【ランチタイム読書その9】1987年の予言書『ブラッド・ミュージック』を40年ぶりに再読してみた【後編】
3. 激動の現代社会と、物語の構造を疑う視点
3-1. 時代背景で読み解く、国家のイメージとハッカー文化の変遷
SF小説というものは、執筆された当時の社会情勢や未来への不安を映し出す鏡であり、時として未来を予言する予言書としての側面を持ち合わせます。
本作をコロナ禍という未曾有のパンデミックを経験した現代の視点で読み返すと、この作品が保持している意味がまた新たになったと言わざるを得ません。
特に興味深いのは、作中や当時のフィクションにおいて描かれる、各国のイメージやその役割の変遷についてです。
注意:以下は私の勝手なイメージと解釈です。
思想的なあれやこれやは(たぶん)ないです(^_^;)
昔のフィクション、特に本作が書かれた1980年代においては、とにかく規模のデカいヤバい実験や事件をやらかす国といえば、アメリカやソ連、あるいはドイツといった大国が定番でした。
冷戦構造のなかで、国家規模の巨大なプロジェクトが暴走するという恐怖が、当時のリアリティだったわけです。
しかし現代において、そうした規模の大きいヤバいことをやらかすフィクションの舞台は、アジアのあのでっかい国や、あるいはあのちっちゃい国を連想させるものへと変化しています。
一方で、ハッカー的、あるいはオタク的な個人の技術が暴走してヤバい事態を引き起こす描写についても、時代の流れを感じます。
昔はそうした天才的な個人の暴走もアメリカの独壇場でしたが、今では日本や、アジアの諸国がその役割を担うことが増えています。
さらに言えば、現実の世界情勢があまりにも複雑かつ深刻すぎて、今も昔もフィクションのなかでさえ容易に描くことができない、しかも社会的地位が確実にアレされるのでアメリカ人が一番書けないという、ガチでクソヤバい国も存在しています。
こうした国家のイメージ(あくまでも私の偏見ベースですよ!いやマジで)の変遷を頭に置きながら1987年のテキストを読むと非常におもしろいともいます。

3-2. 3人の主人公が織りなす、変則的なストーリーテリングの謎
本作はSF的な世界観や発想、 絶望と希望、そして衝撃的なラストに至るまで、すべてが見事な傑作であることは間違いありません。
しかし、大人になった現在の視点で小説としての構造を冷静に分析してみると、いくつかの構造的な問題点、あるいは独特の歪みが存在することに気づかされます。
その最たるものが、物語を引っ張っていく主人公が一体誰なのか、途中で分からなくなってしまうという点です。
この物語には、大きく分けて3人のメイン人物が登場し、それぞれが異なるパートを受け持っています。
すべての事の発端となり、知能を持つ細胞を自分の体に注射したマッドサイエンティストのウラムが、当然最初の主人公として物語を牽引します。
ところが物語の中盤に入ると、ウラムの手から離れた異変を調査し、対応を試みる別の科学者が中心人物となり、ウラムの存在感は背景へと退いていきます。
そしてさらに驚くべきことに、物語の終盤を文字通り支え、最も劇的なドラマを展開するのは、あきらかに後半から本格的にスポットライトが当たるあの娘なのです。
このように主人公が次々と交代していく群像劇スタイルは、アポカリプスが世界規模へ広がっていく激動のプロセスを描くには効果的ですが、一人の人物に感情移入して読みたい読者にとっては、少し戸惑う要素かもしれません。
もしも現代のエンターテインメントの文脈で、この『ブラッド・ミュージック』をリメイク、あるいは映像化したらどうなるだろうか、という妄想が膨らみます。
例えば、動画配信サービスのNetflixあたりがこの作品をオリジナルドラマシリーズとして実写化するならば、プロットは大幅に整理されるに違いありません。
おそらく、終盤で重要な役割を果たすことになるあの娘を、物語の最序盤からウラムの身近な人物、あるいは研究所の近隣に住む住人として登場させておくのではないでしょうか。
最初から彼女を主人公、あるいは準主人公のポジションに据えて物語を描くことで、ウラムの暴走による世界の崩壊と、市井の人間が巻き込まれていく恐怖が、より一本の太い線として繋がることになります。
このような、現代的なエンタメの視点からプロットの改善点や映像化の演出をあれこれと想像させてくれるところも、本作の懐の深さであり、素晴らしいところです。
4. 【次の行動へ】あなたの本棚に眠る「すごい小説」を今すぐ開こう
4-1. 理論は分からなくてもいい、世界観と雰囲気に身を委ねる贅沢
今回の読書を通じて私が改めて強く感じたのは、SF小説を読む際に、科学的なロジックや理論を完璧に理解できなくても全く問題はない、ということです。
かつての私のように、なんかすごいことが起きているという大雑把な理解であっても、作品が放つ圧倒的なエネルギーや世界観は十分に肌で感じ取ることができます。
むしろ、細かな数式や理論の整合性に囚われすぎるよりも、著者が提示する壮大なヴィジョンと、そこから生まれるセンス・オブ・ワンダーに身を委ねることこそが、最高の読書体験になり得ます。
もし、科学が苦手だから、あるいは難しそうだからという理由で海外の本格SFを敬遠している方がいるならば、それは非常にもったいないことです。
まずは本を開き、活字が描き出す異次元の光景や、日常が崩壊していくスリルを、そのまま五感で味わってみてください。
40年前に私を震撼させたあの衝撃は、大人の知性を身につけた今読んでも、形を変えてしっかりと心に響くものでした。
読書とは、過去の自分と対話し、現在の自分の立ち位置を確認するための、最も手軽で深い営みなのです。

4-2. 『永劫』シリーズを「読みたい」リストに加えて、SFのディープな世界へ
さて、『ブラッド・ミュージック』という最高の再読体験を終えた私の視線は、すでに次のターゲットへと向かっています。
同じくグレッグ・ベアの作品で、やはり約40年前に読んで深い感銘を受け、現在再読用として大切に積んであるのが『永劫』シリーズです。
今回の読書で、グレッグ・ベアの持つ圧倒的なイマジネーションの力と、時代を経ても錆びつかない物語の強度を再確認したため、この『永劫』も早く読みたくて仕方がありません。
電子書籍のライブラリや部屋の本棚には、まだまだ私たちが若い頃に衝撃を受け、そのまま眠らせてしまっている名作たちがたくさんあるはずです。
(もしも本を衝動買いとか安いとかでとりあえず買うクセがあれば、ですが。汗)
この記事を読んでくださったあなたも、ぜひ自分の本棚や、かつて利用した電子書籍ストアの購入履歴を振り返ってみてください。
そこには必ず、今のあなただからこそ深く理解でき、今のあなたに新しい行動のヒントをくれる、宝物のような一冊が眠っているはずです。
あの頃の興奮をもう一度味わうために、そして激動の現代を生き抜くための新たな知性を蓄えるために、今すぐ積読の一冊を引き抜いて、新しい読書の旅へ出かけてみましょう。
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