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♯056【職場飲み会(必要か不要か)】必要不要よりも、電車内で眠り込んで会社支給のパソコンとスマホの入ったカバンを盗られないよう気をつけよう

 ボロアパートから少し離れた小高い丘に小さな梅林がある。だれの土地かわからないが、だれでも通り抜けて県道に出られるようになっている。つぼみをほころばせ始めた梅花は、気がつけば、はらりはらりと散り始めた。凛と耳を澄ませば、梅の蜜を好むメジロは「チッチチチッ」「チッチー」と高く澄んだ声で美しくさえずる。まだ少し肌寒い。もう春なのか。

 梅林に入る手前に孟宗竹の小さな竹林がある。竹林内の日の当たる地面をみると、春の訪れを知らせる” フキノトウ ”は、あちらこちらに芽を出している。これを見てしまうと、春の訪れを確信せざるをえない。「年々、冬は短くなっているような気がする」とおもいながら、” フキノトウ ”を早業で失敬させていただく。のんきにスマホ写真を撮っている場合ではない。ボロアパートに帰り、てんぷら粉をつけてサッと油で揚げてハフハフしながらいただくのだ。

 ” フキノトウ ”には、オスとメスがある。見分け方は、花やつぼみがぎっしり詰まって見えるのがオス、花がしぼんで萎れかけているように見えるのがメスなのだ。オスとメスの差があることを知らないとき、新鮮そうな” ぎっしり詰まって見える ”オスばかりを失敬していた。

①雄 ②雌 (引用元:NHK出版 みんなの趣味の園芸 ぼなみさんの園芸日記)

 そうそう、コロナ禍中のいつだったか忘れたが、通りがかりの数珠を片手に持つどこかの寺の和尚らしき人からオスとメスの差を教わった。せっせと” フキノトウ ”を摘んでいる自分の右横にしゃがみ込むなり「オスばかり食べていると心身によろしくないぞ。オスがオスばかりを食うなぞ、邪の道だ」と言う。

 摘むのを止めて右横を見ると、数珠を両の掌で包み込むように挟み、胸の前にそっと掲げて” フキノトウ ”に祈りを捧げている。「どれ、わしもいただくかな。ときにフキノトウに男と女があるのは知っているのか?男女のバランスを見て採って、天ぷらにして食べると旨いぞ。これを肴に真澄(ますみ)という日本酒で一献傾けると、たまらんな。オスがこれでメスがこれ・・・、オスの味は、苦く微妙に皮は硬い。メスの味は甘く優しい・・・」などと長い説法を受け、現在に至っている。

 和尚らしき人曰く、その日本酒に合うオスとメスの黄金比率は、1:4らしい。さらに教わったメス・メス・オス・メス・メスという順番で食べると旨いのは確かだ。和尚らしき人の生きる世界に住む飲ん兵衛(のんべえ)は、粋な盃を交わし、粋な酔い方をし、粋な箸さばきで粋な遊食(ゆうしょく)を愉しむ” 飲み会 ”をするのだろうか。

 他方、自分が生きるサラリーマン世界の” 飲み会 ”は、風流どころか戦後からつづく「使用者」が「労働者」を監視するための息のかかった行事(=闇のホウレンソウ)だとおもっている。生ビール、出生不明の焼き鳥、薄めたアルコールが入ったハイボールや銘柄混合のグラス焼酎類に冷凍枝豆、フライドポテト・・・とくる。粋ではないし季節感すらない。

 高級クラブに行ける一握りの経済力をもつヒトをのぞき、こんなものだ。忘年会に新年会、梅と桜の花見会、春の人事異動後の歓送迎会、暑気払い、中秋の名月を愛でながらの月見会、秋の味覚(松茸、栗、サンマなど)を囲んでの収穫祭、意味不明の昇格祝い会、経営役員向け説明失敗の反省会などは、闇のホウレンソウと思わざるを得ない。” それって、本当に必要なの? “とおもう。

 遠い昔、偏差値Fランク大学をやっと卒業したころ、バブル崩壊以降の大嵐が吹く中だった。やっと正社員として就職できたころは、” 嫌われてクビになったら困るから、職場飲み会は良好な人間関係を築くために必須 ”とおもっていた。” 飲み会 ”といえば、当時の事業部長を崇拝する寸劇(※1)を演じさせられたり、理不尽な費用負担の強要があるものだとガマンしてきた。

※1:♯014【将来の夢は何ですか?】夢は時間の流れとともに変化していくかも?|もんきち

 転職を繰り返し、転職先の都合による吸収合併・統廃合の人員膨張の大波紋の中を泳ぎ、波に揺られて沈みかけの自分を守っているうちに、時代は流れ変化した。” それって本当に必要なの? “、” 飲みニケーションは本音を聞ける貴重な場と言う認識は、マズくない? ”という世間の声は大きく聞こえるようになってきた。偏見と受け取られてしまうかもしれないけれど、職場飲み会の必要性は、究極2つの論点になるとおもう。「業務上、役に立たず」か「懇親一体感を高める」である。

 まず、「業務上、役に立たず」は、上司は部下の私生活を聞きまわり、愚痴や不満を吸い上げる場の認識(=闇のホウレンソウ)であれば、やめた方がいいとおもう。「この令和時代に昭和時代の上司の行動思考を白黒コピーした部長次長課長がいる」と若い人たちから聞いたりする。自分もオジサンだが「エッ」と驚きを隠せない。昭和時代はそれで良かったかもしれないが、愚痴や不満を共有しても業務生産性は上がらない。

 今は法令遵守第一の令和時代だ。知り得た個人の私生活を不用意に漏らせば、プライバシー侵害となる。外資に勤めさせていただいたころ、名誉毀損罪(刑法 第230条)で訴えられていた日本人社員がいた。あの当時はびっくりしたが、今どきは民事上の不法行為に該当する可能性があれば、すぐに警察などはサポートしてくれる。やっと、時代は追いついたか。

 「懇親一体感を高める」は、意味深いとおもう。高い達成度を求められる勉強会の懇親会や、今までにない新しい事業プロジェクトメンバーの懇親会であれば、お互いの視座視点を早く共有し最速のゴール達成を求められる。だから意見を合わせ、さらなる高みをめざすために必須とおもう人は多いだろうとおもう。私費を払って出席させていただく会社帰りの勉強会のレベル感はさておき、それを事例にすると自分は「必須だ」と言える。

 実力は無いので経験したことは全くないけれども、今までにない新しい事業プロジェクトメンバーに参画し懇親会に参加させていただきたいものだ。どんなワクワク・ドキドキを感じられるのだろうか。過呼吸で倒れたりして外されないようにしたい。「懇親一体感を高める」は、集まるメンバーの練度しだいというところか。

 さて、3月に入り、スケジュールが合わなかったりするけれども、” サラリーマン飲み会 ”は、少なからずある。飲み過ぎて偶然に座れた快速電車の席に座り、ぐっすり眠り込んでしまい、ハッと気が付いたら「会社支給のパソコンとスマホの入ったカバンを盗られていました」にならないようにしようおもう。始末書では済まないからな。

 粋な盃を交わし、粋な酔い方をし、粋な箸さばきで粋な遊食(ゆうしょく)を愉しんでみたい、無理か。あの和尚らしき人に頼むか。陰陽師だったら冥界(めいかい)に誘われてしまうかもしれない、アブナイ、やめておこう。

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