【職人図鑑】彩画職人部類(26)針(はり)

針
説文ニ 以 鍼ヲ ■フ 衣ヲ 曰 縫ト (■は糸+共)
所 ■ノ 其縫ヲ 者ヲ 曰 鍼ト (■はム+人)
俗 作ル 針ニ 也
※ 「鍼ヲ ■フ」の■は、『倭漢三才圖會』では「紩」という漢字があてられています。参考:『倭漢三才圖會 上卷(縫鍼)』(国立国会図書館デジタルコレクション)
※ 参考:『南無観世音 : 金竜山縁起正伝』という本に 「縫者説文に以鍼縫衣(はりをもつてころもをぬふ)、又、綵糸を以て衣の紋をなす」という記述が見えます。『南無観世音:金竜山縁起正伝』『浅草観世音:金竜山御縁起正伝』(国立国会図書館デジタルコレクション)

又、本朝、應神天皇十四年の春、百済國よりふたりの婦人を貢とす。
其工みたる事、真妙也。是縫ものゝはじめなり。
其製する所は、京都姉が小路「翠簾屋」をもつて世に鳴る
五十本を以て一匹といふ。
※ 「應神天皇十四年の春」は、『日本書紀』の巻三十七「応神天皇紀」に記されています。参考:『日本書紀通釈 : 70巻 第3』(国立国会図書館デジタルコレクション)

『帝王世紀』云、大昊 制スト云 九針ヲ
則、縫針モ 亦タ 始ル 干比ヨリ
※ 「帝王世紀」は、西晋の皇甫謐が編纂した歴史書。
※ 「大昊」は、太昊。
縫針(縫鍼)について

『倭漢三才圖會 上卷』
九針について

縫針のはじめ
縫針のはじめはいづれなるやしらねども、衣裳の製しよりあるなり。
昔、支那の太昊伏義氏と申す帝が始めて九針をつくると云ふ。又、『禮記』と云ふ書物に針を紐つけてぬはんとあるなり。
わが朝にては、神代大己貴命(今の大國神なり)を大陶祇命の女に活玉依姫と云ふがありて、之に通ひ給ふ時、其の父母の見み》あらはさんとて、|績麻を線に作り、針鉤を以て神人の裳にかけて、翌日糸のまに/\を尋ねもとめしに、錀穴より越え、茅渟山を經、三諸山にとゞまるとあれば、神代までに針、又は、績麻ありしならん。苧績むことは、古は女の手わざのひとつなり。
今、女子はかゝるわざするもの少きも、古の辛苦を偲ぶため、参考にとてこゝに記しおきぬ。
『大日本人名辞書 訂補5版(大陶祇神)』『事物原始一千題(鍼治)』『実業宝典(医書)』『簡明鍼灸医学 : 一名系統的鍼灸試験問題詳解 訂補7版』
「五十本を以て一匹といふ」について
匹は針を数える単位で、明治時代の『裁縫科講演集』に次のように記されています。
京師、江州の大津、摂津の大阪、多く針を作る。五十本を以て一匹となすと。今の一匹は二十五本であるが、此当時は五十本であつたと云ふ
よかったら過去noteも参照してみてくださいね。👀
→ 『女大学宝箱』ぬひ針(池の川の針屋・三条河原町みすや)
→ 『画本宝能縷(かゐこやしなひ草)』
筆者注 ●は解読できなかった文字、□はパソコンで表示できない漢字を意味しています。新しく解読できた文字や誤字・誤読に気づいたときは適宜更新します。詳しくは「自己紹介/免責事項」をお読みください。📖
