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灼熱の大阪に、更なる熱を。

メトロック感想レポが書けずじまいの中早2ヶ月(大懺悔)。

2025年7月19日~20日。
「OSAKA GIGANTIC MUSIC FESTIVAL」の方に足を運んだ。
気づけば音楽フェスは人生8本目(今年7本目)、夏フェスは人生で初めての経験。
「このフェスめっちゃメンバーいいな」と呑気にツイートしたところ、即座に友人から同行の誘いが来て2日参戦することに。このフッ軽どもが。

Day 1

1st Act - PompadollS

灼熱の大阪、真昼のBASE STAGEに現れたPompadollS。
「日焼け止め塗るの忘れちゃって(お立ち台より)前に出ないと思います」なんてボーカルの五十嵐が茶目っ気に言いながら始まるステージ。
初日の私としては絶妙に好きランクが被っているくらいのバンドラインナップだったので、
迷いに迷った挙句PompadollSのTシャツを買って参戦。
友人の薦めで「スポットライト・ジャンキー」を聴いた際の衝撃は今年トップレベルで、是非とも生で聴きたいと思っていたタイミングでの大阪だった。
1曲目の「日の東、月の西」から真っすぐ強く伸びる五十嵐の歌声に矢の如く胸を貫かれ、
2曲目の「赤ずきんはエンドロールの夢を見るか?」ではサビでのシンガロングに音楽の祭典の始まりを改めて実感させられ、胸が高鳴る。

そうして3曲目、五十嵐がタイトルコールをするとともに始まる軽快なギターイントロ。
「スポットライト・ジャンキー」ほど私の心を劈くイントロはなかなかない。
待望の演奏に私のテンションも最高潮に。
2番Aメロ途中に挟まれる、ピアノ、ベース、ドラムとハイテンポに続く各パートソロのかっこよさは尋常ではなく、
ボーカルの強く真っすぐな歌声に負けず劣らずの演奏力と強さを魅せつけられた。
「正統進化型・邦楽ロック」を掲げて活動している彼らの「正統進化」という言葉には、
文字通り真っすぐで、文字通り強気で、そこに交じる若さというピースが彼らの個性なんだろうなと感じた。

「悪食」の歌詞でもハッキリとわかるように、
PompadollSというバンドは童話をモチーフにしたリリックを書いているのが特徴的。
時にファンタジックで、それでも映るファンタジーのダークな部分とか、掘り下げや考察だとか、
まるでボーカロイド音楽の文化を邦ロックに持ち込んでいるかのような、面白い形態をとっている。
その仄暗さは次に演奏された「ラブソング」で明確に示されていて、
所々に愛の冷たさや現実を歌う歌詞が存在する。
曲調としてはPompadollSそのままで、サビではフロアが腕を左右に振るのも特徴的なポップな曲なのだが、
その裏にはこんなリアルが詰まっている。

本当は、自分で立って、探しに行くものを
お前をながめて終わる日々
いつか捧げてくれると待ってる時間が幸せ?
情けない

PompadollS「ラブソング」

「日焼け止め塗るの忘れちゃって」なんて言っていた五十嵐も気づけばガンガン前に出て歌い始め、カンカン照りの太陽に負けじとフロアの熱気を煽っていく。
更なる熱を帯びる中、最後の曲である「魔法のランプ」のイントロでは、
五十嵐の強く伸びるハイトーンにフロアも拳を上げて共鳴する。
この「魔法のランプ」という楽曲は今までの曲と一転、かなりリアリスティックなリリックになっている。
「真っすぐ在れ」と私は解釈しているこの曲のメッセージは、きっとこの曲のMVを見ればきっと伝わるはず。
そんなメッセージを、実際に真っすぐ強く音を飛ばしている彼らが言うのだから、彼らの背中を追いかけるのが自然と正解に思えてしまう。
いやきっとそこに正解なんてなくて、私が自然とそう思うのは私の「真っすぐ」がPompadollSの音楽性と同じ道を辿っていて、
彼らが私の道しるべに少しでもなっているからなのかなとも思った。

2nd Act - jo0ji

ギターの音響トラブルで若干押し気味のスタートとなったjo0jiのアクトは、そんなトラブルの中でも柔軟な動きを見せ、
「じゃあ弾き語りします」と言って「不屈に花」をピアノで弾き語るという形で始まった。
元々綺麗で切ないメロディで奏でられる本楽曲を更におしゃれに柔らかく完成させていく。
そうして演奏後に無邪気な笑顔を見せ「暑いね~~」なんて言う彼を、私は良い意味で浮世離れした、独創的なアーティストだなと思っている。

jo0jiというアーティストのことは、
また別の友人から布教を受け取って知ることとなった。
私の周りには音楽好きが沢山いる。すごく嬉しいことだと心底思う。
初めて生で見たのは5月のメトロックで、その際最後に披露していた「≒」をこの日は2曲目に据えていた。
彼は余白の使い方が上手いなと思う。間奏中にもフェイクを自由に織り交ぜて歌い、本当に沢山の人と目を合わせようと視線を様々な場所に送る。
素敵でかっこいいなと、初めて彼を見た時からずっと思っている。

3曲目の「眼差し」は音源だと壮大でメロディアスな楽曲だが、
ライブになるとそこにロックな音色が加わる。
こういうライブならではのアレンジが私は大好きで、
時にその音が忘れられなくて、またこうしてライブに足を運ぶ。
続く「条司」も「眼差し」と同じで、色彩として空の青さがイメージとして強い。
もっと言うなら、「眼差し」は真上を見上げた時に映る青で、「条司」は風と共に横に棚引く空の青だと思っている。
それは「条司」がトヨタのカローラのCMに抜擢されたことが影響してはいると思うが、にしてもドライブ中に流したくなるような、そんな青い曲だなと感心する。
しかし次の「escaper」では一変して照明が赤く染まる。
彼曰く「同族嫌悪を飼い慣らす為の曲」だとこの曲について語っていて、
不敵な笑みを浮かばせながら歌うダークな様はまるで悪役のよう。
なのに次の「駄叉」という楽曲では切ない恋模様を歌っていて、多様な表現力に脱帽してしまう。
この曲は友人の失恋をテーマに書いた曲であり、後悔を噛み締めて前に進んでいくような歌詞と歌い方が魅力的。

ねぇ あの時の気持ちは日々の雑踏にかき消されたようでもういない
それでも春だわ、春だったわ

jo0ji「駄叉」

この最後の歌詞で、切なくもどこか前向きに笑ってから「春だわ、春だったわ」と歌う彼が本当に素敵だった。
改めて今歌詞を見ながらこの文章を書いているが、歌詞を見れば見る度に情景と感情が私に取り込まれていって、
あたかも私がそんな体験をしたかのような、追体験のような、奇妙な感覚に苛まれている。

「"onajimi"のメンバーと作った曲を最後にやって帰ります。これであんたも"onajimi"。」
と言って最後に歌われるのはこのフェスのたった一週間前にリリースされた新アルバムの最後の曲である「onajimi」。
彼は終始少年のような佇まいをしている。常にケラケラ笑っていて、それでもたまに魅せる大人らしいしたたかさがまた奇妙で、何故かそこに惹かれてしまう。
楽観的な生き様に見えるのに、何故か彼の綴る歌詞には説得力があるように感じて、
それは先程のMCから繋がるこの曲の歌詞にもそう感じる箇所があって、
実際に彼はこうやって今を生きてこれているのだろうなと、
彼の生き様が言葉を程よく軽くしてくれているし、彼の生き様が私の凝った思考をほぐしてくれているような感じがする。

たとえ、変わってしまっても お前なら愛せるから
心配いらないぜ
いつかお別れ それでも 今はお馴染み

jo0ji「onajimi」

3rd Act - 秋山黄色

秋山黄色のTwitterのユーザーネームはILikeAkairoなのだが、
名は体を表すとでも言うのだろうか、やはり赤が似合うアーティスト。
それだけ熱が伝わってくるし、熱い音を会場に響かせている。
1曲目の「アイデンティティ」からまさに秋山黄色というアーティストの存在証明をしていたし、
彼の音楽からは、胸の内から灯るような熱が得られる。

ライブでの盛り上がりが必至である「ソニックムーブ」では、
サビ後に「What do you mean? Say again!?」と全員で思い切り叫ぶパートが存在する。
35℃に迫る大阪の酷暑を物ともせず、私も、同行者も、他の人たちも思い切り叫ぶその様は、
木の生い茂る万博記念公園に鳴りやまない蝉時雨を吹き飛ばすような、そんな熱があった。
そんな中で秋山も叫ぶような歌唱を魅せたり、そういう熱のこもった、魂のこもった音楽が私は本当に大好きなんだと再確認した。
続く「Wannabe」もサビにシンガロングがあり、「INSOMNIA」にも通ずるちょっぴりの暗さとそこに灯る熱が秋山の音楽性なんだとハッキリ認識させられる曲順。

それは最終曲である「Caffeine」で確信させられることになる。
原曲は音数が少なく、哀愁が漂う落ち着いた曲調の中に秋山らしさである熱が迸るような楽曲に仕上がっているが、
ライブともなると一気にロックナンバーへと昇華する。
そこが秋山黄色の持ち味であり、私が一気に惚れるきっかけになったポイント。
この曲を引っ提げてTHE FIRST TAKEに出演した際にも声が掠れるほど叫び、ギターを歪ませ、原曲にはないギターアレンジの後に倒れこんで歌う様を披露していたが、
本当にライブでも同じような熱を我々に魅せてくれた。
それが秋山黄色らしさなのかもしれないし、間違いなく無我夢中という言葉が似合うようなパフォーマンスだった。

「このまま帰ったらプロ失格だよなくそ…」と、余った時間で演奏されたのは秋山黄色屈指のショートナンバーである「クソフラペチーノ」。
原曲の時点でかなりやりたい放題、暴れ散らかしている曲がライブウケしないはずもなく、
かくいう私もこのフェスが終わってからは狂ったようにこの曲ばかり聴いている。
未だ私は秋山黄色の熱の渦中に囚われたまま。きっとこれから先もずっと。

アクト終了後すぐに私はNELKEの待つBASE STAGEに向かった。
タイムテーブル被り故に2~3曲ほどしか聴けなかったが、
ボーカルのRIRIKOの感情的な歌い方に揃ってギターの伊藤とベースのタケダが両隣で感情的な演奏を全身でしているのが印象深かった。
どことなくアニソンチックな曲調にRIRIKOの歌声が完璧に調和しており、
また次の機会にはフルで彼らの演奏を浴びたいなと心から思った。

4th Act - Penthouse

実は4月に横浜で開催されたCENTRAL FEST.にて、
キーボードの角野が単独出演した際にゲストとしてツインボーカルの浪岡と大島が「…恋に落ちたら」と「一難」を歌っていたこともあり、
実質的に現地で見るのはこれで2回目となった。

3ヶ月前はピアノソロでの歌唱だった為、
また新鮮な気持ちで「…恋に落ちたら」を1曲目から聴くことができた。
「シティポップのキャッチーさとソウルのパワフルさを兼ね備える」という意味での「シティソウル」を掲げる彼ら。
そのスローガンを全身で体現している「Taxi to the Moon」では大島もサビで踊り始めるなど、誰よりもアーティストたちがこの空間を楽しんでいた。
浪岡の少ししゃがれ気味の歌声が異様なまでにPenthouseの音楽にマッチしていて、2番のラップ調になるパートではその歌声が完全に活きている。

3曲目の「一難」は一気にジャズらしいピアノとホーンが印象的。
先述の通りピアノソロで一度聴いてはいるが、ホーンが入ると一層派手になり、他の楽器隊も加わることで更に壮大さを増していく。
ポップだったりロックだったり、様々な音楽性を魅せてくれる彼ら。
しかしやはりジャズ調の曲が彼らの強みだなと勝手に私は思っているし、
その代名詞とも言える「一難」は彼らの持ち味が全力で表出されていると思う。

7月も終盤に差しかかる中で演奏された「夏に願いを」では、
軽快で爽やかなメロディに乗せてサビでタオルを全力で回す。
夕方ながらまだ日の暮れる様相ではない夏空と、様々なバンドタオルがカラフルに回る様。
浅はかな語彙にはなってしまうけれど、すごくエモいなと思うひとときだった。
こういう時間を青春と呼んでいいのかなと、あまりにも青春に満ち溢れた歌詞を聴きながら考えていた。

「シティソウル」を掲げていることもあってか、Penthouseの楽曲は夜の街によく似合うと私は思っている。
それは続いて演奏された「Planetary」や「ナンセンス」でも強く感じられ、
直近のリリースとなった「Planetary」では英詞の多さがかなり目立つ中、
軽快なドラムによるスウィングが聴き手を一瞬で陽気にさせてしまう。
まるでそんな魔法でも存在するのかというくらい。
「ナンセンス」は今冬のドラマの主題歌に抜擢され名を馳せた楽曲だが、
イントロのドラムとホーンから一気に心を鷲掴みしてくる中毒性たっぷりの楽曲に仕上がっている。
私がPenthouseと出会ったのはこの曲がUSENで流れていたからであり、
ノーマークだった楽曲が気づけば耳に残っているという奇妙な体験から彼らと出会ったからその中毒性は想像以上に高い。
私が友人の前でカラオケで歌った際にも友人が鼻歌で歌い始めるくらいには耳に残るサウンドをしており、
彼らのことを知らない人に是非とも聴いてほしい一曲。

シンガロングの練習を経て最後に演奏されたのは「我愛你」。
鳥肌が立ったのはラスサビの入り。
ハモリながら力強く入るツインボーカルの歌声がこれ以上ないほどに調和して重なっていて、あまりに綺麗で痺れてしまった。
声質が特段似ているわけでもない2人なのに、どうしてここまでの親和性を誇るのか。
今日聴けなかった曲たちも沢山聴いてみたいなと強く思わせる技量の高さとキャッチーなメロディに惚れ惚れしてしまうアクトだった。

5th Act - 礼賛

ボーカルをラランドのサーヤが、ギターを川谷絵音が務める異色のバンド形態をしている礼賛。
衝撃なのはサーヤの多彩さで、川谷ではなくサーヤが作詞作曲を担当していることを私はつい先日知って驚きのあまり声が出た。

暑さに耐えかねて、ステージ横の木陰でのんびり見る体勢を取っていた中での礼賛のアクトは驚きの連続だった。
1曲目の「SLUMP」からラスサビのハイトーンに驚かされ、堂々たるサーヤの振る舞いには本当に彼女の本職はお笑い芸人なのか?と疑問を抱くほどにかっこよさを感じた。
私がこの日のセトリで唯一知っていた「鏡に恋して」だったり、
この日は演奏されなかった「うらめしや」なんかを聴くと、
こんなキャッチーでヒップホップが混じったような曲たちをサーヤが創り上げているのが衝撃でしかない。

と思えば突然RIP SLYMEの「熱帯夜」をカバーし始め、
なんなら川谷まで歌唱参戦するカオスっぷり。
もうなんでもありかよと笑いがこみ上げてくる一方、
5バンドのメンバーとして多岐に渡る活躍をしている川谷としてはエンタメとヒップホップという舵取りをこのバンドでは為しているのかなと考えたりもした。

6th Act - ビッケブランカ

正直ジャイガのアーティスト発表で初めて名前を聴いたのだが、
同行者が激推ししているのもあり軽く予習として聴いてみることに。
気づけば私も何曲か好きになっていて、今後見る機会がいつあるかわからないということもあって観に行くことを決意。

2日目に登場を控えているサバシスターのSEにもなっている「Ca Va?」を1曲目に据えて登場。
原曲はポップでキャッチーなメロディだがライブともなるとそこにグルーヴが乗っかり一気にロック調に。
とはいえギターやベースをかき鳴らすようなロックとは違う、なんだか独特な世界観のロックを掴みで提示され、あまりのかっこよさに一瞬で虜になった。
「Ca Va?」はフランス語で「元気?」という意味であり、まさに挨拶代わりの一曲として夕暮れのSUN STAGEに姿を現した。

軽快なピアノから始まる2曲目の「ウララ」でも、
ポップな曲調の中に混じる綺麗なファルセットが彼の持ち味として存分に発揮されている。
この日これまで聴いてきたアーティストとはまた違った持ち味が彼にはあって、
その多彩さと、多彩な魅力をひっきりなしに伝えられる作曲センスが私をまた一つビッケの世界観にのめりこませてゆく。

彼はベースボーカルという一面がある。
様々なベーシストのサインが並ぶベースを引っ提げ次に歌うのは先程の2曲よりテンポが上がり更にグルーヴィーな楽曲となっている「Take me Take out」。
マイケル・ジャクソンやビリー・ジョエルに影響を受けていることもあり、
彼の音楽からは洋楽チックな要素も感じられる。
それでも「夏の夢」では日本らしい、純粋で煌めいた青春模様が夏の情景と混ざり合って表現されている。
ここまで夏にまつわる曲をいくつか聴いてきたが、アーティストによって見ている夏が異なっていて、表現技法も乗せる想いもアーティストの数だけあると考えると、なんとも人間って面白いなと素直に感じてしまう。当たり前のことではあるのだけれど。

一気に雰囲気が変わり、続く「蒼天のヴァンパイア」ではEDMのようなシンセサイザーの音色が目立つ。
サビ明けには自然とジャンプしたくなってしまうようなビートによるリズミカルなパートがあり、彼の中にはどれほどのポップの形が存在しているのかと驚いた。
ベースだけでなくピアノや太鼓も叩き、それでいて「ワンマンではもっと色んな楽器出てきます」なんて言うものだから、音楽での自己表現にとんでもなく長けている人間なのだなと仰天した。
太鼓の音色を奏でながら直近の新曲である「×L×C×A×」を最後に演奏するが、そこでもまた新しい要素のポップとロックを魅せつけられ、この日演奏した6曲全てにおいて明確に異なるポップとロックの形を突き刺されたことに呆気にとられながらこのステージを後にした。
この一回のアクトだけでは彼のほんの一部しか知れなかったと思うし、それほどまでに沢山の要素をくっきりと区別して、時に混ぜ合わせて、様々な形を生み出し続けているビッケブランカの音楽をまたいつか聴ける日が来ますようにと切に願う。

7th Act - sumika

タイムテーブル被り故、目視で聴けたのはわずか2曲。
しかしそれだけでも片岡イズムとsumikaらしさを久々に味わうことができた。
この日初めてSKY STAGEに降り立った私、途端に現れるダンサーたちと共に歌うは「Dang Ding Dong」。クリスマスシーズンに作られた曲ということもあってか、かなりキラキラした華やかな曲に仕上がっている。
ステージ両端で晴れやかに踊るダンサーたちと共にサビ入りを歌い、やはりsumikaと言えばこの一体感だよななんて思いながら年越しぶりに聴く彼らの音楽に胸を躍らせる。

「Starting Over」は、きっと彼らにとっても思い入れの強い楽曲だと思うし、
私が邦ロックに疎かった数年前からsumikaを知ってきて、追いかけて、
その中で直面した思いがけない出来事でもあったから、この曲を聴くと泣きそうになってしまう。
どんな困難が立ちはだかろうとも明るくて前向きで、いつも"あなた"の為に歌ってくれるsumikaの背中がどれだけ大きいか。
たった2曲、されど2曲でも、命の灯を照らしてくれる大きな存在がいてくれる。そんなsumikaが大好きだ。

8th Act - 緑黄色社会

僕らはいきものだから
背丈は伸び 嫌でも腹が減る
このままがいい このままがいい
ただずっと願っていた

緑黄色社会「僕らはいきものだから」

長屋晴子の歌声は唯一無二だ。
元々ボーカル志望だったギターの小林壱誓が長屋の鼻歌を聴いて自然とボーカルを降りたというエピソードがあるほど、
長屋晴子の歌声の存在感、力強さは誰にも負けない。

そんな長屋の歌声を全面に出し、フロアだけでなく周辺を歩いている人の足を止め、あるいは自然とSKY STAGEに向かわせるような1曲目の「僕らはいきものだから」という選曲。
今年入って様々なアーティストに触れてきたけれど、これ以上の掴みはないなと感銘を受けた。
一日目のトリを務めるということもあり、両脇のモニターに歌詞が映る演出もなされていた。
それがまた、この曲と緑黄色社会の魅力を引き出すピースになっていたと思う。
この1曲だけでも間違いなくこのアクトは優勝だなと悟ったし、ここに来てよかったと思わせる歌唱だった。

一気にステージが明るくなり、「Shout Baby」へと移る。
1曲目の歌詞からもわかるように、緑黄色社会は不安を希望に変える強いパワーがある。
間違いなくそこには長屋晴子の力強い歌声が理由としてあるし、
ただ力強いだけではなく、物語を描いているような、歌声が曲のストーリーを描き出しているような、不思議な錯覚に陥る。
追体験のような、まるで私が曲の主人公になって歌詞をなぞっているかのような、不思議な体験。
両脇のモニターに歌詞が映っているのも、その体験を加速させていた。

サビでのシンガロングが特徴的な「始まりの歌」では、
ギターの小林がCメロで歌うパートも存在する。
ボーカルを自然と降りた小林のエピソードを知ってから改めてこの曲を聴くと、このバンドの結束感というか、強い繋がりが感じられる。
直近の新曲である「illusion」にそのまま繋がると、ステージ下手側にいる4人のコーラス隊がイントロから存在感を発揮する。
彼らは自分たちの歌唱パート以外は手拍子を煽ったりしていて、
彼らにつられるような形で勝手に手が動いてしまうこともあった。

気づけば街中で聴いていて、気づけば口ずさめる楽曲ばかりだなと「キャラクター」を聴きながらつくづく思う。
「トリという役割は正直重い」なんて自信なさげに言っていた長屋とは裏腹に、一日目のトリとして既に申し分のないステージを私に魅せてくれている。
それはきっと、その言葉を発した後に「緑黄色社会に任せて。ついてきて。」と胸を張って強く言っていた長屋と、今までの十数年を長屋の歌声を道しるべに進んできたメンバーの一つの集大成であると思う。
この日が彼らにとって初めての野外フェスでのトリの舞台。
そんな日に初めて彼らを生で観れてしまったものだから、この上ない幸せだなと思う。

「私は昔、夏が嫌いだった。でもそれは嫌いなんじゃなくて、夏の楽しみ方を知らないだけだったの。」
と言い、夏の曲として「サマータイムシンデレラ」と「夏を生きる」を歌う。
私も夏は別に好きじゃない。かといって冬も好きではないし、
毎年その季節が来たらその季節のせいにして何もかも投げ出してしまいたくなる。
それでも私はそんな冬にCDJという音楽の祭典に出会って、
今まで私が全く知らなかった邦ロックの世界に足を踏み入れることになったし、
そんな夏にこのジャイガというフェスに参加して、
夏の野外フェスという、また新しい音楽の景色を知って。
まぎれもなくそれは冬のおかげで、夏のおかげだなと思ったりもした。
まだこの暑い夏も、捨てたもんじゃない。

緑黄色社会というバンドの名を轟かせ、
私も彼らを知るきっかけとなった「Mela!」という楽曲。
私がまだまだ邦ロックに疎かった高校生時代に何度もこの曲を聴いていた過去があって、
そんな大切な曲をこんな大舞台で聴くことができる喜びを強く噛み締めながら「sabotage」へと移る。
緑黄色社会は、今という時間と生命の美しさについて歌詞で語ることが多いと感じていて、
まさに「sabotage」は今の私が私のまま突き進むことの素晴らしさを歌っている。
やはりそこに勇気を貰えてしまうし、元気が湧いて出てくる。そんな音楽の力を感じざるを得ないし、こういう感情を得る為に私は沢山のライブに足を運んでいる。

「残り3曲!」と長屋が力強く宣言すると共に歌われたのは「恥ずかしいか青春は」。
緑黄色社会というバンドを表す上で一番の主題歌だと私は勝手に考えているし、
それほどまでに今を心から肯定してくれて、全力で前に走っていけるような楽曲になっている。
今日好きの主題歌にもなっているのも納得の眩しく輝く歌詞。
昨今の冷笑という姿勢が蔓延る世の中でこの曲が大ヒットしたのは、
今という時間を大切に生きてきて、どうしようもなく今が好きな人間が多い証拠だし、間違いなく私だってそうだ。
私は、今が一番青い。

モニターに演出が入り、大歓声の中始まる「PLAYER 1」。
ステージ上部のLEDさえも歌詞演出に使われ、まさに今の彼らは無敵。
しかしこの曲はただ単に無敵である状態を歌っているわけではないし、
自己肯定ができた先の自分が対峙する未来と、無敵に辿り着く過程での窮地も一曲に詰め込まれている。
最新アルバムである「Channel U」のリード曲として開幕から駆け抜けるに相応しい一曲の2番サビ終わりではシンガロングもあり、
それが強力な声援のような、歓声のような、緑黄色社会を無敵にする為のラストピースであるように思えて、
応援している側なのにどことなく力が湧いてくるような、相乗効果のような感覚を得た。

そうしていよいよ一日目最後の曲。
満を持して「花になって」が演奏されると、ステージには火柱の演出まで加わる。
今の緑黄色社会は、誰にも止められやしない。
ラスサビに入ると同時に一気に花火が打ち上げられ、フロアからも歓声があがる。
気づけば今年3度目の花火は全て野外フェスで見たものであり、
花火を見る度に音楽の祭典が連想されるようにもなってきた。
そうして幕を閉じる初日は本当に大満足の終演で、
果たして明日の私はどうなってしまうのか、そして明日もこの熱が止まないという幸せを噛み締めて初日を終えた。

Day 2

1st Act - berry meet

昨日に続く猛暑の中、昨日より早く会場入りを果たした2日目。
オープニングアクトに私の好きなバンドが出ることになって、ただでさえ高かった2日目のワクワクが更に熱を増した。

青空の広がるSUN STAGE、その2日目に初めて姿を見せたのはberry meet。
気づけば現地も5回目、ライブでのノリも回を増すごとに完璧になっていくから、そういう私がいることにまた楽しくなっていく。
「図星」の落ちサビでの手拍子ももう慣れたものだし、彼らと一緒に音楽を奏でている感じがしてすごく好き。
「脳内告白」はかなり現代ウケしそうなかわいい片想いソングで、これを機に名を馳せてくれと私は思っていたりもする。
ここまで恋愛におけるもやついた感情をポップに書けるのはボーカルであるたくの強みだし、
続く「純情」のような爽やかな曲調に反する失恋の歌詞を置けるのもきっとたくがそうやって生きてきて、自分の生きてきた過去を大切にして誰かに届けるという決意と覚悟ができているからなのだろうなと思う。
だからこそ、過去に誰かに抱いていた好きという大切な感情を否定してほしくないと彼は歌っていて、
今の私に、20年生きてきている私にどうしようもなく刺さってしまう。
実際この曲で私はberry meetと出会っているし、一瞬で彼らを好きになってしまったんだ。

ねぇ 誰かを愛してたこと
悔やんだりなんてしなくていいの
愛する人 愛せたことを
ずっと誇りに思っていて

berry meet「純情」

先日リリースしたメジャーデビューアルバムから1曲、「疲れちゃった」を選曲して歌う。
この曲は、恋を終わらせる側の曲。
世の中には、恋が相手の手によって終わってしまった曲がありふれている。
そんな中で、もう一つの視点として恋を終わらせる側の視点から曲を作っていて、
これに関してはたくのnoteを実際に読んで歌詞を深掘りしてみてほしいと言うしかなくて。
私はこのnoteの文章に感銘を受けてしまって。何度も読み返してしまっている。
こういう胸の苦しさは、恋愛という特殊な人間関係でないと味わえないものだし、
そういう苦しさを自分に閉じ込めるため、あるいは閉じ込めて息苦しくなっていた私を吐き出させるために私は今日も恋愛ソングを聴くし、berry meetの曲を聴いている。

ライブの〆の定番になっている「溺愛」。
私はこの曲を聴きに彼らのライブに赴いていると言っても過言でもないし、
この曲のコーレスをやりに彼らのライブに赴いていると言っても過言でもない。
結局はハッピーエンドなんだ。皆幸福な幕切れを望んでいるんだ。
この先の彼らへの餞のような、門出のような、毎回そんなような気持ちを抱いて愛し続けることを誓っている。
彼らを今まで観てきた中で一番大きなステージだった気がする今回のオープニングアクトから、また一つ大きく羽ばたいてくれたらいいな。

2nd Act - ヤバイTシャツ屋さん

2ヶ月半前、JAPAN JAMの1st ActにてHEY-SMITHのステージを見た際に私の音楽に対する価値観はかなり変わった。

JAPAN JAMでは禁止されていたが、
他のフェスやライブではダイブやモッシュが多々起こるアーティストでもある。
今まであまり共感できなかったダイブやモッシュに対して、
身体が勝手にそれを求めるという疼きの共感をこの時初めて体感した。
事実、このフェスが明けてから、
HEY-SMITHの曲を聴くと勝手にスカダンを踏んでしまいそうになるくらい、
音楽に対する価値観を変えられた。
幸せなことだ。音楽の新たな楽しみ方を見つけられたのだから。

https://note.com/mt_0418/n/n2245bc2550af

あれから2ヶ月半。
サークルモッシュやって大騒ぎしたいとの一心で、私は炎天下のSKY STAGEに足を踏み入れた。
産休に入ったベースボーカルのありぼぼの代わりにWiennersから∴560∵が参戦し、男3人体制でこの日からの夏フェスをスタートさせたヤバT。
実際に走るのは初めてで、1曲目の「Universal Serial Bus」は周りの見様見真似でやっていたのを覚えている。
本当に不慣れだったから2曲目の「Blooming the Tank-top」では何故かモッシュの最前列にいて(!?!?)、
そのまま初体験モッシュを最前で浴びて無事ぶっ倒れるという始末。
でもなんかそれすらも楽しくて、「メロコアバンドのアルバムの3曲目ぐらいによく収録されている感じの曲」でもサビで皆で肩組んで回って跳ねて、
なんだか無我夢中で、これがライブキッズがいつも見ている世界かとなったり。

スペシャルゲストとボーカルのこやまが叫び、出てきたのはサバシスターのボーカルなち。同行者と私大興奮。
そのまま「ハッピーウェディング前ソング」「L・O・V・E タオル」「かわE」と3曲連続でなちとこやまが歌う。同行者と私大興奮。ヤバTのアクトが始まってからそうだが当時の私には知性がない。ステージで流れている音楽を全身で享受し、輪になって中心に突っ込んで声出して叫んで笑って。
なちが大役を果たし退場すると、続いてゲストとして呼ばれたのはなんと直後に自身のアクトを控えているフレデリックのボーカル三原。同行者と私更に大興奮。そのままライブだとテンポが上がりロック感の増す「あつまれ!パーティーピーポー」をこやまと一緒に歌う。
良い意味でヤバTに似合わない三原の美声に歓声が上がるフロア。私は惚れた。
1番のみ本人がツイートしているので、是非一度観てほしい。

様子がおかしくなったのは次の「無線LANばり便利」。
サークルで全員で飛び跳ねている最中にあろうことかスマホを落とし、
なんなら私は落としたスマホを目視で見送りながらそのままサークルを続けた。無事失踪する私のスマホ。失うものがなくなった私。
続く「NO MONEY DANCE」からは本当に箍が外れてしまって、理性を伴っていた今までのサークルモッシュではなくなって、ほとんど記憶がないくらいにはしゃいだという感覚だけ体が覚えている。
最後にやった「ヤバみ」も同様で、同行者のことは完全放置していたし、音の鳴るままにやりたい放題やっていた気がする。
余った時間で再び演奏される「Universal Serial Bus」では恐らく誰よりも先に突っ走っていたし全力でスカダンもしたし、そこに理性も知性もなかった。

後日、Twitterを見ている私の目を留めたツイートがあって。

これを受けてヤバTのアクトを思い出した私の結論がこれ。

失うものがなくなってからの私は本当に無我夢中だったし、
他人に倣ってばかりの私だからそういう体験を自ら先陣切ってやるのは私としても珍しいことだった。
これに様々な意見が来ることは私自身わかってはいるけども、
少なくともあの時の私ほど音楽を全身で享受して楽しんでいた私はいなかった。最高に楽しかった。
スマホは無事アクト後に見つかりました。ありがとうございます。以後対策いたします。

3rd Act - フレデリック

私がスマホを見捨てたばっかりにフルで観ることが叶わなかったフレデリック(ごめんなさい)。
それでもスマホを探しに会場入口前のインフォメーションセンターに向かっている際にもフレデリックの音楽は聞こえてきたし、SUN STAGEの熱はどこにいても伝わってきた。

やっとの思いで駆け付けた頃に披露していたのは直近の新曲である「悪魔」。
この曲はBメロと間奏にかなり特徴的なクラップが存在していて、
これを即座に習得してみせると一気にこの曲の楽しさが増していく。
勿論「オドループ」の例のクラップでも毎度の如く音が消えて手拍子だけになり、これが心底癖になる。
最後に演奏された「スパークルダンサー」でも腕を左右に振る箇所があるのだが、
やはりこうやって全身を使って音楽を楽しめるのもフレデリックの持ち味で、私がフェスに彼らがいるのを確認すると絶対に行こうと思う所以だと思う。
先程のサークルモッシュで限界なはずの体なのに、不思議と音楽が鳴ると飛び跳ねて腕を振っている。
アドレナリンが出ているのかはさておき、私が私に驚いてしまうほどに全身でこのステージを味わえた。次こそはちゃんとフルで観たいな。

4th Act - Kroi

散々周りにオススメされていたKroi。
登場と共にシャウトを披露して始まるは「Juden」。
もっと洒落っ気のあるバンドだと思っていたばっかりに、しゃがれ気味の声で叫び歌う様子に真昼の大阪に負けない熱さを感じる。
闘志も見えつつ、Kroiの音楽という言葉でしか形容できないソウルミュージックがステージに響き渡り、身体が勝手にそのビートを刻んでしまう。
2曲目の「Amber」でも同じく、自然と体が縦ノリしている自分がいるし、一瞬で心を奪われてしまう。
私の少し前の方でアクト中ずっと踊っていた人も見受けられたけど、そこがKroiの音楽の揺るぎない強さなのだと思う。

3曲目の「Method」はアニメ『SAKAMOTO DAYS』のオープニングにもなっており、それこそキーボードの千葉は『SAKAMOTO DAYS』のTシャツを着てこのステージに登壇していた。
彼ら自身が様々な音楽ジャンルの色を取り入れて新しい音楽の色を創造するというスタンスで活動していることもあり、
続く「Hyper」然り、どの曲を聴いても新鮮なようでどこか懐かしいような、奇妙で不思議な感覚にとらわれる。

「Fire Brain」では今まで所々表出していたボーカルの内田の叫びが前面に押し出され、ラストスパートに相応しいロックナンバーであった。
終盤では「Burn such a brain!!」と繰り返し叫び、それに共鳴するかのように楽器隊の熱も凄まじいものになっていく。
先に内田が一人で退場し、楽器隊がエンドロールの如くゆっくり締めていく。
音楽の熱さとグルーヴ感をこれほどまでに同時に味わったことはなかなかなく、面白いバンドだなと惚れ惚れしながらこのアクトを終えた。

5th Act - Tele

リハーサル中にゆるゆると、
「こかげ~」「とう~」「ありーな~」と各所に散らばる観客たちに声をかけていく。
そんなゆるさはどこに行ったのかと思うくらい、1曲目の「ブルーシフト」からTele全開でスタート。
「ブルーシフト」は私が初めてTeleを観てTeleを知ることとなった昨年末のCDJで完全新曲として初披露を遂げた楽曲でもあり、
個人的にこの曲でこのアクトが開幕するのは私としてはテンションの上がる出来事。
Teleの歌唱における感情の入れ方は綺麗なのに迫力があって、2曲目の「Véranda」では逆に繊細で包み込んでくれるような、それでもところどころで鋭い歌い方をしてくる。緩急というか、言葉一つ一つを生き物だと思っているんじゃないかなと思っている。
飼い慣らしているというか、全て大切に抱えている彼の感性だからこそ、言葉ごとに明確な意味を与えている気がしてならない。

にしても、Teleの綴る歌詞は素敵だ。素敵という語彙でまとめてしまっては非常に勿体ない。
どう日々を生きたらこんな言葉たちを自分のものにして表現できるのだろうと思う。詩的なのはそうなのだけれど、あまりに世界を多感的に捉えて生きているなと思うし、そうでなければTele初のタイアップ曲である「包帯」も作れていないと思う。
「包帯」に関してはタイアップ先の作品のことをあまり知らないので野暮なことは言えないが、『タコピーの原罪』のエンディングとして作られ、この日披露されなかった「硝子の線」という曲は一度歌詞を見ながら聴いた瞬間に鳥肌がぞわぞわと立ってきてしまって、なんでこんなに的確な曲を書けるのだろうと慄いてしまった。

でもそれはリリックだけじゃなくて、バックの音作りにも彼の感性が詰まっている。
それが明瞭にわかるのは次に演奏された「バースデイ」で、
基本的に音数や音色が少ない中で自身の声を楽器のように扱ったり、
ライブでは最早恒例となったサビ明けの各パートソロでは毎度のように音楽をやめている。
音楽という線を逸脱し、音そのものにフォーカスさせて楽器隊の限界を煽っている。その様子に私もワクワクするし、Teleのものに対する感じ方をもっと享受したくなる。

普段は好きなように楽しめと声をかけているTeleでも、次の曲に関しては別。
「アーティストだから矛盾したこと言うんだけどさ」と言って、「花瓶」の合唱を煽っていく。
イントロにも、サビにも、この曲には各所にシンガロングが散らばっていて、この瞬間はどうしてもTeleというアーティストを皆で創り上げているような気持ちになる。聴けば聴くほど、歌えば歌うほど、この曲が愛おしく思える。

「鯨の子」の優しい歌詞が大好きで、この曲を最後に置いてくれたTeleに愛情が尽きない。

眠れない夜は君のせいじゃない
それはたぶん外の風が少し強すぎるだけ。

Tele「鯨の子」

こういう、不意に来る優しさが大好き。
私が睡魔に呑まれてしまって、無防備に眠りについてしまった時、
そっと上から毛布をかけてくれるみたいな、そんな優しさ。
この上ない愛情だなと思う。
最後のシンガロングまで含めて、一緒にこれからも歩んでいこうというTeleなりの手の差し伸べ方だとこの曲を聴いて思うし、それを拒む理由は私にはない。
この半年で、本当に大好きなアーティストになった。12月の幕張ワンマンの時も、こんな愛と熱を受け取れると思うと今から胸の疼きが止まない。

6th Act - Chevon

初手からラストスパートかのような「ダンス・デカダンス」という選曲。
「サクラループ」がリハで演奏されたことからも、Chevonの手札の多さに高揚感を覚えざるを得ない。
2曲目に演奏された「antlion」は、私が先日行ったChevonの大阪ワンマンにて拾われなかった楽曲であり、個人的にここで歌われることに嬉しさが滲み出てしまう。
「ダンス・デカダンス」に続いてこの曲もかなり軽快でスピーディーな展開なのが特徴的で、続く「ボクらの夏休み戦争」も夏らしく爽やかで軽快な楽曲。夏の爽やかさに注視したかのようなセトリ運びに対して、伸びやかで唯一無二なハイトーンを誇るボーカルの谷絹がいつものChevonらしさを相も変わらず作り続けている。

シンガロングが要所要所に散りばめられているのが彼らの音楽の特徴であり、続く「Banquet」ではその要素が遺憾なく発揮されている。
サビでもCメロでもシンガロングが起き、増強剤ともなる谷絹の煽りがフロアの熱をますます高めていく。
にしてもG#5を芯のあるハイトーンで軽々披露し、hi域中盤を幾度となく地声で張って歌い上げるその声帯はどうなっているのかと本当に疑問に思う。
間違いなく唯一無二の歌声であり、Chevonというバンドにおける大きな魅力であり、歌唱だけでなくMCや煽りでも容赦なくそのハイトーンを振りかざす様はこのバンドでしか見られない。

先日まで行われていたワンマンツアーの表題曲である「DUA・RHYTHM」にも、シンガロングの要素がふんだんに用いられている。
初手3曲の爽やかさと打って変わって、「Banquet」からの流れはChevonらしい重々しいダークロック。それは次の「冥冥」も同じで、この三曲はライブやツアーの表題曲という共通点を抱えている。
そんな重々しい楽曲群に私は惚れ続けているし、その楽曲群に合わさる谷絹のハイトーンがChevonというバンドをより壮大的に、言ってしまえばラスボスのような佇まいを私に魅せている。

サビで飛び跳ねたくなるようなリズムが特徴的な「銃電中」で締めて、
いつも通りマスコットキャラクターのしぇぼんくんのぬいぐるみを谷絹が抱えて手を振り退場していく。
Chevonの大行侵はまだまだ始まったばかりだし、いつかフェスのメインステージで彼らの姿を拝むことができたらいいなと切に願っている。
もっとうまく彼らの魅力を言語化したかったけれど、私の表現力じゃどうにも伝えきれなかった。悔しい。

7th Act - なきごと

Chevonのアクト終了後に急いでBASE STAGEへと向かい、
悔しくも被ってしまった大好きななきごとの音楽を聴きに行く。

昨年末のCDJで初めて出会って救われてから、もうかれこれ7回も現地で彼女たちを観ている。本当に大好きなバンド。
あれからギターの岡田の誕生日に行われたフェスに愛知まで足を運んだり、ボーカルの水上の誕生日に行われたワンマンライブ、そしてそこでのメジャーデビュー発表の瞬間に立ち会ったり、現在進行中のツアーの初日に参加したり、直近ではyutoriとの対バンライブにも行ったりと、
あれからずっと、なきごとの背中を追いかけ続けている。
いや、彼女たちは大きな背中も見せてくれているし、時に私と真っすぐ向き合ってくれて、私を包み込んで抱きしめてくれている。
だからずっと追いかけているし、なきごとに救われないとこの人生やっていけない。

聴けたのは僅か3曲。
されど3曲で、「Summer麺」が現地で聴けたのは本当に幸運だった。
夏の茹だる暑さにとろけてしまう脳みたいな、逆に暑さを感じさせるような夏の曲。
今まで夏といえば爽やかで、キラキラしている楽曲たちをこの大阪の地で聴いてきたけれど、
私はこの「Summer麺」のような、あえて茹だる夏を素直にそのまま書いた曲も夏っぽくて大好き。

ずっとずっと大切にしてきた「メトロポリタン」。
水上がこの曲で取る身振りがすごく好きで、カラオケで歌う時にもそれを真似してしまう。
そこもなきごとの魅力というか、かわいらしい中にロックがあって、少し現実的な切なさや苦しさを孕んだ歌詞がそこに乗っかるのがなきごとらしい。

なきごとは、水上えみりは、音楽は人を変えると信じてやまないアーティストだ。
そしてなきごとは、水上えみりは、"あなた"をどこまでも大切にし続けるアーティストだ。

前からなきごとを応援してくれていた人の中には、
メジャーデビューしてちょっと寂しいなって思う人もいるかもしれない。
でも、それは私にとって嬉しいこと。
だって、そんな思いさせないから。

「深夜2時とハイボール」演奏前MC

と言って、最後に演奏するのは「深夜2時とハイボール」。
1stシングルからずっと大切に抱えてきた「メトロポリタン」だったり、
1stEPからこうやって「深夜2時とハイボール」を引っ提げてきたりだったり、
水上の愛情は私の想像をどこまでも超えるもので、
そしてそれ以上に、水上や岡田、サポート含めたなきごとチーム全員に向けられている愛情はそれを遥かに超えていく。
メジャーデビューを発表した時のワンマンライブのダブルアンコールで、
「メトロポリタン」をフロアに大合唱させる水上えみりの姿。
フロアから強く響くその歌声に思わず感涙してしまう水上えみりの姿。
私はあの光景を忘れることは絶対にないし、
なきごとというバンドは、お互いがお互いに恩返しをしあって成り立っているバンドだとつくづく思う。
芯は変わらないまま、なきごとはずっとなきごとらしくいてくれる。
私の弱さを、隣で背中をさすりながら聞いてくれる。受け止めてくれる。
だから私はなきごとというバンドが大好きで、これからもずっとそばにいたいなって一人でまた呟いている。

死にたくなった 死にたくなった
そしたらキミが笑ってバカっていうから
いきたくなった いきたくなった
ほんとキミには敵わないなぁ

なきごと「深夜2時とハイボール」

8th Act - サバシスター

なきごとのアクト終了後に急いでSUN STAGEに戻り、
休む暇なくサバシスターのアクトを観に行く。

3曲ほど見逃してしまったが、
サバシスターは短めの曲を乱立させるセトリが特徴的故、時間的にはまだまだ始まったばかりだった。
2ヶ月半前に初夏の蘇我で軽やかに音を奏でる彼女らを初めて知って、気づけばこの日はどの曲が流れても笑顔で拳を上げられるようになっていた。
メロディとしては疾走感のある曲ばかりで、ドラムを筆頭に軽やかな進行を見せるのが彼女らの楽曲の特徴で、
「ポテサラ」のような、キャッチーでユーモラスな歌詞も相まって心底楽しいステージだった。

シンガロングを練習してから「作戦会議」へと移る流れも蘇我の青空を思い出せてしまうなと思いながら前方に目をやればダイバーの嵐。
「覚悟を決めろ!」でも、というより、曲数を経るごとにダイバーの数も増えているように感じた。横のモニターにたまに映る前方の様子は本当にダイバーに溢れていて、蘇我では知ることのできなかった彼女たちの音楽の姿がそこにはあった。
ボーカルのなちも曲数を経るに笑顔の数が増えてきて、むしろダイバーを煽っているまであった。
蘇我ではリハーサルでしか聴けなかった「ハッピーなんて」では思い切りコーレスができたし、
少しテンポが落ちる2番終わりでもシンガロングがあって、やっぱりこの曲は本番でこの先も聴きたいし歌いたいなと思った。ライブウケというか、サバシスターの曲の中でも個人的に心が躍る曲だと思っている節がある。

最後に「サバシスター's THEME」をやるのだが、
この曲はなによりもなちの天真爛漫さが光る楽曲だなと思っている。

キーキーうるせぇ女と仲良くなりたい!(なりて~)
ぶりぶりあざとい女にほんとはなりたい!(なりたい!)
ぐちぐち言える友達がたくさん欲しい!(ほ~し~い~!)
ギャンギャン泣いても泣いても泣いてもわたしはわたし

サバシスター「サバシスター's THEME」

この歌詞、1番の頭で同じ人種を否定した上でこれを繰り出してくるのだからずるい。
なちの素直さというか、かわいげというか、形容しがたい魅力がこの曲には詰まっている気がして、
そりゃ自分たちのバンド名を冠してテーマと言っているくらいなのだからとは思ったが、にしてもらしさがすごいなと思う。
知らず知らずのうちに元気が湧いてくるサバシスターの音楽、もう少し聴いてみようかな。

9th Act - マカロニえんぴつ

大阪の地に対する厚い信頼を胸に「普段やらないような曲も」なんて言って、
普段フェスではやらないような楽曲をセトリに取り入れつつ始まる夕景のSKY STAGE。
勿論メジャー曲をやらないとは言っていないし、「レモンパイ」のサビのサウンドは夕日が照らすこのステージに本当に似合っている。

メトロックで先日見た際は二日目のトリを任されていて、
その時は大トリだったことも重なってかすごくフェスのエンドロールのような存在だった。
その日の最後に演奏した「ミスター・ブルースカイ」だったり、その後のアンコールでやった「ヤングアダルト」なんか、本当にフェスの終わりを迎えるに相応しいくらいの哀愁があって、
どこかしっとりしんみりとしたマカえんだったのだが、
この日はまだまだ夏の強い日差しが大阪を包み込んでいて、その熱に生きるように音楽をかき鳴らしている姿が印象に残っている。

それでもやっぱり「ヤングアダルト」を聴いてしまうと哀愁がついてきてしまうというか、
どうしてももうマカロニえんぴつってバンドは今や大人気のバンドになってしまって、
どのフェスに行ってもトリ周りの役目を務めることが多いからなのか、
「ヤングアダルト」を聴いている時はどうしてもフェスのことを振り返る時間になってしまいがち。
マカロニえんぴつの歌う愛はそれはそれはきっと恋愛のことがほとんどだと思うし、それに共感する若者が多いのも事実。
でもなんか、フェスでマカロニえんぴつを聴く時の私はその愛をあらゆる人と音楽に当てはめがちだし、
彼らに限らず、そういうアーティストとバンドに私は生かされているんだなって強く実感した瞬間でもあった。
走馬灯のような、あっという間のこの大阪での二日間を一人で勝手に思い出しながら、この楽しい時間が終わりゆくことへの寂しさに浸りつつ、
「静かな海」までの時間を感傷に浸りながら味わっていた。気づけば日も暮れて夜になる。もうそろそろ、終わっちゃうのかぁ。

10th Act - 04 Limited Sazabys

何故か私の行く大型フェスに毎回いるフォーリミ。
JAPAN JAMでも、VIVA LA ROCKでも、メトロックでも彼らを観てきたが、
大トリということもあって今回が一番の長時間で彼らの音楽を堪能する機会になったし、
それに伴って私も彼らの音楽を沢山知って聴いてきた。

大トリならではの火柱の演出だったり、
サークルがあちこちに広がるフロアの躍動感だったり、
「swim」の演奏前に「人間の三大欲求は食欲、性欲、海水浴!!swim~」といつものような自由で面白いGENのMCだったり、
どこに行ってもフォーリミらしい現場を観ているし、それを心から楽しくて追い求めているからフェスにフォーリミがいると観に行こうって思うのだと思う。
メロディックパンクを貫き通した曲調に勝手に胸がざわつくのもそうなのだけれど、
その中でもテーマだったり曲ごとの軸があって、
「今日はよく星が見えそう」なんて言って始まった「midnight cruising」なんか聴いた暁には本当に流星群が見えるんじゃないかと思ってしまうし、
「Harvest」を聴くと、私は今年のビバラのトリを務めた時のMCを毎回思い出す。
「もう俺は夢は掴んだから、夢の延長線上にいさせてくれ」とあの時GENが言っていたのを思い出しながらこの曲の歌詞を聴くと、この曲ってなによりも自分たちバンドのことを歌って愛しているんじゃないかなと思ってしまう。

今は心配ばかりだけど
ありふれた感動見えるから
いつでも君とこの幸せ
見続けられたらな
感じ続けられたらな
信じ続けられたらな

04 Limited Sazabys「Harvest」

これを自分たちのスタイルであるメロコアに乗せて軽やかに歌っているのだから、それがものすごく私には刺さってしまった。
最後の「Remember」までフォーリミはフォーリミらしくやっていたし、それがなにより私は楽しかった。最後だしと思ってサークルに行っても良かったけれど、それはまた次の機会。

そうして二日間を終えた。
気づけばこのライブレポートを書き終わるのに三週間ほど要してしまい(懺悔)、あんまり新鮮さを保てていない言葉を綴ったりすることも多いこのフェスレポートなのだけれど、
それでもいざ書こうとして当時を思い出すとやっぱり思い出すことは沢山あって、ライブでしか味わえない感情がどうしても沢山あって、
私ってどこまでいっても音楽と人に救われ続けているのだなと再確認することになった。
私が邦ロックにのめりこむきっかけになったのは昨年大晦日のCDJだけれど、そこからあまりにも加速度的に邦ロックを好きになっていって、
きっと一年前の私にこの二日間で行ったアーティストについて尋ねたら、
半分以上は名前すら知らないと答えていたと思う。

この一年間で、私の世界が本当に広がった。大きな趣味ができた。私を成り立たせる大きな要素が生まれた。
それはこの日もそうで、この日知った曲、アーティスト、バンド、なによりこの日知った景色がまた私を音楽の沼へと引きずり込んでくれるし、
もっともっと色んな景色を知りたいって自然に思うようになったし、
自分からもっと飛び込んでいきたい。

なので、Twitterの方で音楽アカウントを作ることにしました。
興味のある方は是非。私はもっと見たことない世界を見たい。
な~んにも知らない私だけれど、これからもどうぞよしなに。

ここで待ってます。

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