頻出谷戸地名その③~三ツ谷と四ツ谷~


知っているのに知らない地名

それまで気にも留めていなかったのに一度気になり始めると無性に気になってしまうことってないでしょうか。
私にとっては『四ツ谷』がそうです。
東京のど真ん中に四ツ谷駅があり、谷戸の中でも知名度はかなり高いと言えるでしょう。
これは比較的多く見られる地名で、関東を回るとあちこちで目にする気かがあります。
同様に三ツ谷という地名もあって、関東や東北にお住まいの方ならこれらの地名を一切聞いたことがない、という方は少ないのではないでしょうか。
しかし各地の谷戸地名を巡っているうちにふと気づいたのです。
「あれ…『三』ツ谷と『四』ツ谷はあるのにそれ以外の数字の谷戸を全然見かけないな…」と。
そう、三ツ谷と四ツ谷は各地にあります。
でも一ツ谷とか二ツ谷とか、あるいは五ツ谷や六ツ谷なんて地名はとんと見かけないのです。
そしてなぜ『三』ツ谷と『四』ツ谷ばかりなのでしょう?
皆さんは考えたことがありますか。

「三」と「四」集中と偏差

というわけでこれまで私が巡った地名の中から「数字+谷」と「数字+ツ谷」、およびそれらと同根と思われる同音異字の地名を抜き出してみました。

一ツ谷:なし
二ツ谷:3ヶ所
三ツ谷:三谷・三ツ谷・三津屋・三ツ屋など 28か所
四ツ谷:四谷・四ツ谷・四津谷・余津谷・四都谷・四都野・四家など 31か所
五ツ谷:なし
六ツ谷:なし
七ツ谷:なし
八ツ谷:八谷戸
九ツ谷以降:なし

二ツ谷が数個ありますが、それ以外のほとんどが三ツ谷と四ツ谷で占められていることがわかります。
昔は漠然と「このあたりには四ツ谷があるのだから五ツ谷や六ツ谷もあるのでは?」と勝手に思っていたのですが、驚くほどに偏っていますね。
四ツ谷地名はバリエーション豊富ですが、基本当て字であり意味するところは同じでしょう。
なぜこれほどに「三」と「四」に集中するのでしょうか。
「一ツ谷」が見当たらない理由はまだわかります。
谷戸がひとつしかないならそもそも「一つ」と数える必要がないからです。
「倉郷谷戸」とか「椚谷」とか付ければいいだけですよね。
「二ツ谷」が少ない理由もまあ納得できなくもありません。
「前谷」「後谷」とか「東谷」「西谷」のように互いの位置関係を示す地名で説明できてしまうからと言われればまあそうかな…と頷けなくもないです。ただそれにしても少なすぎる気がしますが。
そして五ツ谷以降を見かけないのも不思議です。
唯一「八」だけは八谷戸という地名がありましたがこれは読みが「はちやと」であり三ツ谷、四ツ谷とは別系統と思われます。
おそらく「鉢谷戸」とか「蜂谷戸」のような地名の同音異字であって、三ツ谷、四ツ谷とは別系統の地名と考えていいでしょう。
つまり

1.「数字+谷」「数字+ツ谷」および同系統の同音異字地名は二ツ谷、三ツ谷、四ツ谷のみであり、特に三ツ谷と四ツ谷に集中している。

と言えます。

数字は谷戸の個数?

では根本的な疑問として「そもそも三ツ谷と四ツ谷ってどういう意味?」ということを考えてみましょう。
「三ツ谷四ツ谷って言うくらいだから谷戸が三つ、谷戸が四つって意味でしょ?」と思われるかもしれませんが、違います。これは明確に違うと言い切れる理由があります。
理由の1つとして「外から見て谷戸が三つある」場合、谷戸地名には別の地名があるからです。
「三ノ谷」がそれです。
読みは「さんのや」が普通ですが「さんのやつ」「さんのやと」もあり得ます。
書き方も「三の谷」だったり「三野谷」だったり、あるいは「三ヶ谷」ということもありますね。
理由の2つ目として三ノ谷は谷戸が三つ以上あった場合の「三つ目の谷戸」の呼び方です。
一つ目と二つ目の谷戸にはそれぞれ「一ノ谷」「二ノ谷」のように個別に数字と谷戸地名が宛がわれることが多いのです。

関東小字地図より
千葉県 一ノ谷・ニノ谷
谷戸ごとに個別に振られる

ゆえに三ツ谷が三ノ谷と同系の地名とは考えられませんん。
なぜなら三ノ谷と同系なら「三ツ谷」という地名と同じ数だけ「一ツ谷」や「二ツ谷」という地名が残っていなければおかしいからです。
ゆえに三ツ谷や四ツ谷は単純に谷戸の個数を数えたものではない、と言うことになります。
というかそもそも谷戸地名は特定の場所を示す地名であると同時に、その場所の特徴や特色を示すことが多いのです。
これまで扱った頻出谷戸地名を見てもそれが窺えます。

「大きく曲がっている」という特徴を持つ谷戸一つが「金ヶ谷戸」
「お宮(神社)がある」という特徴を持つ谷戸一つが「宮ヶ谷戸」
「お寺がある」という特徴を持つ谷戸一つが「寺ヶ谷戸」

なので、その理屈で言うなら

「(なにかが)三つある」という特徴を持つ谷戸一つが「三ツ谷」
「(なにかが)四つある」という特徴を持つ谷戸一つが「四ツ谷」

でなければなりません。
つまり

2(仮).「三ツ谷」「四ツ谷」は「何かが三つ」「なにかが四つ」という特徴をもった「一つの谷戸」を指す地名である。

と仮定する事ができます。
谷戸が三つ、谷戸が四つという意味ではありません。
では、その「何か」とは一体何なのでしょう。

開析作用と谷頭浸食

さて話は少し横に逸れますが谷戸には谷戸型と谷地型がある、という話を以前したと思います。

谷戸の構造~谷戸型と谷地型~|Myah Nyah

ですので三ツ谷と四ツ谷について、とりあえず谷戸型の谷戸について考えてみましょう。
谷戸型とはいわゆる開析谷を開拓した場所の事で、棚田とそれを維持する集落によって構成されています。
その開析谷は谷頭浸食(こくとうしんしょく)によって奥へ奥へと『開析』…つまり湧水の力などで地面を削ることですね…され、谷が深くなってゆく、という話をしました。

開析谷は谷頭浸食によって深くなる

「なぜ谷頭(こくとう)だけ浸食されるの? 他の場所は開析されないの?」と疑問を持った方はだいぶ鋭いです。
実際地下水は一本の細い線で流れているわけではなく、湧水は谷頭以外の谷壁部(やへきぶ)でも発生し、開析が行われています。
ただし湧き出す水の量が全然違うのです。
何故かと言えば谷壁部は壁面であるため湧き出す水量はほぼ一定なのに対し、谷頭部はぐるりと周囲から水が湧き出すため染み出す水量が多くなるからです。

左が谷壁部の湧水
右が谷頭の湧水
谷頭部の方が形状的に水が多く集まることがわかる

水量が増えれば水の勢いが強くなり、水の勢いが強くなればそれだけ水によって崖などが削れる作用…すなわち開析力が上がります。
こうした周囲の水が集まりやすい場所の事を「集水域」と呼びます。
つまり開析谷は谷頭部だけが浸食されているわけではなく、実際には「谷の内壁全体がゆっくりと開析されているが、谷頭部は集水域であるため開析力が高く、そのため谷頭部の浸食が他より多く進む」と言えます。
まあ実際には谷頭部の開析力が高い理由は他にも幾つかあるのですが、いったんはこれだけ理解してもらえれば大丈夫です。

開析谷とその分枝

さてここからが本題です。
以前「金ヶ谷戸」の話をした時、谷戸は様々な要因によって大きく曲がる、という話をしました。

頻出谷戸地名その①~金ヶ谷戸~|Myah Nyah

図にするとこうなります。

簡易的な金ヶ谷戸の構造
簡易的すぎる?

一番下が入谷(いりや/谷戸の入口)、右奥が谷頭部ですね。
さて、谷頭部が集水域であることは先刻話しましたが、この図を見てもう一か所集水域があることにお気づきでしょうか。

赤丸が集水域
谷頭部以外にも集水域は発生し得る

そう、谷戸が「く」の字に曲がっている、その外側の部分ですね。
他より水が集まりやすいという事は水量が増えるという事、もしそのせいで地盤が脆くなり谷壁部が崩落でもしたら…そこに窪みができてしまいます。
そう、谷頭部です。
そして谷頭部ができてしまえばより強い集水域となり、他より強く開析されるようになります。
結果としてその谷戸はアルファベットの「Y」の字、あるいは「y」の字のように開析されることになります。

谷戸が曲がった場所から谷頭部が発生し、谷戸の内側にもう1本谷戸が生える

こうして開析谷の内壁にもう1本開析谷が生えた時、谷戸としては元々ある開析谷を「本谷(ほんや)」、その内側に生えた開析谷を「支谷(しや)」と呼びます。
まあ私以外こういう呼び方をする方をするのかは知りませんが、こちら↓でも少し触れていますね。

谷戸の構造~谷戸型と谷地型~|Myah Nyah

ともかくこうして開析谷の内側に開析谷ができた時、枝が生えるようなので私は「分枝(ぶんし)」、という表現をします。
そして私はこれが三ツ谷、四ツ谷の正体ではないか、と睨んでいます。

谷戸型の三ツ谷、四ツ谷

谷戸型の三ツ谷、四ツ谷を回った際、内部にある分枝の数を数えて気づいたことがあります。
「分枝発生点から周囲の枝の数を数えたらちょうど『三ツ』『四ツ』の数に合致するのでは」という点です。
分枝発生点と言うのは支谷が生えたこの赤丸の部分ですね。

赤丸が分枝発生点
ここに古代人を立たせる

そしてここから周囲の枝の数を数えると『三つ』になります。

分枝発生点から周りを見渡すため、カウントとしては「3」になる

開析谷としても2本、本谷と支谷という数え方でも2本なのですが、「三ツ谷」と数える時はどうにもこの数え方になるようです。

千葉県 三ツ谷
奇麗なY字型
茨城県 三ツ谷
これも分枝発生点から数えれば三本になる

そしてこれが「三ツ谷」が多いのに「二ツ谷」が少ない理由でもあります。
考えてみれば当たり前のことです。
開析谷が1本ならカウント自体が発生しないのだから金ヶ谷戸なり寺ヶ谷戸なり個々の谷戸地名が付きます。
そして開析谷の内側に開析谷がもう1本生えた時…「二ツ」を飛び越えていきなり「三ツ谷」になるわけです。
「でも少ないけど二ツ谷もあったよね?」という疑問はあります。
ですが私が確認した二ツ谷の三例はすべて谷地型…つまり低湿地帯だったのです。そのため開析谷の理屈は合わなかったのでしょう。
ちなみにこの三ツ谷の枝の先がさらに枝分かれしたリ、あるいは谷壁部の一部が崩落しそこから枝が伸びた場合など、分枝が四つカウントできた場合「四ツ谷」になります。

分枝発生点から数えて枝が4つあれば「四ツ谷」
左側の④部分はまっすぐ伸びていれば1本換算になるようだ
茨城県 四ツ谷

五ツ谷以上が存在しないのはおそらく「分枝発生点から見えない枝はカウントされない」のではないか、と考えています。

分枝発生点から見えない枝はカウント外

この数え方ですと厳密には以下のような図で五ツ谷が成立しそうな気がするんですが…残念ながら私はこれほど奇麗に分枝された谷戸の構造を見たことがありません。

理論上の五ツ谷
非実在

そもそもそれだけ複雑な構造をした谷戸になると相当長い年月をかけて開析されており、谷戸の太さなどもかなりのものになっていて、その結果三ツ谷、四ツ谷という一つの谷戸ではなく、個々の開析谷にそれぞれ別の名前がついた独立した谷戸地名になってしまうのではないか、と推測されます。

これらのことから以下のようなことが言えると思います。

2.谷戸型の「三ツ谷」「四ツ谷」とは谷戸の内側の枝(開析谷)の数を地名としたものである。
3.枝を数える時は分枝発生点から周囲を数えるため、本谷と支谷が1本ずつで「二ツ谷」を飛ばし「三ツ谷」となる。
4.上記3から谷戸型(開析谷)の谷戸には二ツ谷が成立しない。
5.分枝発生点から見えない枝はカウントされないため、五ツ谷以降はほぼ成立しない。

谷地型の三ツ谷、四ツ谷

谷地型の谷戸については実はよくわかりません。
なぜなら開拓されても谷の構造が残っていて推測しやすい谷戸型と異なり、谷地型の場合周囲の湿地帯がすぐに耕地となってしまい、元の構造が追えなくなってしまうからです。

栃木県 四谷
畑地が広がるのみでおそらく周囲が元湿地帯であったろうことがわかるだけ
四つあったかどうかも判別できない

さらに言うと三ツ谷、四ツ谷と言った地名は耕地として優れているせいか人口が増えやすい傾向にあるようです。
そのため集落化、そして都市化しやすく、簡単に家並みや街並みに飲み込まれてしまいます。
谷戸型ならともかく谷地型だと住宅街から元の湿地帯の数などを推察するのは非常に困難なのです。

東京都 三谷
三谷・四谷地名の多くは都市に飲まれた宅地化しやすい
そのため谷地型だと構造がほぼ辿れない
画像も地形拘束から大きな湿地帯があったのだろう的なことしかわからない

ただ基本的な流れは同じで「中心点に立って周囲の湿地帯を数える」のではないかと考えています。

左が谷地型の三ツ谷、右が谷地型の四ツ谷
中心点から周囲の湿地帯を数える

この数え方だと谷地型で五ツ谷以上が存在しない理由は容易に想像できます。
「周囲に湿地帯が五つ以上ある中心点にはそもそも立ち入れない」からです。

谷地型の場合、湿地帯が五つ以上あるような密集地帯はそもそも危険で立ち入れない

中心点と言ってますが地名を付けるという事は要はその地を開拓するための集落…要は足掛かりのような場所でしょうから、そこまで沼地(湿地帯)で囲まれている場所は拠点として不適なのでしょうね。
一方で谷戸型の谷戸と異なり、谷地型の場合二ツ谷が発生し得ます。

開析谷とは異なり、低湿地タイプの谷地型の場合二ツ谷が成立可能

私が確認した二ツ谷地名はすべて谷地型だったので、数は少ないものの地名として成立可能と言う事でしょう。
従って谷地型の三ツ谷・四ツ谷については

6.谷地型の場合三ツ谷、四ツ谷は中心点に立った時周囲の沼地(湿地帯)の数を数えたもの。
7.五ツ谷以上は五つ以上の湿地帯に囲まれた場所の中心点には立てないためまず成立しない。
8.谷戸型と異なり、谷地型の場合開析谷のような地形的な縛りがないため二ツ谷が成立する。

などが言えるのではないでしょうか。

まとめ

三ツ谷、四ツ谷についてまとめると以下にようになります。

1.「数字+谷」「数字+ツ谷」および同系統の同音異字地名は二ツ谷、三ツ谷、四ツ谷のみであり、特に三ツ谷と四ツ谷に集中している。
2.谷戸型の場合「三ツ谷」「四ツ谷」とは谷戸の内側の枝(開析谷)の数を地名としたものである。
3.枝を数える時は分枝発生点から周囲を数えるため、本谷と支谷が1本ずつで「二ツ谷」を飛ばし「三ツ谷」となる。
4.上記3から谷戸型(開析谷)の谷戸には二ツ谷が成立しない。
5.分枝発生点から見えない枝はカウントされないため、五ツ谷以降はまず成立しない。
6.谷地型の場合三ツ谷、四ツ谷は中心点に立った時周囲の沼地(湿地帯)の数を数えたもの。
7.五ツ谷以上は五つ以上の湿地帯に囲まれた場所の中心点には立てないためまず成立しない。
8.谷戸型と異なり、谷地型の場合開析谷のような地形的な縛りがないため二ツ谷が成立する。

ただしこれらはあくまでも私個人の仮説です。
私が見て回った谷戸がたまたまこうした考えで説明できる、というだけの帰納法的結論に過ぎません。
多くが宅地化してしまっていて元の地形構造が追いにくいのも難点です。

あと三谷に関しては「みつや」ではなく「さんや」と読む場合があり、読みが不明の三谷地名からそれを差っ引くとするともう少し三ツ谷地名が減るかもしれません。そうなると四ツ谷地名だけが突出して多いことになります。
なのでもしかしたら四ツ谷地名は単に「四つ」というだけでなく、「四つ以上のたくさん」を示している可能性もあります。
こちらの考えでも五ツ谷以上が存在しない理由になりますね。

というか、そもそも各地に残っている同名の谷戸地名に関して全ての古代人が同じ命名規則を履修して名付けたとも思えません。
もしかしたら私の考えとは全然違う三ツ谷や四ツ谷があるかもしれません。
そんなわけで、もし少しでも気になった方がいて、近くに谷戸があるのなら、散歩がてらちょっと見学して観察してみたりするのはいかがでしょうか。

追記

ちなみに三ツ谷と四ツ谷の調査をしていてもうひとつ気づいたことがあります。
金ヶ谷戸は「かながや」「かながやと」どちらも存在します。「かなやつ」などもありますね。
宮ヶ谷戸や寺ヶ谷戸も同様です。
「ヤ」「ヤト」「ヤツ」はいずれでもあり得るわけです。
ですが三ツ谷、四ツ谷に関しては「みつやと」や「よつやつ」のような読みが存在しません。基本すべて「ヤト」「ヤツ」でなく「ヤ」なのです。
これは何を意味しているのでしょうか。
一応仮説らしきものがあるのですが、それはまたいずれ別項にて話したいと思います。
ちなみに青梅の方に「三谷津」という地名があり、もしこれが「みつやつ」と読むならかなり重要な発見なのですが、困ったことに読みが残っていません。
現地で地元の方に話を伺っても一番古くて四十年前からとだいぶ最近(?)越して来たの方なので真相はわかりませんでした。
三谷津の家屋を見るとすべて(数十年前に)新興で建てられたものらしく、谷戸の谷底部が放棄地と工場の資材置き場にされていることから一度完全に放棄谷戸となった後で宅地が建てられたようで、過去をたどるのは難しそうです。

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