1000万円の口座が破綻した日。家族のために始めたFXで、私は何を間違えたのか。
この記事は、MTP運用設計ノートの番外編です。
1000万円の口座が破綻した。
こう書いても、まだ自分の中で現実になっていない。
画面の数字は消えた。
口座は終わった。
証拠金維持率も、含み損も、ロスカットラインも、もう見なくていい。
本来なら、解放されたと言ってもいいのかもしれない。
でも、まったくそんな気分ではない。
むしろ逆だった。
頭の中では、まだ最後のチャートが動いている。
あそこで止めていれば。
あそこで追加しなければ。
あのロットを入れなければ。
あの両建てを外さなければ。
あの一瞬で逃げていれば。
何度も、同じ場面を巻き戻している。
でも、相場に巻き戻しボタンはない。
あるのは、結果だけです。
1000万円の口座が破綻した。
これは、ただの損失報告ではありません。
家族のために第2の収入源を作りたいと思った人間が、
どこで判断を間違えたのか。
損切りができない人間が、
どこで壊れていくのか。
追加入金が、
なぜリスク回避ではなくなるのか。
両建てが、
なぜ安心ではなく錯覚になるのか。
その記録です。
そして、私がMTPという運用設計EAを作ろうと思った理由でもあります。
私は、自分をギャンブル好きだと思っていなかった
私は、自分をまじめな人間だと思っていた。
風俗にも行かない。
ギャンブルもしない。
派手に遊ぶタイプでもない。
サラリーマンとして働いている。
一応、大手といわれる企業に勤めている。
妻がいて、子供が二人いる。
家族を養う立場でもある。
だから、自分がこんな形で大きなお金を失うとは思っていなかった。
FXを始めた理由も、最初から一発逆転を狙ったわけではない。
家族のために、少しでも第2の収入源がほしかった。
給料以外の収入を作りたかった。
毎月少しでも出金できれば、それでよかった。
小遣い程度を出金して、家族でおいしいものを食べに行く。
少し良い店に行く。
子供に何か買ってあげる。
妻に少し楽をしてもらう。
そういう小さな楽しみが欲しかった。
だから、自分ではギャンブルをしているつもりはなかった。
むしろ、家族のためにやっていると思っていた。
でも、結果だけを見れば、ギャンブルと言われても仕方がない。
損切りできない。
追加入金する。
ロットを上げる。
あと少しで助かると信じて、さらに追加する。
どれだけ本人がまじめでも、構造としては危険だった。
まじめな人間でも、運用設計を間違えれば壊れる。
今回、私はそれを痛いほど思い知りました。
最初は、ただの50万円だった
最初は、50万円だった。
今振り返ると、この時点ではまだ投資だったと思う。
失っても痛い。
でも、生活が壊れるほどではない。
勉強代として受け止めることもできた。
やり直すこともできた。
使っていたのは、ナンピンマーチン系のEAだった。
最初は、怖くなかった。
むしろ、うまくいっているように見えた。
含み損になっても戻ってくる。
段数が進んでも、最終的には利確する。
何度も小さな勝ちを積み上げる。
履歴には、きれいに利益が並ぶ。
小さく勝つ。
また勝つ。
含み損になっても戻ってくる。
結果として、利益で終わる。
この繰り返しが、人の感覚を少しずつ変えていく。
最初は怖かった含み損も、
「いつものこと」
に見えてくる。
段数が進んでも、
「想定内」
に見えてくる。
ロットが増えても、
「回収するためには必要」
に見えてくる。
ナンピンマーチン系EAの怖さは、最初から牙をむくわけではない。
最初は、むしろ優しい。
「大丈夫」
「また戻る」
「今までも助かった」
「今回も同じだ」
「耐えれば、むしろ爆益」
そう思わせてくる。
でも、勝っているから安全なのではない。
危険がまだ表面化していなかっただけだった。
勝ち履歴は、安心材料ではなかった
EAの履歴を見ると、勝っているように見えた。
細かい利益が並ぶ。
出金もできる。
実際においしいものを食べに行ける。
家族にも少し還元できる。
この時は、すごく嬉しかった。
給料とは別に収入がある。
自分の工夫でお金が増えている。
この仕組みを育てれば、生活が少し楽になるかもしれない。
そう思った。
でも、今なら分かる。
その時に見ていたのは、利益の履歴だけだった。
本当に見るべきだったのは、負け方だった。
戻らなかった時にどうなるか。
一方向に伸びた時にどうなるか。
段数が想定以上に進んだ時にどうなるか。
証拠金が削られた時にどう止めるか。
自分が冷静でなくなった時に、誰が止めるか。
そこを見ていなかった。
勝っている時のEAは、誰でも好きになれる。
問題は、負け始めた時です。
その時にどうするかを決めていない運用は、強そうに見えても弱い。
私は、それを分かっていなかった。
最初の追加入金は、まだ冷静に見えた
最初に破綻しかけた時、私は50万円を追加した。
この時は、まだ自分では冷静だと思っていた。
証拠金を増やせば、ロスカットまでの距離が伸びる。
時間を稼げば、相場は戻るかもしれない。
一時的な荒れなら、耐えた方が合理的かもしれない。
そう考えた。
追加入金そのものが、必ず悪いわけではない。
問題は、何のために入金するかです。
リスクを落とすためなのか。
ポジションを整理するためなのか。
ロットを減らして再設計するためなのか。
それとも、ただ損失確定を先延ばしにするためなのか。
私の場合は、後者だった。
その時は気づいていなかった。
「口座を守るため」
「ロスカットを避けるため」
「冷静に対処する時間を作るため」
そういう言葉で、自分を納得させていた。
でも、本音は違った。
損失を確定したくなかった。
負けを認めたくなかった。
ここで切れば、今までの利益も努力も全部否定される気がした。
だから入金した。
200万円を入れた時、境界線を越えた
次に危なくなった時、私は200万円を追加した。
このあたりから、もう境界線を越えていたと思う。
最初の50万円口座に対して、追加で200万円。
普通に考えれば、明らかにおかしい。
なぜ、50万円で始めた運用に、追加で200万円が必要なのか。
なぜ、そこまでしないと維持できない運用を続けているのか。
なぜ、ロットを落とすのではなく、資金を足しているのか。
冷静な第三者が見れば、すぐに分かる。
でも、当事者には見えない。
なぜなら、画面には
「あと少しで助かりそうな数字」
が出ているからです。
含み損は大きい。
でも、少し戻れば軽くなる。
維持率は危ない。
でも、入金すればまだ耐えられる。
今切ると損失が確定する。
でも、耐えれば助かる可能性がある。
この「可能性」が厄介だった。
ゼロではない。
本当に戻る可能性もある。
助かる可能性もある。
過去にも戻ったことがある。
だから、切れない。
投資で一番怖いのは、完全に絶望する場面ではないのかもしれない。
一番怖いのは、まだ助かりそうに見える場面です。
貯金を切り崩した時点で、投資ではなくなっていた
その後、私は貯金を切り崩して300万円を入れた。
今なら分かる。
ここで、完全に投資ではなくなっていた。
資金計画の中で用意した運用資金ではない。
余裕資金でもない。
生活の安全圏に置いていたお金だった。
本来なら守るべき資金を、含み損の延命に使った。
それでも、その時の私は自分にこう言っていた。
「ここを乗り切れば戻せる」
「今回だけ耐えればいい」
「この経験を無駄にしないためにも、ここで終われない」
「これだけ入れたんだから、もう少しで回復できる」
このあたりから、損失額そのものよりも、
「ここまでやったのに終われない」
という気持ちの方が大きくなっていた。
これは危険です。
最初は、利益を出すためにトレードしていた。
でも途中から、
「これまでの入金を無駄にしないため」
にトレードしていた。
目的が変わっていた。
利益を狙う運用ではなく、過去の自分を正当化する運用になっていた。
NISA口座を解約した時、自分でも分かっていた
最後には、NISA口座を解約して500万円を入れた。
この時は、さすがに自分でも分かっていた。
普通ではない。
でも、止められなかった。
ここで止めれば、今までの入金が全部失敗になる。
ここで切れば、大きな損失が確定する。
ここで耐えれば、まだ助かるかもしれない。
ここで追加すれば、あと少し粘れるかもしれない。
そうやって、自分を追い込んでいった。
NISA口座は、本来なら将来のための資金だった。
時間を味方につけるための資金。
長期で積み上げるための資金。
簡単に動かすべきではない資金。
それを、目の前の含み損に差し出した。
この時点で、もう私は相場と戦っていたのではないと思う。
自分の失敗を認めることと戦っていた。
そして、その戦いに負けた。
追加入金は、負けを続けるための燃料になっていた
当時の私は、追加入金で口座を守っているつもりだった。
でも、違った。
追加入金した後に、本来やるべきことをやっていなかった。
ロットを落とす。
新規エントリーを止める。
ポジションを整理する。
最悪のケースを計算する。
どこで撤退するかを決める。
それをしなかった。
むしろ、逆をやった。
ロットを上げた。
早く回復したかったからです。
早くこの苦しさから抜け出したかった。
早く含み損の画面を終わらせたかった。
早く元に戻したかった。
早く、何もなかったことにしたかった。
だから、ロットを張った。
資金を追加したのに、リスクを下げなかった。
証拠金を増やしたのに、新規エントリーを続けた。
耐える時間を伸ばしたのに、判断はどんどん壊れていった。
追加入金は、リスク回避ではなかった。
負けを続けるための燃料になっていた。
含み損は、人の時間感覚を壊す
大きな含み損を抱えると、時間の流れが変わる。
普段なら見ないような短い足を見る。
数pipsの上下に一喜一憂する。
寝る前に確認する。
起きてすぐ確認する。
仕事中も、気づけばレートを見ている。
チャートを閉じても、頭の中ではチャートが動いている。
家族と話していても、どこかで維持率が気になる。
食事をしていても、スマホを見たくなる。
寝ようとしても、急変が怖い。
人間は、そんな状態でまともな判断はできない。
でも、その時の自分は、まともに判断しているつもりだった。
「今は耐える局面」
「ここで切るのは早い」
「この両建ては意味がある」
「ここで追加するのは戦略」
そういう言葉で、自分の行動を説明していた。
でも実際には、恐怖を先送りしていただけだった。
妻には、まだ言えていない
この破綻を、妻にはまだ言えていない。
この一文を書くのも苦しい。
私は、家族のために収入源を増やしたかった。
家族に少しでも良い思いをさせたかった。
毎月少し出金して、おいしいものを食べに行くのが楽しみだった。
でも、結果として家族に言えない損失を出した。
これは、かなり重い。
自分だけの失敗ではない。
自分だけが苦しめばいい話でもない。
家族がいる人間が、家族に言えない運用をしていた。
この時点で、もう運用設計としては間違っていたのだと思う。
本来、投資は生活を良くするためにやるものだった。
でも、いつの間にか、生活に言えないものになっていた。
このズレに、もっと早く気づくべきだった。
最後の1か月、両建ては延命装置になった
最後の1か月は、両建てでロスカットを回避していた。
両建てそのものを否定するつもりはありません。
使い方によっては、意味がある。
一方向の値動きに対する損益変動を抑える。
口座の変動を一時的に止める。
整理するための時間を作る。
片側の利益で、反対側の含み損を削る。
考え方としては、成立する場面もある。
でも、私の使い方は危なかった。
両建てをしたことで、安心してしまった。
「これで急には死なない」
「これで少し時間ができた」
「これなら、もう少し追加しても大丈夫かもしれない」
この感覚が危険だった。
両建ては、リスクが消えるわけではない。
見え方が変わるだけです。
含み損は残っている。
必要証拠金は使う。
スワップや手数料も削ってくる。
片側を外せば、またリスクが動き出す。
両建ての上に追加エントリーすれば、構造はさらに複雑になる。
それなのに、私は両建てを安全装置のように感じてしまった。
実際には、安全装置ではなかった。
延命装置だった。
しかも、その延命した時間を、私は整理ではなく追加エントリーに使ってしまった。
両建てならいいか、という錯覚
最後の方は、明らかに感覚がおかしかった。
両建てしているから、多少入れても大丈夫。
片側に利益が出れば、それで反対側を処理できる。
一瞬でも伸びれば、逃げ道ができる。
あと少し利益が乗れば、かなり楽になる。
こう考えて、さらに追加した。
今なら分かる。
これは戦略ではなく、希望だった。
両建ては、整理するために使うなら意味がある。
でも、追加エントリーの口実にした瞬間に、危険になる。
なぜなら、両建てによって一時的に損益変動が抑えられると、
「まだ余力がある」
と錯覚しやすいからです。
本当は余力ではない。
ただ、危険が見えにくくなっているだけです。
私は、その見えにくくなった危険の上に、さらにリスクを積んだ。
「あと少し」は、何度も見えた
一番つらいのは、完全にダメだったわけではないことです。
何度か、あと少しで助かりそうな瞬間があった。
あと少し上がれば。
あと少し下がれば。
あと少し戻れば。
あと少し利益が乗れば。
あと少しで、反対側を削れる。
その「あと少し」が、何度も見えた。
だから夢を見た。
この一回で逃げられるかもしれない。
この一回で回復できるかもしれない。
ここで入れば、今までの損失を少し削れるかもしれない。
ここを耐えれば、明日には景色が変わるかもしれない。
相場は、時々、本当に助かりそうな顔をする。
だから切れない。
あと少しで助かるように見えるから、損切りできない。
あと少しで戻るように見えるから、追加してしまう。
あと少しで回復できるように見えるから、ロットを上げてしまう。
この「あと少し」が、一番危ない。
完全な絶望よりも危ない。
希望があるから、人は無茶をする。
神経がおかしくなっていた
最後の方は、もう神経がおかしくなっていたとしか言えない。
冷静な判断ではなかった。
数字は見ていた。
チャートも見ていた。
証拠金維持率も見ていた。
含み損も見ていた。
でも、判断していたのは理性ではなかった。
恐怖と希望だった。
怖いから入金する。
怖いから両建てする。
怖いから追加する。
怖いから切れない。
希望があるからロットを張る。
希望があるから待ってしまう。
希望があるから、また夢を見る。
最悪なのは、当時の自分がそれを判断だと思っていたことです。
でも違った。
あれは、判断ではない。
反応だった。
含み損に反応していた。
維持率に反応していた。
値動きに反応していた。
恐怖に反応していた。
自分で運用しているつもりで、実際には相場に振り回されていた。
家族に言えない運用は、もう続けてはいけない
今回の破綻で、強く思ったことがあります。
家族に言えない運用は、続けてはいけない。
損失額の問題だけではない。
勝っている時でも、
家族に言えないロット、
家族に言えないリスク、
家族に言えない追加入金をしているなら、
それはもう危ない。
運用が生活の味方ではなく、生活から隠すものになっている。
その時点で、どこかで止めるべきだった。
私は、それができなかった。
だからこそ、次に進むなら、家族に言えるルールでやるしかない。
入金額。
ロット。
最大リスク。
止める条件。
追加入金しない条件。
出金ルール。
運用を停止するライン。
これらを、感情ではなく、最初から決める。
もう、家族に隠して耐える運用はしない。
自分の裁量を、もう信じられない
今回、はっきり分かったことがあります。
私は、損切りが苦手です。
含み損を見て、冷静に切れない。
追加入金すれば助かると思ってしまう。
ロットを上げれば回復できると思ってしまう。
両建てすれば安全だと錯覚してしまう。
あと少しの場面で、さらに夢を見てしまう。
これは、根性の問題ではないと思う。
「次は気をつける」
「次は冷静にやる」
「次はルールを守る」
そういう言葉では、たぶん変わらない。
なぜなら、壊れるのは平常時ではないからです。
人は、平常時には立派なルールを作れる。
でも、本当に試されるのは、含み損が膨らんだ時です。
維持率が落ちた時です。
ロスカットが近づいた時です。
あと少しで助かりそうに見えた時です。
その時に守れないルールは、ルールではない。
ただの理想です。
私は、自分の裁量をもう信じられない。
だから、裁量を信じない仕組みが必要だと思った。
MTPの原点は、勝ち方ではなく壊れ方にある
この経験が、MTPの原点です。
MTPは、勝てる魔法のEAではありません。
爆益を保証するものでもありません。
相場を完全に読み切るものでもありません。
そんなものは、たぶん存在しない。
私が作りたいのは、もっと現実的なものです。
損切りが苦手な人が、破綻へ向かう行動を少しでも止める仕組み。
初動に飛び乗らない仕組み。
危険な局面で追従しない仕組み。
有利な位置まで待つ仕組み。
口座状態が悪ければ止める仕組み。
指標や過熱感に逆らわない仕組み。
感情ではなく、ルールで運用を制御する仕組み。
MTPの発想は、単にもっと勝ちたいから始まったものではありません。
むしろ逆です。
どうすれば壊れにくくなるか。
どうすれば飛び乗らずに済むか。
どうすれば危ない時に止まれるか。
どうすれば感情でロットを上げずに済むか。
どうすれば、破綻に向かう行動を機械的に減らせるか。
そこから始まっています。
初回に飛び乗らないという考え方
今回の経験から、強く感じたことがあります。
初動に飛び乗るのは危ない。
もちろん、初動に乗って勝てることもある。
うまくいけば気持ちいい。
早く入れた分、利益も大きい。
でも、損切りが苦手な人にとって、初動の失敗は重い。
最初のポジションが逆行する。
含み損になる。
次を入れたくなる。
ロットを増やしたくなる。
戻るまで耐えたくなる。
この流れに入りやすい。
だから、MTPでは「指定段数からの追従」という考え方を大事にしています。
コピー元が1段目を入れても、すぐには乗らない。
状況を見て、2段目以降、3段目以降など、指定した段数から追従する。
これは、利益機会を一部捨てる考え方です。
でも、破綻しにくい運用では、
「全部取る」よりも、
「危ない初動を見送る」ことの方が重要な場面があります。
有利な位置まで待つという考え方
もう一つ大事なのが、有利エントリーです。
同じ方向に入るとしても、少しでも有利な価格まで待つ。
ただコピーするのではなく、
価格が不利な時は待つ。
行き過ぎたところで飛び乗らない。
反発を確認してから入る。
少しでもリスクを下げて入る。
これも、派手な機能ではありません。
でも、実運用ではかなり重要だと思っています。
損切りが苦手な人ほど、入口で無理をしてはいけない。
不利な入口で入ると、含み損を抱えやすい。
含み損を抱えると、判断が壊れやすい。
判断が壊れると、追加入金やロット増加につながる。
つまり、入口の悪さが、後の破綻行動につながる。
だから、入口を設計する必要があります。
口座状態が悪い時は、止まるべき
今回、自分が一番守れなかったのはここです。
口座状態が悪い時に、新規を止める。
これができなかった。
維持率が悪い。
含み損が大きい。
余剰証拠金が少ない。
精神的にも追い込まれている。
本来なら、ここで新規エントリーを止めるべきだった。
でも、私は逆に追加した。
回復したかったからです。
だから、MTPでは口座健全性のフィルタが重要になります。
残高に対して有効証拠金がどの程度残っているか。
証拠金維持率はどうか。
余剰証拠金はあるか。
次の注文を入れた後に耐えられるか。
ポジション数やロットが過剰になっていないか。
こういう条件を見て、危ない時は止める。
人間が止まれないなら、仕組みで止めるしかない。
MTPは「損切りできない人」を甘やかすものではない
ここは誤解されたくありません。
MTPは、損切りしなくても絶対に助かる仕組みではありません。
そんな都合のいい話ではない。
むしろ逆です。
損切りが苦手な人ほど、最初から壊れにくい運用設計にしないといけない。
危険な初動に乗らない。
段数を選んで追従する。
有利な価格まで待つ。
過熱した方向に逆らわない。
口座健全性が悪ければ止める。
指標前後は無理をしない。
ロットを感情で上げない。
追加入金を前提にしない。
これは、甘えではない。
損切りが苦手な人間が生き残るための、現実的な防御策です。
「損切りできないならFXをやるな」
そう言われれば、それは一つの正論かもしれない。
でも、現実には損切りが苦手でもFXを続けたい人がいる。
私もそうです。
だからこそ、精神論ではなく、設計が必要だと思っています。
EAそのものが悪いわけではない
今回の経験で、EAそのものを否定したいわけではありません。
ナンピンマーチンを全否定したいわけでもありません。
どんなロジックにも、向いている相場と向いていない相場がある。
どんなEAにも、得意な場面と苦手な場面がある。
使い方次第で、武器にもなるし、凶器にもなる。
問題は、EA単体の性能だけを見ていたことです。
勝率。
利益。
バックテスト。
右肩上がりのグラフ。
短期間の実績。
もちろん、それらも大事です。
でも、それだけでは足りない。
本当に大事なのは、
そのEAをどの資金で動かすか。
どのロットで動かすか。
どこで止めるか。
どの局面では使わないか。
含み損が出た時にどうするか。
段数が進んだ時にどうするか。
口座状態が悪くなった時にどうするか。
つまり、運用設計です。
EAを選ぶ前に、運用の壊れ方を想定しないといけない。
私は、それを痛いほど思い知りました。
私が本当に作りたいもの
私が作りたいのは、単なるコピーEAではありません。
右から左へ、ただ注文をコピーするだけの仕組みでは足りない。
コピー元が入ったから入る。
コピー元が増やしたから増やす。
コピー元が耐えているから耐える。
これでは、運用者の弱さをカバーできない。
私が作りたいのは、コピーする前に考える仕組みです。
この段数から入っていいのか。
今の価格は有利なのか。
口座状態は耐えられるのか。
指標前ではないか。
RSI的に過熱していないか。
今入ることで、破綻に近づかないか。
そういう判断を、できる限り仕組みに持たせたい。
人間が感情でやらかす部分を、少しでも機械側に預けたい。
それがMTPの方向性です。
この失敗を、ただの損失で終わらせたくない
1000万円の口座が破綻した。
この事実は消えない。
正直、痛い。
かなり痛い。
普通にしんどい。
でも、この経験をただの損失で終わらせたくない。
同じように、損切りができずに苦しんでいる人がいると思う。
含み損を見ながら、毎日チャートを開いてしまう人がいると思う。
追加入金すれば助かると信じてしまう人がいると思う。
両建てで延命して、まだ大丈夫だと思いたい人がいると思う。
あと少しで助かると信じて、さらにロットを張ってしまう人がいると思う。
その気持ちは、痛いほど分かる。
私がそうだったからです。
だからこそ、言いたい。
追加入金そのものが悪いわけではない。
両建てそのものが悪いわけでもない。
ナンピンマーチンそのものを完全否定するつもりもない。
でも、ルールがないまま使うと危ない。
感情が壊れた状態で、資金とロットを増やすのは本当に危ない。
まだ、FXから退場したくない
私は、まだFXから退場したくない。
この一文を書くのも、正直怖い。
1000万円の口座を破綻させておいて、まだやるのか。
そう思われるかもしれない。
でも、きれいごとは書きたくない。
まだ、終わりたくない。
ただし、同じやり方を続けるなら、また同じ場所に戻る。
損切りできない自分を、気合いで変える。
次は冷静に判断する。
次は無理しない。
次はちゃんと止める。
そういう言葉を、私はもう信じない。
信じるべきは、気合いではなく設計です。
自分の弱さを前提にする。
裁量が壊れることを前提にする。
含み損で判断力が落ちることを前提にする。
「あと少し」で人は無茶をすることを前提にする。
追加入金で感覚が狂うことを前提にする。
両建てで安心した気になることを前提にする。
そのうえで、仕組みを作る。
私は、そこからやり直したい。
MTPは、そのための運用設計として作っています。
勝つためだけではなく、壊れ方を管理するために。
感情で突っ込まないために。
退場しないために。
今日の破綻は、終わりではなく、設計を見直すための出発点にしたい。
まだ、終わりたくない。
この失敗を、無駄にはしない。
リスク注意書き
本記事は、筆者自身のFX運用経験およびEA運用に関する考察をまとめたものです。
特定の投資手法、EA、サービスの利益を保証するものではありません。
FX、CFD、EA運用、ナンピン、マーチン、両建てを含む取引には大きなリスクがあり、元本を大きく失う可能性があります。
追加入金やロット増加は、状況によっては損失拡大につながります。
両建てはリスクを消すものではなく、運用を誤ると損失や証拠金負担を拡大させる可能性があります。
実際の運用判断は、ご自身の資金状況、リスク許容度、取引ルールを十分に確認したうえで行ってください。
