日本三國/古典教養・腹芸バトルを再誕させた功績を称えたい/TVアニメ『日本三國』レビュー・感想
はじめに
原作コミックは未読。
古典教養を共通言語にした武人、曲者同士の腹芸の応酬。
いや~私のスキのド真ん中でしたね~。
実写時代劇も、もっと『日本三國』みたいに、
古典引用して論陣張り合いましょうよ~。
いきなり愛を叫びましたが。
実は、私は初回観た段階で、一度、視聴離れていました。
未来の戦国日本みたいで面白そうだけど、
こっちは今年の大河ドラマで、戦国時代観てるしな~って感じで後回し。
舞い戻って来たのは、放送も後半に入ってから。
ネットSNSにて、『兵法三十六計』の「空城の計」が絡んだシナリオの評判を聞きつけたから。
日本の戦国時代では、三方ヶ原の戦いの徳川家康の「空城の計」が、私も大好物でして。
最近こういう古典教養に基づいた駆け引きが、
大河ドラマなんかでも、あまり取り上げられなくなって、
寂しい思いをしていた所で、この『日本三國』ですよ。
「空城の計」だと~!?と色めきだって、
6月に入って、2話から猛追して、一気に沼にハマりました。
『日本三國』。確かにトンデモSFファンタジーです。
ツッコミ始めたらキリがありません。
でも私は、古典教養・腹芸バトルの面白さを最大化するための、
ぶっ飛びSF設定だと、むしろ評価したい。
本稿では、その辺りを語っていきたいです。
物語📖
東洋古典復古のための終末物
『日本三國』の世界観は、一見すると“未来の戦国日本”ですが、
その実態は、東洋古典復古のための文明崩壊設定だと私は感じました。
この作者さんは、本当に三国志が大好きなのでしょう。
一応、地政学的な根拠はありそうですが、日本三分割も三国鼎立への情熱が先走った強引な境界線ですし。
後の“奇才軍師”。主人公・青輝は孔明扇?装備してますし。
随所に『三国志』愛が迸っています。
そして何より、近現代西洋文明の蒸発。
ここが最大のトンデモ要素であり、最大の“仕掛け”でもあります。
“日本時代末期”の令和。あれほど欧米にかぶれていた本邦が、
文明崩壊を経たとは言え、明治初期レベルにまで、西洋文明の影響度が後退するものなのか。
普通に考えれば「そうはならんやろ」となる。
が、私はここに、作者の本音と狙いを感じます。
作者は中国の古典などを、
共通の教養として身に付けた武人同士が、
知性と度胸を試し合い、化かし合う。
『三国志』関連の歴史物や、往年の大河ドラマに見られるような駆け引き。
これらを、やたら史実を気にするリアリストの批判を気にせず、
思う存分やりたかったのだと私は捉えました。
未来を語るためのSF設定ではなく、
古典教養の応酬という、過去の歴史ドラマの醍醐味を、
現代のマンガ・アニメで復活させるために、
近現代の西洋文明を、文明崩壊で吹っ飛ばしたのではないかと私は理解しています。
だからこそ、この作品は“トンデモSF”として減点するより、
古典腹芸バトルを最大化した作品として加点する方が、
圧倒的に楽しめるのだと思います。
教養故の痛恨まで織り込む“歴史ドラマ”の生々しさ
第八話「龍虎決戦」。件の「空城の計」。
窮地に陥った大和の辺境将軍・龍門光英が、
九頭竜橋のド真ん中にて、独り茶を点て、
輪島桜虎・総帥率いる聖夷の大軍に、
伏兵がいるのでは?と疑心暗鬼させ退けた、聖夷西征の山場。
ここまで強いカリスマ性で、聖夷を束ねてきた輪島総帥にとっては、
権威を大きく失墜させる痛恨の撤退劇となった一戦。
双方が「空城の計」などの古典教養を共有し、
相手の腹の中を、深読みし過ぎたからこそ生じた歴史ドラマ。
現実の歴史でも、後世の歴史家から見て、何でこんな悪手を?
と悔恨したくなる事例が見受けられます。
が、それは、後からなら何とでも言える話。
歴史の当事者は、情報も限られる中で、その場その場で最善を尽くそうとした。
だからこそ、余計に悔いが残る。
が、そこもまた歴史の醍醐味。
設定はぶっ飛んでいるのに、この辺りの頭脳戦は妙に生々しく、
時に、思い違いをしてしまう人間味が感じられ、惹き込まれます。
数年単位の権謀術数に“大河ドラマ成分”を感じる
深読みし過ぎた故の九頭竜川の痛恨。
が、それは深読みの方向性がズレていただけで、
相手の心中を読む事は、この“三国時代”を勝ち抜くための必須スキルだと
思い知らされる流れもまた、本作の懐の深い部分。
終盤、数年スパンで策略を巡らせた猛者による、作戦の開陳は、
大局観を持って、腹を探り合わなければ生き残れない、この時代の厳しさを痛感させます。
象徴的だったのが、序盤・第二話「登龍門」に込められた、
辺境将軍隊・軍師・賀来泰明の心中が、
終盤、吐露された件。
「登龍門」自体が、登用の条件である、龍門将軍の膝をつかせるという難題を、
青輝が知略によりクリアを試みる。
故事成語の由来の如き、牽引力のある良エピソード。
さらにその裏にて、軍師・賀来は、登龍門の時点で、致命に至る病を患っており、
青輝ら若手の有望株に、辺境将軍隊や、日本泰平の将来を託す、
長年のプランを秘めて、龍門将軍に登龍門での早期登用を推奨していた。
「何年も前より“登龍門”についてー“妥協すべきです”と(龍門将軍に)進言して参りましたがー
ようやくこの席を譲るに値する者に巡り会えたようです」
「この世で一番私を深く理解しとる龍門さんすらも欺けたとは……
此度の謀も見通しが明るい」
大望のために、数年単位で、味方をも欺き続ける。
総仕上げとしての、軍師・賀来の対“聖夷西征”の軍略。震えました。
もっとも、ラストでは、もっと腹黒い大局観を持ったモンスターが大暴れしますけどね。
序盤エピソードが何話も先になって伏線回収され、再定義される“大河ドラマ”級の脚本芸。
『日本三國』についても、この先も是非、数十話単位でアニメ続編制作して頂き、
あの時のあのシーンは、こういう意味もあったのか!?と驚かせて欲しいものです。
作画🖼️北陸民が歓喜する“聖夷西征”のロケーション
“ポップさ”を意識した作画で間口拡大を企画
アニメーション制作・スタジオカフカ
腹に一物抱えた濃い顔面が居並ぶ“三国時代”。
画面はどうしても重たくなりがち。
が、スタッフは“ポップさ”を意識した画作りで、
適度に映像を軽量化し、『三国志』、歴史ファン以外の層にも訴求。
やってるエピソードもまた重量級なのに、
適宜ギャグも交えて、シンプルな流線背景や、コミカルな表情描写も挟まれ、
観ていて意外と疲れない。
私としては、もっと重たい映像が続いても受けて立ちますが、
濃淡のリズムが軽快だった点も、
『日本三國』配信先の一つであるアマプラにて、
常にランキング上位を占めた一因なのでしょう。
北陸、特に福井・石川が燃えた“聖夷西征”
トンデモ終末物でありながら、地政学に基づいた国境など、
舞台設定は意外とカチっとしている本作。
Googleマップとにらめっこしながら制作されたと言う背景美術も、
地形のリアリティを再現し、物語に重みをもたらしていました。
石川県出身の北陸民の私としては、聖夷西征は、
福井、石川が推しまくられた歓喜のエピソードでもありました。
奥越から奇襲を仕掛ける聖夷・輪島総帥の作戦。
昭和時代。高速、国道整備前、“陸の孤島”と揶揄された、北陸県境の険しさも再現。
石川・福井県境に放棄された、“日本時代”の高速トンネルを再整備して、
奥越ルートでの強襲を実現するという件。
北陸民としても説得力を感じながらの鑑賞でした。
手取川、大聖寺など馴染みの地名が戦の舞台となったのも嬉しかったです。
さらには、手取フィッシュランドの廃遊園地跡にまで布陣され、
石川県民の狂喜はピークに。
因みに手取フィッシュランドとは、手取川南岸の釣堀業者が成り上がり、
遊園地レベルにまで膨張した、“北陸最大規模の総合レジャーランド”で、
たまにウルトラマンがやって来たりします。
福井県側の舞台も、福井県立恐竜博物館が“九頭竜城”になっていたり、
大和・辺境将軍隊の本拠が福井県庁こと“福井嶺北城”に置かれたりとユニークですね。
地元観光課の皆さんも、手取川の戦いをナレで飛ばす大河ドラマ何かには期待せず(←まだ言う)『日本三國』聖地巡礼ビジネスで勝負をかけるべし!
と言うことで、本年末まで開催中のデジタルスタンプラリー。
福井県でもやっているようです。これでまた福井で遊び呆ける口実が。
【追記】……で、先日、福井に入り浸って参りました。
聖地巡礼記。よろしければご覧下さい。
キャラ🐼腐敗と大志の対峙
平殿器ーー台頭する若者に立ちはだかる貫禄のボスキャラ
大和国の主人公・三角青輝は、
知略により、亡き妻の無念を晴らし、日本泰平の大願を果たさんとする愛媛民。
同国の阿佐馬芳経こと“ツネちゃんさん”は、
武術により成り上がりを目指す、自信過剰な名家のお坊ちゃんで、青輝のライバルで腐れ縁の和歌山民。
登龍門から腐敗したこの国を糺さんと、
頭角を表す若者たちの壁となる大人たち。
特に平殿器。
大和国・内務卿で実質的な支配者であるこの大阪人は、
先帝を毒殺し、「わいが国家や」と豪語。
さらには、自分を不快にさせたからと、
秒で首をチョンパさせる暴君タイプで、青輝の仇敵でもある。
作中でも、冷静な青輝たちの感情をかき乱そうと、
憎たらしい煽りを繰り返す平一派。
青輝よく耐え忍んだと、私も何度も拍手を送りたくなりました。
が、平殿器も、ただ権力の座で、ふんぞり返って自滅する愚者ではなく、
筋が通った話には傾聴できる器の大きさがありますし、
数年単位で策謀を練る大局観も有している。
何より憎まれても世に憚るだけの妙な愛嬌がある。首斬るけど。
愛嬌を感じたのは、10歳の息子で大司書の平殿継を通じてというのもあります。
彼の場合は、龍門辺境将軍をハゲと罵ったりする、
大人にも父の権威を振りかざす、生意気なだけのガキかと思いきや、
後半、一転、改心の兆候も見られた、
意外性に惹かれたというのもあります。
いずれにせよ平殿器。
まるでNHK大河ドラマ『平清盛』の清盛と白河法皇を悪魔合体したような。
藤3世も小便チビっちゃう。
このふてぶてしいボスキャラを攻略せねば、日本泰平の大願成就はあり得ない。
これはこの先も骨が折れそうです。
輪島桜虎ーー政治の“推し活化”が独裁と戦争を呼び寄せる
輪島桜虎。クーデターにより聖夷総帥に成り上がった能登人で、
大和国に聖夷西征を仕掛けた若き首魁。
往年の歴史ドラマ復古が作風の『日本三國』において、
現代的な要素を感じたのが、輪島桜虎の人心掌握の過程。
腐敗し大和国に“売国”する聖夷上層部を、
可憐で“尊い”レジスタンスリーダー・桜虎が打倒し、
自ら民に粥を振る舞う優しさで、聖夷国を救済し統率。
真に聖夷を苦しめる大和討伐へと、国全体の民意を煽る物語の流布。
“尊い”輪島総帥の威光は、大和・辺境将軍隊にも及び、
呆けた武将の中には、輪島・聖夷と組んで平殿器を討とうと、
絆される者まで現れる始末。
そこで賀来軍師ら、知性と正気を残した同僚たちに、
輪島総帥が振る舞った粥は、そもそも旧政府からの没収品の転用。
腐敗と寒冷で疲弊した民を救うとクーデターを正当化しながら、
民が最も損耗する大戦を煽る自己矛盾。
そもそも父の仇討ちと言う、輪島桜虎の私心が見え隠れする、
聖夷西征に大義はあるのか。
冷静な事実確認により“推し”に心酔した民心の洗脳を解いていく過程が印象的でした。
現実の本邦でも、政治の“推し活化”が揶揄され、
私自身も支持政党の動画を、推しの近況でも見守るように没入してしまいがちな今日この頃。
政治的熱狂の結果として、高い代償を払うことになった聖夷を教訓として、
私も冷静な政治参加を心掛けたいものです。
声優🎙️熱い長台詞が会話劇を牽引
主演・三角青輝役の小野賢章さん。
近年は『閃光のハサウェイ』ハサウェイ・ノア役(2代目)として、
優秀で食えない若者役もお手の物な声優さん。
台本のページが青輝のセリフで埋まるくらい、
長台詞による舌戦が際立つのもまた“大河ドラマ”級。
演じるご本人は、セリフ噛んでしまったなどと謙遜されてますが、
青輝の奇抜な提案の口車に、思わず乗ってしまいたくなる熱い弁舌でした。
阿佐馬芳経こと、ツネちゃんさん役の福山潤さん。
この春アニメでも、『あかね噺』阿良川志ん太役で寄席を演じるなど、
口達者ぶりでは青輝に負けてません。
が、ツネちゃんさんの魅力がより発揮されるのがモノローグ。
青輝を“七三地味男”と呼ばわり、自分こそが大義を果たすと息巻く独り言。
また違った視点で、青輝の魅力を掘り起こしてくれるツネちゃんさん。
青輝のこと大好きなんだな~と、ツンデレぶりに?ホッコリさせられます。
ところで、大和人による、関西弁のイントネーションがおかしい?などとツッコまれたりもしていた『日本三國』。
ろくに関西弁監修も置かずに、アフレコしていた辺り、
文明壊れちゃったし、方言が適当で壊れていても仕方なしという方針なのかと思いきや……。
辺境将軍隊・左中将・長嶺士遼役の武内駿輔さんには、
薩摩弁監修がバッチリ付いているんですよね。
明治初期レベルにまで文明後退した三国時代・大和国もまた薩長びいきなのか?
疑惑が深まります?
音楽🎵戦闘と同等以上に会話劇への寄与が大きい
Kevin Penkin氏の引き出しを多さを再認識
劇伴担当の同氏は、アニメ版『メイドインアビス』での、
壮大なオーケストラなどが印象的なオーストラリアの作曲家。
が、本作のBGMは、やや変化球で、
こちらも歴史ファンのみに的を絞らない、
エンタメ重視のジャンル横断で、幅広い視聴者層に訴えかけた構成。
外国人から見た日本を曲にして欲しいと、
Kevin氏にオーダーしたと言うスタッフ。
和風サウンドもアレンジされるものの、
私の心に残ったのは、会話劇などに挿入されたジャズ要素。
軽快にスウィングする楽曲が、青輝の独演による難局突破を盛り上げていました。
今回の劇伴でKevin氏の多彩さを認識できたので、
今後はSFファンタジー以外のアニメ作品でも、BGMを聴いてみたいです。
毎話、青輝の原点に立ち帰らせる主題歌アニメ
OPはキタニタツヤ「火種」
こちらもややトリッキーなアップテンポナンバーで、飄々と三国時代を渡り歩く、
熱い情熱を秘めた奇才の台頭を体現。
EDはLeina「誓い」
力強い歌唱が印象的なラブバラード。
初回アニオリだったという、青輝の妻・東町小紀のウェディングドレスの演出。
EDアニメでもドレス姿の小紀が挿入され、青輝が決意した原点を思い直すことができるアイコンとして機能します。
まとめ
『日本三國』は、トンデモSFの皮をかぶりながら、
その内側で、古典教養と腹芸の応酬という、
往年の歴史ドラマの醍醐味 を現代アニメに蘇らせた、貴重な作品でした。
文明崩壊という大胆な設定は、未来を語るためではなく、
古典を共通言語とした武人たちの知略戦を最大化するための舞台装置。
九頭竜橋の「空城の計」では、教養が深読みの罠となり痛恨の撤退を生み、登龍門では、故事成語の由来のような理による難題解決が描かれる。
この両極の対比が、本作の“歴史ドラマとしての厚み”を決定付けていました。
歴史ドラマにおいて、史実を気にすべきは歴史家の役割であって、
創作においてはエンタメ性を追求すれば良い。
史実と歴史ドラマとの距離感。
作者のバランス感覚が、随所で伝わって来たのも好印象でした。
本作がモデルにしている三国志には「正史」と「演義」があります。
「正史」は三国時代の歴史を記録した書物であり、
「演義」は三国時代を舞台とする通俗歴史小説です。
「演義」が後世に与えた功績は偉大であり、
「演義」のもとに産まれた作品のおかげで私は三国時代という歴史を知り、
その沼にハマることが出来ました。
本作において、僭越ながら原作を「正史」と捉えるならば、
このアニメ日本三國は「演義」の位置付けとなります。
創作を楽しむ民衆による、歴史や物語の変容に寛容な作者の姿勢が、
上記のウェディングドレスなど、“原作改変”による好結果を生んだとも言えるでしょう。
今後、アニメ“日本三國演義”はどう変化し、
そこからファンの間でどんな語らいがなされるのか。
私も語り尽くしたいので、アニメ続編制作の一報を待望したいです。

