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カクテルと余白:38【青本の中の砂漠②】Season4

『星の王子さま:サン=テグジュペリ』
D'après "Le Petit Prince" d'Antoine de Saint-Exupéry  より🍸

🍸前回のお話しはこちら🔽

🎼🎹今回のテーマ曲です。できればお聴きになりながらお読みください。🔽

✏️ 想い出がいっぱい
( 作詞 ) 阿木燿子
( 作曲 ) 鈴木キサブロー
( 歌 ) 小出 美里

🍸🍸🍸
 大きな洗濯槽の中で、詰め込んだ洗濯物が時折、濡れた衣擦れの音を立てて鈍く回転している。

深夜のコインランドリーは無人で、入り口のガラス越しに見える路地を通り過ぎる影もまばらだった。

 サキは、途中の自販機で買った『マウンテンデュー』の缶のタブに指をかけ、一気に引き抜いた。

プシュッという乾いた音とともに、甘く清涼感のある香りが夜気の中に漂う。

切り離された銀色のタブを、彼女は持参したラジオ『クーガ』の傍らにそっと置いた。

深夜のコインランドリー

 そのまま冷えた缶を口元へ運び、喉を鳴らしてスッキリとした炭酸を流し込む。

『私は……ここで、何をしているのだろう?』

ふと、サキは勉強のペンを止め、深夜の孤独の中で自問自答した。

『私は医大を目指す受験生。まさに今、その勉強の合間にここにいる。それだけよ……』

しかし、この春の入試において、サキはなぜ経済的な余裕があるはずの私立医大をあえて避け、国立大学一本に絞ったのか。

両親には「私立に合格する自信がない」と嘯いてみせたが、その言い訳は誰の目にも明らかだった。

正直なところ、トップレベルの数校を除けば、私立の医学部には確実に合格できる実力があったはずだ。

彼女がそれを拒んだのは、単なる学歴や偏差値への拘りからではない。

むしろ、確実に受かってしまうことが恐怖だったのだ。

私大医学部は、入学から卒業までには数千万円もの学費がかかる。

それは、当時の大卒初任給の数百倍であり、サキの人生は、その重圧をそのまま背負うことになる。

そして、その金額は、臨床医となり父親の病院を継ぐことでしか償えない金額だった。

私立医大の門をくぐることは、将来の選択肢をすべて捨て、逃げ場のない一方通行の人生を歩むことを意味していた。

『私は……私は、本当に医者になりたいの?』

心配の理由は、もうひとつあった。
勉強に限らず、サキはイージーミス……ポカが多いタイプだった。
医者としてのミスは、そのまま患者の死を招く事態に繋がりかねない。
過去の大きな失敗の記憶が蘇る。
そう……『あの夏』も。

――これらの問題こそが、深夜のコインランドリーでラジオのノイズに耳を澄ませるサキにとって、誰にも言えない最大の課題であり、拭い去れない焦燥の根源だったのである。

4歳のドクター

 幼い日の記憶が、ふと脳裏をかすめる。

 まだ幼稚園にも通わないほど小さかった頃、診療室で父が患者に薬を渡す手つきに憧れたサキは、その真似事をして父を驚かせようと考えた。

 彼女は手持ちのクレヨンをスケッチブックに走らせ、色とりどりに様々な大きさの薬の絵を描き上げると、意気揚々と父のもとへ駆け寄った。

「パパ、どうぞ」
仕事の激務で疲弊していたはずの父は、その顔に満面の笑みを浮かべて

「うわあ、美味しそうなキャンディだね」と優しく応えた。

 期待とは違う反応にがっかりしたサキは、今度は思い直して黒一色の無骨な丸を並べ、
「これで……どうぞ」と再び差し出した。

お薬なのに……。

 それを見た父は、
「あれ?今度は白玉団子かな?」と目を細めて笑った。

 サキは唇を尖らせて
「ちがうよ パパ これは おくすりなの」
と力強く否定した。

すると父は、目尻の皺を深くして顔をくしゃくしゃにすると、彼女をひょいと抱き上げ、
「嬉しいな、サキ。サキもお医者さんになりたいのだね?」
と慈しむように言った。

傍らにいた母も嬉しそうに微笑み、
「そうね、将来が楽しみだわ」
と被せて来た。

突然の言葉に、幼いサキは当惑して「え……?」
と呟くしかなかったが、父は慈愛に満ちた声で追い打ちをかけた。

「サキ、お絵描きも大切だけど、今日からは算数ドリルも頑張ろうね」

「そうよ、サキちゃん。沢山たくさん勉強して県立広瀬川高校を目指すのよ」と母も優しく、しかし確固たる意志を込めて微笑んだ。

「広瀬川高校に行けば、毎年たくさんの先輩が医学部に進学しているの。
東北大だって夢じゃないわ。
頑張るのよ、サキちゃん」

これらの二人の言葉に、幼心にも抗えない圧を感じたサキは、反射的に

「う……うん」

と小さく頷いた。

 それ以来、彼女は両親の前で、自分は将来必ず『ひろたか』へ進み、そして『いがくぶ』に入って医者になるのだと、まるで呪文のように繰り返し口にするようになったのだった。

🎼🎹ここでBGMです。
千葉生まれ、東京育ちの筆者が愛してやまない『第二の故郷』……仙台を謳い上げた『杜の都のソウルミュージック』です。

✏️ 青葉城恋歌
( 作詞 )星間船一
( 作曲・歌 ) さとう宗幸

🍸🍸🍸
🍒「広瀬川高校って……何で『ひろたか』なの?」
🥕「あ、それはね。『広瀬川工業高校』があるから。そちらは『ひろこう』だ」

🥃「全国の都市によって、高校の略称に他校と区別するための個性があります。
例えば、群馬県では、

県立前橋高校=まえたか
県立前橋工業=まえこう
県立前橋商業=まえしょう
市立前橋高校=いちまえ

個性的なのは
福島県立石川町内にある2つの学校
県立福島高校=ふくこう
私立福島高校=がくほういしかわ
*『学校法人』の略」

🥕「香取君の生誕地、千葉県の船橋市では…
県立船橋高校=けんふな
市立船橋高校=いちふな
が有名だね」

🥃「どちらも多くの親類や友人が卒業しています」
🍒「あら?横瀬オーナーや、大佐、香取さんの母校もそうでしょ?

明大明治高校=めいめい
明大中野高校=めいなか
明大八王子高校=めいはち
明大世田谷高校=めいせた
……よね?」

🥕「うーん……それ……我々はやめてほしいんだよね。『めいめい』って」
🥃「ヤギじゃないんだから……」

そこに、久々に横瀬オーナーが口を挟んだ。
🍸「高校名に『明治』が付くのは、その中では私たちの学校だけなので、私たちは『めいこう』と呼びます」

🍒「私の母校は『I. J.』(一番町女学院)で、この略称には誇りがあるわ。

でも、大学の方は学校を『塾』と呼ぶの。卒業生は『塾員』と呼ぶ。

個人的には……私の大学の方のこの通称……まあ、自称かな?……好きではないわ。内部でしか通用しないから」

🥃「我が明治高校は、世間からの通り名を当事者たちは嫌う。真逆だね」
🍒「大学なのに『塾』なんて時代に合わない。なんか秘密結社みたいで……」

🥕「まあ、色々あって面白い」
🥃「と言う事で、サキの第一志望校は
県立広瀬川高校=ひろたか
なので以後よろぴこ」

サキの『クーガ』は
中学1年生の誕生日にやって来た。

🍸🍸🍸
 サキは、使い込まれた愛機である高性能ラジオ『クーガ』のイヤホンを耳にしっかりと通し、慎重にダイヤルを回してスイッチを入れた。

 野球をこよなく愛する彼女は、高校時代も3年間、硬式野球部のマネージャーとして選手たちを献身的に支えてきた。

 プロ野球では、あるきっかけから、彼女は『東京シーガルズ』を熱狂的に応援していた。

しかし、この時代のマスメディアによる中継は、日本中がこぞって読臣ゼネラルズの試合一辺倒だった。

熱烈に贔屓の球団を応援するサキは試合の情報に飢えていた。

常々思う。
『昔、仙台にもプロ野球チームがあったと言う。
また、もし……いつか……仙台でなくてもいい。
東北に1チーム、プロ野球球団が帰って来たら、その時は絶対に応援するのにな。シーガルズも捨てないけど』

 仙台在住のサキにとって、遠く離れた東京の神宮球場で繰り広げられるシーガルズの試合状況は毎晩気になって仕方がなかった。

そこで、中学1年生の誕生日に父親へ無理を言って買い与えてもらったのが、この高性能遠距離受信ラジオ『クーガ』である。

このラジオは唯一、サキにとって遠く離れた地の大好きなチームと、自分を繋ぎ止めてくれる大切な架け橋だったのである。

東京シーガルズ
神宮球場が本拠地だ。

 時を経て、かつて仙台と東京を隔てていたあの300キロの距離を埋め、今サキは東京に住んでいる。

西新宿にあるマンションの窓辺からは、徒歩圏内と言えるほど近くに聖地・神宮球場の気配を感じる。

予備校からの帰りの電車では、『国鉄信濃町駅』と『国鉄千駄ヶ谷』で、これからプロ野球観戦に臨む乗客をよく見かけた。
神宮球場は、この二つの駅の中間点にある。

しかし、浪人という現在の身分を自らに課し、彼女はあえて大好きな野球を封印していた。

あの熱狂した日々から切り離された生活の中で、東京に来て以来、一度も神宮の土を踏むことはなかった。

神宮球場は、サキにとって、まだ見ぬ憧れの聖地のままだった。

 そして今……仙台から東京へと向かっていたかつての熱いベクトルは、いつしか正反対の故郷・仙台へと向かい、彼女の心を夜な夜な故郷の周波数へといざなう。

市販のラジオでは到底拾えない遠く離れた仙台の深夜電波も、父にねだって買ってもらったこの『クーガ』ならば、雑音の向こうから鮮明に引き寄せてくれる。

やがて、仙台で毎晩のように聴いていた深夜放送
『青葉通り・ブルーウィンド25時』
の開始時刻が巡ってきた。

サキの目当ては、パーソナリティを務めるDJ『オキツグ・タヌマ』の軽妙かつ熱い語り口だ。

 深夜の静寂、電波越しに聴く彼の声やその風貌は、サキにとって高校時代に厳しくも尊敬していた野球部の監督を彷彿とさせた。

浪人生活の孤独を抱えるサキにとって、その声は不思議なほど深い癒やしとなっていた。
今夜もまた、サキはその声を遠い電波に求めて深く耳を澄ませた。

青葉通り・ブルーウィンド25時DJ
プロドラマー『オキツグ・タヌマ』

🎼🎹この放送のタイトル曲……のイメージです。名曲を見事にRAPでカバーしました。

✏️ 青葉城恋歌21
( 元作詞 )星間船一
( 曲・RAP・歌 )カズシック

🍸🍸🍸
 サキが、使い込まれたヘッドホンを耳に当て、あらかじめプリセットしておいたダイヤル位置のまま『クーガ』の電源を入れると、ザラついた軋むようなチューニング音の向こうから、聞き慣れた女性コーラスのジングルが流れ出してきた。

「🎵SBC仙台放送……Woo🎵Hoo🎵
〜青葉通り・ブルーウィンド25時
周波数:1296kHz🎵」

 遠く離れた故郷の電波が少しずつ安定し、オキツグ・タヌマの声が明瞭に響き始めるのを待ちながら、サキはコインランドリーのプラスチック製の長椅子に英語の参考書を広げた。

オキツグ・タヌマ

 詰め込んだ洗濯物が鈍い音を立てて止まるまでには、まだまだ十分な時間があるはずだった。

しかし、ふいに

「ギューーウィンーーキーーーガーー」と、耳をつんざくような激しいノイズがラジオから鳴り響き始めた。

「うん?どうしたのかしら。
この建物の位置が悪くて電波が途切れたのかな?」
とサキは訝しみ、微調整のためにクーガのチューニングダイヤルに指をかけて少し回してみる。

だが、肝心の放送は完全に途切れたままで、甲高い雑音は収まるどころか余計にひどくなっていくばかりだった。

「ダメか……ここでの受信は諦めよう」
とため息をつき、サキがラジオのスイッチを切ろうと手を伸ばしたその瞬間、荒れ狂うノイズの波間から、突如としてノイズ混じりの少年の声が微かに、しかし確かに聞こえてきた。

「……誰か?聴こえている?……ぼくを見つけて……こちらはシエルズ・キャメルB612……ガーガーガー……キーン……
ぼくを見つけて……」

不意に飛び込んできた理解不能な言葉に「????」
と戸惑いながらも、サキは無意識のうちにラジオのボリュームをゆっくりと上げた。
【次回作はこちら】🔽

(服装デザイン協力……Ms.いちか )
(ダイデン大佐作画……ひがし りょう)

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家庭平和維持軍
ラインハルト・ダイデン大佐

【カクテルと余白:37・いちご⑤】🔽
狂気の暗記術炸裂!
今度は化学のイオン化列だっ!

【カクテルと余白】
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