カクテルと余白:12【一華の受験相談②】Season2
【前回のあらすじ】
ある日の午後……香取プロデューサーのケータイが鳴った。一華からのものだった。今日の夜に大佐と一緒に相談に乗って欲しいと言う。
香取はその夜のBARでの待ち合わせを提案した。
前回のお話しはこちら⬇️
🎼🎹
今回のテーマ曲です。宜しければ、お読みになりながらお聴きください。
✏️イエスタディ・ワンス・モア
(カーペンターズ)
歌 : 二宮 愛
(音量にご注意下さい)🔽
❄️❄️❄️【家庭平和維持軍・出動!】
赤坂のBAR『OLD TIME』。
18時、それは約束の時間だった。
開店直後の静寂が支配する店内に、相談者の一華が姿を現した。
その眼は泣き腫らしたように赤く、いつもの凛とした面影はない。
彼女は重い足取りでカウンターへ向かい、待ち構えていたダイデンたちに震える声で相談を切り出した。
「実は……昨日、娘の塾から電話がありまして。なんと、私の娘の雅(みやびこ)がカンニングをした、というのです」
「ほう……」
ダイデン大佐と香取プロデューサーは、同時に声を上げた。
重厚なカウンター越しに、空気が一気に張り詰める。
🥕「詳しく訊かせてください」
🍒「ええ」
一華は深く息を吐き、悪夢のような出来事を回想し始めた。
🍹🍹🍹
その「事件」が起きたのは、今赤坂で一華とダイデン大佐と、香取プロデューサーがOLD TIMEで会っている夜の前日、夕方の事だった。
雅が通う塾では、いつも社会科の授業の冒頭で行われる復習テストが、ちょうど終わったところだった。
答案の回収が行われ始めると、突如、1人の女子が立ち上がって叫んだ。
「先生、雅(みやびこ)ちゃんが、カンニングしました」
「え?!」
クラス全員の眼が、カンニングを指摘された女子生徒に集まった。
「え?!何で?私そんなことしていません」雅は椅子から立ち上がった。
「だって、机の中にテキストや資料がいっぱい入っているじゃん?ほら」
その教室を担当する「ゲチャ」というあだ名の付いた、中年太りの教師は無表情のままだった。

「これは……直前まで暗記していたから。仕舞うのが遅れて……」
クラスメートの冷ややかな視線は、明らかに雅には不利だった。
「そうか……そう言われてしまっては仕方ないな。それじゃ、こうしよう!」
ゲチャ先生は顔を上げた。
「雅さんのテストは『無効』とします。0点ではありませんが、欠席して受けていないのと同じ扱いにします」
教室は静寂に包まれたが、そのため雅のすすり泣きが一際目立ってしまった。
直後に始まった社会科の授業中、雅はずっと机に伏して泣いていた。
ゲチャ先生はそんな雅には敢えて一言も声をかけず、周囲の生徒たちも雅を放っておくしかなかった。
休み時間になって、雅と仲の良い何人かの女子が雅に声をかけた時、ようやく雅は顔を上げた。
「わたし……やってないのに」
友人たちは雅をなぐさめた。
その夜、赤坂のラウンジで接待の仕事をしていた一華のケータイが鳴った。娘の塾からだった。

電話の主は、一華の娘が通う塾の室長だった。生徒たちから長らく『タヌーイ』と呼ばれている先生だ。
顔が何となく狸を連想させるから、なのかもしれない。
「そんなに大袈裟な事ではないのですが」
タヌーイ室長は冒頭で、一華にわざわざ電話をかけた事を謝った。
「実は……」
淡々とした、抑揚の無い声で室長は事のいきさつを一華に説明した。
一華はすっかり動転してしまった。
「え?!す……すみません。ウチの娘が、先生や皆さんにご迷惑をおかけして……本当に申し訳ございません。私どうしたら良いのか……」
電話の向こうの室長は言葉を続けた。
「いや、お母さん。ここは謝罪しないでください。みやびこちゃんがカンニングをした、という確証は無いのです。
ただ、当該範囲の内容が書かれたノートとテキストが机の引き出しに入っていた。
そっと引っ張り出して読んでしまえばカンニングができた、という状況証拠があるだけです。
つまりは、周囲から『カンニングをした』と言われてしまった、という事実をお伝えしたまでです」
一華のアタマの中では、もう一つの言葉しか聞こえて来なかった。
「カンニング」
「カンニング」
「カンニング」
それは鳴り響く鐘楼の鐘のように、彼女の耳を苦しめた。
📲📲📲📲📲
タヌーイ室長からの電話を切ると、一華は自分が勤めるラウンジの人混みの中に、1人の女性を探した。
パーティーの宴はたけなわで、その中でもコンパニオンの一華はスター的な存在だった。
「お社長!あの……すみません。
今日……」
六十代半ばの『お社長』と呼ばれた女性は、表情ひとつ変えずに一華に言った。
「あの子に……『びい』に何かあったんだね?!
一華……いいわよ。今夜は帰りなさい」
「お社長……すみません」
「早くお行きよ!」
老淑女は小さく声を荒げた。
「そんな世帯じみた泣き顔されてちゃ、あんた目当ての客は皆んな興醒めだよ」
「すみません!」
「お待ちよ!」
『お社長』の耳に付いた大きなイヤリングが揺れた。
「タクシー使いな」
一華は無言で頭を下げた。

「マッカーサー通りから……東雲へ」
赤坂から、一華のマンションのある東雲までは数年前、新しい橋と道が完成した。
この時間ならば自宅まで20分で到着する。タクシーの中で、一華は自らの気持ちを落ち着かせようとした。
「二つに一つなのよ。真実は……」
つまり、雅は本当にカンニングをした真犯人か。あるいは周囲が丁稚上げた濡れ衣か……。
「ギルティ!」
前者ならばーー許す訳にはいかない。あまりにショックだ。
母子家庭で、心を一つにここまで一緒に頑張って来たのに。それなのに誤魔化しのカンニングとは。
いくら小四とは言え、それは私を裏切った事になる。そんな子に入試なんてさせない。
私は、何のためにこうやって夜のバイトをしているのか……
全てはあの子の将来の学費のためではないか。
途端に娘の顔が、小さな悪魔に見えて来た。あの可愛い笑顔の下に、もうひとつ別の顔があるのだろうか。
背中の空いたドレスのままタクシーに飛び乗った一華だったが、その背筋を寒いものが走った。
「イノセント!」
もうひとりの一華が心の中で叫んだ。
そうだとしたら……びいちゃん……ウチの子は被害者だわ。
もしそれなら……酷い!
何よ、ゲチャもタヌーイも。淡々と話してたけど。カンジ悪かった!!
皆んなで寄ってたかってウチの子を犯人扱いしてるという事でしょ?!
それなら……それなら、びいちゃんが可哀想だわ!私が守らなければ。
いいわ、そうしたら、あんな塾辞めさせてやる!そうよ。退塾よ。塾なんて他に沢山あるんだから。
タクシーは豊洲の夜景を左手に進んだ。
「でも……」
一華は思わず声に出した。
その時、自分が話しかけられたと思い、ドライバーは軽く後ろを振り向いた。
一華はそれに気付かなかった。
「ウチの子に限って……」
という考え方は、一番愚かな親がする思考パターンよ。
ここは、びいの奴を問い詰める?それとも、なだめる?ああ…どうすればいいの?
タクシーは目的地に到着した。雅が待っているはずのタワーマンションの前だった。
【次回に続く】
🍸🍸🍸🍸🍸
🎼🎹良かったら、またこの曲も聴いてください。🔽
Vocals: Ai Ninomiya / Original: ABBA / Composers: Benny Andersson, Björn Ulvaeus
🥕「ここでひと言解説を」
ダイデン大佐は、ニンジンをマイクの代わりに持った。
『そんな些細な事で、何を大騒ぎしているのだろう?わざわざ仕事を放り出してまで帰宅するような問題ではないだろう?』
そう、お考えになる方もいらっしゃるかとは思います。
『そもそも、都内の中学入試など、ただの贅沢だろう?
私立に行けなければ公立の中学があるじゃないか。
この母親の悩みだって、生活に余裕のある道楽者の悩みだ』
もし、そのように感じられる方がいらっしゃるならば、ちょうど今回のお話しは、そんな当事者たちの気持ちをご理解いただける、良い機会になったのでは……と思います。
どうか今暫くお付き合いください。
事態は都内の中学入試に限りません。
高校入試でも、大学入試でも、子を想う親の気持ちは同じです。
確かに生活感のない、贅沢な悩みと言えるのかもしれません。
ただ、いつだって彼女たちは真剣です。
24時間常に我が子の事を考えています。
そして、いつでも親は、
期待……失望……怒り……喜び……
この繰り返しです。
この母子たちは、自分たちが決めた目標に向かって必死に頑張っているのです。
温かい眼で見てあげていただけると幸いです」
【次回カクテルと余白】はこちら⬇️

ラインハルト・ダイデン大佐
【家庭教師管制塔『無限堂』】
🌐 公式ホームページ
https://mugendo1977.com/
無限堂は、電話・メール等による勧誘は一切行っておりません。
📸 公式インスタグラム
https://www.instagram.com/mugendoofficial?igsh=MTh5ajg3ZGhyMHZ4NA%3D%3D&utm_source=qr
無限堂は、電話・メールによる勧誘は一切行っておりません。
🥕ダイデンのイラスト・ひがしりょう
【あとがき:執筆時のイメージ曲】
著者が本編の背景としてイメージしていたエンディングのテーマ曲です。お時間があれば読後の余韻と共にお聴きください。⬇️
