50歳、他人の評価を「損切り」――「無理をやめる」が、自分への投資になる理由。
50代になると他人から認められる生き方ではなく、自分で自分を認める生き方の方がよいという意見があります。
なぜでしょうか?
その理由を詳しく解説していきます。
他人の評価という「投資先」の変更

30代くらいまでは、他人からの評価は投資先として有効だったように思えまず。周囲に認められ、高く評価されることは昇進や昇給、あるいは新しいチャンスの獲得という形で、投資に対するリターンを得られました。
そのため、私が若い頃は、多少無理して心身を削って残業をしても、生存戦略として合理的な判断だったように思えます。
しかし、50歳になった今、社会的な変化もあってこの構造に変化が出てきました。認められたところで、以前ほど劇的な出世や収入アップにつながらない。つまり、「他人の評価を得るための無理は、投資対効果が低い」になってしまっているのです。
◆いい意味で、誰も「あなた」に関心はない
「無理して頑張らない」
と決めた時、真面目なあなたは「周囲からどう思われるか」気になるかもしれませんが、私が実際にやってみたところ、
驚くほど何も反応はない
まあ、そんなもんだと思います。
人は皆、自分の人生で精一杯であり、他人の細かなスタンスの変化にはそれほど関心はありません。
定時で帰ろうが、困難な依頼を断ろうが、最初は多少気にされるかもしれませんが、相手に直接的な被害が及ばない限り、そのうち世界は平気で回っていきます。
「サンクコスト」を損切り
一生懸命頑張ってきたことは、なかなかやめられないと思います。
サンクコスト(埋没費用)の罠から抜け出すのは難しいのです。
投資をやられている方はご存じだと思いますが、「損切り」は損失を最小限に抑えるために重要な戦略です。
仕事では、結果が出なくてもある程度頑張り続けないといけない期間はあります。ただ、「いつまでにこれだけの成果を出す、できなければ見直し」というような損切りのルールを設けたほうがよいです。

全て打算的に考えるのは違うと思うものの、自分のためではなく、他人からの評価のために頑張る場合、損切りのルールは持っておいた方が気は楽です。50歳にもなると、過去ではなく残りの持ち時間を大事にした方がいいため、損切りは残りの人生戦略で必要な武器になります。
◆自律性:自分で決めることが精神的負荷を最小化する
ちなみに「無理」がなぜ辛いのか。自分で決めた部分もあると思いますが、他人に強いられた部分も多いからで、これは高ストレスになります。
【受動モード】
他人の顔色を伺い、断れずに引き受ける(高ストレス)
【能動モード】
自分の状況を判断し、「今日はここまで」「これはやらない」と自分で決める(低ストレス)
たとえやるべき仕事量が変わらなくても、自分でコントロールしているという自律性の感覚を持つだけで、精神的な負荷は軽減されます。そして、これには1円もコストがかかりません。自分で決めるだけです。
◆「無理をする人」から「適切に判断する人」へ
私は昭和生まれなので、努力や根性が美徳とされました。しかし、令和では美徳にはなりにくいです。むしろ、今の時代であればリソースを適切に管理し、例えば体を壊して休むよりも安定して成果を出し続ける適切な状況判断ができる人の方が喜ばれます。
無理して頑張って一つの目標を達成したとしても、物語はそこで終わりではありません。長くなった人生では、その先の物語も続いていくので、なおさら健康を維持して安定的に成果を出す価値が上がっているのです。
自分を認める「本編」の始まり
葬送のフリーレンの第2期が始まっています。
『葬送のフリーレン』は、勇者が魔王を倒した後の物語です。
魔王を倒した後、私の場合は会社員を辞めて50歳になった今が、次の物語の始まりです。それは「他人に認められなくても、私は自分の判断と人生を誇れる」道への始まりかなと思います。
そして、それはとても気に入っています😊
自分を認める旅、とってもおすすめですよ✨
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