14.何でもない日記【苛立ちはクルマバソウに香る】
春風に叩き落とされたケヤキの枯れ枝が、家の裏に積み重なる。
この日陰も、夏の強い太陽光を受ければ、僅かな日照時間にさえツタ植物を生やしていくだろう。
そして絡まり、私の手にあまるようになる。
そうなる前に枯れ枝を取り除こうと、私は家の裏側を眺めた。
けれど、すぐに気づいた。
そういえば春先、錆びきったねこぐるまを処分していたんだった。
手で運ぶ事も出来なくはない。
しかしこの量だ。
途方に暮れると言うほどでも無かったが、私の気力を損なわせるには十分だった。
せめて伸びはじめているツタだけでも、今のうちに始末しておこう。
軍手をはめて、強く引っ張る。
根は深くて、茎に棘もある。
そして、その見た目とは裏腹に、強かった。
これをロープに使えばテントも張れるのではないか、と思える程だった。
軽い気持ちで取り掛かった事だったが、簡単な仕事ではないと認識を改める。
こんな庭仕事をする余裕があるのは、4年ぶりという所だ。
赤ちゃんだった娘たちを眺めているうちに、こんなにも時が経っていたなんて。
彼らは人間が来ない事を幸いとし、既にここを支配したつもりになっている。
冗談はよせ、このツタどもが。
『何してるの?』
不意に、4才の娘が声をかけてくる。
『ここに入ってこないで!
枝が落ちてくるし、トゲトゲのツタがあるから!』
私はそう注意するが、
『ねぇ、何してるの?』
全く怯まない娘は、もう一度、同じ事を聞いた。
最近、ずっとこうなんだ。
『庭仕事だよ、ほら、向こうで遊んでて!』
私は、ちゃんと説明しなかった。
しかし、こちらに姉の声を聞いたのだろう、2才の妹までやってくる。
もうダメだこれは。
中止しよう。
『ほら!あっちであそぼう!』
ささくれだってそう言うと、長女はしゃがみ込んで、何か小さくて、白い花を摘み出した。
また見つけたのか。
本当に、花を見つけるのが得意だな。
『このお花の名前しらべて。』
最近の娘は、実は私がそんなに花に詳しい訳ではなくて、都度、iPhoneで調べている事に気付いている。
軍手を脱がないとスマホが使えない。
しかしここで拒否したって、この子は納得するまで何度でも、
「このお花の名前しらべて。」
と繰り返すに違いない。
私は、渋々軍手を外した。
クルマバソウ。
それが、この花の名前だった。
ザラついた茎に、可憐な花。
木漏れ日に咲く花は控えめで、なるほど、娘が好みそうな花だった。
(ふーん…。)
私が一人で納得していると、
『ねぇ、なんて言うお花なの?』
と娘は言う。
『クルマバソウだってさ。
ほら、早くあっち行くよ。』
私は急かすように、ツタの絡まる庭を抜けだした。
そして、今になって思うんだ。
もっと、ちゃんと教えてあげたら良かったって。
手のかかる君たちの事を、私は忙しさにかまけて、時々、ぞんざいに扱ってしまう。
もう、何も知らない子どもじゃない。
それが分かってないのは、いつだって私の方なんだ。
後から調べた。
クルマバソウは乾燥させると、甘い香りがするという。
だから今度は、娘と一緒に行こうと思った。
トゲがある事も、枝が落ちてくる事も、あの子はきっと分かってくれる。
いざとなれば、私が守ればいい。
一緒にポプリでも作ってみようか。
私はそんなもん、一度だって作った事ないけど。
