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北海道を4日間かけて一周する(読書旅/北海道一周編)


序章 なぜ北海道なのか

 土屋健(著)・群馬県立自然史博物館(監修)『古第三紀・新第三紀・第四紀の生物 上巻』技術評論社,2016年

 地元の図書館が好きだ。できることなら、地下1階のレファレンスライブラリーを再現したルームフレグランスが欲しいくらい好きだ。
 理系志望だったのを浪人を機に文転し、予備校の講義が始まるまでの数週間を、私は地元の図書館で好きなように本を読んで過ごした(浪人生なんだから勉強しろよと今は思う)。生物ミステリー(生物ミステリーPRO)シリーズに手を出したのはこの頃である。古第3紀~第4紀は、ざっくり説明すると少し大きな哺乳類が出てくる頃で、私はこの時代が一等好きだった。1巻から10巻まであるシリーズだけれど、この9巻と10巻は最高である。監修を務める群馬県立自然史博物館(※)への興味はもちろん、資料協力として名前が出てくる足寄化石動物博物館に惹かれた。上野の博物館を除いて、国内資料の中でも資料協力数の多い足寄化石動物博物館ってどんなところなのか。アショロアの実物を見てみたい。足寄とはどこなのか。何よりも土屋健さんの解説文が面白すぎる。足寄という名前すら知らなかった土地へ、いつか行ってみたいと思った。

 大学へ進学した後、9巻と10巻はあまりにも手元に置いておきたくて、バイト代をはたいて購入した。それから大学生活を終え、社会人になり、いつしか私は本を読むために遠くへ行く「読書旅」をするようになった。
 ある夏、次の旅の目的地を考えていた時、ふと思い出した場所があった。浪人時代、いつか行ってみたいと思った足寄化石動物博物館。あの本に掲載される博物館なんだからさぞや大きくて立派な博物館なのだろうと調べたら比較的小さな博物館だった。経路を調べると、最寄り駅から最寄りのバス停まで115停留所とあった。あまりにも面白い。

 愛知県の夏は地獄の窯に匹敵する暑さである。お盆を過ぎれば暑さが和らいでいた嘗ての夏は遠く過ぎ去り、二度と戻ってこない。9月になっても蒸し暑さが強まっていく中、私はまだ一度も訪れたことのない北海道の涼しさに思いを馳せ、旅のチェックポイントを足寄化石動物博物館に設定した。せっかく北海道まで行くのなら、その移動時間も本を読む時間にしたい。そんな折、数年前に小学生の頃からの幼馴染(鉄道好き)に骨董品屋で見つけた明治時代の北海道の路線図をプレゼントしたことや、廃線になる前に○○に乗ってきたという彼の発言を思い出し、北海道をJR鈍行で一周することを思いつき、トンチキ読書旅を決行することにした。(※なお、群馬県立自然史博物館へは北海道旅から2年後の春に訪問した。脳内の興奮が処理しきれず、散水ホースのようにあふれ出した。そしてここもまた遠い。)


第1章 名古屋から北海道へ

 9月某日。名古屋駅から名鉄電車に乗り、セントレアへ向かう。そこから飛行機に乗り換え、札幌へ向かった。飛行機の時間は決まっているので、家を出たその瞬間から「1本でも乗り過ごしたり人身事故に巻き込まれれば詰む読書旅」は静かに幕を開けた。セントレアへ向かう方法は限られており、バスなどの自動車を使うか、名鉄電車に乗るかの二択である。少し早めに空港へ到着するよう旅程を組んではいたものの、何事もなく予定通りに進むに越したことはない。途中、「前方を走る列車の急病人対応のため、数分の遅れが発生しております」とアナウンスが流れた。その瞬間、脇汗がどっと噴き出した。まだ旅は始まったばかりである。ここで予定が崩れれば、北海道にすらたどり着けない。幸いにも大きな遅れにはならず、無事にセントレアへ到着した。そして飛行機に乗り、新千歳空港へ降り立った。

 新千歳空港から札幌駅までは、屋外へ出ることなく地下の駅から移動できる。北海道の空気を感じるのは、札幌駅に着いてからだろうと思っていた。新千歳空港駅から札幌へ向かう電車に乗り込み、車両ドアが閉まるときに入り込んだ風に、私は思わず手元の本から電車のドアの方を見た。冷たい。そして、どこか牧草を思わせるような匂いが混じっている。まさか空港の地下ホームで、北海道の風に出会うとは思わなかった。まだ地上に出てもいないのに「北海道へ来たのだ」と実感した瞬間だった。北海道最高。

 この日の夜、私は1人の友人(以下Aさんとする)と会う約束をしていた。読書旅は基本的には1人旅である。大学時代に取り組んでいたあることをきっかけに、私は北は北海道、南は別府まで、言ってしまえば全国に友人ができていた。今回の旅先を北海道にする旨をAさんに伝えると、二つ返事で会おうということになり、私は初めてAさんとお会いすることになった。Aさんはとてもお洒落な眼鏡をしており、私とお揃いの金子眼鏡で買ったのだと言っていた。素敵だ。お洒落なパフェを食べ、おすすめのお土産(柳月の「鮭節丸」これは天才です。白ワインと合わせると最高に美味い。鮭節丸を崇めよ! )を紹介してもらい、飲み屋で塩辛じゃがバターを食べた。初めて会ったのに、初めましてというのも違う気がするこの距離間が大変面映ゆい。Aさんにこの北海道旅の旅程を伝えると「流石に阿呆じゃ」と言われた。阿呆で上等である。それでは明日以降も気を付けて、また会いましょうと言葉を交わし、Aさんとは別れた。ちなみに、Aさんとはこの後もお菓子の物々交換をしたり、手紙を書いたりする関係が続いている。旅先で会える人がいるということも、私にとって読書旅の大切な楽しみになっていた。


第2章 予定通りに進まない北海道

 明朝。比較的時間に余裕があったので、北海道大学植物園の中を見学して札幌駅へ向かった。北海道大学構内で遭難したという話を聞いたことがあるが、「それは大げさではないのかもしれない」と大学に隣接する園内を散歩したことで妙に納得した。
 この日は札幌から帯広までを夕張経由の特例区間を使って移動する予定だった。「夕張」という地名は、メロンの産地としてよりも先に、中学生の頃に見た予備校の講義映像の記憶として残っていた。折角だからこの目で確かめてみたい。

「札幌ー新千歳空港間で発生した人身事故により、ただいま全線を見合わせておりますーー」

 初手からきつい。昨日のセントレアへ向かう途中の遅れが可愛らしく思えた。しかも昨夜、Aさんと「人身事故でも起こって電車が止まったら笑えないですよね」「本当にそうですよね、HAHAHA」と冗談を言ったばかりだった。まさか翌朝、本当にその状況になるとは思わなかった。冒頭でも述べた通り、この旅は一本でも乗り遅れれば、その後の予定が大きく崩れる。北海道は広い。少し遠回りをすれば何とかなる、という規模ではない。あの時の札幌駅改札前の私は、「目を白黒させる」という慣用句を忠実に再現する見本のような目の動きをしていたと思う。駅を出て、大きな地図を眺めながら代替手段を探した。

「ポテトライナー 帯広行き」

 あるではないか! まさに救世主! 乗り場がどこにあるのかも分からない。チケットをどこで買うのかも分からない。しかし、30分後に出発する高速バスがある。でもあと少し待っていたらJRに乗れるのでは?と逡巡しつつも、私は踵を返し、駅の外にある大きな案内地図を眺め、バス停を探した。途中、不安になり、休憩中だった市バスの運転手さんにも尋ねた。親切に場所を教えていただき、無事にポテトライナーのチケットを購入することができた。

 ポテトライナーは札幌と帯広をつなぐ乗車時間4時間弱の都市間高速バスである。存外早くバス乗り場に着いたので、セイコーマートに寄ってみることにした。夕張に行けないのは残念だけれど、重い荷物を預け、ゆったりとバスに乗っていれば帯広に着くという事実が私を豪奢な気持ちにさせた。いくつかの北海道らしいサンドイッチとお茶を買い、バスに乗り込んだ。高速バスに乗るのだから、それこそ乗り換えを気にせず本が読めるぞと意気込んでいたけれど、車窓から見える景色があまりにも美しく正直に白状するとあまり読まなかった。北海道は空が遠く、「広大な大地」というものをこれでもかと実感させるものがあった。高速道路の横に何ヘクタールもある広大な牧草地に乳牛を放牧させている風景を見たとき、「ああ北海道だ」と私はいたく感心をした。

 セイコーマートで買ったサンドイッチを食べ、車窓を眺め、本を読み、私は当初の予定よりもウンと早く帯広市に到着した。ホテルで少し休息を取り(何気なくつけたテレビの天気予報で最高気温が28度といっていた。名古屋は39度前後だ。)、夜は事前に予約していた輓馬と触れ合いながら地ビールを飲むイベントに参加した。前職ばんえい競馬場から転職して観光輓馬になったその馬はムサシコマ号という。ムサシコマ号の鼻先は大変柔らかく、よだれの心配さえなければ30秒は触っていたかった。夜、宿泊地から遠くないホテルでモール湯に入った。番頭のおじいさんが89歳とは思えない肌のハリと艶で、温泉の効能に嘘偽りなしだった。帯広はばんえい競馬場があるのもあり、風が吹けばばんえい競馬場のかおりがする、そんな街だった。


ポテトライナーの車窓から。右奥に牛がいる。可愛い。


第3章 115個の停留所を越えて

 明朝。いよいよ115の停留所を越えて足寄化石動物博物館へ行く。乗車したバスは運送業者と協力関係にあり、バスの後方は人が乗るのではなく、多くの配達物が占拠していた。帯広駅を出た時点では数名いた乗客も、中間地点である池田を過ぎる頃には私一人になっていた。信号も少なくなり、農耕地がどこまでも広がっている。「北海道に来た」という実感は、観光地の看板よりも、こういう何もない景色の中で突然やってくる。市街地を走っている間は、普通の路線バスと変わらかったけれど、人の姿よりも厩舎の馬が目につくような地域へ入ると、車窓の景色は一変した。バスは広大な道路を走り抜けていく。高速道路ではないはずなのに、その速度感に少し驚いた。

 今回私が下りるバス停の名前は「足寄化石動物博物館」である。名古屋でぬくぬく暮らしている私は、その停留所名をみて、当然博物館の目の前までバスが運んでくれるのだと思っていた。しかし実際に降りることになったのはだだっ広い道の途中だった。地図を見ると、そのバス停から徒歩10分もしないうちに博物館に着くという。雑草によってひび割れたアスファルトの上を10分ほど歩く。周囲には建物もほとんどなく、本当にこの先に博物館があるのか不安になった。それでも歩き続けた先で建物が見えた時、思わず安心して泣きそうになった。念願の足寄化石動物化石博物館である。

 6年前、図書館で本を借りたことがきっかけで知った場所だった。ようやくここまで来ることができた。あの頃の私は、まさか本当にここへ来るとは思っていなかった。足寄化石動物博物館は、想像していた巨大な博物館ではなかったけれど、目の前には本の中で何度も眺めた化石があった。ページ越しにしか知らなかった存在が、今は目の前にある。私は北海道まで来たのだ、と遅れて実感した。大好きな本を背負い、博物館へ向かい、一体手元にある本と実際の化石を照らし合わせて観察できる贅沢さ加減に勝るものはあるのだろうか。アショロアは足寄市以外からは化石が発掘されていない束柱目デスモスチルス科の哺乳類で、カバに似ている。円柱形の臼歯が特徴で、土屋健さんは「海苔巻き束柱類」と紹介している。実際に見やると、なるほど確かにこれは立派な海苔巻きだと感心した。アショロアのほかにも、ペンギンやイルカの標本(イルカについては足寄化石動物博物館にあるもののレプリカが名古屋港水族館に展示されている。感動した)が並び、天井からは3頭のクジラの化石が優雅につるされている。観察する場所によっては、来場者がオキアミになったような気分になれる。もしその意図があるのだとすれば、ロンドン自然史博物館と同じ展示方法を取っている。さすれば、足寄化石動物博物館はロンドン自然史博物館と相違ないと言える(流石にそんなことはない。)

 ちなみに、デスモスチルス科の化石とはここから数年後の2026年6月に『大絶滅展』で名古屋市科学館(FUJIなごや科学館)で遭遇することになる。足寄で見た個体とは異なるものであれど、私は「久しぶりではないか」と鼻の穴を広げるほかなかった。

三体のデスモスチルス
「海苔巻き束柱類」

第4章 そして誰もいなくなる駅舎と寄り道のワイン城

 足寄化石動物博物館の復路のバス停は、往路の反対側にある。つまり何もない場所にある。バス停もこの通りで、本当にバス停として機能しているのか不安を覚えたが、ちゃんと来たので安心した。足寄から池田まで、50駅近くある長い道のりだったが、乗客は最後まで私1人だった。池田駅から釧路へは、再び鈍行に乗って移動をする。朝から長距離移動だったことや12キロ以上ある荷物を背負って移動していること、興奮して鼻血を出したこと(暑さのせいかもしれない)などから正直疲れていたし、乗車予定の電車まで2時間は駅で本を読もうと思っていたところ、隣に座った女性がワインの入ったビニール袋を抱えており、ひどく愉快に思えた。読書旅をしているんだホームで本を読むぞと思うも、つい手元のスマホで調べてみると、「ワイン城」なる施設がすぐ近くにあることがわかった。行くしかない。私は本を手にワイン城へ向かった。9月初旬の昼下がりである。暑い。重い荷物を背負い、暑さで疲れた身体を引きずりながら坂道を登る途中、「駅から近いし少し行ってみよう」と考えた数分前の自分を少し恨んだ。しかし、丘の上から見た景色はその後悔を吹き飛ばすほど美しかった。数年前に少し齧ったワイン法の知識を思い出しながら施設を見学し、ワインを購入した。一部は自宅へ送り、数本は旅の続きを共にすることにした。ワインを引っ提げて駅へ帰るのは大変愉快だった。入城する前よりも重量が増した荷物を背負っているのにも関わらず、帰りは足取りが軽かったのは気のせいではないはずである。

 出発前まで待合室にいた人々は、みな札幌方面の特急列車に乗り込み、彼らが出発して程なくして駅の営業時間は終了し、本格的に私1人となった。終電前に駅の営業時間が終わることってあるんだ。鈍行列車で釧路へ向かう人間は少ないのだろうと心細くあったが、車内に乗客がいて少し安心した。無人駅となった池田駅の改札をとおり、釧路駅行きのワンマン列車に乗り、買いたてほやほやのワインを飲みながら本を読んだ。

 終点の釧路で降りたのは私だけだった。釧路に行けばタンチョウに遭遇するかなと梨木香歩さんの『エストニア紀行』のことを一瞬思い出しながらワイン城で手に入れたワインを飲みながら本を読んだ。駅についたら、もしかしたら見られるだろうかと思っていたら、釧路へ向かう途中、車窓の向こうの田畑にタンチョウがいた。慌てて写真を撮る。正直もっと「鶴らしい」優雅な姿を想像していた。しかし、遠くから見るその姿は、名鉄の車窓からもよく見るアオサギやシラサギとどこか似ており、その距離感がかえって北海道らしく思えた。日暮れとワインと太平洋を1度に味わいながら本を読んだ。すごく気持ちがよかった。

錆と草に愛された帰りのバス停
ワイン城からの景色

第5章 東京農業大学とドゥリームハントの缶詰

 明朝。この日は釧網本線を完乗し、釧路から網走、北見、遠軽を経由して札幌へ戻る旅程である。釧網本線を乗っている間は、少し前にテレビで見た「六角精児の飲み鉄本線」で流れていた「お父さんが嘘をついた」という曲をリピート再生しながら本を読んだ。最初は笑えてくる歌詞も8周目に入ってくると本を読むのに適切なリズムのように感じるから不思議だった。網走湖の大きさに北海道の広さを改めて感じ、網走駅に着くと、東京農業大学オホーツクキャンパスの広告が目に入った。前述したように私は浪人を機に文転しており、それまでは中学生のころから東京農業大学一筋だった。いつか通うことを夢に見ていた大学の写真を目にし、社会人になった今でも「違う選択があったのではないか」と考えかけたけれど、そのようにしていたら今のように読書旅はしていただろうか。札幌で塩辛じゃがバターを食べるような、クマと鹿の缶詰を15分の乗換の間にプレゼントしてくれるような友人には会えていただろうか。これまでの全ての自分の選択の先に読書旅もあるのだと思いたい。さらば東京農業大学よ、また今度。これからは趣味の延長線で慕ってまいります。
 北見では札幌で出会った友人Aと同様の出会いをしている友人Bが、わずかな乗換時間(15分)に合わせて駅まで来てくれた。手渡された紙袋には、お茶と鹿と熊の缶詰が入っていた。本当はもっと話したかったけれど、この乗換を逃せば札幌へ戻れないので後ろ髪をひかれながら札幌へ向かった。

友人Bよりいただいた缶詰

第6章 ロイヤルエクスプレスとブラックサンダー

 昼過ぎに遠軽駅に着いた。ワンマン列車を降りて改札の方のホームを見遣ったら、鳴子を手に持ちハチマキを巻いて「歓迎!遠軽駅!」の画用紙を持った人が10人ほど待機しており、程なくしてホームに青い列車が入ってきた。その様子は桃鉄の1着でゴールした時の「地元の皆さんが社長の到着を歓迎しています!」のソレだった。後で調べたら私が見た電車は「ザ・ロイヤル・エクスプレス」という東急が催行する超高級列車であった。九州の七つ星に匹敵するもので、遭遇するのはレアな車両だそうだ。電車好きの幼馴染に話したら遭遇したことに対して羨ましがられた。彼らは、私と同じような旅程で私の総費用のウン十倍の料金でラグジュアリーを食べてラグジュアリーに眠ってラグジュアリーに移動をするラグジュアリーな旅だった。羨ましい。乗換まで1時間近くあったので、お昼ご飯を調達すべく外へ出た。遠軽駅は大変のどかである。駅付近にコンビニくらいあるだろうとタカを括っていた私は、駅付近にコンビニのない遠軽駅のホームで愛知県から持参したブラックサンダーをボリボリと食べお昼ご飯にした。ブラックサンダーを称えよ。先程の青い列車の人々は北見の割烹料理をランチに地元民の歓迎を車窓から和かに眺めて次の目的地へ向かっていた。私はその様子を眺め、心もとない扇風機の風を浴びながら、無心でブラックサンダーを食べ続けた。豊橋市には足を向けて眠れなくなった。

ザ・ロイヤル・エクスプレス
持参したブラックサンダー。一袋持ってきてよかった。

終章 北海道から名古屋へ

 遠軽から札幌までは261㎞弱、所要時間にして5時間弱である。北海道(道南除く)一周の完遂まであと少しだ。白滝駅は時計台を意識した駅舎であることや、教科書に出てきた石狩川はこれかと眺めること、こういった小さな発見が読書をそっちのけで私を楽しくさせた。旭川の駅で次の車両に乗り換えたとき、隣接施設の○オンシネマが目に入った。学生時代に4年間地元のイ○ンシネマでバイトしていたこともあり、読書のための遠路はるばる知り合いのほぼいない一人旅をしている中で、過去の自分と再会したようで、誠に勝手ながら「あと少し頑張れ」と応援されている気になった。なんて身勝手な人間だろうか。

 21時頃、無事に札幌駅に着いた。あとは宿にチェックインをして明朝、新千歳空港へ向かい、名古屋まで帰るのみである。宿で荷物を整理し、改めて今回持参した本を並べた。
ゲーテ『イタリア紀行』岩波書店
ルーシー・ウッド『潜水鐘に乗って』
スザンナ・クラーク『ピラネージ』
内野洋子『モテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語』
土屋健『古第三紀・新第三紀・第四紀の生物 上下巻』
 一緒に旅をしてくれたメンツの頼もしさたるや。私はホステルの小さな寝床の中で満足げに鼻の穴を広げた。おかげで充実した旅だった。特にピラネージを読みながらワインを飲んで釧路へ向かっている時間はまるで夢のようだった。幻想小説だから夢だったかもしれない。
 明朝、札幌駅へ向かった。あとは早めに空港についてお土産を買い、名古屋に戻るだけだ。

「先方車両が鹿と衝突したため、一部列車に遅延が発生しておりますーー」

 冗談かと思った。「試される大地」とはこういうことか。それでも、なんとか無事に空港まで着き、最寄り駅を通り抜け、自宅へ戻ってくることができた。北海道読書旅、無事遂行完了である。

 今回の旅は、本を好きなだけ読めたという点のほか、人との繋がりを感じることが多かった。インターネット上の友人Aさん、Bさんの他にも、今回の旅を身内に話したら「北海道で農場を経営している友人と繋いでやるから、もし何かあればそこを頼ったらいい」と道民と繋いでくれた。幸い、頼ることはなかったけれど、何かあれば知り合いに連絡ができるというのは慣れない土地での読書旅において大きな安心材料になっていたといえる。そして、読書旅をするたびに思うのは、こんな無茶苦茶な旅程を組んだ人間を、毎日予定通り運んでくれる鉄道というシステムへの驚異と感謝である。おかげで私はトンチキ読書旅を続けることができています。ありがとう友人諸氏、ありがとう鉄道業界、ありがとうブラックサンダー。

 浪人生になる春、興味のままに手に取った本が、まさか10年後の私を北海道まで連れていくとは思っていなかっただろう。そして本を読むために日本中を電車で移動しているとも思うまい。そんなことしないで家で読めばいいじゃないかと言われる気もする。しかし、本を読むために電車に乗り続けることでしか得られない時間もあるのだ。北海道一周を終え、時系列では長野の古本屋、群馬の博物館、別府、飯田と読書旅を続けている。次はどの本を、どの土地まで連れていこうか。これを考えるのが何よりも楽しい。


関連投稿はこちら

参考(「Yahoo!路線情報」より)

①名古屋ー札幌
②札幌ー帯広
③帯広ー足寄化石動物博物館ー釧路
④釧路ー札幌


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