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「音楽を聴く能力」とは?

まず、初めに重要なお知らせです。

記事<音楽は果たして「エンタメ」として考えて良いのか?>のタイトルを変更させて頂きます。
新しい記事タイトルは<「音楽」は果たして「エンタメ」なのか?~「アート」がなぜ「まなび」に?>と致します。
タイトル変更の理由は、この問題を継続して提起したいからです。ご了承頂きます様お願い申し上げます。

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【記事本文】

今回は少し視点を変えての記事です。

現代社会の中で、我々は様々な音環境に囲まれて生活しています。
不思議(?)な事に、私たちは「音楽」と「生活音」と「雑音」と「騒音」などを、それぞれ明確に区別して判断できています。それは一体、なぜなのでしょうか?

答えは、それらを区別できる能力を、自分自身の暮らしの中で身に着け、育ててきたからなのです。このごく当たり前の学習を無意識に繰り返して、私たちは現在に至っているという事なのです。

ここで高嶋ちさ子氏風に「そんな事、当たり前でしょ?」と思ってしまう事に重大な「最大の盲点」が隠されているのです。

「音楽」も全く同じです。日々「音楽」に触れることによって、まず「音楽を聴く能力」が芽生えます。そして、あらゆる鑑賞体験を通して、それはさらに豊かに育まれていくものだと思うのです。

当然ですが、人それぞれの生活環境は異なりますから、そうした芽生えや育成の状況も、十人十色で異なります。つまり、その育ってきた環境の違いによって、「好きになる音楽」や「騒音まがいに感じる音楽」などの、人それぞれの多様な「好み」が形作られると思うのです。

従って、この「音楽を聴く能力」こそが「音楽」の根底にある重要度MAXの「最も基本的な能力」という事になるのです。

実は日本国内のメディア関係者やプロの指導者や音楽家自身も、あまりに当たり前の事と捉えてしまって、この「音楽を聴く能力」の重要性に殆ど気付いていないのです。

そうした生活環境の中で、私たちは自分の感性となる「音楽を聴く能力」を意識して「これからどう育てていくか?」という事になるのではないでしょうか?

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なお、マガジン『音楽の本質』内の記事を併せてお読み頂けると幸いです。


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