サンヤシーント戦闘機隊の房総半島上空空戦
1945年2月16日の、戦闘第四五飛行隊の出撃。日本時間=I時間帯でなくK時間帯で表示されているので、日本時間に1時間戻して表示しています。項番12の4、同じ低翼・固定脚の九六式艦上戦闘機と見誤っていますが、「陸軍三九教飛の横芝からの迎撃」の海法秀一氏の戦闘場面が含まれているものと考えています。「好奇心旺盛な子供のよう」に現れた一機のことです。なお、宮川飛行場は、こちらにある北緯35度38分、東経140度30分という情報から、陸軍の横芝飛行場であることが分かります。
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Unit: VF-45, Base: USS San Jacinto, Report No.28
発艦時刻: 午前6時00分
着艦時刻: 午前8時50分
発進位置: 北緯33度54分 東経141度59分
当初任務: 戦闘機掃討-房総半島飛行場
部隊構成: F6F-5ヘルキャット×8機
他にハンコックから12機、レキシントンから16機が参加。
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項番12「戦術及び作戦上の情報」欄に記載の内容は次のとおり。
(見出しは訳者による)
1 発進・接敵
第四十五飛行隊・戦闘機分隊のF6F-5ヘルキャット×8機は、日本本土への最初の海軍部隊による攻撃に参加するため、午前6時00分に発進。空母レキシントン及びハンコックより、合計28機が同行している。高度2300m(7500フィート)にて、他の戦闘機部隊の上空援護の位置で飛行。サンヤシーントからの二個小隊は、以下の搭乗員からなる。即ち、シェクター中佐、テイラー少尉、モーズリー少尉、キドウェル少尉。ペリー大尉、ドイック少尉、カッフェ少尉、バイウォーター少尉、である。
掃討部隊指揮官は、房総半島西海岸の木更津にある主要な飛行場を当初の攻撃目標としていたが、その地域を閉ざしてしまっている天候のせいでそれは叶わなかった。一方、東海岸沿いはそこそこ晴れており、午前6時50分には銚子(犬吠埼灯台)上空に到達した。
2 香取飛行場攻撃上空援護
午前7時00分、サンヤシーント隊が高度2300m(7500フィート)にて上空援護を続ける中、より低空にいた他の戦闘機隊は、西から東に向かって香取飛行場への突撃を開始した。
滑走路だけでなく飛行場の地面のところからも、土埃を巻き上げながら敵機が離陸してくるのを、シェクター中佐は双眼鏡でこの時確認。掃討部隊の一航過にて、少なくとも六ヶ所の大火炎を生じさせた。単発機×数機若しくは飛行機の一群を炎上させたものである。
サンヤシーント隊指揮官は、同時に、密度・極めて濃、口径・中の対空砲火を確認。飛行場の全周、滑走路の区画の縁から2・5~5km(1・5~3マイル)入ったところからであった。
3 香取・茂原間での空戦
突然、空中が日本の戦闘機で溢れた。特に零戦からなる部隊は茂原から北に向けて、他は香取から上がってきたものである。シェクター中佐と列機であるテイラー少尉は、九六式艦戦×1機が目と鼻の先に上昇してきて、編隊のうちの区隊の位置に納まってしまった。テイラー少尉機は、指揮官機の後ろ約90m(300フィート)の位置である。
九六式艦戦は左に回りはじめ、翼面と胴体の上部を後続するヘルキャット隊に完全にさらけ出す姿勢となった。シェクター中佐は、距離約120m(400フィート)で射撃を開始。偏差一杯での銃撃が、操縦席と胴体部分に命中していく。テイラー少尉もその直後に同距離・偏差30度で発砲すると、操縦席とエンジン付属部品のところに多数命中した。その九六式艦戦は爆発を起こして炎上、テイラー少尉機はその下をくぐり抜けた。日本人操縦員は、操縦席の天蓋を開けた。燃え盛る機体の中で自分が灰になってしまう前に、明らかに脱出しようとしていた。
上述の交戦のすぐ後、第一小隊・第二区隊長であるモーズリー少尉は、正面から隼×3機が向かってくるのを認めた。高度は、当小隊より150m(500フィート)上空である。モーズリー少尉機は急上昇し、射程距離内に入るや否や四分の一は被さる針路のまま長めの連射を行った。エンジン・カバーのところから大きな部品が脱落したのが見えた。モーズリー少尉が振り返って見ると、この機は制御不能となり、エンジンから炎を引いて落下して行った。操縦員は、脱出できず。
モーズリー少尉機の列機であったキドウェル少尉は、雲の底のところに九六式艦戦×3機を確認。自分とモーズリー少尉機の上空約200m(700フィート)である。モーズリー少尉機は急上昇して中央の敵機を狙おうとし、キドウェル少尉機は右旋回上昇し右側にいる機に取り付こうとした。キドウェル少尉が偏向30度で極めて短い連射を加えると、その九六式艦戦は裏返しとなり火炎に包まれて落ちていった。地面に激突した際には、大きな爆発を伴った。
4 木更津・茂原間での空戦
香取飛行場の南東約8km(5マイル)の地点で、上空援護の戦闘機隊は低空にいる戦闘機隊の上で合同。針路270度、サンヤシート隊は引き続き2100~2400m(7000~8000フィート)のまま、部隊全体で進撃する。掃討隊指揮官は引き続き木更津飛行場への攻撃を意図していたが、部隊は単発・双発両方を含む多数の日本軍機に遭遇。木更津飛行場から南方の茂原飛行場にかけての空域で一大乱戦となる。
シェクター中佐とテイラー少尉は、零戦×1機に対して区隊での突撃を実施。テイラー少尉は命中させられなかったが、シェクター中佐は偏差一杯で発射すると、その日本軍機は発煙。テイラー少尉は、この零戦が水面に墜落するのを確認した。
ペリー大尉の小隊は、高度2100m(7000フィート)で宮川飛行場のほぼ真上にあった。九六式艦戦×1機が、ペリー大尉の言葉を借りれば「好奇心旺盛な子供のように」、小隊の進む方向に現れた。ヘルキャット隊が友軍機ではないとを見るや否や、その日本軍機は左側に急降下をはじめた。
ペリー大尉機は急旋回してこの九六式艦戦の後を追い連射を見舞ったが、距離がありすぎて命中せず。ペリー小隊の他の機は、発砲可能な位置には無かった。四機が北向きに立て直して180度の急旋回を行い、東の方へまっすぐ向かおうとするその九六式艦戦にもう一撃を加えた。ペリー大尉機はこの突撃では適正な距離につくことができたので、その銃弾によって九六式艦戦は発煙。小隊の他の機は、命中弾を得ず。
その九六式艦戦はまた旋回して、西よりの針路を取って明らかに宮川飛行場に着陸しようと急速に高度を下げはじめた。ペリー小隊は北向きに旋回して、そこにもう一撃を加える。ペリー大尉機がもう一度連射すると、その九六式艦戦に命中、再び瞬間的な発煙を認めた。
この時点でその日本軍機は、飛行場の約1・2km(四分の三マイル)東にあり、着陸するにはまだ高度がありすぎた。小隊の「カモ番機」(訳注:tail-end charlie)であるバイウォーター少尉機の見事な連射が、この九六式艦戦に命中。高度約30m(100フィート)から炎に包まれた状態で飛行場の中に墜落した。
この遭遇戦は、大乱戦の最盛期の序盤に発生したものである。バイウォーター少尉曰く、「しばらくの間、どの方向を見渡しても、一乃至三機の日本軍機が落ちていくのが見えた。」ペリー大尉小隊・第二区隊長であるカッフェ中尉も、「左周りの飛行機用の臼があって、上から日本軍機を入れると下から燃えながら出てくる、という感じだった。」とこの戦闘について語っている。
5 横芝上空での空戦
この時点で、モーズリー少尉機とキドウェル少尉機は、宮川飛行場の少し南側、針路270度を飛行していたが、自分たちの約300m(1000フィート)上空を零戦・飛燕×6~7機が同航しているのを発見。零戦×1機と飛燕×1機が逆さ落としにモーズリー少尉機に上方からの攻撃を仕掛けてきた。
零戦(?)は左に急旋回したのだが、飛燕は真っ直ぐ突っ込んでくる。零戦が離れて行ったので、キドウェル少尉は大傾斜しつつ右に急旋回し、攻撃できる位置に立てるかどうか飛燕の急降下を見定めた。すると飛燕はモーズリー少尉機に向けて発砲しはじめたので、キドウェル少尉は左に切り替えして急上昇し、約30ミリの(?)偏差で短い連射を浴びせた。その飛燕は発煙の後に出火し、地上に激突するまで真っ直ぐに落ちていった。
6 茂原上空での空戦
空戦域は南に移動していき、茂原飛行場の方に移っていく。上空援護の二個小隊は、空戦の間を通じて、例外的に見事な戦術的な編隊飛行を維持していた。このとき、シェクター中佐は、雲中を上昇中の零戦×二乃至三機を確認。攻撃を準備し、最後尾の零戦に水平・側面攻撃を仕掛けると、偏差一杯での最初の連射によりこれを炎上させた。その零戦は制御不能となって降下し、操縦員は脱出。
この頃、茂原のすぐ東のところで、飛行隊長の小隊に零戦×1機が突撃してきた。モーズリー少尉機は、編隊の下に滑り込んで右方向から一連射を加えると、攻撃を終えたその日本軍機を炎上させた。その日本軍機の操縦員は、ほとんどすぐに脱出した。
ちょうどその時、他の日本軍機×数機が上方及び別の方角から攻撃してきた。そのうちの一機、零戦は、キドウェル少尉機の直上で背面姿勢から攻撃。零戦が発砲しはじめたとき、キドウェル少尉は右へ急旋回したので命中せず。その零戦はキドウェル少尉機の左側を下へすり抜けると、その下約150m(500フィート)下で急激に引き起こした。
零戦はキドウェル少尉機の高度、約2000m(6500フィート)まで上がってこれなかったので、キドウェル少尉はその後ろに食いついた。零戦は引き続き上昇しようとしていたので、キドウェル少尉は長い連射を加えた。零戦はエンジンと翼の根元付近から出火し、急角度で降下していく。他の零戦×1機が上空から現れて、キドウェル少尉はそれから逃れようとしたので、先の零戦が地面に激突する瞬間は確認できなかった。
シェクター中佐の小隊が茂原の北で再度集合すると、百式司偵×1機が旋回しつつ高度を取ろうとしているのを発見。Indian file?にあった小隊は、この双発の爆撃機に対して水平・側面からの攻撃を実施。シェクター中佐は、偏差一杯の射撃により胴体部分に命中弾を得る。この百式司偵は、小隊長機の左側を下に通り過ぎていく際には、発煙しまた燃料の尾を曳いていた。モーズリー少尉機は、一連射によりこの百式司偵を炎上させた。
それから、第一小隊は茂原飛行場上空に近付き、援護してきた掃討隊の戦闘機の部隊がいくつも飛行場を攻撃しているのを認めた。その時、零戦×多数が西側からやってきたので、シェクター中佐がそのうちの一機に対してquarterlying run?を行うと、その零戦は上昇し右旋回した。エンジンと操縦席付近に多数命中し、胴体下部より燃料が激しく噴出。この機は右方向に急降下で逃げていったが、墜落したのをテイラー少尉が確認している。
7 八幡岬沖での集合・帰投
各機、これをもって八幡岬の東にある集合地点へ向かう。掃討隊の数多くの機が、あきらかに編隊合同しようとしていた。この一群の上空で一旋回して西側に向いてみると、零戦×6~7機が戦闘機群の上空約300m(1000フィート)にいるのが分かった。明らかに、掃討部隊が機動艦隊に帰投するのを、追跡しようと待っている。
第一小隊の全力をもって、この日本軍機を攻撃すると、編隊のまま上昇したのち、ばらばらになって海岸線の方へ飛び去った。シェクター中佐は、最後尾にいる零戦に、最大射程である約350m(400ヤード)で発砲した。尾翼と胴体部分への命中弾あり。この日本軍機は左方向へ急降下、ヘルキャットも瞬間的にこれを追い、偏差一杯でさらに命中弾を得た。この零戦は海面へ向かって落ちていき、最後に見たときには激しく発煙していた。
敵部隊がばらばらになったところで、第一小隊は集合地点に戻る。サンヤシーントからの戦闘機隊と、ついてくる同じくらいの他の部隊の機を飛行隊長が集合させて、母艦へ向けて帰投する。任務部隊へ戻る帰投中の戦闘機についてくる日本軍機がないか、後ろを何度も振り返りながら。
(original on 2013/5/7)
