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ママは力士を応援したい


私たち夫婦は色々な面で、ちがう部分が多かった。


私はいつも、言葉の整合性を重視した。

冷蔵庫のものを使わないで、と言われたら、使わないようにした。

勝手におやつを食べないで、と言われたら、食べないようにした。


でも後になってから、

『そんな事いってないよ。』

とか、

『そんな前の事を持ち出さないでよ。』

とか言われる。



おかしいだろ。



一方で妻は、計画性を重視した。

様々なプランが事前に頭の中で組み上がっており、家事は極めて早く、家族行事もみんなを楽しませてくれた。


しかし計画が狂うとリカバリー出来なくなって、プチパニックを起こすという弱点もあった。

そういう時の私は、代替案を出したり、妻の気分を落ち着かせる役割を担った。



私たちは、あんまり価値観が合わなかった。


自然派で自由気ままな私に対して、妻はシティ派で、こだわり気質だった。

だからケンカばかりしたし、何度、離婚しようと思ったかわからない。



ただ、私たちは二人とも、卑怯、卑劣な事を嫌ったし、道徳を軽んじる者を許せないという価値観を持ってた。

あと、同じものを美味しいって言えた。
味覚が似てたんだ。



私たちは10年以上一緒にいた。

育児を始めたのは、ほんの4年前からだ。


子どもが産まれてからは、特に価値観のズレが増えた。
子ども達を通して何度も衝突したし、何度も話し合った。



たぶん、分かり合えた事の方が少なかったと思う。

何せ私たちは二人とも、いじっぱりで、強がりで、負けず嫌いで、簡単には自分の正義を曲げられなかったんだ。


それでもいつしか、私たちは離婚という言葉を出さなくなった。

ケンカをしていく中で、少しずつ、お互いを尊重をしていく気持ちが出てきたんだと思う。


お互いを理解しきる事はできなかったけど、相手を許す事はできた。

いつも根底に、子どもたちへの愛情がある事は、お互いに分かってたから。


少なくとも、私はそう思ってる。



私たち親は、良い親か?

そう聞かれたら、わかんない。


私なんかすぐ怒ってしまう。

自分の弱さに負けて、子どもの前でも強い父親の姿を振る舞いきれない。


妻はいつも余裕がなくて、子ども達に振り回されては、小さいパニックを起こして癇癪を起こしたり、部屋に閉じ籠ったりする。


スマートじゃない。
教科書みたいに美しくはできないんだ。

だけど妻はいつも、てぃ先生の動画を見てた。

私はいつも、育児心理学の情報を検索した。


そして私たちがスマートではなくとも、子ども達はいつだって、昨日の事を忘れたかのように、私たちに抱っこを求めたんだ。




家族は、集団でありながら、個だ。

それぞれが違う役割を持つ。

だから、私たち親が至らない時、子ども達がこの家庭を守ってくれたんだと思った。


みんな違うし、私たちは分かり合えないけど、それでも一緒にいて、同じ目的のために進んでる。

みんなで一緒にいる事。

私たちの家族は、きっとこの家庭が好きだと思うから。


いつの頃からか、私たち夫婦は、大きなケンカをした後でも、お互いに謝らなくなった。

もちろん、ぶつかって痛い思いをさせたとか、頼まれた事を忘れてたとか、相手の尊厳を損なうような発言をした時は、ごめんって言うけど。


でも、理念の食い違いで衝突したのならば、もうそれ以上は責める必要はないって思ってる。

そんな時はただ、お互いの怒りが収まるまで、待てばいい。

そんな事は別に、許せない事じゃない。

だから、謝罪の言葉なんて、なくてもいいって思うようになったんだ。




つい先日も、私たちは子どものしつけの事で、ケンカした。

娘が道端のガラス片に触った事を、私が厳しく怒った。

その事で4才の娘を泣かせた事について、妻との間に、衝突が発生したんだ。



それから、およそ36時間。


先に沈黙を破ったのは、妻だった。




ママ『ねぇパパ…。』


俺『…何?』


ママ『私、相撲の互助会にはいろうかな!?』



予想の斜め上すぎるだろ。

何のつもりだよ。

俺はそこまで達観してねーぞ。




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