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せっかく資料を調べるのに、間違ったやり方では勿体ない

【創作のための資料リサーチ、押さえておくべき基本ポイント】

自分が「物を書くために資料を調べる」ことを本格的にやり始めたのは、小説を書くより以前、大学のゼミやレポートのためでした。

そこでゼミの助教に、資料調べを褒められたことがあるのですが…

当時、逆に感じていたのが「自分がスゴいというより、他の学生の資料リサーチのレベルが低い(と言うよりテキトーな)のでは?」ということでした。

自分は資料を調べるにあたって、いくつかのポイントを意識しているのですが…

たぶんコレ、情報リテラシーの問題で、初心者は気づいてすらいないのではないでしょうか?

既に気づいている方なら何の問題も無いのですが、気づかないまま物を書き、それを世に発表するのは様々な意味で「危う過ぎ」ます。

今の世の中は、ちょっとした「間違い」で即「炎上」の発生する、何かと「過敏」な世の中なのですから…。

それに、せっかく資料を調べるなら「レベルの低い中途半端なリサーチ」より「レベルの高い、しっかりしたリサーチ」の方が作品のクオリティーを上げられると思いませんか?


■求められるレベルはジャンルによって変わる

皆さん、作品を書くのに「どのレベルまで資料を調べたら良いのか?」って考えたことがありますか?

過去記事にも書いたように、その作者が「どんな風に作品の世界観を描き出したいのか」によっても「求められるレベル」は変わるのですが…

もう1つのポイントとして「オリジナル要素の低いノンフィクション寄りの作品ほど、求められるレベルは高くなる」ということがあります。

たとえば「歴史カテゴリー」1つを取っても、実際に起きた歴史的事件や人物を元にした「歴史小説」と、実在した時代を舞台にしてはいるが登場人物や事件はオリジナルの「時代小説」、さらには完全ファンタジーなオリジナル設定を盛り込んだ「歴史ファンタジー小説」…それぞれ資料調べに求められるレベルは変わってきます。

オリジナル要素が多ければ「史実(リアル)じゃなくて架空の物語だから」で誤魔化しが効きますが、リアルを元にした物語ではそうは行きません。

間違った描写を入れてしまえば、読者にツッコまれてしまいます。

(なので書くジャンルを選ぶ際には、自分の資料リサーチ能力も考えて選んだ方が良いかと。)

…ただ、オリジナル要素の多い「ファンタジー」だからと言って、読者からのツッコミが全く来ないわけでもありません。

例えば、ネット小説投稿サイトによくある「なんちゃって中世ヨーロッパ風世界」でも「中世のヨーロッパにこんな技術は無い」というコメントがつくことはあるのです。

…まぁ、これは資料リサーチの問題と言うより「リスク回避不足」の問題と言った方が良いのかも知れませんが…

中世ヨーロッパに詳しくなく、今後も調べる気が無いなら、うっかり小説中に「中世ヨーロッパみたいな世界」などと書かず、そこからしてうやむやに誤魔化すべきなのではないかと。
作中に「中世」の「ちゅ」の字も出て来ないなら「中世にはこんな○○は無い」というツッコミが来ても「そもそも中世ヨーロッパだなんて一言も書いてませんから」という返しが可能ですので。

■「情報の信頼性」を読み誤るとダメージを喰らう

世の中は「誤情報フェイク)」に溢れている――それは、AI時代を生きる皆さんなら、既にお気づきのことかと思います。

資料として集める「情報」も同じこと。

せっかく苦労して調べた情報も、そこにフェイクが混じっていれば、「無駄」どころか「大ダメージ」となってしまうのです。

(資料を調べて書いたにも関わらず「デタラメを書いた」のと同じことになってしまうわけですから…。)

現代における資料リサーチで重要なのは、情報の「信頼性」です。

その情報が「フェイクではない」と信用できるかどうか、ということです。

…残念ながら、現代ではこれがどんどん難しくなってきています。

「情報の正確性」よりも「インパクト」「バズ」を重視する情報発信者は増えていますし…

世の中の情報スピードに遅れたくないあまりに、記事の「チェック」がおろそかになるケースも増えている気がします。

レベルは違うでしょうが、自分も記事の後チェックを「ざっと」やり過ぎて、誤字脱字が拾いきれない時があります…。
本人は「ざっと」でもちゃんと読めているつもりなのですが、細かい誤字脱字とかって、案外拾えないものなんですよね…。
今後の反省点です…。

そもそもネットの情報は「玉石混交」。

ちゃんとした知識を持っている情報発信者もいれば、知識も能力も低い発信者もいます。

「資料なんてネットで調べればいい」という人もいるかも知れませんが…

自分は「リサーチレベル高めの作品」を書く際には、出版社の出している(個人出版でない)紙の本や電子書籍を利用しています。

それは「商業出版されている本」は「それなりのチェック(編集者チェックや校閲etc)」を受けて世に出されているであろう、という「信頼性」があってのことです。

ネットの情報は「無料」ですが「タダより高いものはない」…

本を「買う」ということは、無料の情報には無い「信頼性」をお金で買っているということなのです。

なお、図書館や古書店を利用すれば、同じ品質の情報を無料や安価で入手できます。
…著者に印税が入らないので、出版文化を守るという観点からは、あまり大っぴらにオススメできないのですが…。

さらに言うと、資料に「書籍」を使えば、それは「参考文献」としてリスト化することができます。

「ちゃんとした文献を調べて書かれている小説です」と世にアピールすることもできますし、万が一情報が間違っていた時の「保険(元の資料が間違っていたのだから仕方無い)」にも使えるのです。

■情報は「出どころ」が大事

資料調べをネットだけで済ませている皆さん…その情報が「どこから出ているのか」って、ちゃんと見ていますか?

情報リテラシーでは必ず言われるのが「情報源を確かめろ」なのですが…

リテラシー意識の低い人だと、「情報源の確かさ」より「上位表示されたもの」「最初に出て来たもの」で情報を選んでしまっているのではないでしょうか?

これの何が悪いのか分からない方もいるかと思いますので、一応説明しておきますが…

例えば同じようなジャンルの情報だったとしても「NASAのホームページに載っていた情報」と「月刊ムー編集部のサイトにあった情報」とでは、全然話が違ってきますよね?

都市伝説系のオカルト小説なら、むしろ「月刊ムー編集部」の情報の方が重宝するかも知れませんが、本格SFの資料にしたいなら「NASA」や「JAXA」の情報の方が頼りになりますよね?

それと上の項目でも書いたことですが…

知識のある専門家の出している情報と、知識の無い素人が「又聞き」で出している情報とでは「信頼性」がまるで違います

つまり資料は「情報自体」だけでなく、その情報が「どこから出ているのか」も重要なのです。

上の項目で自分は「ネットの情報<商業出版されている本」だと書きましたが…

その「本」の中でも実は信頼性に「差」があります

本の中には、その分野の専門家や研究者の書いた本格的な「専門書」もあれば、教養を深めたい一般人向けに書かれたライトな「教養本」もあります。

ライトな教養本でも、編集部がしっかりしている所なら問題は無いのですが…

自分が読んだものの中には、同じ人物の名前の表記が数行後にはコロッと変わっているような「チェックの甘いもの」もありました…。

なので、自分の中では情報の信頼度は以下のようなイメージになっています。

AI回答が「?」になっているのは、AI回答に一定割合で混ざり込むと言われている「ハルシネーション(AIによる嘘・勘違い)」を考慮してのことと…

そもそもAI回答だと「情報源が分からない」場合があるからです(情報源を明示しているタイプのAIもありますが)。

AIの回答は世にある情報(特にネット)を「学習」してのもの。

その学習した情報が「どこにあったものなのか(NASAのものなのか月刊ムーなのか、あるいは足して2で割ってしまっているのか)」が分からない時点で、信頼性の評価なんて「できない」と思いませんか?

■情報は「いつの時点のものなのか?」も重要

情報の信頼性で「情報源」以外にもう1つ、重視すべきことがあります。

ズバリ「それがいつの情報なのか?」です。

日本史の教科書で、今や「聖徳太子」は「厩戸皇子」、「大化の改新」が「乙巳の変」に変わっているって、ご存知ですか?

「日本最古の貨幣」も、新しい発見があるたびに更新されていきます。

世の中の「常識」や「ルール」も、年々アップデートされていきます。

ですが、ネットの世界やリアルな本棚(特に図書館や古書店)では、新しい情報も古い情報もゴチャ混ぜで存在しています。

なので、調べる側が「これ、いつの情報なんだろう?」を意識してチェックしなければならないのです。

ただし情報は「新しければ良い」とは限りません

たとえば、過去の時代を舞台にした作品を書きたい時…

令和の「現代」にまとめられた資料と、舞台にしたい時代の「当時」に書かれた資料…どちらの方が「その時代の空気感」が掴めると思いますか?

「情報」や「知識」は時代を経て伝えられても、その時代の「空気感」は時代が離れるほどに薄れていきます。

そういう意味でも「その情報がいつのものなのか?」は重要なのです。

■世の情報は一旦全て疑い「ウラ取り」をする

上の項目で、資料の中で一番信頼度が高いのは「専門書」だと書きましたが…

実はその「専門書」も、自分は100%信用しているわけではありません。

人間なら誰しも間違いや勘違いはありますし、上にも書いたように、時代が変わればそれまでの常識が覆ることもあるからです。

なので自分は「高いリサーチレベルが求められる作品」では「複数の文献を読み合わせてウラ取りをする」という作業を行います。

(オリジナル要素の多いライトな作品では、そこまでやらない場合もあります。作品のジャンル次第ですね。)

違う本でも「同じ情報」が書かれているか「矛盾」は無いか…それを調べるのです。

オンライン百科事典の「Wikipedia」などでも、日本語版と英語版を読み比べたり、調べたいメインの人物と、その「関係者」のページを読み比べたりなどして「ウラ取り」をします。

読み比べるのは「何でも良い」わけではありません。

たとえ「本」が違っていても、「同じ著者」が書いたものなら「内容は同じに決まっている」ので、読み比べる意味がありません。

「著者」が違っていても、その本の「参考文献」に読み比べたい「もう一方の本」があるなら「同じ内容が書かれている可能性が高い」ので、あまり意味がありません。

「Wikipedia」などで言うなら、日本語版が英語版の「翻訳」そのままだと、読み比べするだけ時間の無駄です。

(翻訳が合っているかどうかのチェックにはなるかも知れませんが…。)

マイナーな国や時代の情報だと、そもそも読み比べできるだけの資料すら揃わず、大変だったりもするのですが…

…ですが、ウラ取りするということは、資料を「多角的に読み解く」ということ。

1つの資料だけでは「見えなかったもの」が、複数資料を読み解くことによって初めて浮かび上がって来たりもするのです。

なので、自分はむしろこの「ウラ取り作業」、大好きだったりします。

…まぁ、こんなことばかりやっているので、素人なのに何故か知識がマニアックになってしまうのかも知れませんが…😅



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