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帝国の歴史に想いを馳せるボスポラス海峡クルーズ〜トルコ紀行(13)

クルーズ船は上階が「吹きさらし」なので迷わず下の階を選びます。左側窓際があれこれ見やすい、という前情報でしたが当然ものすごい競争率(みんな駆け込んでいく・・・苦笑)なのでちょっと内側の席に座ります。寒すぎて外に出られず、ほとんどが船内からの写真なので青っぽいのはご容赦・・・

ボスポラス海峡はマルマラ海に流れ込む黒海の支流であると言えます。長さ31.7km、最も狭い地点の幅660m、最も幅の広い地点で4.7km、平均水深は70mです。海峡の表面を黒海からマルマラ海に流れる海流と、もう少し深い所を、逆にマルマラ海から黒海に向かってより穏やかに流れる塩分濃度の高い海流と、流れは複雑です。
マルマラ海からエーゲ海に抜けるには、トルコにあるもう一つの境界線、ダーダネルス海峡を通らなければなりません。ボスポラス海峡とダーダネルス海峡は交通の要衝として、世界史を語る上では欠かせない存在です。たとえば、ロシアは黒海から地中海に進出するために、両海峡の航行権を巡って当時のオスマン帝国との間で激しく争ったという歴史があります。

Turkish Air&Travel, イスタンブール、ボスポラス海峡より
今回のクルーズの見どころ一覧。
まずは金角湾のアタテュルク橋。
ガラタ塔と新市街。
お、あのスタジアムがみえてきた、ってことは右手にあるのがドルマバフチェ宮殿ですね、先日雨の中行ってきた・・・
ドルマバフチェ宮殿の海側の「正面の顔」は船からしか見えません、当たり前ですが。
ボスポラス橋が見えてきました。左側の橋のたもとにはオルタキョイ・モスクが。
ボスポラス橋も日本政府と日本の企業の協力でかかった橋だそうです。
オルタキョイ モスク。
手前の赤いモスク(ミナレットがあるからね)はDefterdar Ibrahim Pasha Mosque。周りにやたらと国旗があがってるけれど。。。なんだろう?
沿岸警備隊の船。ものすごく大きい〜!
ボスポラス海峡にちかいところは「富裕層住宅街」なんだそう。
エジプトの領事館なんだって。
ルメリ・ヒサル要塞。かなりの部分が補修工事中なり(オフシーズンですから・・・)メフメト2世が東ローマ帝国の首都コンスタンティノープルを攻略中の1452年に、わずか4か月ほどの短期間で造営し、攻略の拠点となった場所。これを4ヵ月で、って、どんだけ力を持ったスルタンだったのか。
要塞はすごい大きさで、なんとなくみんなぼーーーーっとみてますね。
このクルーズはファーティフ・スルタン・メフメット橋あたりでUターンです。この更に奥にいくクルーズは一周6時間とかかかるらしいですが、風光明媚な場所だということで。。。でも6時間は、長すぎかなぁ。
「アナトリアの砦」を意味するアナドル・ヒサル要塞。ルメリヒサルを造らせたスルタン・メフメット2世の曽祖父ベヤズィッド1世がコンスタンティノープルを攻略するため、また外国船を監査するために1395年に建造されたそうですが、修復されていないので城壁が残っているのみなのだとか。
キュチュックス離宮。こぢんまりしているように見えるけれど、ボスポラスの真珠ともうたわれる美しいお城なんだそう。
狩猟のために使われることが多かったらしい。
Edip Efendi Yalisiエディブ・エフェンディ邸。カンディリ岬に位置する歴史的な邸宅で19世紀初頭に建てられたそう。ボスポラス海峡建築様式の邸宅は昔博物館だったようですが、今は一般公開していません。
Mahmud Nedim Paşa Mansion、マフムド・ネディム・パシャ(トルコ語: Mahmud Nedim Paşa)は、グルジア出身のオスマン帝国保守派の政治家で、スルタン・アブドゥル・アジズの時代1871年から1872年と1875年から1876年の間、オスマン帝国の大宰相を務めたひと。
こちらはクレリ軍高等学校。オスマン帝国時代から神学校、病院、学校など変わりながら、1923年より軍高等学校として運営されたそう。
ユスキュダルのあたりに戻ってきました。
ベイレルベイ宮殿、やっぱり工事中 笑
電波塔まで見渡せます。
有名な乙女の塔。ライトアップ時が綺麗みたい。
もどってきました、エミニョニュのフェリー埠頭。

ここでも街猫に遊ぼう、と言われるムスメ。いやぁ可愛かったんだけど、ごめんねぇ・・・

ごめんねえ、猫ちゃん。ほんと、人懐っこい猫たちに癒されます。

それにしても聞いていた以上にトルコの長い歴史、民族のうごき、戦いや有力者たちの影響・・・などなどが溢れている海峡クルーズでした。予習してた歴史に、船内の短い解説を合わせての理解、だけどね。

ところで(多分後述しますが)イスタンブールではこの日(2025年3月19日)たいへんな騒ぎがありました。イスタンブールの市長や沢山の官職・要人が汚職容疑で逮捕されたという・・・でもトルコ語のテレビとか見ても分からない私達は夜中に英語のニュースで知るわけです。さて、これはどういう話なのかなぁ?と家族で話しながらそのまま終わりましたが・・・
あとで理解したのは、何百年と続いたスルタンの行政・イスラム教のルールというところからこの国は自らが選んで民主化しようと頑張って、それはまだ途上なんだな、ということ・・・

世界というのは良い悪いだけじゃ表せない。
世の中で起きていることを自分の持っているモノサシだけで測ろうなんて、傲慢というもの。

思いがけずトルコの歴史的な日にイスタンブールにいたとは。ちょっと今思いだしても複雑な気分になります。


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たなかともこ@ツレヅレビト サポート戴けるのはすっごくうれしいです。自分の「書くこと」を磨く励みにします。また、私からも他の素敵な作品へのサポートとして還元させてまいります。

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