成長の実感がないと、人は続けられない。絶望しにくくするための「小さな記録」
「絶望」という言葉は、望みが絶たれると書きます。
つまり、望みが全くなくなった状態です。
多少つらくても、「少しずつ良くなっている」「この先は変わるかもしれない」と思えているうちは、人は意外と前に進めます。
反対に一番苦しいのは、「もう良くならない」「この先もずっと同じだ」と感じてしまったときなのかもしれません。
本当に怖いのは「悪い状態」より「良くなる実感がない状態」
人は苦しさそのものより、「改善する見込みがない」と感じたときに折れやすいと思っています。
例えば、仕事が忙しくてつらく大変だったとしても、課題が改善され、前に進んでいる実感がある場合は頑張れます。
noteの例だと、なかなか有料記事が売れていなくても、少しずつスキやフォロワーさんが増えている場合も続けられます。
しかし、頑張れば頑張るほど、むしろ状況が悪くなっているように感じたらどうなるか。
「絶望」という言葉を見ると、私は『魔法少女まどか☆マギカ』の暁美ほむらを思い出します。
ほむらは、まどかを救うために何度も時間を巻き戻し、同じ時間をやり直します。失敗しても、またやり直す。それでも救えない。しかも、繰り返した時間遡行によって、結果的にはまどかに因果が集中してしまう。
努力しているのに成果が出ないどころか、頑張るほど、自分が望んでいた未来から遠ざかっていく。これは究極の「絶望」かもしれません。

▶ もし、キュゥべえがnoterだったら?<其の十>ほむらに見る「過剰な自立心」
大切なものほど「失ってから」気づく
健康、人間関係、信用。
こうしたものは、あるうちは「あるのが当たり前」で、小さな変化に気づきにくいものです。
だから私は、「悪くなってから気づく」のではなく、普段から小さな変化を見えるようにすることが大切だと思っています。
そしてこれは、悪化を見つけるためだけではありません。
少しずつ良くなっていることに気づくためにも、記録は役に立ちます。
改善している証拠を残す
頑張って成長したり、改善したりしていても、「あまり成長できていないのでは?」という不安にさいなまれることがあります。
そうならないために、頑張って成長することだけでなく、成長していると自分で確認できる仕組みを作ります。
単に「毎日コツコツ頑張りましょう」というスローガンで上手くいけばよいですが、頑張ったことを記録し、昨日より少し良くなった証拠を残していくほうが、「何も変わっていない」と感じにくくなります。
「こんなこと記録して意味ある?」くらいでいい
頑張った記録は、ちょっとしたことで大丈夫です。
・今日も感謝ノートに感謝の言葉を書いた
・今日も体重計に乗った
・甘いものを食べすぎなかった
・否定的なことを言わなかった
・昨日より5分だけ運動した
・今日は家族に一回多く「ありがとう」と言った
こんな些細なことでも、記録して振り返ったときに意味を持ちます。
ここで大事なのは、結果ではなく行動を記録することです。
「1kg痩せた」だけを記録すると、結果が出ない日に落ち込むので、「今日も体重計に乗った」「今日もおやつを一つ我慢した」のように、自分でコントロールできた行動を記録するのがおすすめです。
小さな記録は「希望の残高」になる

今日一日の記録は大したことがなくても、30日分並べた時に「ちゃんと30回できた」という証拠が残ります。
その記録は、「まだ何も変わっていない」ではなく、「少なくとも自分は変えようと動き続けている」と確認する材料になります。
我々は、ほむらのように経験した記憶を持ったまま、時間遡行してやり直すことはできません。
しかし、「昨日は何ができたか」、「何が上手くいかなかったか」、「今日は何を少し変えたか」などを記録すれば、前回の経験を持って次の日に進めます。記録は、時間遡行のできない私たちが「前回より少し良くする」ための仕組みでもあるのです。
絶望してから立ち直るより、絶望しにくい仕組みをつくる
絶望したときにどう立ち直るかも大切です。
でも、それより前に「自分は少しずつでも前に進んでいる」と確認できる仕組みを持っておく。その方が、深く落ち込んでから立ち直るよりも、ずっと楽です。
今抱えている悩みの中で、今日ほんの少しだけ良くできることは何でしょうか。
それを一つ決めて、記録してみる。
明日、また一つ積み上げる。
その小さな積み重ねが、「まだ良くなる」という望みを残してくれるのだと思います。
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