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【梅園魚品図正】(37) 伊佐木(いさき)/石鮅魚(はらあか)

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『梅園魚品図正 巻1

伊佐木イサキ

『巻懐食競』曰 伊佐木イサキ
『産物志』『食物本草』 鷄魚イサキ

甲午五月端午 真寫
海産


石鮅魚ハラアカ

『本草』出 石鮅魚 ハラアカ アカハヱ
 イワナ  江戸方言
 アカムツ 川ムツ 京
 ムツ   彦根
 ヲイカハ 京都方言
 アサヂ
 アカハヱ 筑紫方言
 山ブチハヱ クキ 上州
 ハヤ   信州千曲川

※ 「上州」は、上野国こうずけのくに
※ 「信州」は、信濃国しなののくに

甲午五月廿四日 於戸田川猟 真寫
川魚類

『和名鈔』 鰚魚 ハラカ
本朝式 用 腹赤 二字  

『廣益俗説弁』曰
天智天皇西国の御修行あり。筑後国江崎小佐嶋と云所を通らせける時、勞に望玉ひしに、供御する人なかりしに、綱引海人あまに魚をなされて、御勞を休ませ玉へり。魚の名を問ふに、はらあかと奏しける。其後、御即位後、年毎に貢奉る贄の始也。或日、肥後国宇土長濱より腹赤を献ず。

『肥後風土記』
玉名郡長の濱、昔者 大足彦天皇たらしひこのすべらき、景行天皇、でう  球磨くま(肥後国球磨に住す熊埜彦の事也)『日本記』噌唹そを  (大隅国噌唹郡に住る者也) 還駕の時 泊 ラセ 御 ● 於濱  御舟の左右遊く魚多し。●人、吉備国朝勝見あさかつみ 釣釣つりばりを之多有  うる則天皇に献ず。勅曰、所 献の魚比 何魚たるや。朝勝見奏申、未 ダ  其名    のみ   へて 御覧  俗  見  多物 。即日 □倍ニヱ佐□サニ 今 所  献 魚甚多有り。可  □倍ニヱ  云々。

環曰く、□倍ニヱにえに供する品種魚の名にあらず。□倍佐□、則赤腹也。



筆者注 『梅園魚品図正』は、江戸時代後期の博物家、毛利梅園による魚図鑑です。説明文書は漢文体が中心でのためパソコンで表示できない漢字が多く、漢文の返り点と送りがあります。読みやすさを考え、パソコンで表示できない漢字は □ とし、名称の場合はできるだけ [■は〇+〇] の形で示すようにしました。

また、漢文の返り点と送りはカタカナと漢数字、振り仮名と送り仮名はひらがなで記載しています。
この作品に引用されている文献については、こちらの note を参照してください。 → 【梅園魚品図正】文献まとめ

● は解読できなかった文字を意味しています。新しく解読できた文字や誤字・誤読に気づいたときは適宜更新します。詳しくは「自己紹介/免責事項」をお読みください。📖