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1950年 ディズニー アニメーション版 シンデレラ 人物理解

ディズニープリンセスといえば、
最初に思い浮かべる人も多いのでは?
「シンデレラ」!!
ブルーのドレスとブロンドヘア。
東京ディズニーランドや
フロリダ、マジックキングダムの
シンボルを背に携えた、
昔ながらのプリンセス。

ただ個人的には、彼女は世間でのイメージと
ディズニー映画でのイメージが一番かけ離れた
プリンセスであると感じています。

「酷いいじめを耐え抜いた、
美しい女性の玉の輿のお話。」
それは、確かにそう。そうなのだけれど…!!
ディズニー版のシンデレラは、
それを賛美するお話ではないのです。

そのことについて、"人物理解"と称し
シンデレラの内面への解釈を中心に
記していきます!

(今回は1950年ディズニーアニメーション版の
シンデレラについてと限定します。
1997年、2014年実写版や、
昔話版などについては除外します。
"人物理解"という形は今後
シリーズ化しようと思ってるので、
良かったら他の記事も読みに来てくださいね!)

被害者意識に浸り、
王子様の救いだけに期待し、依存している。
"シンデレラ・コンプレックス"
そんな風に言われているのを耳にすると
いつだって、「ディズニー版は違うんだよ」と
心に浮かんでしまいます。

というのも、まず第一に
彼女は、義母(トレメイン夫人)や
義姉(アナスタシア、ドリゼラ)を
殆ど怖がっていない様子。
それどころか、
呆れ、哀れんでいるような言動さえ
見受けられるのです。
トレメイン夫人にしてみれば、
そんな様子もより一層
生意気に映るのかもしれませんけどね。

朝目が覚めるなり、ベッドの中から
けたたましくシンデレラを呼び、
何度もベルを鳴らす3人。
シンデレラはそのたびに
「はーい、すぐです!」
「すぐ行きまーす!」
と返事をしながら、朝食を用意してあげます。
文面に起こすと
そんな、言いなりにならなくても…
って感じなのですが、これ実際に聞くと
かなり呆れ、相手を下に見て、
情けをかけてるトーンなんですよね。
「はいはい、大丈夫ですよ。
持っていきますからね。」みたいな。
そして余裕綽々な顔して朝食を3人分用意し、
器用にも両手と頭上にそれぞれ載せ、
部屋まで運んであげます。

この時点でもうね…!!
"徳"とでも言うのかな?
あの3人とシンデレラとでは、
人間としてのグレードが違うということを
序盤でギュンッと感じさせてくる
ディズニーの魅せ方。
ゔーん!本当に上手だねぇ!!

そして彼女はそんな生活を
そこまで悲観してる様子でもないのです。
その理由は持ち前の気立てだけでなく、
彼女には特別なお友達、
心強い味方がわらわらいる!ってところも
大きくあると思うんですよ。
動物さんたちですね!

あの子たちは映画を可愛く華やかにするための
要素として認識されがちですが、
実際シンデレラのメンタルヘルスに
かなり貢献してくれてると思うんです。
だって考えてもみてください!
鳥さんやネズミさんたちが
なにかと慕って話しかけてくれたり、
挙句の果てにはドレス作ってくれたり(!?)
するんですよ…?可愛すぎてやばい!
もう、義母や義姉なんて
相手にしてる場合ではありませんよ!!笑

そんなある日。
一通の手紙が届きます。
お城の舞踏会の招待状です。
シンデレラから招待状を取り上げ、
ぎゃあぎゃあ盛り上がる義母と義姉たちに対し
シンデレラは、
「だったら私にも資格があります!」と
毅然と主張するのです。
恐る恐るとかでもない、縋る感じでもない。
むしろ、ちょっとワクワクした様子で。

これ、シンデレラが
あんまりサラッとしているので
そんなに目に留まるシーンでもないのですが、
なかなかできることではない気がするのです。
相手の言動に惑わされず
ただフラットに自分を保っていること、
必要なことはきちんと主張すること。
そしてあっさりと明るくいること。

多分、ここがディズニーのシンデレラの
結局一番素敵なところなんじゃないかと
私は思うのです。
このシンプルな美しさが、
彼女の強さなんですよね!
あぁ、もう本当に、かっこいいよぉぉ!!

この後彼女は舞踏会に行けるよう、
押し付けられた仕事を精一杯にこなします。
そんなシンデレラの助けになれるよう、
鳥さんネズミさんたちも
一生懸命、ドレスのリメイク。
なのに土壇場でそのドレスを
義姉たちにズタズタに破られ、
さすがのシンデレラも
いよいよ心折れてしまうわけですが

普段あれだけいじめられても平気だった彼女が
このタイミングで心折れるのは、
あながち話の都合上、
昔話版からの伝統芸としてでもないというか、
少なくとも、ちゃんとした理由は
描かれていると思うのです。

ディズニーのシンデレラは、
玉の輿を狙って舞踏会に行きたがったわけでは
ないと思うんです。
(舞踏会の後、彼女は相手の男性が王子だとは
気づいていなかったにも関わらず、
満足そうに感謝の言葉を述べています。)
そんな大それた野望とかではなく、
ただ、みんなと同じように
当然の権利を楽しみたかった。

その権利を根拠もなく否定された上、
"実母の形見でもあり、
動物のお友達が自分のために
一生懸命手直ししてくれたドレス"まで破られた。
それはもう本当に…心折れますよね。
「もう何も信じられない」と、
泣きたくもなります。

そこへ現れたフェアリーゴッドマザー。
「任せて、誰にも負けないドレスになるわ!」と
用意してくれたドレスは、
シンデレラの瞳の色に合わせた
キラキラ繊細に輝くシルバーブルー。
そしてデザインは
「シンプルだけど、大胆で豪華なのをね!」

フェアリーゴッドマザーのセンスも
素晴らしいのでしょうけど、
このドレスはね…私は、
もしかしたら制作側としては、
シンデレラの心の個性そのものに着想し、
可視化したような
そんなデザインだったりしてないかなぁと、
勝手に思っています!

破られてしまったドレスについても、
あれもまた
"お母さんと動物たちから
シンデレラに向けられた愛情"を
象徴するようにイメージされた
デザインだったりしないかな?と。

いや、まぁ…わかりませんけどね。
単純に、ガラスの靴とのコーディネートや
メインのドレスとは方向性の違うデザインで
ある程度素敵なやつ…とかで
考案されたのかもしれませんけどね。笑

でも、こんな考えを巡らせてしまうほど
形見のドレスには不思議な温かさが、
メインのドレスには
唯一無二の美しさと、
シンデレラだからこそ着こなせる
特別な何かがある気がするんです。

「なんて綺麗なドレスなの!」
「夢みたいだわ!」とはしゃぎ、
フェアリーゴッドマザーに手を振りながら
出かけて行くシンデレラは
既にとっても幸せそう。

「きっとこれがこの人の本来の姿なんだな」と
自然に感じさせられるような、
言動からの印象と、見た目からの情報が
ようやく綺麗に一致する
とっても素敵な瞬間です。


ウォルトさんはこの映画の出来に、
あまり納得はしていなかったようです。
どうしても白雪姫の出来と比較してしまう
登場人物も少ないし、全体的に画面が暗く、
華やかさがないと。
シンデレラの変身シーンだけは
気に入ってたみたいですけどね。

ウォルトさんの思ったことも、
正直、わかるっちゃわかるんです。
事実として、そうではある…
だけど、それぞれの"作風"って
やっぱり大切じゃないですか。
シンデレラの映画の良さと
白雪姫の映画の良さは全く別物だもの、
シンデレラはむしろあの世界観だからこそ、
シンデレラ自身の魅力と馴染み、
引き立て合えるのではないかと思うんです。

シンプルなものほど洗練された美しさがある
という考え方があります。
「なにもない」こととは違う。
色々なことを考え、検討し、削ぎ落とし
その上でたどり着いたシンプル。

これってなんだかとっても、
"現代的"だと思いませんか。
シンデレラのパーソナリティとしても、
そういうことだと思うんです。

"シンデレラ・コンプレックス"?
…とんでもないですよ!ふふ!



読んでくれてありがとう!
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1937 ディズニー アニメーション版 白雪姫 人物理解」
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