陸軍三九教飛の横芝からの迎撃
昭和20年2月16日の日本陸軍機の迎撃に関する記録です。
「2/16 a.m. 陸軍三九教飛の横芝からの迎撃」より
昭和20年2月16日の日本本土に対する米軍艦載機の空襲に対し、日本軍は陸・海軍の別なく迎撃に上がっています。
陸軍の東部五三七部隊第三九独立中隊は教育飛行隊で、茂原と香取の海軍航空基地の間、横芝にありました。果敢にも、固定脚の九七式戦闘機とその練習機版である二式高等練習機で、教官配置の者が操縦して出撃しています。
九七戦・二式高練とも、連合国軍のコードネームはNateで区別されていないようです。
2/16 a.m. VF-9#1 レキシントン戦闘機隊の房総半島上空航空戦
また、同じく固定脚を持つ海軍の九六式艦上戦闘機Claudeと混同されているような記載もあり、下の海法氏の機についての記載がこの報告書の中にあるものと考えています。
2/16 a.m. VF-45#28 サンヤシーント戦闘機隊の房総半島上空空戦
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書棚にある「九九式襲撃機ラバウル空戦録-陸軍航空隊戦記」に収録の五編中第二編、海法秀一氏の「されどわが愛機恥ずることなかれ」によれば、当日午前の状況は以下のとおりです。
昭和20年2月10日
「敵機動部隊鹿島灘方面に接近中。各隊は警急姿勢『甲』の待機命令」発令。十三期生以上の教官、助教は愛機にて仮眠を取りながら待機。
昭和20年2月16日
午前6時30分
日の出。曇天、前日より気温高いが、零下2度。北北西より微風。
午前7時05分
野球の試合中。東に機影、四十機。干潟=海軍香取飛行場上空。高度1500m。緊急発進。敵の二十機が向かってくる。離陸後急上昇、敵機群を右後方に見て、反対の九十九里の海岸線に向かう。右前方、東金方面に二・三の味方機。二式高練か隼かは判別できず。海に向かって試射。高度2000m、雲底が2000m。機首を右に180度ひねると、右下方にオレンジ色の炎。敵味方不明。
午前7時35分
進路〇四〇北東、機首戦闘圏内。F6F四機、二機ずつ組んで迫ってくる。高度差ほぼ無し。坂田池(注:酒田沼とあり)方向に炎、真っ黒な煙の塊となった一機がキリモミ状態で落下。敵との距離は1000mもない。層雲にへばりつくように高度を取ると、雲中に入ってしまった。
午前7時40分
雲上でヘルダイバー九機と遭遇、六又松(注:場所不明)の方向へ侵攻してくる。(注:「艦爆のグラマン・アベンジャー」とあるが、早朝の戦闘機掃討戦にはアベンジャーは参加していない模様で、『艦爆の』と言っていることからもヘルダイバーだと思われる。)先頭の機のエンジンの真ん中に吸い込まれていく。機体下方に7・7mm機銃弾命中。左脚に被弾。速度が違い追い付けず、後上方からの再攻撃とりやめ。
午前7時45分頃?
雲の隙間から九十九里の海岸線が見えたので突っ込むと、1分もかからず雲を抜け、栗山川も見える。ここかしこに黒煙が漂い、友軍機からの落下傘降下一名あり。見回すと、雲にへばりつくように右後方にグラマン四機あり、200m下方という絶対的な劣位、反航して正面から銃撃。また雲に入ってしまったので左にきって上昇、敵は右上昇旋回。敵一区隊・二番機に命中弾あり、しかし敵二区隊から銃撃を受け被弾、エンジン停止・出火、黒煙を上げてキリモミとなる。
午前7時50分頃?
高度1200m、落下傘降下も考えたがなお銃撃を受けて銃弾も尽き、高度800m、横芝飛行場南端あたり不時着を決意。横芝飛行場をF4Uコルセアが機銃掃射しているのが見えたので飛行場への進入を諦め、滑空のまま南へ。フラップを手動で下ろし、足下の火を踏んで消そうとしながら、高度100m、こんもりした木々があった神社に墜落。
午前8時00分すぎ
失神したものの、幸い前歯を折り口の中を切っただけで、12・7mm機銃弾十二発を受けながら奇跡的に生還、直ちに基地に向けて自転車で出発。僚機が敵グラマン一機を撃墜している。
(Original on 2014/1/13)
