教室で盛大に吐いた話
こんにちは。
今日・明日は遠出しています。
以前よく行ってた飲食店に、ちょうど営業再開のタイミングで2年振りくらいに行けてうれしい。
宿のお風呂の休憩所に『3月のライオン』があったから、ペラペラっと読み直してみたけど、解離の場面はサラッとしか書かれてなかった。
小学校3・4年生の頃の記憶で、残っている分をまとめます。
特にテーマや脈絡はないです。
タイトルで分かると思いますが、嘔吐に関する話が苦手な方は避けてください。
前回の記事はこちら↓
3・4年生の記憶まとめ(続き)
●初めてのお泊まり会
小3〜小4のころ、同じクラスで仲良くなった子と、お互いの家でお泊まりをした。
後に、運動会の後、この頃の担任や保護者が集まる場をつくってくれた左官屋さん?の子である。
左官屋さんのお父さんは確か、私達が小学生の頃はPTA会長をやっていて、今は村長をやっている。
狭い村なので、村長は大抵、誰かのお父さんかおじいちゃんなのだ。
よく人が集まる友達の家に比べて、
私は家に友達を入れたことがあまり無く、
もちろん泊まってもらったことも無い。
結構、緊張しながら準備をしたと思う。
夜ごはんは、からあげをリクエストした気がする。
普段、揚げ物をしない我が家にも,その日はからあげが並んだ(ような気がする)。
それから一緒にお風呂に入って(覚えてないけど)、一緒のベッドで寝た。
ベッドの横には、2、3歳の子どもぐらいの大きさの、リアルな人形が置いてあった。
ずっとそこに寝かせていたので、私達家族にとっては背景と化していたが、
友達が、ベットの横でキャーっと驚いていた。というか、怯えていた。
人形の目がガッツリ開いていたせいか、新しいきょうだいかと思ったらしい。
そんなこんなで、無事にお泊まり会は終わった。
●偏頭痛 〜教室で吐いた日〜
3年生か4年生のある日、初めて頭痛を経験した。(ちなみに初めて腹痛を認識したのは、小学校1年か2年の参観日の日)。
この日は朝から、何となく目の奥というか頭が痛かった。
2時間目に体育があり、ラケットベースか何かをやった。体を動かすと、血行が良くなったのか、不思議と頭痛も改善した。
しかし、3時間目だか4時間目になると、また頭が痛くなり、痛みのせいかそれとは別なのか、気持ち悪くもなってきた。
どこかで先生にも伝えたようで、「頭痛い人いるから静かにして」という声が教室に響いた。
クラスの皆が一斉にこちらを見た。
私は、「なんでわかるの?」と思っていたが、明らかに顔色が悪かったか様子がおかしかったのだろう。
その時点で保健室に行けば良かったのだが、
なんとなく保健室に行きたくなかったのか、
そのまま給食の時間に突入した。
その頃には、気持ち悪さがピークに達しており、いつもにも増して進まない箸で、頑張って給食を詰め込んでいた。
そして、後ろにいた友達に話しかけられた。
振り向いた瞬間。
……。
まぁそういうことです。
友達のジャージは汚れてしまって、私は、保健室に行きなさいと言われた。
吐いてスッキリしたせいか、体調は良くなっていた。
保健の先生が休みだったのか、しばらくして、担任の先生が様子を見に来た。
当時少し気になっていたクラスの男の子も来ていたような気もするが、それは多分幻覚か記憶違いだろう。
そして親が迎えに来て、早退した。
この日から高校生ぐらいまで、時折、偏頭痛に悩まされることになる。
この日は「頭が痛い」と思っただけで、偏頭痛とは知らなかったけど。
大体は、片方の目の奥が痛くなるところから始まり、次に、痛みはあるものの、それよりも気持ち悪くなってきて、吐くとちょっと楽になる。その繰り返しだった。
中学での部活の時は、睡眠不足や脱水がきっかけで偏頭痛になり、なかなか先輩に言い出せなくてフラフラになったり、トイレで吐いたりしていた。
高校でも、学校の帰りに、自転車に乗ったまま道端で吐いたりしていた。
また、就職してからは、この時の「吐くと楽になる、スッキリする」という感覚が忘れられず、食べた物を、意図的に吐くようになった。
教室で吐いたことは夢かもしれないと思っていたが、
成人式でジャージを汚してしまった子から
「あの時やばかったよねww」と言われたり、
別の地元の友達にも、「あれ覚えてるよ」と言われたりして、
本当にあったことなんだ……と改めてショックを受けた。
●その他
・給食の栄養士の先生が変わって、給食が少し美味しくなった。
私はエビやタコ、貝、キノコなどご縁がないものが多かったのだが、
「エビの大正揚げ」?で初めてエビを普通においしいと思いながら食べられてうれしかった。
・帰りの準備がとにかく遅かった。
担任の先生とお別れになる終業式で、通知表か何かを受け取る時、「帰りの準備が早くなるといいね」と言われたくらいだ。
なんかびっくりして「えーやだ」とか言ってしまった。
私としては、別にゆっくりやっているつもりもなかった。
ただ、気がついたら皆が支度を終えていた。
帰りの挨拶をして即、先生とじゃんけんか何かをして教室を出ていくところだった。
私は、その頃になってようやくボンヤリと帰りの支度を始めていて、普通にただ帰りの支度をしている内に、下校の音楽が鳴り始めていた。
皆と私とでは、流れている時間が違うのではないかと思うくらいだった。
歩く速さも、行動も、皆が終わったことを確認してから始めるような、ズレた時間を生きていた。
長くなりましたが、3・4年生の記憶はこんな感じです。
段々、詳細に覚えていることが増えてきましたね。
5・6年生編は多分、もっともっと暗くなります。
できる限り、記憶や気持ちを整理しながら、記録していきたいと思います。
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