"テレビ局だ!" ファーストガンダム半スピンオフ作戦『テムよ…』 SCENE 15
カムランの宇宙艇のリードで、再び宇宙へ出るホワイトベース。
思えばカムラン、最初のカイも似たようなものだったと思います。サイド7からホワイトベースに乗り込んだ人間に、カムランのようなキャラ設定の人がいなかったのはやはり、実際に被害にあったところから逃げてきた、爆撃を目の当たりにして乗り込んできた人たちだというところが大きいでしょう。カムランのいる場所は全くもって平和なのです。そんな中でのここまでやったカムラン、すごいですね。自家用艇ですよ。パトロール艇でもない。スレッガーの言う通り、無茶もいいとこです。カムランさん、ここで発揮したその度胸は、きっと今後に活かされますよね。
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またも待ち伏せしていたコンスコン隊と、ホワイトベースは交戦となり、その模様はサイド6でテレビ中継され(これ、サイドの領域越えちゃってると思うんですけど…いくらなんでも無人機ですよね、、しかも複数カメラ、スイッチング有りです)、ジャンク小屋でテム・レイはそれを食い入るように見ます。
最初のどアップのテムさん、まーずいぶんと興奮気味です。
それもそのはず、彼はおそらく、動くガンダムを見ること自体、あれ以来だったはずなんです。しかも、ちゃんとした実戦に出ているのは、おそらく初めて見ている。第1話、適当にバルカン撃ちながら、よたよた歩ってるのしか見てないんです。それが今はどうですか。自分が開発したモビルスーツが、たった今目の前で、大活躍している。しかも、おそらく予想MAXで、ちゃんと活躍できているんです。普通に考えて、こんな状況で興奮しない人なんていません。
「…ええいホワイトベースはいい!ガンダムを映せガンダムの戦いぶりを!そうそうだそう、えーいアムロめ何をやっておるか…」
ホワイトベースよりもガンダムだってなってるから、多分ホワイトベースの開発には、さほど関わってないんでしょうね。ガンダムその他をどう収容するかとか、そういう調整は必要だったとは思いますけど。だいたいガンダム、ガンキャノン、ガンダンクって、それぞれ全然フォルム違うし、ガンタンクには多分カタパルト必要ない。コアファイター含め、これらを一括で同じ出口から出撃できるようにしてるんだから、両方のすり合わせはそうとう綿密だったと思います。
さて、さっきのテムさんのセリフの「何をやっておるか」ですが、この直前のガンダムとアムロのシーンは、ドム一基撃墜した後、複数のドムに囲まれて、それでも感覚の研ぎ澄まされたコクピットのアムロには、敵の「動きが見える」ってなってて。表から見ると、囲んだドム数基の動きに対して敵の出方を窺ってじっとしているだけ。いやーセリフの付け方がうまい!テムさん、すごく冷静にテレビを見て感想を述べてます。適当にしゃべってるわけじゃない。第1話での、「なんて攻撃の仕方だ」に似ています。ドム一基撃墜の様子はガンダムの性能として見れても、静止して相手を窺ってるのはアムロの感覚でガンダムは関係ない。だからテムさんにとっては何やってんだって思う。いあー、セリフのつけ方激うまです。
そして部屋、暗いですね。電気ぐらい付ければいいのに。テレビついてるんだから電気付けられないはずないんです。そして、部屋はなかなかに小ざっぱりしています。もしアムロが来た時と同じ部屋だとしたら、アムロが座った椅子とか机とか片付けられていて、奥にベッドが見える。転がり落としてた鉛筆とか本とかも散乱したままにはなってない感じで、机の上も整然としています。本棚もスカスカではなく、おそらく散らばってた本が戻されてる。これら全部、自分でやったのか?この部屋の隣にはもう一つ別の部屋はありますが、(前日、アムロが入っていくときに建物の全景が映るので確認できる。)かと言って住み込みに2部屋も貸すか?タダ同然で?ってことはあとは、やっぱりテムさんは治療中の身で、治療スタッフ(または監視スタッフ)が、診察と掃除、片付けに来ている、とか。テム先生、ちゃんと寝ないとだめですよ。
だいたい着ている服がねぇ、前の日と変わってないんですよ。シャツも。色が同じだけで違うの着てるって可能性もありますけど。まぁアムロも、夢中になると食べるの忘れるとかフラウにクサいって言われたりしてましたから(これはハヤトもでした。)、似たようなものかとも思います。テレビ見てる時は、シャツの色は少し違って見えますけど、暗い中、テレビの明かりだけだからこの色に見えるのかな、くらいの違いしかなくて。着るものに頓着しないのは、研究者っぽいと言えばそうなのかもしれない…。でもこれも、漫画なのでいちいち服変えてキャラ設定がぶれちゃうのを防いだだけかもしれないので、あまり深堀りしない方がいいかな(*)。と思って第13話の回想シーンをもう一回見てみたら、やっぱり!同じ服でした。え!じゃあこの服、もしかしてサイド7から持ってきてたのか??さすがに宇宙服の下は着てないですよね!だとしたら、この辺も治療スタッフの方に管理してもらえてたらいいな。お気に入りの服なんでしょうね。テム先生、ちゃんとお着換え、してくださいね。
* ちなみにアムロのお母さんも全シーン同じ服装でした(回想シーンも含みます)。
ここで、同じくテレビを見ているシャアとララァが挿入され、やっぱり父さん、影薄くされちゃいます。でもこれでいいんです。彼はもう戦いとは関係のない場所にいる。ある意味、幸せなのかもしれません。そして、白いモビルスーツが勝ちます。ねぇ、大佐。
「そうだそれでいいのだアムロ、あの新しいメカのおかげだ、ガンダムは使えるぞ、あっはっはっは!地球連邦万歳だ!」
薄暗い部屋の中、陽気に声を上げ、万歳するこのシーンで彼の出番はおしまいです。
映画の印象より、だいぶ短い終わり方です。(階段から落ちたりもしません。)
気がふれた、というよりは、能天気にテレビを見終えてすっきりしてる感じです。何といっても、自分が開発したモビルスーツが勝利を収める様子を、初めて間近で見たのです。それも、軍とは関係のない立場で。これがホワイトベースの中だったり、軍の基地の中で技術士官として、大尉として見ていたら、もう少し戦況全体とかも気にしないとでしょうけど。とにかく、ガンダムが本当に使えるものだったと、初めて実感できた瞬間だった可能性が高い。一人の研究者として、誰もいないこの空間だったら、どんな人でも小躍りくらいはしたくなったっておかしくないと思います。アムロが危険な目に合ってると言えばそうなんですけど。自分もシャアに尾行されてたり、爆発で宇宙を流されたり、生死をさまよう体験をしてきています。このあたりの感覚は少々バグってても仕方ないと思ってしまいます。彼だって戦争被害者なのです。あの日、ザクが来なければ、自分はこんな目に合わなくて済んだ。アムロだってガンダムを操縦するなんて真似してなくてもよかっただろう。そのジオンに対するむしゃくしゃを、自分が開発したガンダムが、自分の目の前で一掃してくれたわけです。しかも、あの回路込みで(違うけど)。
こんなに嬉しいことはない。
わかってくれるよね。
この戦争が終わったら、地球に一度行こう。な、アムロ。
。。。。
映画で階段から落ちて絶命したと見せる措置が取られたのは、この後もまだ世間でガンダム熱が続きそうな気配がしたから、だと思っています。もしももしも、続編を作りましょうみたいなことになっちゃったら。(実際ホントに作られます。)そうなったときのことを考えて、テムさんにはこの物語から退出しておいてもらおうと。
テム氏は悲しい運命を辿ると分かっている前提の映画ではありましたが、ここで死ぬことにされちゃうのを前置き無くいきなり劇場で目の当たりにした自分には、けっこう衝撃でした。何も殺さなくてもいいじゃん。でも時間が経つにつれ、テムとアムロをここで完全に切り離すことで、アムロではなく『ニュータイプ』のお話として続編を作っていくことはできたんだなあと感じます。『めぐりあい宇宙』の中だけで見たら、彼が死ななきゃいけない理由があったかと言えば、全くもってそう思えません。ドラマチックにしたかった、そうしないと、彼が出てきた意味さえ薄くなってしまう、という見方もあるかもですが、これはもう、次への伏線のため、でもあると考えるのがよいと思います。
。。。。
コンスコン隊を退けたホワイトベース。ガンダムコクピットのアムロが後方のコロニーを振り返り、「サイド…6…、」とつぶやきながら涙するシーンでこの回は終わります。ララァとの出会いやシャアと遭遇するなどいろいろあったこのサイドですが、一番に浮かんだのはやはり、父のこと、でした。
アムロにとっては、牽引車を探しにどこかへいってしまいそれっきりだった父です。なんで今ここにいるのか、知りたかったはずです。
または、酸素欠乏症に気付いたとき、もしかしてあのザクの爆破のときに…と、気づいてしまったかもしれません。(ただ、サイド7への爆撃はあのあとも続きました。)
片やテムはどうかと言えば、脳疾患で記憶が飛んでいるまま、が濃厚ですが、もし記憶があるとしても、息子がガンダムに乗ってるってなったら、自分から息子にあのときのことを言うとは思えません。「知らんならそれでけっこう」と思いながらの一連の会話だったかもしれません。茶番な部分があったとしても分かる気がします。
あのときの事実を見事に封印したままこの回を終わらせているのも、美しくも切ない展開です。
ここから10話もしないで、テレビシリーズは終わってしまいます。急に早いなーという感じは確かにあります。
急と言えばワードとしてのニュータイプですが、TV版では、実はまだ出てきません。
この日の再びのコンスコン隊との対戦のとき、ブライトさんが「今日のアムロは勘が冴えている…」と言うのですが、まだニュータイプというワードが出てこないということでもあります。(逆に映画版ではとっくにニュータイプというワードが出ているので、このセリフはカットです。)テレビ中継を見るシャアとララァの会話の中でさえも、まだニュータイプというワードは無い。そのくらい突然、ニュータイプというワードはこの後出現しました。
ただ、ワードとして出てきたのはクライマックスからでも、キーワードが示されたことで、あーあのときのあれもこれも、ニュータイプってことになるのかな、という想像のふくらみにつながり、あーもう一回最初から見たいかも!と思わせるニクイ登場の仕方だったなと思います。ちょっと待ってればDVDボックスが出る、なんて世の中では、まだありません。その後の再放送は、怒涛のニュータイプ論に飲み込まれながら、爆発的な人気を呼ぶことになります。
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