【エッセイ】【音楽】ニューヨークのおとぎ話 シェイン・マガウアンを一年越しで悼む
またこの季節が巡ってきた、ということは、どこかの街角で、ショップで、あの歌を耳にすることがあるやもしれない。どんな思いで聴くだろうか。ポ-グスの「フェアリーテール・オブ・ニューヨーク(Fairytale of New York、邦題:ニューヨークの夢、1987年)」、あの最高のクリスマス・ソング、最高のデュエットを聴かせてくれた二人、どちらももうこの世にはいない。シェイン・マガウアンが亡くなってちょうど1年、カースティ・マッコールにいたっては四半世紀近くにもなる。
四半世紀近く前といえば、私は新聞社で編集の仕事をしていた。紙面の隅々までながめ回すという職業上の習慣がなければ、その小さな記事は見落としていたことだろう。カースティ・マッコールの死を伝えるごく短い外電。海難事故ということまでは記されていたと記憶しているが、ダイビング中、突っ込んできた猛スピードのボートから、一緒にいた息子をかばったためというその死の悲劇性を知ったのは、結構後だったように思う。2000年12月18日の出来事だった。特に何も感じなかった。洋楽への関心は薄れていたし、記者職への未練、性に合わない仕事、罵声を浴び続ける日々、感情そのものが鈍麻していた――それは不意打ちだった。何日か後、とぼとぼと背中丸めた帰り道でのこと。あの胸をつくような優しいピアノの旋律が耳に飛び込み、思わず頭を上げた。それまで地元商店街の有線放送など気にもとめたことがなかったが。12月だったし、「フェアリーテール・オブ・ニューヨーク」、夢破れた移民夫婦を歌ったクリスマス・ソングがかかっても不思議はなかった――。
It was Christmas Eve, babe, in the drunk tank
An old man said to me, "Won't see another one"
And then he sang a song, 'The Rare Old Mountain Dew'
I turned my face away and dreamed about you
Got on a lucky one, came in eighteen-to-one
I've got a feeling this year's for me and you
So, Happy Christmas, I love you, baby
I can see a better time when all our dreams come true
甘く切ないイントロを裂くかのようなシェイン・マガウアンのグダグダでパンキッシュ、唯一無二の歌声。クリスマス・イブにブタ箱にぶち込まれた飲んだくれ。先客のじいさんが歌うアイルランド民謡。ニューヨークに移民したアイリッシュの男は女のことを夢見、人生を回顧する。夢と回想、現実がまじりあった、4分30秒の一篇の映画のような歌が始まる。クリスマスの思い出、競馬で大穴を当てたこともあった、すべての夢がかなうように思えた――。
They've got cars big as bars, they've got rivers of gold
But the wind goes right through you, it's no place for the old
When you first took my hand on a cold Christmas Eve
You promised me Broadway was waiting for me
女のパートへと続く。カースティ・マッコールのハスキーで魅惑的な歌声。夫である名プロデューサーのスティーブ・リリーホワイトが、この曲に最適な声質だと、自宅スタジオでカースティが歌う女声パートを録音して、それを聴いたバンドメンバーも「理想的な声だ」と感嘆したというが、シェインとカースティがスタジオで一緒にレコーディングしたわけではないというのは驚きである。カースティのアルバムはどれも好きだったが、特にギターのジョニー・マーが参加しているということで買いに走った「Kite」(1989年)はかなり聴き込んだ。ドラムの連打から始まるアップテンポなオープニング・ナンバー「Innocence」、切々と歌い上げたキンクスの往年のバラード調の名曲「Days」のカバーなど佳曲ぞろいで、シンガーとしての彼女の幅の広さを感じさせる上質なポップ・アルバムだった――ニューヨークへ来たばかりの頃の期待と不安、男が女の手を初めて握ったクリスマス・イブの思い出、男が女と交わしたおとぎ話のような約束、ブロードウェイの晴れの舞台――ああ、私はカースティの声が大好きだったんだなと改めて気づいた。
You were handsome, you were pretty, queen of New York City
When the band finished playing, they howled out for more
Sinatra was swinging, all the drunks, they were singing
We kissed on a corner, then danced through the night
The boys of the NYPD choir were singing, "Galway Bay"
And the bells were ringing out for Christmas Day
あの頃はあんた、ハンサムだったのに。おまえだって美人だった、ニューヨークの女王様みたいだった。朝まで一緒に踊り明かしたっけ。カースティとシェインの絶妙な掛け合い、夫婦漫才のように楽しい。そしてサビへ。クリスマスの街にはニューヨーク市警の合唱隊の歌声が響き、教会の鐘の音が鳴り渡る。アメリカの警察にはハリソン・フォード主演の「デビル」(1997年)や、レオナルド・ディカプリオ主演の「ディパーテッド」(2006年)で詳しく描かれているようにアイリッシュも多く、同郷の人々が歌うご当地ソングは郷愁をかきたてたことであろう。
You're a bum, you're a punk, you're an old slut on junk
Lying there almost dead on a drip in that bed
You scumbag, you maggot, you cheap, lousy faggot
Happy Christmas, your arse, I pray God it's our last
現実に戻ったのだろう、夫婦の醜い罵り合いとなる。何がハッピー・クリスマスよ、金輪際ごめんだわ!この歌の白眉と言ってもいい激しい言葉の応酬だが、時代は変わった。クズだの売女だの、めちゃくちゃな罵倒語と言いつつ、ちゃんと韻を踏んでいたりするのだが、今のご時世、PC的に厳しく、特にfaggot(同性愛者)とかはアウトで、削除しろとかしないとか、物議を醸しているようだ。
"I could have been someone" Well, so could anyone
You took my dreams from me when I first found you
I kept them with me, babe, I put them with my own
Can't make it all alone, I've built my dreams around you
時代は変わった。1年前、シェインが亡くなった時はフィルター・バブルのおかげだろうか、多くの情報が勝手に飛び込んできた。シャットアウトしたいくらいだった。しばらくするとアイルランドでのシェインの葬儀の様子がネット上に続々とアップされているではないか。ぼんやり見ていた。棺を運ぶ道路は人々で埋まり、入りきれない人々が教会を囲み、現職のアイルランド大統領や元のシン・フェイン党首まで列席し、ニック・ケイヴがピアノの弾き語りで限りなく美しい「Rainy night in Soho」を歌い上げ、ジョニー・デップが心揺さぶる弔辞を読み上げ、ほとんど「国葬」みたいなもんではないか。そしてポーグスが再結成され、「フェアリーテール・オブ・ニューヨーク」が演奏され、人々が歌い、踊り――曲のクライマックス。あんたは最初にあった時から私の夢を奪ったのよ。いや、ずっと取ってあるよ、俺自身の夢と一緒にね。俺は一人じゃどうにもならない男だ。おまえと一緒だから夢を持てたんだよ。直前の汚い言葉のバトルが活きて、この台詞、女を思う男の心情の美しさが増しているのだろう。全体の構成の妙といい、さすがは酔いどれ詩人シェイン・マガウアン――私は好きなアーティストのライブにはたいがい行っていて、まあまあラッキーだったとは思うのだが、残念ながらシェインのステージは見ていない。正確に言うと、ポーグスのライブには行っているのだが、そこにシェインの姿はなかった。長年のアル中、ヤク中がたたり、心身ともボロボロでバンドをクビになり、なんと、アルバム「Hell's Ditch」をプロデュースしたジョー・ストラマーが男気で急遽バンドに加わってツアーをした、その時のライブを見に行っている。それは私にとってジョー・ストラマーとの一期一会で、美しい思い出もあったりして、そのことはまたいつか書けたらと思うのだが、いずれにしてもシェインとはすれ違ってしまい、そうした心残りもあってだろう、去年の今頃は、不意に「フェアリーテール・オブ・ニューヨーク」が耳に飛び込んできたらしんどいなと思っていた。
The boys of the NYPD choir, still singing, "Galway Bay"
And the bells are ringing out for Christmas Day
でも一年越しの追悼文を書き上げた今年はちょっと違う気がする。心の中でこんな風につぶやくかもしれない。
すべてのさえないクリスマスに乾杯!
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