【エッセイ】【映画】押し引きの美学 橋本忍について(下) 「上意討ち 拝領妻始末」を観る
橋本忍は前回も触れた名著「複眼の映像 私と黒澤明」の中で、脚本の共同執筆こそ、黒澤明作品の核心だとし、その黒澤組独特の手法の形成から変遷を、当事者として臨場感あふれる筆致で書き進める。その軌跡は、黒澤、橋本、小國英雄、菊島隆三が織り成す、時に激しく、時に美しいドラマとして描かれる。
具体的には、黒澤を含むライター陣が、用意ドンで一斉に同じシーンを競争のように書き、一番出来のよいものベースとする。「七人の侍」(1954年)を境にして、ライターが書いた第一稿を叩き台にして完成稿を仕上げる「ライター先行形」から、ライター陣が同時に競って完成稿を書き進める「いきなり決定稿」への方針変更、試行錯誤があるのだが、その過程は“黄金のカルテット”とでもいうシナリオチーム――キャプテン・黒澤、司令塔・小國、ツートップ・橋本と菊島――の絶妙なチームプレイ、その中での橋本から菊島へのエース交代の物語でもある。
橋本はこのチームについて、面白い分析をしている。その脚本執筆のスタイルは、黒澤・橋本と、小國・菊島がちょうど対の関係になっているという。それは、力で寄り切る四つ相撲と、巧みに技を繰り出す引き相撲の違いであり、つまり前者が重厚なリアリズム、思想性を志向するのに対し、後者、特に菊島はリアリズムに拘泥しない軽快さ、娯楽性を身上とするのだと。この四つの個性の作用と反作用、資質と資質のドラマこそが、黒澤作品の生命の源泉なのだという。橋本はそれを混声合唱に例えている。
黒澤組の共同脚本とは、同一シーンを複数の人間がそれぞれの眼(複眼)で書き、それらを編集し、混声合唱の質感の脚本を作り上げる――それが黒澤作品の最大の特質なのである。
黒澤明監督の「用心棒」(1961年)、「椿三十郎」(1962年)と小林正樹監督の「上意討ち 拝領妻始末」(1967年)は並べて論じることができるのではないかと考えている。60年代、日本映画自体は既に下り坂に差しかかっていたが、時代劇にはまだ活力があり傑作も生まれていた時代背景、三船敏郎と仲代達矢の二大スターの共演、両者の対決が見どころとなるクライマックスなどの外面的な共通点ばかりではなく、黒澤作品と日本映画黄金期を支えた三人の偉大な脚本家の個性の違いを浮き彫りにしているように思えるのだ。すなわち、「用心棒」の菊島隆三の痛快さ、「椿三十郎」の小國英雄のヒューマニティ、「上意討ち 拝領妻始末」の橋本忍の情念といった具合に。
「上意討ち 拝領妻始末」は三船敏郎演じる会津藩馬廻り役・笹原伊三郎が、藩主の命令により長男・与五郎(加藤剛)に藩主の元側室・いち(司葉子)を嫁として迎えることから始まる物語である。いちは藩主の寵愛を受けて庶子を産んだが、藩主の心変わりに逆上して手を上げてしまい、藩から下げ渡されることになったのだ。上から押し付けられた不本意な縁談ながら、いちは良き妻としてふるまい、夫婦は愛を育む。やがて娘とみも授かる幸福な日々。しかし藩主の嫡子が急死し、いちの子が世継ぎに指名されたことで一家の運命は急転する。藩がいちを大奥に戻すよう命じたのだ。お世継ぎの生母を一藩士の妻としておくわけにはいかないという理屈であった。伊三郎と与五郎は理不尽な藩命を拒絶する。藩はお家取り潰しもちらつかせて脅すが、いちも毅然と抗う。藩との対立は激化し、やがて刺客が送られる。伊三郎と与五郎の親子は藩と壮絶な戦いを繰り広げる――。
橋本忍としては比較的珍しい、女性を主人公とした脚本である。主人公というと語弊があり、司葉子は興行的には二番手、三番手といったところなのかもしれないが、シナリオの構造としては封建の世に“近代的自我”を持ってしまった一女性を中心にすえ、その強い個我の渦に巻き込まれるように悲劇が進行する。
この家族のドラマに厚みを加えているのが、仲代達矢演じる国廻り支配・浅野帯刀と伊三郎が織り成す綾である。藩内で一、二を争う剣の遣い手として知られた二人はお互いにその技量、人柄を認め合うライバルであり友人であった。伊三郎の一騎当千の実力を恐れる藩重役は浅野に伊三郎を討つよう命じるが、自らの職分ではない上に、そもそも筋を違えているのは藩の方であるとしてこれを突っぱねる。しかし物語の最後、藩の非道を幕府に訴えるべく、両親を亡くした孫娘とみを抱きながら江戸に向かおうとする伊三郎に対し、浅野は国境警備という己の役目上、そして武門の意地からも、通すわけにはいかないと立ちふさがる。かくして、心ならずも両雄は剣を交える――。

この「上意討ち 拝領妻始末」にも、前回論じた「切腹」(1962年)同様、因縁話めいたものがある。幻の橋本忍脚本、小林正樹監督作品の存在である。
太平洋戦争終戦までの一日を描いた大作映画「日本のいちばん長い日」(1967年)は橋本の脚本で、当初は小林が監督することになっていた。橋本と小林はともにロケハンをし、戦時中の戦争ニュースをすべてチェックするなどリサーチも済ませていた。だが東宝の名プロデューサーの藤本真澄と小林が大げんかし、小林が降板してしまう。藤本は橋本に別の監督を考えよという。橋本は「しょうがないから」と岡本喜八の名を挙げる。それに対する藤本の返事はこうだった。「喜八はだめだ。喜八は行書の字を書く。これは楷書の字を書く奴じゃなきゃ撮れない」。それまでの岡本喜八のフィルモグラフィを考えれば、藤本の懸念にも一理あったかもしれないが、われわれは結果を知っている。岡本は多くの登場人物が錯綜する重いテーマの歴史劇を、簡潔かつ小気味よいテンポでさばく見事な手腕を発揮、作品の完成度の高さはもちろん、興行的にも大成功を収めた。ただ、後にドキュメンタリー「東京裁判」を監督した小林の終戦ドラマも観てみたかった気はする。
「上意討ち 拝領妻始末」は「日本のいちばん長い日」の降板でスケジュールが空いてしまった小林に対するおわびとして、穴埋め的な意味合いで企画されたものだという。三船と仲代のキャスティング、「切腹」と同じ滝口康彦の原作でやることは決まったが、原作小説には仲代が演じるような役はなかった。そこで橋本は「ならば作ればいい」と、浅野帯刀という作品の肝となる重要人物を創作したというのだから恐れ入る。
「用心棒」と「椿三十郎」における三船敏郎と仲代達矢との殺陣はどちらも映画史に残るものである。「用心棒」では卯之助・仲代の腕に桑畑三十郎・三船が包丁を投げつけ、拳銃を封じるという小道具の秀逸な使い方。とりわけ「椿三十郎」での椿三十郎・三船と室戸半兵衛・仲代の30秒はあろうかという長い長い無言のにらみ合いと一瞬の斬撃、飛び散る血しぶきはレジェンドであり、既に千万言費やされている。対して「上意討ち 拝領妻始末」では、私は一騎打ちを前にした二人の稀代の名優の「小さな芝居」が好きである。
三船が抱く赤子を仲代がのぞき込み、「おとなしくしてるな」と優しく声をかける。仲代の腕に抱かれての孫の食い初めの祝い。「もしわしが戻って来なくても泣くのではないぞ。その時はこの人が仮の親となり必ずお前を育ててくれる」ととみに語りかける三船に、クールな仲代が見せる、困ったような、何ともいえない表情がユーモラスで、殺伐としたドラマに一服のコメディリリーフのような効果を与える。「お主が破れ、拙者が残る。伊三郎、勝負を譲れ。とみのために」。続く仲代の台詞は、自分がとみを育てることを引き受けたということであろう。
ここまで、封建社会の非人間性に押し潰される個の悲劇、その重々しい展開と四つに組んで力勝負を挑んでいた橋本と小林だが、土壇場、三船と仲代の死闘、死屍累々のラストを前に軽くいなし、幼子に託した生の希望、ヒューマニティの可能性をさらりと描いている。両者が単純に敵同士である「用心棒」と「椿三十郎」では、こうした複雑な心情のやりとりは描きようもなく、橋本は先行する両作品を十分に意識した上で、このような場面を描きたいがために、浅野というキャラクターを創り出したに違いないと、勝手な想像まで膨らんでしまう、「地味な名シーン」といえよう。何度観てもいいなあと思う。
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