これは別におかしなことではありません。
山城は堅牢な守りを求めて急峻な山に建てられるため、山のふもとが急な斜面になっていることも珍しくないのです。
これは「ハケ」「ママ」にあたります。
谷戸の元になる大きな段差ですね。
つまり山城の麓には開析谷が形成される素地が整っている可能性が高いのです。
そうして形成された開析谷を棚田として開墾し、そのまま家臣団が住み着く集落となる…つまりネゴヤ地名が谷戸である可能性は決して低くはないのです。
『谷』のつくネゴヤ地名に関してはその多くが谷戸であることは確認済みですが、そうでないネゴヤ地名が谷戸地名なのかどうかは実際現地に訪れて確認しないとわかりません。
ゆえにネゴヤ地名は谷戸確認地名なわけです。
カイト
鍋改戸(群馬県吾妻郡高山村)
竹貝戸(群馬県吾妻郡中之条町)
殿界戸(群馬県吾妻郡中之条町)
カイト地名も本来は谷戸と何のかかわりもない地名です。
開戸、貝戸、皆戸、替戸、改戸、界戸、戒戸、海道、垣内などと書き、すべて「カイト(ガイト)」と読みます(「ケイト(ゲイト)」のこともあります)。
この書き文字は実に数十種類もあり、非常にパターンが多いのが特徴です。
地形というより人の住む部落・集落、といったニュアンスで使われることが多いようです。
なぜこれが谷戸確認地名なのかと言うと、こんな地名があるからです。
熊谷戸(クマイカイト)、金谷戸(カナガイト)、角谷戸(スミガイト)、房谷戸(ボウガイト)、窪谷戸(クボカイト)、御所谷戸(ゴショガイト)、沓谷戸(クツカイド)、鍛冶谷戸(カジガイト)、油谷戸(アブラガイト)、北の谷戸(キタノカイト)
これらはすべてカイト地名です。でも『谷戸』の字を用いています。
例えば『金ヶ谷戸』のような地名を読むとき普通は「カナガヤト」と読むわけですが、これが「カナガイト」と読みが転じてしまい、本来別種であるヤト地名とカイト地名が融合してしまったようです。
こうした谷戸の文字を使用したカイト地名の事を私は便宜上『ヤトカイト地名』と呼んでいます。
カイト地名は群馬に特に多く、ヤトカイト地名も同様に群馬で大量に見つかっています。
通常のカイト地名とヤトカイト地名にどのような差があるのか、ヤトカイト地名は開析谷なのか。そのあたりはまたいずれ別項で述べます。
サワ
関沢(埼玉県富士見市)
海老沢(東京都青梅市)
現在では川未満の小河川を指すことが多いですが、古語としては谷(タニ)のことを指すようで、西日本でタニと呼ばれる地名が東日本だとサワになっていると言われています。
地形的にヤトと被る部分はあるのですが、初期に見て回った結果サワ地名には集落性が見受けられず、クボと違いヤトとは明確に異なるニュアンスの地名だと判断し、現在は谷戸関連地名から外しています。
ババ
馬場(神奈川県横浜市鶴見区)
馬場(埼玉県熊谷市)※読みは「ばんば」
ババは馬の放牧地や乗馬をする場所に付けられる地名です。開析谷の用途としては棚田にして農耕というのが主なのですが、開析谷の中には「馬場」という地名が付けられたものが散見されています。
谷底の水を掻き出しさえすれば開析谷は葦の生えた草原であり、確かに馬の馴致などに向きます。そのことから馬場として利用した場所もあったのでしょう。
…が、あまりにヤトと関係ないのでこれも割愛。現在は谷戸関連地名から外しています。
