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マルチバースと数学的宇宙

「現代物理の自然観」に書いた文章を転載します。


宇宙は、我々の宇宙だけではなく多数の宇宙があるとする「マルチバース説」は、現代物理では何種類も語られ、ありふれた説になっています。

そうすると、様々な「マルチバース説」を体系的に整理して、その関係を考えたくなります。

マックス・テグマークの「数学的な宇宙 究極の実在の姿を求めて」(講談社、原書は2014年)は、そのような試みを行っているので、この書を主な参考書として、以下に考えてみましょう。

マックスは、「マルチバース説」を4つのレベルに分けて整理します。

彼は、外的実在は数学的構造そのものであるとする「数学的宇宙仮説」を持っているので、異なる数学的構造を持つマルチバース説をレベル4の究極的な説とします。


永久インフレーション


アラン・グースの「インフレーション説」は、ビッグバン説にあった爆発問題、地平線問題、平坦性問題の3つを一挙に解決します。

インフレーション説では、ビッグバンの前に、体積が広がっても密度が変化しないインフレーション物質がありました。

これが、原子1個よりはるかに小さな粒から始まって、指数関数的に体積を増加させたと考えます。

アンドレイ・リンデは、インフレーションが全体としては終わらず、永久に空間を生成し続ける「永久インフレーション」を提唱しました。

ですが、インフレーションを続ける領域と、終わる領域があって、インフレーションが終わった領域で、ビッグバンが始まります。

インフレーション物質が普通の物質に相転移し、膨張がゆるやかになります。

つまり、ビッグバンは宇宙の始まりではなく、一部の空間領域でのインフレーションの終わりです。

このインフレーションが終わった領域は、「ポケット宇宙(泡宇宙)」と呼ばれ、これが無限に生まれ続けます。

「ポケット宇宙」は、インフレーション宇宙の有限の体積の中に、無限の体積を持ちます。

つまり、ビッグバンの瞬間は、外の観測者からは原子より小さい領域で始まりますが、内の観測者からは、空間も未来の時間も無限大なのです。

ですから、我々が属する「ポケット宇宙」も、無限大の広さを持っています。

「永久インフレーション」はすべての観測事実と一致し、受け入れられている宇宙モデルです。


レベルI並行宇宙


マックスは、観測可能な宇宙を「私たちの宇宙」と表現します。

これは、宇宙の地平線のまでの領域、つまり、銀河の後退速度が光速より遅い領域であり、ビッグバンから140億年以内にそこからの光が私たちに届く時間があった球形の領域です。

「ポケット宇宙」が無限大であるなら、「私たちの宇宙」の外側にも空間が無限に広がっていて、「私たちの宇宙」と同サイズの宇宙が無限個、存在すると考えることができます。

この多数の宇宙が、「レベルI並行宇宙(多宇宙)」です。

私たちと同サイズの宇宙が取り得る配位(すべての量子状態)の数は、最大で10の10の118乗乗通りです。

私たちと同サイズの宇宙が無限に存在するなら、すべての可能な量子状態にある宇宙が無数に存在することになります。

つまり、そこには、我々の宇宙の正確なコピーや、わずかに異なる宇宙が無限個存在します。

起こりえるすべてのことが実際に無限回起こっていることになります。

この「レベルI並行宇宙」は、現在は観測不可能ですが、宇宙の膨張速度が減速すれば、永遠に観測不可能なわけではありません。

また、それぞれの宇宙は、物理法則は同じですが、歴史は異なります。


レベルII並行宇宙


先に書いたように、「永久インフレーション」によって無限の多くの「ポケット宇宙」が生まれます。

これらが、「レベルII並行宇宙(多宇宙)」です。

「ポケット宇宙」のそれぞれでは、基礎的な物理法則は同じでも、実効的な物理法則が異なっているかもしれません。

基本的な方程式の異なる解に対応するということです。

例えば、弦理論の方程式には10の500乗以上の異なる解があります。

特定の理論のすべての解の集合は「ランドスケープ」と呼ばれます。

「レベルII並行宇宙」では、すべての「ランドスケープ」が実現しているかもしれません。

「レベルII並行宇宙」は、永遠に観測不可能です。


物理的定数の調整


物理の方程式には少なくとも32個の基礎的な定数があります。

これらの定数の値がほんの少しでも違っていると、宇宙が異なった姿になり、銀河が生まれないなどして、そのために人間のような知的生命も生まれません。

例えば、暗黒エネルギーの密度の場合、銀河形成が可能となるには、小数点以下120桁以上の精度で決めなければいけません。

また、例えば、フェルミオンの9種類の質量のプロットは、統計学的にランダムであるにも関わらず、少しでも違うと生命は発生しません。

これが偶然に起こったとすると、その確率はほぼゼロです。

このことを考えると、我々の宇宙は生命が発生するように、自然定数が微調整されているように見えます。

ですが、無限に多くの宇宙が存在し、それぞれで物理法則、定数が違っているとすると、生命が発生する宇宙も必ず存在することになります。

つまり、生命が発生する宇宙が存在することを合理的に考えると、多宇宙の存在が必要なのです。


レベルIII多宇宙


量子力学のコペンハーゲン解釈から、収縮と確率に関する仮説を取り去ったものがエヴェレットの理論です。

プライス・ドウィットがそれを「多世界解釈」と命名しました。

「多世界解釈」は、デコヒーレンス(量子的な干渉性の喪失)が起こるたびに宇宙が分岐していくとする量子的な多宇宙説です。

この「多世界解釈」が示す量子的な並行宇宙が、「レベルIII並行宇宙(多宇宙)」です。

これは、数学的には、ヒルベルト空間の異なる部分です。

「レベルIII並行宇宙」のそれぞれは、基礎的な物理法則(方程式)は同じですが、実効的な物理法則(方程式の特定の解)は異なる可能性があります。

マックスは、この「レベルIII並行宇宙」が、実質的に「レベルI並行宇宙」と同じものではないかと考えます。


数学的宇宙仮説


まず、物理法則はすべて方程式という形で表現されているので、宇宙に関する最も正確な記述は数学的です。

素粒子物理学におけるレゴブロック(最小構成要素)は、粒子そのものではなく、保存量だと思えます。

素粒子の固有の性質であるエネルギーや電荷、スピン、レプトン数などといった量子数は、ただの数であり、素粒子は数学的対象物です。

また、量子力学の波動関数とヒルベルト空間も、数学的対象物です。

弦理論の「弦」も、純粋に数学的な構造物と思うべき存在です。

空間も、その固有の性質として、次元、曲率、トポロジーなどの数学的性質しか持ちません。

また、「数学的宇宙仮説」が正しいとすると、時間の流れと時間変化は幻想です。

数学的構造は時空の中にあるのではなく、時空が特定の数学的構造の中にあるのです。

ですから、究極理論(万物理論)は、粒子や観測などの人間的な概念(日常的経験から来る概念)を含まない、純粋に数学的な理論(数学的な構造)でなければなりません。

それは、外的実在が数学的構造だからです。

「数学的構造」とは、各要素間に関係が定義されている抽象的な集合です。

自然の性質は、その究極の構成要素の性質から生じるのではなく、構成要素間の関係から生じるものなのです。


レベルIV多宇宙


レベルI~IIIの並行宇宙は、基礎方程式は同じなので、数学的構造は同じです。

これに対して、数学的構造が異なる宇宙を考えるのが、「レベルIV並行宇宙(多宇宙)」です。

これらの宇宙では、基礎的な物理方程式が異なります。

例えば、量子力学の存在しない宇宙、時空の存在しない宇宙…なども考えられます。

「レベルIV並行宇宙」は最も単純であり、記述するのに何も情報を必要としません。

数学的構造の要素間の関係は、掛け算表のような有限の数ですべて表現でき、コンピュータによって自動生成できます。

ですから、「レベルIV並行宇宙」は、順に列挙することもできます。

数学的構造は、無限個考えることができますが、限定を考えるべきかもしれません。

その限定としては、有限構造まで許される、計算可能な構造まで許される、要素間の構造が計算により定義されている構造まで許される、一般的な構造すべてが許される、などを考えることができます。

マックスは、この中で、計算可能な構造まで許されるという限定が興味深いと書いています。

そして、外的実在は計算可能な関数で定義された数学的構造であるとする考えを、「計算可能宇宙仮説」と名づけています。

この場合、決定不可能な物理的側面はなくなります。

数学的構造は計算によって定義されます。

数学的構造、計算、形式体系の3つは互いに関連していますが、これらは、それらを超えた「超越構造」の異なる側面にすぎないかもしれません。

数学的多宇宙の物理的性質は、「対称性」が中心的概念となります。

一方、「初期条件」、「複雑性」、「偶然性」などは、観測者の視点からのみ存在するもので、外的実在としては存在しない単なる幻として再解釈されます。

我々の宇宙をコンピューター・シミュレーションであるとする「シミュレーション現実(シミュレーション仮説)」がありますが、これによれば、計算によって宇宙が発展させられ、これが時間に対応します。

ですが、「数学的宇宙仮説」では、計算する必要はなく、記述すれば良いのです。



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