海の家とポップのヒトナツの恋~かなりタイプの女性編~
前編だよ。
はなしは、8月20日のことになる。私たちは、次の日がLIVE本番で、リハーサルを終えたタケさんと、葉山の海の家で落ち合う約束をしていた。
私はかなりタイプの女性を誘い、ポップはお気に入りの夜の蝶を誘うという。ダブルデートでミュージシャンを紹介し、この夏の夜を共に奏で、四十代の大人の恋を満開にし、盛大に花を咲かせるはずだった。
予めポップは、一年前に購入した新車で迎えに来ると言っていた。深くは聞かなかったが作業車ではないということは、夜の蝶を無事に誘えたのだろうと推測していた。
私は、待ち合わせ場所に着き、タバコをゆっくりと吸いながら、夜の蝶に対して「はじめまして」の挨拶のシミュレーションを念入りにしていた。
リハーサルとは、何度しても良いからリハーサルなのだ。
なぜならば、何事も第一印象が肝心だからだ。助手席のお気に入りの夜の蝶は、間違いなく私に挨拶をしに車から降りてくる。私は「はじめまして。オット。そのまま、横に座っていた方が画になるよ」と言い、ポップの隣に彼女が座り続けることをアシストする。そして、ポップが笑顔になる。我ながら完璧なシミュレーションの挨拶だ。私は万全の態勢で、「オット」の発声練習を終え、ポップと落ち合った。
しかし、ポップが車から降りてくることはなかった。助手席には彼女の姿は見えなかった。私に気を遣い、後部座席に座っているのだろう。素敵な女性だ。現実とは予想通りにはいかないものだ。きっと車内は盛り上がっているのだろうと、私は後ろの席のドアを開け「オット」の準備をした。車には、もうすぐ一年だというのに新車の匂いがまだ残っていた。ドアを彼女に衝撃を与えないように、ソッと今までで一番の思いやりを込めて開いた。だが、女性の姿は見えなかった。私は、ドッキリかと思い、トランクも覗いたが、やはり女性の姿は見えなかった。
「前に座れよ」
そう発声するポップの声を聞き、そうか。これから一緒に、お気に入りの夜の蝶との待ち合わせ場所に向かうのかと思った私は、ポップに言われる通りに前に座りたずねた。
「女性は、どうしたんだい?」
「お前には、見えないのかい?」
私たちは、四半世紀のお付き合いだ。ポップが言いたかったことを瞬時に理解出来る。彼女は来ない。ここには来ない。今日は来ない。私はポップを元気付けるために、こう言った。
「彼女、夏仕様でウキウキじゃないか」
ポップは、私の言葉に呼応するようにさらに声を重ねた。
「日焼けからは、俺が守るよ。それが俺の役目だ」
その言葉を発し、しばらく心の中では盛大に三人で盛り上がり、実際には無言でドライブをしていると、ポップがようやく口を開いてくれた。
「俺、今日恋するから見届けてくれ」
私は、無言で頷いた。私は恋をするポップが好きだからだ。そして、彼に心からの夏を味わって欲しかったからだ。
予定通りに、待ち合わせ場所には、かなりタイプの女性が待っていてくれた。私にとってのかなりタイプの女性は、私の予想を軽く超えてきていて、誰かにヒモで結ばれているような、素足に履くサンダルタイプの履き物を履き、どうやら白いTシャツの下にワンピースを着込んでいるみたいだった。それはかなり、かなりタイプの女性だった。
「なんか良い匂いがしますね。可愛い」
こう言うと良いと、私は通信の回収で、あるコラムニストの女性から教わっていたので、コラムニストの言葉は間違いないと思い出していた。だから心の中で思いっきりそう叫んでいた。思いっきり叫ぶと心の中の声は、現実の声として聞こえることを知っていたので、かなりタイプの女性は、やはりこの日最初の笑顔を見せて微笑んでくれた。私はコラムニストにそっと感謝した。
「はじめまして。ポップです。かなりタイプの女性って聞いてます」
ポップはそう言うと、七人乗りの新車の席の最後列をたたみ、四人乗り仕様にしてくれて、広く車内を使えるようにセッティングし、私たちを後部座席に誘導してくれた。
「オットマンが出せるよ」
私たちは、ポップに言われるがままに後部座席で優雅に足を伸ばし、オットマンにふくらはぎを委ねた。そして、乾杯をして新車を味わった。かなりタイプの女性は、ニコニコしながらお酒を呑み、私たちの四半世紀に及ぶ歴史を聞かされるのを、まったく嫌な顔せず頷いていてくれた。やはり、かなり、かなりタイプの女性だった。
「俺、まだオットマンを使ったことないんだ。オットマンを使いたくて、この車にしたのに」
車内には、運転手と化したポップの声がむなしく響いていた。ここで私は気付いてしまったのだった。そうか。ポップも「オット」のシミュレーションをしていたのかと。やはり、私たちの四半世紀のお付き合いは伊達ではないと感じていた。私はお礼に「この『オット』マン最高だよ」とポップに伝えた。
私たちは、初オットマンを堪能しながら、車は134号線を走っていた。藤沢、江の島、鎌倉、逗子と過ぎていった。そして車内では、ポップによる素敵な観光案内音声付きだった。私は、かなりタイプの女性がお酒を呑みながら、濡れた缶を指先で包んでいる姿にドキドキし、その雫の行く末は、いったいどこに吸い込まれるのだろうかと考えながら、かなりタイプの女性が、横に存在しているということに満足していたのだが、それよりも、新車で初めてのオットマンを堪能させてくれたうえに「オット」の初舞台を二人で共演した奇跡を実感し、運転手としてここまでしてくれたポップの恋を、しっかりと見届けなければならないと心に誓った。
貰った恩と「オット」は返すのが世の常だ。
私たちの青春の「ゆず」が鳴り響く車は、葉山へと無事に到着をした。
海の家と、海岸は目と鼻の先にあり、海水浴客とサンセットを見に来る人たちが「まだかまだか、サンセットはまだかいな」と海の家でお酒を呑みながら、各々の時間を好きに過ごしていた。私は思い起こせば今年初の女性の水着姿だと気付き、回収期間にも関わらず海に慌てて来たことで、急に夏が現実として襲ってきてしまい、事前準備を怠っていたことに気付いてしまった。
横には、しっかりとサングラスをしているポップが立っていた。
「今の時代、目線でも揉め事になるからな」
サングラスの下が輝いているのが分かるくらい、輝いている。早くも夏の魔法にかかっていて、ズルい男だった。
「ビキニラインとお尻の間を触れるのが好きなの」
その夏の海に合わせた薄いオレンジのネイルの指先は、そこに触れるために存在していたのかと、私はドキドキして頷いてはいたが、かなりタイプの女性も、早くも夏の魔法にかかり、すでにワケの分からないことを言っている。ズルい女性だった。
「どういうこと?」
と、その瞬間に、その一言さえ言える勇気が私に存在していれば、合法的にかなりタイプの女性のビキニラインとお尻の間を触れることが出来るのだが、まだそれには早いと私は大人になるフリを装いながら、右手はいつでもいける準備をしていた。
「海入る?」
ポップは海に入るようにと、かなりタイプの女性を促した。この瞬間、私は女性のワンピースの本当の意味を初めて知ることになる。
膝まで裾を捲り、生足が露になった。太陽は沈みがちで、かなりタイプの女性を逆光させ、シルエットのみで、その瞬間を感じることになる。かなりタイプの女性の立つ足の間からは、しっかりと海が覗ける。
裾を捲る指先は、着ていたワンピースの布との一体感を示し、一体化し、息を合わせふくらはぎを上がってくる。その一つ一つの指先は、人差し指が中心になり、人に見られていることを知っているように沿わせる。しっかりと指先は意思を持っている。決して乱れることなく一定のリズムで駆け上がっていく。
その姿を見て私は、逆光で良かったとさえ思えていたのだが、ポップは私とは感覚が違っていた。想像力より、現実を見るタイプだ。
「サングラスで良かった。よく見える」
私は、一瞬でサングラスの方が絶対良いと思えた。私も想像力より現実を生きたい。
ズルい男だ。
かなりタイプの女性は、どこまでワンピースを捲るのだというくらいどんどんと捲っていく。指先には、掴めないくらいの布が存在している。その、細い指先からは何が溢れそうなのかと想像していた。
これだけの想像力を私にくれるワンピースとは、指先で捲るために存在することを教えてくれていた。これが、私が見出だしたワンピースの存在意義だ。
キレイな足が逆光でシルエットになり、私たちの前に現れている。谷崎潤一郎ならば、このキレイな足をどう描くのだろうか。私は「あと少し、あと少し」とすでに下着が見えることを期待してしまい頭で叫んでいる。どうしても足に注意が向かない。女性の足に関して、表現という表現をひねり出そうとしたのだが、どうしても下着に近付く指先の妖しさに惹かれてしまう。その指先は、下着付近に近付くと関節を失ったかのように滑らかになる。これは、女性が持つ神秘の一つだと思っている。
谷崎さん。この勝負はお預けです。
私は、いつか足の表現もキレイに描いてみたいと思うのだが、まだまだ女性の指への興味には勝てそうになかったので、引き分けにすることで谷崎潤一郎に報告した。
「お前、まだ透視出来るの?」
「最近では、透視しかしていないから、どっちが現実か分からないんだ」
私は、ポップにそう告げた。
私たちは、タケさんが来る前に、海の家でワンピースに乾杯をすることにした。
なんのはなしです華

このはなしは、フィクションではありません。
次回、最終回~一片の思い編~
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