シビリアン・コントロールは軽くない
昨日は憲法記念日。
その日の松尾貴史さんの毎日新聞のコラム「ちょっと違和感」を読んだ。
現役の自衛官が、自民党大会で「君が代」を歌った。
しかも、自衛官として紹介され、自衛隊の制服を着ていた。
その場にいた小泉進次郎防衛大臣は、ツーショット写真をSNSに投稿した。
ほかの自民党議員も、自民党の広報も、誇らしげに発信した。
ところが、自衛隊法との関係が問われると、説明は一転する。
「私人としての活動」
さっきまで、制服姿の自衛官として称賛していなかったか。
松尾さんはこれを「ご都合主義」と書いていた。
問題は、まさにそこだと思う。
国歌を歌うことが問題なのではない。
自衛官が政治の場で、どのように扱われたのか。
そこが問われている。
自衛隊は、特定の政党のものではない。
政権のものでもない。
もちろん、政治的な演出の道具でもない。
もし問題があったなら、きちんと調べる。
処分すべきことがあれば処分する。
誰に、どんな責任があるのかを明らかにする。
それが、シビリアン・コントロールではないか。
「まずかったかも」と思った瞬間に、投稿を消す。
そして「私人でした」と説明する。
そのまま、なかったことにする。
これでは、あまりに雑だ。
憲法に自衛隊を明記する。
国防軍を持つ。
そんな議論をするなら、なおさらである。
軍事組織を政治がどう扱うのか。
政治が軍事組織と、どれだけ健全な距離を保てるのか。
そこを厳しく見ておかないと、あとで取り返しがつかなくなる。
声高に非難したいわけではない。
ただ、これは小さな違和感で終わらせてはいけない。
制服を着た人を、政党大会の舞台に上げる。
それを政治家が喜んで発信する。
問題になると「私人」と言い出す。
その一連の流れに、少し背筋が寒くなる。
自衛隊を大切にするということは、
自衛隊を政治利用しないことでもある。
この件、もう「なかったこと」にしていいのだろうか。
