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なぜ「男女ともに」社会を担わなければならないのか?―― 50年かけて実装された「生存のパズル」|第2回

1. 個人単位課税 ―― 専業主婦という生き方への「経済的死刑宣告」

こんにちは、高坂陽です。
なぜスウェーデンの女性は、これほどまでに「働く」のか。 それは彼女たちが勤勉だからでも、意識が高いからでもありません。「働かないと、家族が経済的に詰む」ように国が社会を設計したからです。

1971年、スウェーデンは世界に先駆けて「個人単位課税」を導入しました。これが、戦後スウェーデンの社会構造を決定づけた最大の「劇薬」です。

日本の「配偶者控除」や「扶養」というシステムは、世帯を一つの単位とし、女性を夫の「補助者」として繋ぎ止める「見えない鎖」です。しかし、当時の政権与党であったスウェーデン社会民主労働党(SAP)は、この鎖を断ち切るために、冷徹な税制パッチを当てました。

  • 累進課税の罠: それまでの世帯合算課税を廃止し、個人の所得に直接、重い累進課税をかけました。夫一人が1,000万円稼ぐと、税率は跳ね上がり、手取りは無残に削られます。しかし、夫婦が500万円ずつ分散して稼げば、低い税率枠を二人分使えるため、世帯収入は最大化されます。

  • 「内助の功」の抹殺: 専業主婦を優遇する控除をすべてゴミ箱に捨て、同時に消費税(VAT)を25%という異常な高水準まで引き上げました。

結果として何が起きたか。「夫一人の稼ぎでは家族を養えない」という物理的な限界が作り出されたのです。政府は、家庭という聖域から女性を無理やり引きずり出し、マーケットと戦場へ直接放り込んだ。これが「女性の自立」という美しい言葉の裏側にある、「働かない自由」を剥奪するための経済的暴力の正体です。

2. 「国民の家(Folkhemmet)」 ―― 家族を外部化するグランドデザイン

なぜ、国民はこれほど過激な政策を支持し続けたのか。それは、スウェーデン社会民主労働党(SAP)が掲げた「国民の家(Folkhemmet:フォルケムメット)」という壮大なグランドデザインがあったからです。

1928年、当時の党首ペル・アルビン・ハンソンが提唱したこの概念は、「国家そのものを、一つの大きな家族にする」というものでした。SAPは、日本の社会党のような「万年野党の反対屋」ではありませんでした。彼らは、国民に以下の「究極のトレードオフ(等価交換)」を提示したのです。

  • 「家族」というバグの修正: 本来、家族は助け合う温かい場所ですが、同時に「親の経済力や身分によって、子供の将来が決まってしまう」という不平等(バグ)の温床でもあります。

  • リスクのフルアウトソーシング: SAPはこう提案しました。「育児、教育、介護、失業……。これまで『家族』という不安定な単位が背負わされてきたリスクを、すべて『国家』という最強のサーバーへアウトソーシング(外部化)しなさい。その代わり、あなたは家族への忠誠ではなく、国家への納税と労働という形で、システムの維持に貢献しなさい」

3. 選挙という名の「システム更新」への合意

日本の社会党が「反対」を叫ぶだけの野党であったのに対し、スウェーデン社会民主労働党(SAP)は、常に「具体的なベネフィット(利便性)」を提示し続けました。
国民が選挙でSAPを選び続けたのは、彼らが「高負担」というコストに見合う、以下の「安定性」を提供したからです。

  1. 経済的自立の保証: 離婚しても、親が死んでも、国がすべてをバックアップする。だから「家族の顔色」を伺う必要がない。

  2. 階級社会の解体: 誰もが同じ教育、同じ医療、同じ福祉を受けられる。「家柄」というレガシーな属性を無効化した。

国民は、「家族への依存」という不自由を捨てる代わりに、「国家への依存」という名の、計算可能な自由を手に入れたのです。これが、高負担でも選挙で勝てる、彼らの「民主主義の正体」です。

国民は、「家族への依存」という不自由を捨てる代わりに、「国家への依存」という名の、計算可能な自由を選択したのです。これが、高負担でも選挙で勝ち続けたSAPの統治プロトコルです。

Riksdagen (House of Parlament), Stockholm

4. 保守派の敗北と「自立」という名の孤独

この過程で、伝統的な価値観を守ろうとした「保守派」も当然、激しく抵抗しました。「国家が子供を奪うのか」「家族の絆を壊すのか」という悲鳴が上がりました。

しかし、スウェーデン社会民主労働党(SAP)はそれを「道徳」ではなく「経済」と「レッテル貼り」で無効化しました。保守派を「女性の自由を阻む守旧派」として政治的に処刑し、さらに前述の「働かなければ食えない税制」によって、保守派の支持者であっても共働きをせざるを得ない状況に追い込みました。

一度、システムを導入し当たり前にしてしまえば、もはやシステムの移行は不可能です。家族という中間組織(バッファ)が消え去った後、スウェーデンは「世界で最も孤独な社会」となりました。老後の世話も看護も国が請け負うため、嫌いな親や夫と一緒にいる必要がない。

一見すると究極の自由ですが、それは同時に「国家との1対1の契約」を意味します。家族という逃げ場を失った国民は、国家という巨大なシステムに直接、裸で接続されることになったのです。

5. 「パズル(Livspusslet)」 ―― 24時間稼働を可能にする兵站

現地の人々は、仕事、育児、そして国防という重い義務を並行させる生活を「人生のパズル(Livspusslet)」と呼びます。

これはポジティブな響きですが、その実態は「パズルのピース(育児や家事)を国が提供するインフラに預けない限り、人生という絵が完成しない」という絶望的な依存関係です。

その象徴が「夜間保育園(Nattdagis)」です。 親が夜勤であろうと、不規則な勤務の国会議員であろうと、有事の動員であろうと、子供を預けて働ける。これは「優しさ」ではありません。 「子供がいるから働けません」「家庭があるから動員に応じられません」という個人の言い訳(例外処理)を、システム側が先回りして潰しているのです。家庭という密室に逃げ込むことを許さない。国民は24時間365日、いつでも国家のリソースとして稼働可能な状態(レディネス)に置かれています。

6. ヴィクトリア王太子が「泥」を啜る、真実の重み

この「逃げ場のないシステム」を国民に納得させるための、最後の、そして最強のピース。それが、ヴィクトリア王太子の泥塗れの軍事訓練です。

知性と美貌を兼ね備え、国民の支持率が80%を超える彼女が、なぜ極寒の森でライフルを構え、一般の兵士と同じ重装備で雪原を走るのか。 それは、「この過酷なパズル(義務)を、特権階級である私も等しく解いている」という、究極の契約履行だからです。

「特権(権利)」を享受するなら、同じ分量だけの「リスク(義務)」を支払え。 王族ですら「戦う部品」であることを受け入れている。この圧倒的な「公平性」という名の暴力が、国民の不満を封じ込め、16歳から70歳までの男女を問わない動員令を「正当な契約」へと昇華させているのです。
もちろん王族はヨーロッパ的価値観のノブレス・オブリージュ(Noblesse Oblige:財産、権力、社会的地位を持つ者は、それに伴う社会的責任や義務(特に社会貢献や弱者保護)を果たさねばならないという、欧米の倫理観・道徳観)を実践しているという点も忘れてはいけません。

自由という名の「要塞」の維持費

スウェーデンの男女平等。 それは「女性に優しくすること」ではなく、「男性が負ってきた過酷な義務(納税、労働、国防)を、女性にも等しく割り当てること」です。

2018年に復活した徴兵制が「男女等しく」行われるのは、それが最も合理的だからです。「男性だけを兵士にする」のは、リソースの半分を捨てているのと同じ。「女性だけを守る」のは、システムの処理能力を半分に落としているのと同じ。

日本のいろいろなことに絶望する私たち。 しかし、スウェーデン人が支払っているのは「家庭」という聖域を差し出し、家族という「愛の鎖」を断ち切って、国家という「義務の鎖」と直結した国家基盤でした。

憧れをパージせよ。 スウェーデン、そこにあるのは、血と汗と、スウェーデン社会民主労働党(SAP)が100年かけて築き上げた「要塞」の論理なのです。


☕️ 思考のブレンド(今回の参考資料)

激動の第二次大戦中、独ソの狭間で、北欧の小国はいかに生き延びたか。大国ロシアに対し勇壮な抗戦を繰り広げたフィンランド、ドイツに屈辱的な譲歩を重ね中立を保ったスウェーデン――その地政学的重要性によって大国に翻弄され続けた北欧四国の苦闘の歴史を、『物語 北欧の歴史』の著者がドラマチックに綴る。

スウェーデン在住13年、元警察官で現在はスウェーデンの大手通信企業に勤務、妻はフィンランド人というユニークな背景を持つ著者が、自身の体験や現地の声をもとに、北欧社会の深層を「幸福」という視点から掘り下げた待望の第2弾!

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