見出し画像

【自己紹介】HSPの私が、公務員を辞めて“自分を責めない生き方”に出会うまで

あの頃の私のように、生きづらさを抱えながらも、
誰かの笑顔を守ろうとしているあなたへ。

はじめまして。

12年間、公務員として働いたあと、思いきって退職し、
現在は在宅フリーランスとして活動している「ももあ」といいます。

たくさんの記事の中から、このページを見つけてくださり、
本当にありがとうございます。

わたし自身の想いや、在宅フリーランスとして働く日常を、
ゆるやかに綴りたいと思い、このnoteをはじめました。

「このまま定年まで働くんだろうな」 何の疑いもなかった日々

私は、大学を卒業してすぐ、公務員として働き始めました。
その道を選んだ理由は、「就職活動が嫌だったから」。
今振り返ると、少し安易で、どこか逃げるような選択だったのかもしれません。

一度だけ、他のみんなと同じようにリクルートスーツに身を包み、
合同就職説明会に参加したことがあります。

でも、「みんな同じ」ような髪型や服装、
「みんな同じ」ような質問が飛び交う空間に、
どうしても馴染めませんでした。

“この世界で生きていくのは、息が詰まりそうだな”。

そう感じたわたしは、どこの企業のブースにも参加せず、
30分ほどで会場を後にしました。

(今となっては、あのときの自分の態度を、少し思いあがっていたなぁと反省しています)

就職がだめなら、公務員。
当時の私には、その選択肢しかありませんでした。

そうして勉強を始め、なんとか試験に合格。
希望していた国際系の部署に配属され、
刺激のある、学びの多い毎日を送っていました。

仕事は大変でしたが、やりがいもあり、
このまま定年まで働くことに、何の違和感もなかった。

同期と飲みながら愚痴をこぼし合い、
「まぁ、こんなもんだよね」と笑い合う日々。

そんな“普通”の毎日の中に、
安定と安心を感じていました。

まわりと同じように、真面目に働くことが「正解」だと信じて…

スウェーデンでの1年間 「違い」に心が震えた日々

あるとき、職場を2年間離れ、

1年間は東京、そしてもう1年間はスウェーデンで働く研修の機会をもらいました。

いくつか候補の国がある中で、
なぜだかスウェーデンに強く惹かれたんです。
(今ではその理由が、少しわかるような気がします)

東京での研修を終え、いよいよスウェーデンへ。

そこは、これまでの生活とはまったく違う世界でした。

薄暗く乾いた空気。
雪に覆われた白い街並み。
静寂の中にあるあたたかさに、心がふるえました。

けれど、仕事の現場は想像と違っていて…
パワハラ気質の日本人上司との日々が待っていました。

気分のムラが激しく、嫌味を言われ、ため息をつかれる。
心と魂が少しずつすり減っていくのを感じました。

ある日、思わず彼の部屋のドアを音を立てて閉めてしまったことも。
真顔で対抗してしまった自分に、あとで苦笑いしたのを覚えています。

「どうしたら相手を変えられるだろう」
そう思って、ネットで検索を重ね、本やブログを読み漁りました。

けれど、答えは見つからなかった。

そんなとき、ふと心の中に浮かんだ言葉があります。

「もしかして、変えるべきは“相手”じゃなくて、“自分の心の在り方”なのかもしれない」

その瞬間、少しだけ肩の力が抜けました。

そこから、自分でいろんなワークを試したり、
ジャーナリングのように、気持ちを書き出してみたり、
趣味を通じて心を整える時間を増やしていきました。

不思議と少しずつ、心の霧が晴れていくのを感じました。

仕事以外の生活は、とても楽しくて、
スウェーデンの空気や街の雰囲気が、自分の肌にしっくり馴染む感覚がありました。

スウェーデンの人は、誰も他人を気にせず、個人が個人として尊重されている。
家族の時間を大切にし、残業もしない。

お互いの距離感が心地よく、働き方もメリハリがあって、
“生きること”そのものを大切にしている。

「人って、本当はこうやって生きるものなんじゃないかな」
そんな思いが、静かに胸に広がりました。

「日本に帰っても、こんなふうに生きられたらいいな」
そう願いながら、スウェーデンでの1年が過ぎていきました。

「日本に帰ってから」の違和感 心と体がバラバラになる感覚

本当は、スウェーデンに残りたかった。

けれど、いろんな理由でそれは叶わず、泣く泣く日本へ帰国。

そして、元の職場に戻った瞬間、感じたのは
「息苦しさ」と「圧」でした。

スウェーデンで馴染んだ“心地よさ”と、
日本の職場の空気が、あまりにも違っていたのです。

以前は何も感じなかった「当たり前」が、
もう自分には合わない。

マニュアルどおりの仕事。
疑問を抱かず、淡々とこなす同僚たち。

「なんでみんな違和感を感じずに働けるんだろう?」
「なんでそうしなきゃいけないの?」

そんな小さな疑問が、少しずつ積み重なっていきました。

やがて、胃のあたりがズーンと重くなる。
それでも、「やらなきゃ」と自分を叱咤する毎日。

「みんなの“普通”を受け入れられない自分が悪い」
「どうして私は“普通”にできないんだろう」

心と体がバラバラのまま、
湧き上がる違和感に蓋をして、淡々と仕事をこなしていました。

でも、今思えば、
あの違和感こそが、“自分の本音”の声だったのかもしれません。

一冊の本との出会い 「私ってHSPだったんだ」

相変わらず、心と体がバラバラな毎日を過ごしていました。

ある週末、ふと立ち寄った本屋で、一冊の本が目にとまりました。

タイトルは『共感力が高すぎて疲れてしまうがなくなる本』。

なんとなく気になって手に取り、読み進めるうちに、
そこで初めて「HSP」や「エンパス」という言葉を知ったんです。

「私、これだったんだ……」

その瞬間、涙が止まりませんでした。

“何も私の感じ方が悪いわけじゃなかったんだ”と、
心の底から安堵して、肩の力がふっと抜けていきました。

でも同時に、静かに新しい問いが生まれました。
「じゃあ、私はどう生きていけばいいんだろう?」

私も、働き方や生き方をもう一度しっかり考えたい。
もし可能なら、今とは違う風に生きていきたい。

そんな気持ちが、心の奥からゆっくりと芽を出し始めました。
これまでたどってきた道の先が、ぼんやりと分岐していくような感覚でした。

「本当はどう生きたかったんだろう?」 自分への問いが始まる

これまでは、
「他のみんながそうしているから」
「大体そうなるのが普通だから」
という理由で、大事な選択をしてきました。

誰にも言われていないのに、誰かに期待されているような気がして、
その“誰か”の声に応えることばかりを考えていた気がします。

じゃあ、自分の声は?
今まで一度でも、ちゃんと聞いたことがあっただろうか。

でも、急に自分の声を聞こうとしても、なかなかうまくいかない。
長いあいだ重たい蓋をしてきたのだから、当たり前のことかもしれません。

それでも私は、少しでも“違う生き方”を知りたくて、
ネット検索をしたり、SNSを覗いたり、本を読みあさったりしました。
そうして出会ったのが「フリーランス」という働き方でした。

“自分で仕事を選び、自分のペースで働く人たちがいるんだ”

その存在を知ったとき、胸の奥が熱くなりました。
初めて「自由」に心が反応した気がしたんです。

でも、一方で、本当はずっと気づいていていました。
誰かの期待を生きることに、もう疲れていた自分。

自己投資550万円 自分探しの迷走

「まずは今の職場を続けながら、副業として何か始めて、軌道に乗ったら公務員を辞めて、フリーランスになろう」

そう考えたのは、きっと自然で堅実な方法でした。
けれど現実は、思っていたよりずっと厳しかった。

今まで組織に守られて働いてきた自分が、
丸腰で“自由”の中に放り出されたとき、途方に暮れました。

「私に何のスキルがある?」
「これから何を学べばいい?」
「フリーランスで何をする?」
「せっかく公務員という安定した仕事をしているのにもったいないんじゃない?」
「辞めるなんて、逃げることなんじゃないか?」

そんな不安を埋めるように、デザイン講座、自己啓発、スピリチュアル……
気づけば、自己投資額は550万円。

でも、振り返ればそれは“迷い”ではなく、“探していた時間”でもありました。

それだけ自分を探していた。

心の居場所を見つけたかっただけなんです。

少しずつスキルは増えていきましたが、
どうやって案件を取ればいいのか、どう収益に変えていけばいいのか、

その道筋が見えないまま、「公務員を辞めてフリーランス」という夢は、遠く霞んでいきました。

限界と解放 「もう終わった」と泣いた日

「早く辞めなきゃいけないのに、全然進めない」
焦りだけが日々積もっていきました。

特に期限なんてないのに、自分で勝手にゴールを決めて、自分を追い込んでいたんです。

職場では相変わらず心と体がバラバラで、
家に帰れば、“どうすればフリーランスになれるか”を調べ続ける日々。

気づけば、「自分の声を聞こう」と決めたはずなのに、
また自分の心の声に蓋をしていました。

そんなある日、仕事を終えて帰宅し、
いつものようにお皿を洗っていたとき、突然、涙があふれ出しました。
止まらない涙。苦しくて、呼吸もうまくできない。

翌日も出勤しましたが、職場でもまた涙がこぼれてきて、
友人に勧められて心療内科を受診しました。
診断は「社会不安障害」と「適応障害」。

ショックでした。
“もう終わった”と思いました。
まるで、人生に強制終了がかかったような気持ち。

でも同時に、
不思議と「あぁ、やっと終われる」と、ほっとした自分もいました。

「辞める」という選択が、“逃げ”ではなく、“生きるため”。
そう思えた瞬間、胸の奥に、かすかな光がともりました。

あの日、初めて『生きる』という言葉の意味を、自分の感情で知った気がしました。

感謝ノートとの出会い “頑張らない”自分を取り戻す時間

退職後、急にやってきた「何もすることのない毎日」。

しばらくは、その“何もない”ことに新鮮な刺激を感じ、自由を楽しんでいました。
けれど、それも長くは続きませんでした。

何もしていないと、不安になる日々が続く毎日。
頑張らないことが、どこか怖かったのです。

辞めたあと、どうやって生きていくか。

まだ何も決めきれないまま、
「これからどう生きていけばいいんだろう」と迷い始めてしまいました。

そんなとき、偶然出会ったのが、とあるコミュニティ内の「感謝ノート部」。

そこでは「感謝を感じることを10個書いて、みんなでシェアしよう」というシンプルな活動が行われていました。

以前からスピリチュアルや自己啓発に触れていた私は、「感謝するといいらしい」という話をどこかで知ってはいたものの、
当時の私にはそれが少し“偽善的”に思えて、素直に受け入れられませんでした。

最初は、意味があるのかもわからないまま、ただ形だけ続けていました。
「感謝」という言葉に実感を持てなかったのです。

それでも、続けていくうちに、
心のどこかが、少しずつやわらかくなっていくのを感じました。

当たり前のようにそばにいる人、
当たり前に使っている物。
そんな日常のひとつひとつに、
「ありがたい」と思える瞬間が増えていったのです。

そしてある日、自分が書いた感謝の言葉を声に出して読み上げていたとき、
気づいたら涙があふれていました。

私はずっと、「頑張らなきゃ」をやめるのが怖かった。

でも、その瞬間、
“頑張らなくても生きていい”と、
心の奥で誰かに許されたような気がしたのです。

やがて他の人のシェアを聞いているだけで、胸が熱くなり、涙がこぼれるようになりました。

「こんなにも世界って、優しいんだ」
「健康で暮らせているだけで、もう十分なんだ」
「心の在り方こそが、すべてなんだ」

そう感じたとき、
世界の景色がふわっとまぁるく、
やさしい光で包まれるように見えました。

感謝の本当の意味に気づいた日

感謝とは、誰かに何かをしてもらったときに「ありがとう」と言うことだけではなかった。

それは、今この時を感じながら生きること。
心を込めて、今この瞬間に全力を傾けること。
日々の暮らしを大切にし、自分が“すでに持っているもの”に目を向けること。

そういうことだったんだと、心の底から理解したとき、
胸の奥がじんわりと温かくなりました。

感謝ノートは、私にとって「前向きになるための努力」ではなく、
「自分を責めないための時間」でした。

感謝とは、“足りない自分”を埋めることではなく、
“すでにある幸せ”に気づくこと。

そうやって少しずつ、
「今のままの私でも十分」と思えるようになっていきました。

“自分を責めない”という生き方に出会って

今、在宅フリーランスとして働きながら感じているのは、
「自由」と「安心」という二つの言葉です。

もちろん、公務員のような安定はありません。
ときには不安になることもあります。

それでも不思議なことに、
“安定していたはず”のあの頃よりも、今の方が心が穏やかで整っている。

誰かに評価されるためではなく、
自分の心が喜ぶ生き方を選ぶこと。

「自分で選ぶ」ということが、
こんなにも大切だったのかと今ならわかります。

あのとき苦しかった自分が、
ちゃんと今の私をここまで導いてくれた。

そして、なぜあの頃、心の中で
「スウェーデン! スウェーデン!」と何度も響いていたのかも、
ようやく理解できました。

あれは、「本当の自分」に戻りたかったサイン。
私を“私”へと導くための、静かな呼び声だったのです。

感謝がライフワークになった今

最初はうさんくさいと思っていた感謝ノート。
それが今では、私のライフワークになりました。

日常のあちこちに「ありがたさ」を見つけることが、
とても嬉しく、楽しくて。

感謝できるものを見つけるたびに、
自分の内面が本当に変化していくのを感じます。

その体感を通して、
私は自分にもっと優しく、柔らかく接することができるようになりました。

あの頃、涙の中で願った「自由に生きたい」が、
今の私の現実になっています。

“生き方は、いつからでも変えられる”

今の私は、あの頃の私と同じように悩み苦しむ人に伝えたい。

「もう、自分を責めなくていい」
「あなたは、あなたのままで生きていい」

「こうしなきゃ」「頑張らなきゃ」「もっと強くならなきゃ」ではなく、
「これでいい」「これがいい」と言える毎日へ。

HSPであっても、繊細であっても、
そのままの自分を受け入れながら、
いきいきと過ごせる場所で、
やさしく生きていけたらいい。

毎日をなんとか生きているだけで、
それだけで、もう十分に尊くて素晴らしい。

自分の人生は、自分のもの。
当たり前のことかもしれないけれど、
それを実感しながら、
しっかりと地に足をつけて生きていきたい。

生き方は、いつからでも変えられる。

これからは、その想いを込めて。
HSPや繊細さんに向けた「心を整える発信」を、
丁寧に続けていきたいと思っています。


【ももあの記事MAP】

・講座に565万円払って気づいた“学びの落とし穴”と“本当の喜び”

・【HSP・繊細さんのために】落ち込み体質だった私が、“3分の感謝ノート”で不安や心配ごとから解放された心のリセット習慣

・「お前にはできない」と言われた日。私が学んだ“言葉の力”

・「大丈夫」のたった一言が、心の景色を変えるとき

ぜひ読んでみていただけると、うれしいです^^
ももあ

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集