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JOCV訓練生が開発援助を考える②

Hallo!(アフリカーンス語🇿🇦🇳🇦・ドイツ語🇩🇪のHello)
JOCV派遣前訓練中のMollyです。

昨日、遂に語学最終試験を終え、無事合格することが出来ました。
どこでいつ会っても英語で話してくれるクラスメイト達と、素晴らしい先生に恵まれ、心から感謝です。



さて本日は、前回の #2 JOCV訓練生が開発援助を考える① に引き続き、開発援助についての超個人的な考えを纏めていきます。
(前回の記事はこちら↓)

先月、JOCVとしての私の職種「コミュニティ開発」の研修にて、とても深く大事な気づきがあったので、それを基に書いてみることとします🌱


◯開発援助の勘違い「あるある」


「開発は誰のためのものか」の議論の延長線上で考えると、我々(主に私のような、先進国 とりわけ日本で"恵まれた"環境で育ち、高等教育まで当たり前のように進めた、そんな人たちを指しています。)が「こうした方がいいだろう」「私は彼らのためにこんなことが出来る」、「経済的に恵まれない環境にある人たちは、彼らの環境を変えたいはずだからその手伝いをするんだ」、と考えることは、非常に危険だと、個人的には考えます。

「こうした方がいい」は既に、我々の視点での「いい」「目指すべき」状態の話にしかなりません。現地の方々がうまく回している現状の日常を、はなから否定して入ることになりかねません。

「彼らのためにこれが出来る」と言えるほど、よく勉強をして、手元にwhat I can doカードを複数揃えることは素晴らしいことです。(頭が決して良くはない私は、こういったカード、全く手元にありません💦)
しかしそれは、どんなに優れた人であっても、what I can do → what I want to doにすり替えられがちです。そしてそれは非常に多くの場合、現地の本来のニーズとは合致しません。それで現地の課題の根本の解決に至るのかは、甚だ疑問です。

「彼らは自身の環境を変えたいはず」、そんな人ばかりではありません。そりゃあ人間ですから、お金はもっと欲しいし💸 余裕ももっと欲しいし、あれもこれも欲しい、と考えることは当然なのでしょう。

しかし、「彼らは自身の環境を変えたいはず」という認識は、こちら側の「彼らの生活を変えてあげなければ」「あの厳しい状況から助けてあげなければ」という、やはり一方的な援助の構図しか生み出せないでしょう。
私の個人的な経験ですが、JOCVに限らず 開発援助に関心のある人たちから、こういった声を聴く機会が 非常に多くあります。(誠に僭越ながら、ちょっと心配になります…)



◯JOCVに何が出来る?


上記のように考えるようになってようやく、JOCVの先輩方が、(特にコミュニティ開発においては)「現地に行って何をしよう、とは考えるな」「2年間で何か結果を残さなければとは思うな」と仰っていた理由が、よく分かるようになりました。

これまで私は、JOCVの合格をいただいてから1年強、
「自身に何が出来るか、何をするべきなのか」「何か現地で実践したことを結果として表せるようにならないと、今後CVのJOCV欄に書くことが無くなってしまう」、といった焦燥感に駆られていました。
しかし、ここに来てようやく、そもそもコミュニティ開発は特に、要請内容と現地での業務が完全一致することが非常に少ないと聞くし、自身が手持ちのカードをひたすら増やしていったって、それらは =現地のニーズではない、ということを理解するに至りました。
JOCVの訓練所に来てからは、改めて自分に何が出来るわけでもない、ということを改めて認知し、その上で、現地に行ってからこれでもかと言うほど学び、トライ&エラーを繰り返すのだから、「これでいいんだ」と思うようになりました。渡航前に気付けて良かったです。。


私は医療従事者でも、教員でも、機械のスペシャリストでも、ビジネスの専門家でもありません。
私が真に現地の方々のためにデリバー出来ることって、あるのでしょうか。


これまで、日本のODAや国際開発金融機関に関わってきて、
複数のNGOやNPOでのインターンで経験をさせていただき、
(何故か入学でき、どうにか卒業できた)開発学世界一位の大学での修士号取得を経ても、
いかに自分が無力で、無知で、何が出来るわけでもないかを私は忘れないようにしています。
"無知の知"の概念のもと、より多くを学ぼう頑張ろう吸収しよう、と考えてきたつもりです。

手持ちのwhat I can doカードを振りかざして現地のコミュニティに飛び込んでいくのではなく(というか私にカードはありません笑)、
とにかく自分の目で現地の根本課題を把握し、十分なコミュニケーションの中でニーズを見出していければ、と考えています。

これが綺麗事で終わらぬよう、毎日何かしら、どこかしらに向かって、一歩一歩確実に進んでいけるようがんばります。


こう考えると、JOCVの先輩方、すごいなぁ。
大尊敬です。私もがんばります。


なお、我々が思う"幸せ像"と、他の地域・国・人のそれに、どのような違いがあるのかも、長い時間を掛けてよく考えてみたいです。
院生時代、開発の測り方をスーパーバイザーと悩んでいて、経済的指標のみならずwell-beingの視点も含まれるべきであろうが、どうやって幸せを測るのか…と頭を抱えていたことを思い出します…🤯



◯ひとつの幸福論


最後に、"幸福"の路線とはいえ やや脱線しますが、
先日、訓練所に定期的にいらしている元UNV・JOCVの方から
伴正一さんの著書『ボランティア・スピリット』にある"ひとつの幸福論"について共有いただきました。
そこには、以下のような記述があります。


「確かに富を築き生活水準を上げて行く過程も幸福には違いないが、物質的な幸福には、何時かの段階で、それ以上自分を豊かにしようとすると、どこかで他人を搾取しなくてはならなくなる時期が来る。
人間成長の楽しみにはそのような行き詰りはない。
何時までも追って行くことのできる爽快さ、幸福である。
それどころか、人間は成長すればする程、その育った力で他人のためになることが多くできる。それが爽快さをさらに倍加する。
小我から大我の世界を目ざすことである。」
(伴正一、『ボランティア・スピリット』、講談社、1978)


院生時代、「開発援助なんてただの自己犠牲じゃないか。お前の本当の幸せは何なんだ」と問われた際、どれだけ考えても結局、"開発援助のキャリアで生きること"が自身の幸せであるという答えにしか辿り着かなかったけれども、

常に学びの姿勢で、JOCVなどの実地経験や机上での学びを掛け合わせ、
一つの方向に向かって走り続けて、学び続け吸収し、経験を重ね、
成長できたらば、それがいつか他人のためになる。
これ以上幸せなことがあるでしょうか。


そう考えると改めて、こうした生き方をしたいと思っている自分は、既に幸せ者だなぁと再認識できます。
有難いことです👵🏻


まぁ私の学びや姿勢が 他人のためになる日は まだまだ先でしょうが、
長い目で見て、色々と積み重ねていけたら素敵だなぁと思います。
今経験しているJOCV派遣前訓練も、きっといつか、
今後の自身のキャリアにとって大事なステップになるでしょう。

訓練終了まで、残すところ5日となりました。
73日間 生活を共にした、バックグラウンドも年齢も様々な仲間たちは、世界に散り散りになっていきます。

今次2025年2次隊のJOCV候補生(二本松訓練所だけで約120名)が、
それぞれの分野で、でも共通した 国際協力・開発協力の世界で、
それぞれの経験や知識が、いつか どこかで 誰かのためになる未来。
物凄く壮大なことですが、想像するだけで胸が熱くなります。
自分もその一波になれるかな。みんな、がんばりましょうね。


天皇皇后両陛下は一昨日、JOCV 60周年記念式典にいらしてくださいました。国をあげて応援くださっているこの事業に参画できることを、改めて嬉しく、そして ちょこっと誇らしく思います。



長くなってしまいましたが、お読みいただきありがとうございました。
それではまたの機会に。Tschüss!🇩🇪




写真:地球の歩き方
https://www.arukikata.co.jp/webmagazine/274358/


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