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「トーベとムーミン展」ムーミン谷もみの並木道123番へ行きたい



もみの並木道123番というのは、ムーミン谷にあるはずの自分の住所である。

いったい何から話せばいいのか迷うほど、記憶がおぼろげな幼い頃から、とび出す絵本やテレビアニメとしてムーミントロールはごく近くにいた。


トーベ・ヤンソンとムーミンキャラクターたち


オープンしてから数年後に訪れたムーミンバレーパーク(埼玉県飯能市)には、原画などを鑑賞できる施設「コケムス」があった。
コケムスはフィンランド語で体験を意味し、トーベの作品やジオラマ、立体や映像など物語の世界に包まれることができる。
展示の入口で迎えてくれたのは、ミイを膝にのせ、ムーミントロールやスナフキンたちに囲まれるトーベの像だった。


TOVE JANSSON AND THE MOOMINS
東京 六本木 森アーツセンターギャラリーにて


2025年はムーミンの最初の本「小さなトロールと大きな洪水」が出版されてから80周年にあたる。
東京からはじまり、2年をかけて日本を巡回する「トーベとムーミン展」を訪れて、また少しムーミン谷のことを知った。
ずっと前からそばにあって、歳を重ねるほどに魅了されてゆくトーベの描く世界について。



ビジュアルに使用されているイラストの真ん中には


16㎝四方ほどのトーベによる
「ムーミンたちとの自画像」
コケムスで出会った像はこの絵から作られたのだ



彫刻家の父と挿絵画家でデザイナーの母のもと
トーベは画家を目指していた


トーベは生まれてからずっと
ふたつの大戦や内戦が続く世界で生きていた
鮮やかながら落ち着いたトーンの美しい色彩は
現実にある戦争の恐怖から逃れるために
描く必要があった世界


暗い色使いの中のモチーフにファンタジーを感じる


子どものときから物語を書き絵をつけて本を手作りしていたというトーベは、15歳頃には挿絵の仕事をしていた。
第二次世界大戦中はフィンランドの政治雑誌に反戦風刺画をたくさん描いたが、戦争のあまりの惨状に絵を描けなくなった数年があったのだという。
そして戦時下の悲惨な生活から逃れるために、せめてもの空想の中にムーミン谷という世界を創り出したと言われている。

ムーミンたちの絵の背景には、楽しんで塗ったように見える色とりどりの花やパーティのテーブルあるかと思えば、真っ暗な深い森の中に豆粒のような存在として描かれるムーミンたちもいる。

かの有名な赤いとんがり屋根にブルーの壁のムーミンハウスは、家族でもそうでなくても、はじめての者でも見た目がどんなに風変わりでも、誰でも招き入れてもらえる。
赤と白の縞々のエプロンをつけて、ムーミンママはどんなときもドアを開けてくれるから。
それがどれほど特別なことなのかに気がついたのは、大人になってようやくだった。


舞台のためのスケッチ

細かく書き込まれた登場人物メモや
大道具のための絵に思い入れを感じる

終戦を迎えた30代、トーベは2作目の「ムーミン谷の彗星」を原作として舞台化し、衣装や舞台デザインを手がけた。
そして発案者で舞台監督の女性ヴィヴィカに恋をする。そのエネルギーはクリエイティブな作品として開花したのだろう。

「ムーミン・オペラ」
パンフレット原画

「ムーミン谷の夏まつり」はのちにオペラとして
フィンランド国立歌劇場で上演された
パンフレットの文字が
絵の一部となって自由に動き回り
魅力的に描かれている
しかもこのパンフレットは台形で
ムーミンママのバッグ型なのだ



小児病棟の壁画のためのコンペティション用スケッチ


ムーミンバレーパークのどこか


トーベは自身の天職は画家であると考え、また経済的な安定のためにも多くの公共施設の壁画を描いた。
そのことを知らずにムーミン・バレーパークのどこかの階段で撮った写真が、小児病棟のための壁画をもとにしていたとは。


保育園のための壁画
「フェアリーテール・パノラマ」の一部


ほかにも学校や保育園、レストランでも大きな壁画が制作された。
大人が何人も寝転べるほどの大きな画面に、まるで目眩く物語を収めるように描かれている。
月と星と虹、オーロラや稲妻がはしる風景に人物と動物、ユニコーンやドラゴンに宝石のこぼれ出る箱、そしてムーミンに出てくるキャラクターたちがあちこちに顔をのぞかせている。

少し前まで、トーベは画家として絵画を世に出したかったのだから、ムーミンが人気者になったのは本人にとって成り行きのようなものなのかと誤解していた。

東京会場ではこの大きな壁画はおそらく原寸大ほどの映像として展示されており、横幅約7mのモノクロの木炭スケッチがゆらゆらと色づいてカラーの壁画に変わってゆくという演出がなされていた。

視界の全てを覆う、その名の通りフェアリーテールの世界を描いた作品には、トーベの綴ってきた物語やひらめきを受け取った伝説、愛しいものたち、家族や友人と過ごしたフィンランドの美しい季節の全てが表現されているかのようだ。
そこにムーミントロールたちも登場しているということは、つまりムーミンキャラクターを含めた全ての仕事、作品がトーベのアートなのだということだ。
トーベにとって、ムーミントロールや身近な誰かをモデルにしていると言われているムーミン谷の住人たちは家族であり、自分自身であったのだと感じられた。



近年の美術展は体験型が多い
ここからムーミンの本の中へ


ムーミン谷の地図と
ムーミンハウスの間取り図に心踊る


誰もがひとりきり

でも
そばにいてくれるなら
うれしい


如何ともし難い自然の猛威
成す術もなく畏怖するのみ


大洪水で避難したときにさえ
ムーミンママは頑なに
小さな黒いハンドバッグを
手離さなかった
まるでそれが
自分自身であるかのように



ムーミンバレーパークにて
ムーミン谷のジオラマを
吹き抜けの階上から見おろす


今回日本での「トーベとムーミン展」に全面的に企画協力しているヘルシンキ市立美術館での本格的な展示については、ぜひこちらから。





六本木と言えばあのカフェがあるはず!
と思い出してはじめて来てみた
この位置から写真撮影をしている人が多い


Salon de Thé Rondeにて
本日のおやつ

アイスコーヒー
チョコレートケーキ


遠くから眺めると宇宙船みたいで
中から見るとプラネタリウムみたい


       

           ✳︎



うちの冷蔵庫のムーミンコーナー

母の日に発売された赤色のシリーズ
もらったカードの言葉の意味は
「自分の時間も大切に」

ムーミンファンクラブに
1年間入会していたことがある
その年の入会特典だった右下の
ムーミンママのハンドバッグが欲しくて

そのときに住所をもらったのだ
ムーミン谷もみの並木道123番


講談社のムーミン童話全集
大きい挿絵が見られるのがよい


リビングのムーミンコーナーには
おみやげやプレゼントでもらったもの
フィンランドで買ってきたものなど


最後のムーミン絵本
「ムーミン谷へのふしぎな旅」と一緒に


都内にいくつかあったムーミンカフェへ
運営会社が変わり閉店する前に訪れた日


大きなムーミンたちのぬいぐるみと相席もできる


サーモンフライのサンドイッチのパンは
「ムーミンのおしりパン」という名前



トーベが自ら監修をつとめ
1978〜82年にポーランドで制作された
パペットアニメ全集は宝物


トーベが最も気に入っていたといわれているこのテレビ用アニメを再編集したものがこの秋、長編映画として公開されるらしい。
この作品のムーミンたちは、生涯のパートナーであったトゥーリッキと共にトーベが制作した人形をモデルとしており、世界観が忠実に表現されている。
主題歌は新たにビョークが作曲しているらしい。
臆病なスニフの声はマッツ・ミケルセン?
これは観に行くしかない。



「トーベとムーミン展」おみやげ
図録とポストカード
若きトーベの自画像は
木版画で彫るというので父に渡す


2020年に公開された映画「TOVE」

ドキュメンタリーではないが
知らなかったトーベを知り
時代の暗闇に耐えながら
自由を貫き
感性を余すところなく体現した
トーベに夢中になった
その頃
美容室でこの画像を見せて
こんな感じにカットして欲しいと
美容師さんを困らせたのを覚えている






1枚だけ持ち帰れるカード


「さあ、明日もまた長い1日になるでしょうよ。
しかも、はじめから終わりまで自分のものよ。
とてもすてきなことじゃない!」

               ムーミンママ

新版「ムーミンパパ海へ行く」
小野寺百合子 訳 講談社



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くまのマフィン ここまでお読みいただきありがとうございました。 思いのカケラが届きますように。

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