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深遠なるこの大宇宙に生きる 〜 私の人生観

今年は、量子力学が誕生してから100年となる節目の年です。

最近、こちらの書籍を購入し、「ラプラスの悪魔」や「シュレディンガーの猫」、「量子もつれ」など、

量子力学ならではの大変、興味深いテーマを取り上げて、当初は量子力学について語るつもりでしたが、

考察を重ねているうちに、次第に関心事が素粒子というミクロの世界から、大宇宙というマクロの世界に広がっていきました(そもそも、両者は密接な関係にあるのですが)。

古典物理学が通用しない量子力学

という訳で、今回は深遠なる大宇宙と素粒子に関するお話をさせて頂きます。そして最後に、少しだけ私の人生観をご披露したいと思います。

人類の「宇宙観」の変遷
人類は、はるか太古の時代から宇宙を見上げてきました。その後、星座が生まれ、夜空は神々の物語を語り継ぐ舞台となり、

starwalk.space

やがて、世界の中心に大地があるというプトレマイオス天動説が定着しました。

天動説は、カトリック教会が強く支持したこともあり、千年以上の長きにわたり覆ることはありませんでしたが、

16世紀頃から地球が太陽の周囲を回っているとするコペルニクス地動説へとパラダイムシフトが起きて、太陽系が認識されるようになりました。

stock.adobe.com

17世紀初頭、ガリレオ・ガリレイが望遠鏡を制作して以降、天体望遠鏡が発達し、

19世紀の写真技術や、20世紀後半からの電波望遠鏡宇宙望遠鏡といった新たな技術によって、

より精密かつ遠くまで観測が可能になり、やがて銀河が認識されるようになりました。

並行して、20世紀初頭から、冒頭で触れた量子力学が確立され、ビッグバンと膨張する宇宙が認識されるようになり、現在に至ります。

space.com

宇宙一色だった私の少年時代
ところで、私 ISSA の少年時代の夢は、天文学者になることでした。

お小遣いも少なかったあの頃、毎晩のように天体望遠鏡を庭先に持ち出して星々を観るのがとても好きでした。

ビクセン ポラリス 80M
天体望遠鏡博物館

もう一つ、愛用していたのは天文手帳

天文手帳には、予め1年分の天文事象が記載されているのですが、何故、このようなことが可能かと言えば、

この宇宙は、隅々まで一定の法則に従って動いているからなのです。

この手帳には、銀河鉄道999の
「アンドロメダ行のチケット」
が忍ばせてありました💫💫💫

その調律・調和にこそ、大宇宙の神々しさが感じられます。

好きなアニメは、宇宙戦艦ヤマトや銀河鉄道999。

夏休みの自由研究は、決まって宇宙ロケットのスケッチや、星の観察記録。毎度、苦笑を隠せない教師  ( ‾▽‾;)

1978年には宇宙博に行き、毎月、科学雑誌「ニュートン」を購読していました。

宇宙博にて
《東京都江東区、現「船の科学館」周辺》
(Photo by ISSA's Family)

いつしか、小学生のうちに(極、簡単にですが)相対性理論を語れるようになり、そんな感じで宇宙一色の少年時代を過ごしたことが、今でも、懐かしく思い出されます。

特に、1980年に日本でも放映されたカール・セーガン博士のテレビ番組「コスモス」(注1) は、宇宙ものの特番自体が珍しかったあの頃としては、かなりは衝撃的でした。

カール・セーガン博士

(注1) コスモスは、カオスの反対語で「調和」を意味するギリシャ語に由来する。古代ギリシャの哲学者ピタゴラスが、整然と秩序をもって存在する宇宙を、畏敬の念を込めて「コスモス」と呼んだことで、いつしか「宇宙」を意味するようになった

テーマ曲を手掛けたのは、後年、「南極物語」や「炎のランナー」などのテーマ曲でも有名になったギリシャのシンセサイザー奏者、ヴァンゲリスでした。

セーガン博士について
セーガン博士はアメリカの天文学者で、NASAの惑星探査指導者でもあり、惑星協会の設立にも尽力しました。

核戦争が氷河期を引き起こす「核の冬」や、他の惑星を人が住める環境に変える「テラフォーミング」、宇宙史を1年の尺度に置き換えた「宇宙カレンダー」などの言葉の生みの親でもあります。

The Cosmic Calendar

「コスモス」は著書としても出版されており、

「COSMOS」上巻・下巻
(Photo by ISSA)

博士は、巻頭で次のように述べています。

日本の国旗は天文学的である。それは、私たちにいちばん近い恒星・太陽を描いたものである。・・・(略)・・・ 世界の国々のうち、ほぼ半数が宇宙に関係のあるものを国旗のデザインに使っている。つまり、私たちはみんな、大むかしからずっと、天文学者だったのである。

Carl Sagan

更に、作家でもあったセーガン博士の代表作には、SF小説「コンタクト」などがあり、

1997年には映画化されました。

以前、こちらの記事でもご紹介しましたが、

この映画には、本当に心が震えました。

博士は、太陽系を解明するための無人惑星探査機計画に参与し、

1970年代に打ち上げられたパイオニア探査機には地球外生命体に宛てた金属板のメッセージが、

そして、ボイジャー1号・2号には、博士が考案したゴールデン・レコード(注2) が搭載されました。

左:パイオニア10号と金属板のメッセージ
右:ボイジャー1号とゴールデンレコード
NASA ホームページ

(注2) 115枚の画像と、様々な自然界の音、人の声、音楽、そして55言語による挨拶の言葉を収録

ボイジャー1号が、土星の探査ミッションを終えた後、博士の提案で地球の画像を撮影することになり、

1990年、ボイジャー1号は地球から約60億km離れた場所から地球に向けて、一枚の画像を撮影しました。

それが「ペイル・ブルー・ドット」と呼ばれるものです。

このときの博士の言葉(注3) は、その後、人々の記憶に刻まれることになりました。

(注3)  "To me, it underscores our responsibility to deal more kindly with one another, and to preserve and cherish the pale blue dot, the only home we've ever known."
「私たちは、お互いにもっと優しく接し、唯一の故郷である(小さくて儚い)『ペイル・ブルー・ドット』を守り、慈しむ責任があるのです」

Carl Sagan

その後もボイジャー1号は旅を続け、現在、地球から約247億km(光速で約23時間)離れたヘリオスフィア(注4) の外側に広がる星間空間を航行し続けています。

(注4) 太陽風が及ぶ巨大なバブル状の領域のことで、太陽系を宇宙線から守るシールドのような役割を果たしている

一体、宇宙はどこまで広がっているのか
このように、およそ半世紀をかけて地球から遥か彼方へと去ってしまったボイジャーですが、

宇宙の広大さに比べると、未だ殆ど動いていないに等しいと言えます。

地球外生命体は居るのか?
はたして、ボイジャーはいつの日か、地球外生命体と遭遇するのでしょうか?

地球外生命体の存在や接触の可能性については、以前、フェルミのパラドックスドレイクの方程式などを交えて、こちらの記事で考察していますので、是非、こちらもご一読ください👇

"The universe is a pretty big place. If it’s just us, seems like an awful waste of space."
「宇宙はとてつもなく広い。もし地球人だけのものだったら広い宇宙がもったいない」

Carl Sagan

私自身の地球観
その後、次第に天文学への関心が薄れ、逆に、ミクロの世界に没入し始めた私は、トランジスタなどを使った電子工作に夢中になり、

現実的に進学・就職を考え始めた頃からは、一転して飛行機乗りを目指すようになりましたが、

(Photo by ISSA)

心の奥では、いつも宇宙への憧憬が燻っていたと思います。

そして、時に操縦士、時に船乗り、時に外交官、時に分析官、時に渉外官として、色んな角度から世界を見つめ、

普通にはなかなか行けない最果ての地を訪れてきた経験から、地球の大きさは概ね体感できたと思っています。

中でも、南極で見上げた星空は格別でした。

南極圏の夜空とオーロラ
《Prydz Bay》
(Photo by ISSA)

極寒の北極圏で見た星空も。

北極圏の夜空とオーロラ
《Saariselka, Finland》
(Photo by ISSA)

南極の氷原を転がる太陽も。

転がる太陽
《Lutzow-Holm Bay》
(Photo by ISSA)

南洋の孤島で見上げた皆既日食も。

皆既日食とダイヤモンドリング
《東京都小笠原村硫黄島》
(Photo by ISSA's colleague)

中東の砂漠に沈む夕日も。

砂漠に沈む夕日
《Al Lahbab Desert, UAE》
(Photo by ISSA)

インド洋の朝焼けも。

《Zanzibar, TANZANIA》
(Photo by ISSA)

そして、今、思うことは、この地球は奇跡的な「調和」の上に成り立っており、

如何に巨大な球体であっても、人間が、よってたかって環境破壊を続けていると、やがて「調和」への復元力を失ってしまう、ということでしょうか。

近年、日本各地が異常な暑さに見舞われ、海洋・漁業環境は著しく変化し、洪水が街に押し寄せ、突風で家々がなぎ倒されて、クマが人里に降りて人々に牙をむき始めています。

海も山も大気も、少しずつ狂い始めているこの状況を、持続不可能な世界に転がり落ちる予兆と受け止め、

子や孫に美しい環境を残すための根本治療に取り掛からなければ、手遅れになるのではないかと思います。

松下幸之助さん(注5) や稲盛和夫さん(注6) も、しばしば、こうした「調和」を基調とする宇宙観を持つことの大切さを語っていました。

(注5) 「人間が、今日まで逐次進歩の歩みを続けてきた根底には、宇宙の生成発展があり、それが宇宙の本質であり自然の理法なのである・・・(略)・・・自らに与えられた本質・天命を知り、そこに正しい人間観を打ち立てていくことが必要なのだ」

松下幸之助

(注6) 私たちが生きる目的は、生まれたときよりも少しでもましな人間になる、わずかなりとも美しく崇高な魂をもって死んでいくこと

稲盛和夫

生まれ変わりの話
さて、「魂」というワードが出ましたが、最近は、量子力学とスピリチュアルを結びつけるような話が多いようです。

私自身は、それ以前から、魂の生まれ変わりを信じたいと思ってきました。

というのも、30を過ぎた頃、私はある挫折を味わい、

その時に読み漁った飯田史彦さんの「生きがいの創造」シリーズに救われ、以来、様々な苦難を乗り越える力が身についたからです。

この本は、今でも私の
愛読書のひとつである
(Photo by ISSA)

だから、人一倍、ストレスが多い今の職業も、大切な母ががんに冒されたときも、

心のどこかで、これは「魂の成長」という試練なのだと受け止めて、より強く生きることが出来たんだと思います。

実際に、平⽥篤胤が書に残した「勝五郎再⽣記聞」をはじめ、天明泥流で人柱となったタエの話や、

最近では、知覧から「隼」で飛び立った特攻隊員、穴澤利夫さんの生まれ変わりの少年の話など、

古今東西、輪廻転生にまつわる話は尽きることがなく、日本でも4割以上の人が「生まれ変わりはある」と信じているようです。

日蓮宗 現代宗教研究所

そして、セーガン博士は、次のように述べています。

"We are made of star stuff."
「私たちは星の材料でできている」

Carl Sagan

私たちの身体は、やがて死を迎え、身体を作っていた星の材料は、別の物に形を変える訳ですが、

そうやって、万物が「生成」と「崩壊」を繰り返しながら「成長」していくことが、この深遠なる大宇宙の本質であるのでしょう。

ですから、素粒子という観点では「消えて無くなるものなど、何ひとつない」のかもしれません。

そうやって、宇宙(マクロ)や素粒子(ミクロ)の観点で、あらためて生死というものを見つめ直すと、

究極の悟りは、やはり「形あるものへの執着を手放すこと」なのだろうと思います。

果たして、魂の重さは本当に21グラムなのでしょうか。

博士は、著書や映画の中でも、「証明できなくても、確かに在ると感じられるものを信じることの大切さ」を投げかけています。

"Absence of evidence is not evidence of absence."
「証拠がないことは、存在しないことの証ではない」

Carl Sagan

何事も、先入観や壁を作らず、理解に努めようとする真摯な気持ちが、新しい世界への扉を開く鍵となるのでしょう。

そして、証明できないものを補うために、宗教や哲学やスピリチュアルがあるのかもしれません。

ちなみにですが、あらゆる宗教は、それが絶対的な「目的」になってしまうと、宗教を背景とした争いごとに発展しやすくなりますので、

宗教それ自体を「目的」とするのではなく、「調和」という宇宙観を「目的」と位置づけて、宗教はそこに至る「手段」と捉えることが大事なのではないかと思います。

私自身は、神社・仏閣の前では、「どうか、~になりますように」といった「他力本願」的な祈りではなく、

「私は、~しますので、どうかお導きを」等、出来るだけ「自力本願」的な祈りを捧げるようにしているのですが、

そうやって、平素から神仏に「結果」ではなく「導き」を求めていると、ふとした瞬間に「お告げ」のような言葉が舞い降りてくることを、何度も経験しています。

God helps those who help themselves.
「天は自ら助くる者を助く」

まとめ
段々とファンタジックな話になってしまいましたが、まとめますと、私が目指してきた人間像(私の人生観)は、下図のようになります。

私が目指してきた人間像=私の人生観
(Photo by ISSA)

下から3つの理想的・潜在的な価値観が、私を支えています。

そしていつしか、人と接するときは、その人の根底に「利他の心」、「調和の心」、「魂の成長」といった価値観が流れているかどうかを、嗅ぎ分けるようになったのですが、

こうした価値観を共有できる方は、恐らく「ソウルメイト」と呼ぶに相応しいと思います。

なので、カネ、地位、名声、学歴などに過度に執着している人や、すぐに人をラベリングしたがる人は、内面的には受け容れ難く、

その点では多少の生きづらさを感じてしまうのですが、たとえ「青臭い」と言われようとも、この部分は、これからも大事にしたいと思います。

《Fremantle, AUSTRALIA》
(Photo by ISSA)

他方で、私という人間は、上から3つの現実的・顕在的な価値観から、表面的には、コテコテのリアリストという印象を与えます。

これまでも、しばしば厳しい持論を展開してきたことから、時に人を遠ざけてきたことも否めませんが、

守りたいものを守るため、これからも誠実に note を始めた初心を貫いていこうと思います。

そして、これら上層と下層の価値観は、一見、相反するようにも見えますが、

下層部分の「美徳」を、上層部分が「物心両面」から守ろうとしているのが、私 ISSA という人間なのかもしれません。

それを一言でいえば、

「宇宙観という理想を心に秘めながら、現実的に生きる」

ということでしょうか。

上手い言葉が見つかりませんが、これからも、この深遠なる大宇宙で、人生の意味を追い求めるボイジャー(航海者)であり続けたいと思います。

「アトラス彗星」*2024年10月14日撮影
《鹿児島県錦江湾》
(Photo by ISSA)

おわりに
20世紀後半の時代には、空想と科学が混雑していて、心躍るようなロマンで溢れていました。

そのような、宇宙開発が最も煌めいていた時代に、宇宙少年であることができたことを、今でも心から幸せだったと思います。

そして、この思いは、今もなお根幹の部分で、リアリズムとファンタジーが共存する私という存在を支え続けているような気がします。

本稿が、皆さまが「この深遠なる大宇宙に生きる」という観点で、人生を見つめ直すきっかけになれば幸いです。

後記 ~ 秋桜について
秋桜は、明治時代に原産地のメキシコから、スペイン経由で「コスモス」という名で渡来し、その後、「秋桜」という和名がつけられたものです。

1977年に山口百恵さんの「秋桜」(作詞・作曲さだまさし)がヒットしたことで、再び「コスモス」の名が定着しました。

コスモス(秋桜)の花びら
(Photo by ISSA)

花びらが規則正しく整然と並ぶ様子やその美しさは、まさに「調和」を本質とする、この大宇宙(コスモス)の縮図のようです🌸

いつも、ありがとうございます🍀