9.私の日記【森より出でし枝は火を灯す】
誰もいない森には、まだ羽虫の気配さえない。
堆積した枯葉には落ちた枝が突き刺さり、人を拒んでいる。
私は枝を素手で引き抜き、無理なら踏みつけ、大き過ぎたら迂回して、奥に進んでいく。
冬、雪の重さに耐えかねた松の倒木は、取り除かれる事もなく、隣の細い枝に支えられている。
この木が腐り落ちる頃には、良質な松脂を蓄えるのだろう。
こんな所は来ない方がいい。
でも、探し物があるんだ。
麓の田畑はどこまでも平坦なのに、ここだけは斜面や沼地があって、きっと昔、ここに山があったんだろうと思わせる。
紅葉樹を取り除いて、土を他の場所に移動し、岩は砕いて砂利にでも使ったんだ。
そうやって私たちの生活は成り立っている。
自然が好きだ。
私が物心ついた時にはもう、自然の上に人があるような価値観が一般的だったように思う。
獣が通ればそこに道ができる。
狼がいなくなればシカが草花を食べ尽くす。
なのに人はどうしてか、森を守ろうとか助けようとか言うんだ。
子供の頃からその意味が分からなくて、大人になってみると、意味は分かったが納得は出来なかった。
養蜂家の子供は花を摘み取り、大好きな人に贈った。
摘み取られた花に種は宿らない。
蜜を求めて虫たちは去り、養蜂家は次の森を探す旅に出る。
彼らが新しい花々を摘み取る頃、飛来した種子は誰もいない場所に花を咲かせるんだ。
その全ての営みの中に私たちはいる。
私たちは風向きを変えられないのに、種を植える事は美しいと教えられてきたんだ。
倒れて久しい松は、まだ赤色の肌が綺麗で、私はそこに腰を下ろして水筒の水を飲んだ。
そして再び歩き出し、朽ち果てた松を見つけてはノコギリで枝を切り落とす。
良いファットウッドだ。
断面を太陽にかざすと琥珀のように綺麗で、私はこんな日だけは、若い新芽を避けて歩くんだ。
