ペンと所作が私の綴る言葉
はじめに
このnoteを開いてくださってありがとうございます。
VRChatユーザーで無言勢プレイヤーのぎがと言います。
ある日のパブリックでほぼ初見の方に所作が綺麗と言われ、普段は聞き返したりはしないのですが、その日はなんとなく気になって聞き返してみました。
「どんなところでそう思ったのですか?」
その初見の方と、一緒にいた私のフレンドさんの意見はこのようなものでした。
「作ったような動きではなく、自然体だから?」
確かにその通りです。いわゆるアニメ的なオーバーアクションではなく、自然で小さく細かい動きが多いと自分でも思っています。
そこで、自分の所作・無言勢としてのスタイルを改めて振り返ってみようと思い、このnoteを書いてみようと思いました。
絶対的な正解のないものですので、ひとつの考えとして受け取っていただければ幸いです。
使用機材はShiftall様のHaritoraX 2 Proになります。
無言勢としての私のスタイル
私は声を出せる環境ではありますが、あえて声を出していません。
なぜ声を出さないのか。それはたったひとつの単純な理由で、VRC内における私自身である「しなの」から自分の声が出るというのが許容出来ないからです。自分の中にある、しなののイメージを自分自身で壊したくないのです。
たったそれだけの、個人的なこだわりだけで無言勢をやっていますが、幸いにも私のスタイルに理解を示してくれるフレンドさんたちに恵まれ、楽しくVRChat生活を満喫しています。
今のフレンドさんたちとの出会いは運だったかもしれません。けれど、それを繋いで今に持って行ったのは私自身だと思っています。
私は無言勢のコミュニティとVCのコミュニティ、どちらも行ったり来たりですが、どちらかというとVCの方たちと一緒にいる事の方が多いです。
愛用している衣装

私はLACHEXIA様のALMARIANという衣装を愛用しています。露出の少ないロングスカートの衣装で、オフショルダーが良い感じのアクセントになっていて非常にお気に入りです。
Clothコンポーネントのためスカートの広がりが自然で、尚且つスカートを持ち上げる事ができるので、カーテシーが出来るのが最大のお気に入りポイントです。
初めましての挨拶として、カーテシーを披露すると「おぉ~」や「綺麗」という反応が返ってくるのがとても嬉しいですね。
この衣装やカーテシーが私の動きを綺麗と印象付ける要因になっているかと思われます。
どのような動きを意識しているか

身も蓋もないことを言ってしまうと、特に意識はしていなかったりします。
あえて意識的にやっていることと言えば、立っている際はお腹に両手を重ねるような仕草と、左右にゆっくりと揺れることくらいでしょうか?

座っている時は、足はきちんと揃えて、両手は膝の上に置くようにしています。立っている時と同じく、頭や体を左右にゆっくりと揺らすようにしています。
なぜそうするかというと、動かずにじっとしたままだと、地蔵のように見えてしまうからです。
無言勢であるがゆえ、時に大きく力強い動きをして、こちらの主張を伝えようとすることもありますが、基本的に人のいる場では静かに佇んでいることが多いように思えます。
ジェスチャーで相手に伝えるということ
相手への返事に文字を書くというのは必須ではありません。頷きだけでも、答えられることはあります。そして、頷きの速さや大きさで、相手へ伝える印象と言うのは変えることが出来ます。
例えば、私の場合ですと「うんうん」「なるほど」という相槌のような頷きでしたら、小さく細かくしています。
逆に「へぇ~」「そうなんだ~」という相手の意見に対して、大きな理解を示すような相槌だったら、大きくゆっくりになります。
この辺りは恐らくリアルでも同じだと思われます。
綺麗と言われる所作にフルトラは必須なのか?
フルトラであることに越したことはありませんが、私自身の経験から言わせてもらうと不要です。
確かに全身を滑らかに動かせることによって、相手に与える印象や表現の幅は全く変わってきます。
しかし、HMDによって、手と頭を動かせるだけでも出来ることは多くなります。
「頷く」「手を振る」こういったリアクションで、話を聞いている・返事を返すということが大事だと思います。
また、Virtual Desktopにある疑似トラッキングを使い、腰の捻りが出来るようになるとさらに表現の幅は広がるでしょう。
事実、私はその疑似トラッキングを使っていた時はフルトラと勘違いされていたこともあります。
ただ、大事なのは動きではなく、相手に伝える気持ちだと思います。
そして、その気持ちをどう伝えるかで相手への印象も変わって来るでしょう。
個人的に、フルトラの最大の利点は「足も動くようになること」ではないと思っています。
下半身も含めて全身の動きが、疑似トラッキングよりも滑らかになります。それによって、より「生きている」ような自然な動きを表現できるのです。
伝わりやすい文字と読みやすい文字を

書き方というのも意外と大事なポイントです。
ここでは、私がどのように文字を綴っているのかを書いてみようと思います。
まず、ペンを持つ際はゆっくりと持って、考える仕草をしてから、ゆっくりと文字を書くようにしています。
鏡文字を書き始めた最初の頃は相手を待たせてはいけないという意識が強く、速くばかりを考えていましたが、最近は丁寧に書くということを心がけるようにしています。
けれど、待たせてしまってはいけないという気持ちや、焦りなどが出ると雑になってしまうのは未熟な証拠です。
理想は速く丁寧で読みやすいなのですが、私にはまだまだ無理な境地ですね。
時には書き終わった文字の下を手でなぞったり、より強調したい部分に下線を引いたり、その文字をペンで指したりすることもあります。
また、文字を消すタイミングも大事で、書き終わってすぐに消してしまうということはしないようにしています。
私の文字を読み、相手がそれに対してリアクションをしたところで消すようにしています。
改行位置は意外と大事
文字は多くても3行以内に収めるように心がけています。
改行位置も気を付けて、出来る限り自然な文章のような感じで書くようにしています。


この画像例は極端ではありますが、出来る限り自然な位置で改行し、相手にとって読みやすいようにと心がけています。
どうしても改行位置が変になってしまう場合は、ちょっと無理をして一行を長めに書くか、改行しても左寄りに書かず、右寄りで書いたりします。
こうした細かな配慮だけでも、相手から見た印象は少し変わるのかもしれません。
また、この画像を見て気づいた方はいるでしょうか?
私はペンを置く際、必ず横向きにするようにしています。相手にペン先を向けないようにしているのです。

続けて文字を書く場合
3行ではどうしても収まらない場合も出てくるでしょう。そして、多くの方は文字を書き終わると、そこで言いたいことはそこまでだと思って、それを受け取り次の会話へと続くことがあります。
まだ続ける文字はあったのに、と思った方はいるでしょう。
そんな時、私はこうしています。

文字を書きながら、もしくは書き終わったあとにまだ次もありますよ、と指を一本立てます。ただ立てるだけでなく、指はきちんと動かして、相手にアピールするようにします。気づかれなければ意味がありませんから。

指一本だけでは伝わりにくいということもあるでしょう。
そんな時は、このように大きめに文字を書くということもします。やはり同じようにペンは動かして、まだ続きますよとアピールするようにしています。
話し言葉と書き言葉
言葉でのやり取りと文字でのやり取りによる違いというものもあります。
話し言葉だと「何するんですか?」でも通じますし、書き言葉でも同様に通じます。
けれど、私は「何するのですか?」と「ん」ではなく「の」にしています。
ほぼ無意識で書いているところでもありますが、この微妙な違いが相手にとって、丁寧だと思われる要因になっているかもしれません。
あと、ら抜き言葉も使いませんね、私は。母がそれを嫌っていたせいか、私にも自然とそれが染み付いてしまいました。
こういった細かいところも、もしかしたら大事な点かもしれません。
喋ることと喋らないことの違い
恐らくこの差が大きいのではないかと思っています。
ボイスチャットの場合、乱暴な言い方をしてしまえば、相手に与える印象は別として、よそ見をしていてもコミュニケーションは成立してしまいます。
ただ、無言勢の場合は筆談なりチャットなりで、相手を必ず「見る」必要が出てきます。ボイスチャットの人は無言勢の書いている姿を見る。そして、無言勢はその相手の視線を受けながら書く。その「見る・見られる」が少なからず影響しているのではないかと考えます。
よく聞く意見の一つに「無言勢が文字を書いている姿が可愛い」というのがありますが、まさにそれだと思います。
無言勢には人権がないという言葉
一度は目にしたことがある言葉だと思います。
いつ目にしても「無言勢には人権がないよね」これだけで、どういう状況でそう思ったのか見えてきません。
誰かに言われてそう思ったのか。
それとも上手く振舞えない自分自身への自虐なのか。
それは分かりません。
けれど、そう思ってしまい自分の活動の幅を狭めてしまってはもったいないと思います。
無言勢での活動に限界を感じたのなら。そして、声を出せる環境及び、声を出すことに抵抗がないのであればVCをオンにすればいいだけです。
ただ、環境を変えたとしても、すべてを周囲のせいにしたままでは、きっと同じような悩みにぶつかってしまうでしょう。
しかし、環境で声が出せずにいて、なおかつ無言勢としての活動が辛いという人もいるでしょう。
そうした場合は、無言勢が多く集まるイベントに顔を出してみたり、自分の興味のある内容のイベントに顔を出してみたりするのもひとつの手でしょう。
もちろん、イベントに参加しただけですべてが変わるわけではありません。
・自分から挨拶をしてみる。
・誰かの話を聞いてみる。
・頷いてみる。
・文字を書いてみる。
小さなことでも、自分から働きかけることで、少しずつ状況が変わっていくことはあるはずです。
それでも思い悩むのでしたら、こちらのnoteをお勧めします。
私も無言勢になったばかりの頃。
・上手くやれるのか。
・きちんとコミュニケーションが取れるのか。
不安と緊張しかありませんでした。
その度にこのnoteを。そして関連する無言勢について書かれたnoteを何度も何度も読み返しました。
無言勢にならざるを得なかったのだとしたら、不満が出るのも、それを言うのも仕方のないことだと思います。
しかし、自分の意思でこのスタイルを選んだのなら、不満を言う前に自分でどうすればいいのかを考えなければなりません。
私は自分でこのスタイルを選びました。
先駆者の綴ってくれたnote。
過去、多くの無言勢の方たちが築いてくれた、今の無言勢という立ち位置。
そして、私自身の工夫でここまでやってこれました。
けれど、無言勢を続けていられる一番の原動力は、
「しなのを使いたい」
これに尽きるのでしょうね。
おわりに
無言勢としての私の在り方でしたが、いかがでしたでしょうか?
こうして分析してみると、色々と細かくやっているのだなぁ、と自分自身でも驚いています。
筆談によるコミュニケーションはコストのかかる方法です。けれど、人と関わりたいという気持ちはVCの方たちとなんら変わりはないのです。
大事なのはあなたと話がしたい、という気持ちです。声を掛ける・声を掛けられる。それをきちんと受け取り、相手と会話をする。
相手の話をただ黙って聞くのではなく、頷く。たったこれだけで、話を聞いてもらっているということが相手に伝わるので、無視されているのかな?という不安を取り除くことが出来ます。
私が知っている無言勢の方たちは本当に活き活きとしていて、時にはVCの方たちよりうるさいのでは?と思うくらいです。
いきなりここまでやりましょう、という話ではありません。
少しずつ、少しずつ。自分のペースで色んなところに行き、色んな方とお話していけば、きっと気の合う、そして筆談に理解のあるフレンドが現れると思います。
私もまだまだですが、これを読んだ方と一緒に歩んでいければと思います。
これからも私は、誰かとお話をするために文字を綴ることでしょう。
