19.何でもない日記【ひまわりの種に神はいない】
4歳の娘は、いつも家族のお休みを楽しみに待っていた。
みんなで一緒にお出かけをしたり、家で遊んで過ごす事が大好きなんだ。
そんな娘に対して、ある朝の私は、
「あと5回保育園を頑張れば、日曜日は家族のお休みだよ。」
そう伝えたんだ。
そして、一緒に日曜日を待ち侘びた。
日曜日まで残り1日の土曜日。
この日、保育園は運動会の日だった。
『今日は運動会本番の日だよ!』
そう張り切って起きる娘の声で、私は目を覚ます。
時計を見ると、まだ時間は5時半。
ちょっと早すぎる。
けれど妻も私も、この子が運動会をどれほど待ち侘びていたのかを知っていた。
『本当は本番の日まで内緒なんだけど、特別に踊りを見せてあげる!』
そう言って、私たちに内緒の踊りを披露しようとした。
『ママとパパ!ここに並んで!』
と私たちを並ばせ、踊り出そうとするが、
『…恥ずかしい。』
と言ったまま動けなくなってしまって、内緒は守られたりしてたんだ。
保育園本番、娘は張り切って踊っていた。
必要以上にぶんぶん体を振り回して、たまに他の子とズレたり、時々忘れて動きが止まったりしながら、みんなと同じくらい上手に踊ってた。
私は動画を撮影しながら、
(なるほど、これが秘密の踊りの正体か。)
などと感心したり、
(みんなに負けてないな!)
と、他の子と比べて安堵なんてしたりした。
運動会終盤では、もう体力を使い果たしたのか、それとも朝に早く起きすぎてしまったからなのか、頻繁なあくびが目立った。
保護者参加競技では、親である私たちが側にきて気が緩んだのか、
『疲れちゃったよ、抱っこして。』
なんていいながら、泣いてしまった。
あんなに楽しみにしてたのに、張り切りすぎて疲れちゃったんだね。
運動会も終わって午後になると、私と娘は、ホームセンターにお花を買いに行った。
前々から娘は、
『4歳ちゃんも自分の花壇がほしい!』
と言っていた。
そして妻と娘は、
『このチューリップが枯れたら、球根を掘り出してここを4歳ちゃんの花壇にしよう。』
という約束をしてたんだ。
そして先日、いよいよチューリップの葉も枯れてしまったので、4歳ちゃんがほしいお花を探しに行こうと思ったのだ。
私は娘と二人で、ホームセンターに並ぶ、綺麗なお花たちを眺める。
「4歳ちゃんはどのお花がいい?」
私はそう尋ねた。
すると4歳ちゃんは、
『これと、これと、これと、これとー…』
右から左まで片っ端に指を刺していく。
「待って待って、そんなにたくさん植えられないよ!」
私は笑いながら制した。
自由に選ばせようと思ったんだけど、これでは花壇が満員電車のようになってしまう。
そんなおり、娘が言った。
『お花の種がほしい。』
どうやら娘は、もう咲いているお花ではなくて、お花の種が欲しいようだった。
思えば最近、花壇に生えてきた雑草を引き抜いては、
『ねぇ、これを他の場所に植えてもいい?』
などと私に聞いていた。
私は内心、
(それ雑草なんだけどな)
と思いながらも、
「いいよ、じゃあこっちの何もない所に植えてあげよっか。」
と伝えた。
すると娘は、
『お花の赤ちゃん、いい子だね。』
などと言いながら、雑草の芽を他の場所に移殖していたんだ。
(そうか、お花の赤ちゃんを最初から育てたいんだな。)
そう思った私は、二人でお花の種を選んだ。
選んだものは、ひまわりの種だった。
『お家に帰ったら、まずは鉢植えに植えよう。
そして大きくなったら花壇に移動させようね。』
帰り道の車で、娘は眠ってしまった。
運動会でも、ずっとあくびしてたもんね。
疲れちゃったんだ。
家に帰り、私も少し休む。
娘はまだ眠っていた。
最近は大きくなってきて、午後にお昼寝をするのは珍しかった。
きっと運動会という特別な日だったので、疲れたんだろうなって思ったんだ。
(まぁ、明日はみんなとお休みだから、別にずっと寝ててもいいか。)
そう思って、自然に目を覚ますまで、寝かせておく事にした。
次第に夕方になると、妻は食事の支度を始める。
私はお風呂を沸かして、子ども達をお風呂に入れてあげようと思った。
その頃には娘も起きてテレビを見ていたので、私は、
「そのブルーイが終わったらお風呂入ろうね。」
と伝えた。
お洋服を脱いで、お風呂場に入る娘。
すると娘はブルブル震えて、
『寒い!』
と言った。
何かおかしい。
なぜなら、私は寒くないからだ。
この子は代謝が良くて、とても暑がりな事を私は知っている。
一方の私は代謝が悪く、若干冷え性な所があるので、いつも娘が暑がってドアを開けては、
「寒いから閉めて!」
なんて注意をする立場だったんだ。
そんな娘が、寒いと言う。
「どうしたの?どこか具合悪い?」
手早くお風呂を済ませ、熱を測ってみると、体温計は37.7℃を記した。
そこで私は、ようやく全部を理解した。
早すぎる朝の目覚め。
必要以上に身体を振り回してた事。
あくびばっかりしてた事。
終盤に泣いてしまった事。
久々のお昼寝をしてしまった事。
そして、寒い。
(ずっと具合が悪かったんだ…。)
私も妻も、気が付かなかった。
思い返せば、全部が少しずつおかしかった。
でも少しずつだったから、分からなかった。
私と妻は顔を見合わせて、
『もっと早く気づいてあげれば良かったね…。』
と言ったんだ。
私と妻は、娘の事をたくさん褒めた。
ご飯だって、食べきれなくてもいいよって言った。
クタっと横たわる娘に何度もイタズラを仕掛ける2歳の妹に、少し過剰に注意をしてしまったりもした。
私と4歳の娘は、いつもより少し早く寝室へと向かう。
2歳の娘はイヤイヤでイタズラをやめられないから、少し妻に見ててもらう事にした。
そして、娘は弱々しい声で言った。
『今日は絵本読まなくていい。』
そのくらい、身体がしんどいんだろう。
絵本がいらない代わりに、私はすこーしだけ、静かに遊んであげる事にした。
私は親指と人差し指をニョキニョキ動かして、
「ニャッキだよー、ニャッキ、ニャッキ。
4歳ちゃんの腕を登って、ああー!
首の所でこちょこちょしてるー。
こちょこちょ!」
『くすぐったいよー!』
そんな事をしてじゃれあった。
娘は言った。
『こんなにお熱があったら、明日の家族のお休みも、お出かけできないよね?』
最近の4歳ちゃんは、少しお姉さんになってた。
前みたいに、わがままを言わないんだ。
私は答える。
「そうだね…公園とか、遊び場は、やめておいた方がいいかも。
あんまり遠くにも行けないね。」
すると娘は言う。
『お花の種は植えてもいい?』
私は、また答える。
「そうだね。
明日は遠くに行くのはお休みして、お部屋とか、お庭遊びとか、大人しい遊びにしよっか。」
そして、
『明日はチューリップの球根を掘り返して、ひまわりの種を植えようよ。』
すると娘は、
『やったー!』
と喜んでくれたんだ。
そのうち4歳ちゃんは眠り、2歳ちゃんを抱っこした妻も、寝室にやってくる。
私はぼんやり考え事をしながら、
(もっと早く気がついてやれば良かった。)
と言う言葉を、何度か頭の中で繰り返した。
そしてやがて、私も眠りに落ちたようだった。
明け方、私は目を覚ました。
4歳ちゃん、2歳ちゃん、妻。
みんなは、まだ眠っている。
屋根の上から、パタパタと音がする。
少し湿った、ひんやりとした明け方。
雨か。
そうか、今日は雨だったのか。
(これではチューリップの球根を掘り起こせないじゃないか!)
どうしようもなかったし、誰も悪くなかった。
そして思った。
(この子の頑張りに報いるのは神じゃない。)
妻も私も、この子が苦しい思いで頑張ってる事に気がつけなかった。
そして天候は、娘の味方をしなかった。
私たちだ。
私は思った。
(今日の一日を、それでも楽しくしてあげよう。)
私は隣で寝息を立てている娘を見て、頭を撫でて、身体を触って熱を確認する。
まだ起きるには早いな。
そう思ったけれど、私はなんとなく、眠る事が出来なかった。
