ハックされる「正義」と、神経系の反撃 ―― 心理的防衛局(MPF)と「個」の防衛|第6回
善意を「燃料」にする認知戦の極致
こんにちは、高坂陽です。
都会の並木道のカフェでスマホをスクロールすれば、そこには絶えず「正義」が溢れています。不適切な発言を叩き、ハッシュタグで繋がり、自らの正しさを証明しようとする熱狂。しかし、もしあなたがこれを単なる「SNSの摩擦」だと思っているなら、あなたはすでに、巨大な認知戦(Cognitive Warfare)という名の「敵に雇われた無給の工作員」に過ぎません。
現代の地政学において、最もコスパの良い攻撃とは、ミサイルを撃ち込むことではありません。それは、ターゲットとなる国の中にある「小さな社内政治の対立」のような分断を見つけ出し、そこに「コンプラ」や「正義」という名のガソリンを注ぎ、組織全体を機能不全に追い込むことです。
ロシアの「人間科学」:脆弱性のカタログ化
ロシアの情報機関(GRUやFSB)は、標的国の国民性を、マーケティング担当者が顧客ターゲットを分析するように、徹底的にプロファイリングしています。
スウェーデン向け「正義の過負荷」: 真面目で高潔な「優等生」でありたい彼らの自尊心を突きます。例えるなら、「全社員参加の強制LINEグループ」で、24時間誰かが誰かを正論で詰め続けている状態です。「その防衛策はSDGsに反していないか?」「ジェンダー観は最新か?」。一つひとつは正論ですが、その「レスバ」の通知が鳴り止まないせいで、本業(国を守る判断)がすべてストップしてしまう。これが、高知能社会を狙った「精神的なハラスメント」の正体です。
日本向け「空気による窒息」: 「波風を立てたくない」という私たちの回避性を突きます。深刻な危機を「不謹慎なネタ」に変え、真面目な議論を「意識高い系(笑)」と嘲笑させる。日本人は議論で止まるのではなく、「職場の微妙な空気感」によって窒息します。 本来向き合うべき外敵ではなく、スマホの中の「誰かの失言」を1時間説教する会議のような不毛さにエネルギーを浪費させる。これが日本向けに最適化された、「酸欠による意識喪失」です。

SÄPOによる「裏の顔」のディスクローズ
スウェーデン治安警察(SÄPO)が行う幹部面談は、道徳の試験ではありません。それは、「もし取引先にバラされたら、会社も家族も捨てて逃げたくなるような、あなたのクローゼットの奥の汚れ」を、あらかじめ警察と共有しておく作業です。
「実は多額のリボ払いがある」「マッチングアプリで不適切な遊びをしている」。これを隠しているから、敵に「バラされたくなければ情報を渡せ」と脅迫(エクスプロイト)される。先に当局に「白状」しておけば、敵の脅しはただの空砲に変わります。「カッコ悪い自分」を、あらかじめ公認の防衛リソースに変えてしまう。 この泥臭い開き直りこそが、彼らのリアリズムです。
心理的防衛局(MPF):情報の「意図」をバラす
2022年に設立された「心理的防衛局(MPF)」の任務は、学級委員のような「嘘つき探し」ではありません。彼らがやるのは、「あなたが今、感動してシェアしたその動画、実はライバル会社が仕組んだステマですよ」と、証拠付きで耳打ちすることです。
「今、あなたが目にしている情報は、〇〇という組織が△△の目的で流しているものです」。 自分が正義感で怒っていた相手が、実は他人の掌の上で踊らされていた「サクラ」だったと知った時の、あの冷めるような感覚。「俺、あんなに熱くなって損したわ」という、飲み会帰りの虚無感に近い冷静さ。 その「白け(しらけ)」こそが、情報ウイルスを死滅させる、最強の抗体なのです。
デジタル・ハニートラップ ―― 「承認欲求」へのフィッシング
現代のハニートラップは、LinkedInやFacebookから始まります。有能なヘッドハンターや魅力的な異性を装い、数ヶ月かけて「あなたが仕事のどこに不満があり、何に承認欲求を感じるか」をプロファイリングします。
もしあなたが環境問題や社会貢献に熱心であれば、敵はその「正義感」を利用した偽のプロジェクトへ誘い込みます。彼らにとって、あなたの「正義」は、あなたの脳を意のままに操るための「リモコンのボタン」に過ぎません。スウェーデンが「0クローナの冊子 : In case of crisis or war」で執拗に注意喚起するのは、スマホが、今や敵のミサイル発射台と直結した「最前線の業務用端末」であることを熟知しているからです。
正義を武器化させない「当事者意識」のリブート
日本の議論がこれほどまでに醜いのは、そこに「この会社(国)をどう守るか」というオーナーシップ(当事者意識)が欠落しているからです。権利の取り分を巡って隣人を攻撃する「内部抗争」は、外敵にとってこれ以上ない「ご馳走」です。
スウェーデンの冊子に刻まれた言葉を、もう一度思い出してください。「抵抗を止めよという指示は、すべて偽物(フェイク)である」。この言葉は、国境を越えてくる戦車にだけ向けられたものではありません。私たちの内側で、隣人を敵だと思わせ、社会をバラバラに引き裂こうとする「分断という名のウイルス」に対しても向けられるべきものです。
知性をリブートし、正義という名の目隠しを捨て、自分が「同じ船に乗ったクルー」であることを再認識すること。それこそが、認知戦という「脳の戦争」に打ち勝つ唯一の手段なのです。
☕ 思考のブレンド(今回の参考資料)
デジタル空間における国家の諜報・妨害活動。活動家、テロリスト、ハッカーなど、表面的には国家の委託を受けていない個人によるサイバー攻撃は、国際法上の「戦争」の資格を満たしていません。しかし、今や他国に対する攻撃の要は、相手国の国民の自国政府に対する信頼を切り崩すことにあります。
超限戦とはは「戦争と非戦争」、「軍事と非軍事」という全く別の世界の間に横たわっていたすべての境界が打ち破られる在り方。本書刊行後の2014年にはロシアの新軍事ドクトリンにこの内容に近いものが提示され、世界各国はこれを「ハイブリッド戦」と呼ぶようになったのです。
「客観的な事実や数字は他人の考えを変える武器にはならない」など、認知神経科学が近年発見した数々の驚くべき研究結果を示し、他人の説得しようとするときに私たちが陥りがちな罠と、それを避ける方法を紹介します。
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