【SF小説レビュー】 「エンディミオン」「エンディミオンの覚醒」 ダン・シモンズ 【ランチ読書感想文その5】
15分のお弁当タイムが銀河の旅に変わる時
毎日のランチタイム、皆さんはどのようにお過ごしでしょうか。
スマートフォンの画面を眺めるのも一つの休息ですが、私はここ1年ほど、お弁当を食べながら壮大な宇宙の深淵へと旅立っていました。
今回、ようやく読み終えたのは、ダン・シモンズによるSFの金字塔、ハイペリオン・シリーズ全4部作です。
平日のわずか15分程度の読書。そんな細切れの時間で、これほどまでに巨大な物語を読み通せるのかと、自分でも半信半疑でした。
しかし、結論から申し上げれば、それは十分に可能でした。
むしろ、1年という歳月をかけて少しずつ読み進めたことで、物語の重厚さが血肉となり、完結編のラストシーンでは、長旅を終えた巡礼者のような深い感慨に包まれました。
このシリーズは、大きく分けて前後半の2組に分かれます。前半の「ハイペリオン」とその完結編「ハイペリオンの没落」。
そしてその300年後を舞台にした、今回の本題である「エンディミオン」と「エンディミオンの覚醒」です。
まずは、この壮大なサーガがどのような歩みを辿ってきたのか、簡単におさらいしてみましょう。
ハイペリオン・シリーズ全4部作の軌跡
「ハイペリオン」
人類が転送門によって銀河を繋ぎ、繁栄を極めた時代。
謎の殺戮者シュライクが棲む惑星ハイペリオンへ向かう、7人の巡礼者の物語です。
カンタベリー物語の形式を借り、巡礼者たちがそれぞれの凄絶な過去を語る群像劇として幕を開けます。
「ハイペリオンの没落」
巡礼たちが「時間の墓標」でシュライクと対峙する中、人類連邦と謎の勢力アウスター、そして自律進化するAI群「テクノコア」の全面戦争が勃発します。
銀河を支えていたインフラが崩壊し、旧世界の終焉と新たな時代の胎動が描かれる、圧倒的なスケールの完結編です。
「エンディミオン」
連邦崩壊から300年後。カトリック教会(パクス)が銀河を支配する神権政治の時代。
死刑囚の青年ロール・エンディミオンは、伝説の詩人から「時を越えて現れる少女アイネイアーを救え」と命じられます。
彼女こそが腐敗した体制を覆す救世主となる存在でした。
「エンディミオンの覚醒」
アイネイアーと共に銀河を放浪し、成長したロール。
パクスとテクノコアによる執拗な追跡をかわしながら、彼女が説く真理が明かされていきます。
全宇宙の命運を賭けた冒険の末、物語はSF史に残るほど美しく、切ない結末へと辿り着きます。
難解な群像劇から、心躍る冒険活劇へ
前半の「ハイペリオン」二部作は、非常に複雑で知的な興奮に満ちた作品でした。
多層的なエピソードが絡み合い、宇宙規模の政治的陰謀や哲学的な問いが投げかけられます。
カタルシスは素晴らしいものの、情報量の多さに翻弄される場面もありました。
ところが、後半の「エンディミオン」に入ると、物語の肌触りは一変します。
一言で言えば、これは最高の「ボーイ・ミーツ・ガール」であり、少年少女(主人公は青年ですが)による大冒険活劇だったのです。
物語の骨子は非常にシンプルです。特別な力を持つ少女アイネイアーと、彼女を守る実直な青年ロール。
そこに、感情を排したクールなアンドロイドのベティクが加わり、過去の遺物でありながら驚異的な性能を持つ宇宙船を駆って、銀河中を駆け巡ります。
私としてはもうこの時点で大興奮です。
驚くべきは、この高度なSF設定の中に「空飛ぶ絨毯」という、ファンタジーのようなアイテムが登場することです。
この絨毯が物語のあちこちで象徴的な、とてもすばらしい役目を果たします。
最先端の科学技術が一周回って魔法のように見える、その絶妙なバランスが物語にワクワクするような躍動感を与えているのです。
ハリウッド映画をも凌駕する絶体絶命の連続
著者のダン・シモンズの筆致は、いい意味で「頭がおかしい」と感じるほど大胆です。
読者を飽きさせないためのサービス精神が過剰なまでに詰め込まれています。
例えば、作中のアクションシーンの緊迫感は、並のハリウッド映画を遥かに凌ぎます。
極寒の惑星で、巨大な氷河の下を潜水してくぐり抜ける場面。
あと数秒、氷の成長が早ければ全滅していたというシーンでは、読んでいて思わず息を止めてしまいました。
彼ら一行が失敗すれば、人類の運命だけでなく、宇宙の構造そのものが変わってしまう。
そんな極限の緊張感を背負いながら、若き主人公たちが知恵と勇気で道を切り拓いていく姿には、30代から60代の大人の読者であっても、かつて冒険小説に夢中になった頃の童心を呼び覚まされるはずです。
それでいて、物語の収束の仕方は実に見事です。
「ハイペリオン」から散りばめられていた無数の伏線、謎めいたシュライクの正体、そしてテクノコアの真の狙い。
これらすべてが、ロールとアイネイアーの旅路の果てに、一つの巨大な絵として完成していく様は圧巻です。
信仰、権力、そしてSFへの愛
物語を読み進める中で、一つの強い印象が残りました。
それは、未来社会において強大な権力を持つカトリック教会「パクス」の描き方です。
十字架の形をした寄生生物「血の十字架」によって、人類に歪んだ形での「復活(不死)」をもたらす彼らの姿は、宗教の持つ救済と支配の二面性を鋭く突いています。
歴史を振り返っても、そしてこの超未来の物語を読んでも、組織化された信仰が時として犯す過ちには考えさせられるものがあります。
しかし、そうした重いテーマを内包しながらも、本作の芯にあるのは、あくまで「他者を想う心」や「愛」という、普遍的で力強いエネルギーです。
結局のところ、私がこの1年、ランチタイムの15分を捧げ続けた理由は、この作品が放つ圧倒的な「面白さ」に他なりません。
どれほど複雑な世界観であっても、その根底にワクワクする冒険と、魅力的なキャラクターがいれば、読者はどこまでもついていける。
そんなSFというジャンルの持つ底力を、改めて再確認させられました。

終わりに
読み終えた今、心地よい喪失感と充足感の中にいます。
「死ぬほど面白かった」という、陳腐な表現でしか語れない感動を味わえる作品に出会えることは、読書家にとって最大の幸福です。
もし、あなたが日々の忙しさに追われ、長い物語を避けているのであれば、ぜひこのシリーズを手に取ってみてください。
1日15分、ほんの少しずつでも、ページをめくり続けていけば、いつか必ず宇宙の果てまで辿り着けます。
そして、読み終えたとき、あなたの日常の風景は、昨日までとは少し違った色に見えるはずです。
私にとってのランチタイムが、特別な聖域へと変わったように。
