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夜明けのフェザータッチ

割引あり

「フェザータッチの本当の意味を知ったんだ」

 この日は、半年に一度の大きな工場でのメンテナンス作業だった。メンテナンスと決められた休日の工場では、普段は大忙しで稼働している機械が一斉に止まる。そして、それはこの日だけしか出来ない作業で、普段とは違った顔を見せる工場に、工場そのものが、どこかこの日を楽しみにしているようにも感じてしまう。この日にしか会えない色々な職人が工場に会いに来てくれるからだ。

 電気工事、保守点検、水質検査、窓や床清掃。それぞれの職人が、それぞれの作業服で集まる朝礼は、賑やかなパレードでも始まるのかと、舞台の始まり前の興奮のようにざわついているように見える。

 最近では、高所作業ではフルハーネス型の安全帯が義務付けられており、その姿を見るだけで、西川貴教のHOT LIMITが頭に鳴り響くことになるのは私だけなのか確認したくなる。

 ヘルメットを装着した大勢の西川貴教が、一列に並び、一斉にラジオ体操を開始する。命綱である墜落防止用器具のランヤードがカラダを動かす度にカチャカチャと合唱し、「ご安全に」と盛大に叫んでいた。

 私は、この光景を見る度に、ラジオ体操とは、ロックだなと感じている。

 私の休日は、こうして友人であるポップの仕事を手伝うことで過ごしている。この日の私に割り当てられた仕事は、工場の天井にある埋め込み式のエアコンのフィルター交換と洗浄だった。

 フィルター交換といえども、工場全体になると、その数は実に100枚近くになる。どれだけ人間はエアコンの恩恵を受けているのか、理解するには充分な数である。

 ポップが、梯子に登りフィルターを外す。私は、その古くなったフィルターを受け取り、台車に丁寧に乗せ、重ねる。そして、新しいフィルターをポップに渡す。

 この作業をしている間に、梯子を登り下りするポップを見ては、これは人生と同じだと感じている。登り、事を成し、また汚れるまで頑張れと伝え、バトンを渡し梯子を下りる。

 私たちは、フィルターという主役を支える側の人間である。

 これが、私たちのフィルター交換における、フィルターズライフだ。そう感じざるを得ない気持ちになる。せめて、私たちが送り出したフィルターには、私たちの代わりに大活躍してほしいと願う。

 この日、珍しくポップが一枚の活躍の跡が見えるフィルターを落としそうになった。私は、フィルターの引退を汚してはならないと、フィルターを梯子の下から支え、咄嗟に落とさずに掴んだ刹那の時にそれは起きた。

 私と、ポップの手により挟まれたフィルターから、衝撃により埃が舞った。それは、間違いなく、そのフィルターとしての輝かしい戦績であり、労われるべき功績だった。行き先を決めずに、ただそこで舞う埃の誇りを、二人で確認し合った時だった。

「フェザータッチの本当の意味を知ったんだ」

 ポップは、確かにそう囁いた。

 空気と優しく触れあった埃たちは、ポップが言うように、ただただ浮く。もしくは、誰かに優しく撫でられているようにさえも見えていた。普段は決して目には見えない、不断の優しさを体現しているようにも私には見えていた。

「少しだけ、長くなるけど話していいか?」

 ポップは、珍しく私に、はなしの長さを問い掛けた。私は、フェザータッチの行方を知りたかったので、埃を見ながら無意識に頷いていた。

「先日、東京に行ったんだ。行くべきと思ったイベントが開催されていたからな。でも、その日の楽しみは、イベント終了後にあると決めて動いていた」

 これは大事なはなしになると、この瞬間に私は感じていた。物事に大切なことが起きるのは、決まって大事なことが終わった後になる。気分の高鳴りが終了した後にこそ、人は本当の自分に気付く。

「この日の夜を忘れないために、女神に部屋に訪問してもらおうと、ずっと検索していたんだ。俺も久しぶりの東京で、なかなか出会えない夜を最高のモノにしようと考えていた。誰だって最高の夜にしたい日があるだろう。あの日がまさにその日だったんだ。俺は、見つけた。この日の最高を俺にプレゼントしてくれるのだろう女神をね」

 ポップの検索力はとても凄い。それは、旅を企画すれば、どこに、どの美味しいお店があるのか下調べをし、時間単位で毎回確かなグルメツアーになる。ポップの人生目標とは、どれだけ美味しいモノを食すかにある。そして、その舌が本当の意味で満足した時に、自分のお店を開くということだった。

 私がポップと一緒に旅行に行く時は、何も調べなくとも、その土地に馴染む美味しいものが食べられる。その代わりに私が彼の生きた証を記していく。そんな関係が四半世紀と続いている。そんなポップが、最高と言うのなら最高なのだろうと、私はこの夜に興味が湧いた。

「そして、女神を呼ぶことに決めた俺は、その時間までの間に少しだけお酒を飲むことにした。もちろん俺はお酒を飲むとその日はダメになる。ただな、最高の夜には女神と最高の言葉を交わすだけで、満足する瞬間だってあるんだ。あの日の俺はまさにソレだった」

 ソレの状態が私には全く理解出来ないのだが、よほど癒されたかったのだろうと考え、言葉を交わすだけで、満足出来るという夜の存在を私は初めて肯定した。私にとっての夜というものは、何もしないで過ごせるというその境地には今でも達していない。なるべく直接的であり、感情的な夜が大好きだからだ。

「気付いたら、朝だったんだ」

 その言葉のオーラに寄り添うような埃は、ポップを覆うように舞っている。

「あれだけ楽しみにしていた夜を、俺はお酒を飲んで寝てしまったんだ。信じられなかった。こんなことは、初めてだった。自分を初めて疑ったよ。7時を指す時計が、本当は19時ではないかと何度も確認した。だが、19時ならイベントにいた時間だ。途方に暮れたよ。人生で初めてだ。途方に暮れるという言葉を調べたから使い方は合っている。そして、朝を認めてしまった。もうすぐ45歳になる俺は、間違いなく人生を折り返したことを悟ってしまった。最高の夜になるはずの時間を寝過ごし、悟った朝を迎えてしまったんだ。信じられるか?」

 それは、俄には信じがたいはなしだった。私にもいつか訪れる覚悟をしてはいたが、44歳でソレが人生で起こる覚悟はしていなかった。その宣告は、私たちの今後の夜人生を揺るがしかねない宣告だった。

 「老い」が追い付いてきた瞬間だった。

 私は、何とポップに声をかけるべきか迷った。ここでの慰めは、今後一生慰めることになる。追い付かれてしまった「老い」は、きっと並走することはない。あっという間に追い抜かれて、この日の夜が当たり前の日常になっていく。

 私たちの元気な夜は、もう戻ってこない。

 不意に、人生の折り返しを悟った私の横でも埃は、キレイなままで存在していた。

「その朝を、希望に変えることは出来なかったのかい?」

 私は、最後の希望とでも言うように、結末を迫った。ここで終わるなら、人生が変わってしまう。そんな瞬間だった。

「お前にも、この絶望がやってくることを知って欲しかったから伝えた。お前には、予め訪れることを覚悟しておいて欲しかった。俺と同じ悲しさを味わって欲しくなかったからな。だがな、たとえ夜がダメでも、俺たちには朝があるとお前に伝えたかったんだ」

 やはり、ポップは最高だと思った。

「このままでは、帰れない。そう思った俺は必死になったよ。お前に残す言葉も見つからない。この日、俺に残された時間もそもそも少ない。家に戻り家事をする時間も決まっている。俺がポップとしていられる時間は、シンデレラと同じくらいだ。カラダが疲れていると悟った俺は、カラダを癒してもらいながら、最高の朝を迎えられるのではないかと考えた。ピンチはチャンスだろ?」 

 こんなに、イキイキと話すポップを見るのは久しぶりだ。これは何かあると私の心も弾んできていた。

「そして、見付けた。俺にとっての楽園は、メンズマッサーだった」

 メンズマッサー。それは、私にとっても未知の響きだった。正式名称が何になるのかも分からない。ただ、その響きは間違いなく魅惑だった。

「その世界には、選択出来ることがある。泡洗体か、そうではないかだ。泡洗体以外が何だったのかは、俺ももう覚えてすらいない。ただこれだけは言えるさ。選択し、洗濯してもらうなら泡洗体一択だ」

 未知の扉を開いたポップは、輝いている。

「そこからのフェザータッチだった。俺の中で、フェザータッチの概念が変わった。あれは究極の愛の表現方法だったんだ。俺は過去に、女神に40分ほどフェザータッチのみをしたことがある。その世界に何があるのか何も知らなかったのだが、あの女神のフェザータッチへの溺れ方は何かあると思っていたんだ。俺はこの日、それを初めて知った。真実の世界だ。フェザータッチは、人から与えられてこそ、その世界を知れる。俺は気付いたら、必死に自分のことをすべて話していた。今この瞬間に、全てフェザータッチに向けて真摯に話さないとならないと思ったんだ。そんな俺のことを全て知ったフェザータッチの女神は、俺と結婚したいとまで言ってくれたさ。たったの140分でだ。これは、何だ。この世界はイッタイナンダと感じたよ。もちろん俺は、まだ時間を積み重ねてからにしようと言ったよ。俺と君とのフェザータッチには、まだまだ時間をかけて、一緒に羽を広げていく必要があるとね」

 私は、少なくとも感動していた。ポップが明けてしまった夜の絶望から、朝に希望を見出だしたこと。そして、人の本質は、フェザータッチでこそ自分を語れることにあるということ。少なくとも、45歳からでも楽しめる世界があることに希望が持てた。

 私たちは、老いにより夜に追い抜かれたが、朝を楽しんでいこうと思えた。

 フィルターの埃を吹き飛ばし、私たちは洗浄室へと向かった。私は、ポップにここぞとばかりに尋ねた。

「フィルターの洗浄は、泡かい?」

 ポップは、ゆっくりと答えた。

「泡のあとは、フェザータッチで乾かしてやってくれ」

 私は、ポップにウインクしながら、優しくフェザータッチを奏でることの出来る老いを迎えたくなっていた。

 埃の誇りを私たちも纏うことにした。

「それとな。このはなしは、有料にしてくれないか?あまりにも俺は、自分をはなし過ぎている。これは、お前のいう文学なら完全にプライベートであり、フェザータッチの領域だ」

 私にもそれは充分に理解出来ていた。

「当たり前だろ。本当に大事な部分は、モザイクと同じように優しいフェザータッチにしておくさ。このはなしは、我々の根幹過ぎる。全部を読まれるワケにはいかないさ。一番大事な部分は隠すよ」

 ポップは優しく笑い、夜からの卒業をした。そして、明けない夜はないことを私に教えてくれた。


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そんな私の人生を語ったZINEがついに販売されます。もちろんポップのはなしも登場します。2月14日より、ショップにて販売開始。


そして、ZINEフェス横浜で初のサイン会。

bar bossa様でのイベント。

さあ。進んでいきましょう。
本年も私たちを優しくお見守りください。
よろしくお願いいたします。

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