「見える」が当たり前じゃなくなった日。盲導犬と補助犬のこと
こんにちは、ぱぱおです。
皆さん、今日は何の日?(フッフー)
本日5月22日は「身体障害者補助犬の日」だそうです。
そこで今日は、ナツコさんとハッピーお嬢の企画に、少しだけ乗っからせてもらおうと思います。
盲導犬、介助犬、聴導犬。
そうした補助犬のことを、noteの中で少しでも自然に知ってもらえたら、という企画。
僕は視覚障害の当事者ではありません。
盲導犬と暮らしているわけでもありません。
でも、過去に一度だけ、「見える」が当たり前じゃなくなる怖さを味わったことがあります。
ある日僕は右目が見えなくなりました。
網膜剥離でした。
結果的には手術で回復しまして、今こうして普通に生活できていますが、それでも、あの時の不安と恐怖は、今でも覚えています。
詳しくは↓の記事に譲りますが、片目だけでも、世界の見え方は一気に変わりました。
朝起きて、スマホを見る。
家の中を歩く。
階段を降りる。
駅や店の中を歩く。
人の顔を見る。
文字を読む。
その全部が、当たり前にできると思っていた。
でも、片目が見えなくなっただけで、普段の動きの中に小さな怖さが増えていく。
もしこの先、見え方が戻らなかったら。
もし両目だったら。
もし外で急に困ったら。
そんなことを考えて、かなり不安になりました。
これは、僕にとっては一時的な体験でした。
だけど、本当に失明してしまったなど、機能を失ってしまった人にとっては永続的な恐怖なわけですよ。
僕はあの経験を経て、「見えない」「見えにくい」「機能を失う」ことの怖さを、ほんの少しだけ体験しました。
だから、盲導犬の話を読むと昔より少しだけ受け取り方が変わった気がします。
盲導犬は、ただのかわいい犬ではない。
もちろん、かわいいです。
ハッピーお嬢もめちゃくちゃかわいい。
でも、それだけではありません。
盲導犬は、その人が外に出ることを支える存在です。
歩くこと。
移動すること。
行きたい場所に行くこと。
社会の中で生活すること。
そういう当たり前の一つひとつを支える、あの不安や恐怖のなかで手を取ってくれる大切なパートナーなんだと思います。
ナツコさんの記事にも、補助犬は「ただそばにいるかわいい犬」ではなく、障害のある人の生活を支える大切なパートナーだと書かれていました。
この視点って、すごく大事だなと思います。
僕はまだ、補助犬について詳しいわけではありません。
だから偉そうなことは言えませんが、正直、僕も今回の記事をきっかけに、改めて意識しました。
盲導犬。
介助犬。
聴導犬。
うちの娘も障害や特性、病気もあったりするし、自分一人では難しい、補助が必要なところもたくさんあるけど、パートナーがいてくれれば大きく活動範囲が広がるんですよね。
行きたい場所へ行けること。
お店に入れること。
電車やバスに乗れること。
災害時にも一緒に避難できること。
そういう当たり前が当たり前にそこにある、って世界になるといいなって思います。
一時的に右目が見えなくなった日。
あの時、僕は「見える」が当たり前じゃないことを知りました。
だからこそ、今日企画に乗って、少しだけ書いてみようと思いました。
今日は身体障害者補助犬の日。

この記事が、誰かにとって、盲導犬や身体障害者補助犬について少しだけ知る、考えるきっかけになれば幸いです。
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