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"宇宙世紀0080からA.D.1980へ" ファーストガンダム半スピンオフ作戦『テムよ…』 SCENE 16 (Last Shooting!)

おそらく打ち切り、短縮にならなかったとしても、『ニュータイプ論』自体は結末を見なかったでしょう。

43話だから未完とも、52話なら完結だったとも思えません。その意味では、この『43話完結』となったことこそ、実はニュータイプの仕業なのかもしれません。映画版にも、新たなエピソードが追加されたりしているわけではありません。『トミノメモ』というものが存在するようですが、43話までがほぼそのままでの続きが9話存在しているわけではないようです。そもそも中盤までも1話完結の回を度々はさんでいました。

お話の設定としても、もともとジオン・ズム・ダイクンがニュータイプを提唱した時点では、戦争なんてなかったはずだし、彼は「宇宙に出よう」とは言ったけど、地球に住み続けるのがいけないことだと言ってたわけじゃないはずです。なんでも良からぬ方へ使いたがる、思考したがる人はいるものです。

アムロとララァの心の交信、いま改めてみると、あれこそがニュータイプの良き未来という感じがします。人は分かり合える、と。

アムロに勝ちたがるシャアのゲルググが、セイラの機体を傷つけかけたとき、アムロはそれを防ぎました。2度目にそれが起こった時、今度はララァがシャアに危険だと知らせました。

シャアはそこで初めてアルテイシアに気付く。一瞬怯むシャア。アムロにとどめを刺させる隙を与えます。ランバ・ラルがアルテイシアに気付き、戦いの中で戦いを忘れたと語ったときと似ています。

また、ララァがアムロを、「シャアを傷つける、いけない人」と表現したことは、過去、イセリナがその最期にアムロを「ガルマ様の仇」と言い放ったのに似ています。時代と境遇に翻弄されて悲しい運命をたどったこの二人の女性の声を、テレビ版で同じ声優さんが演じていることには、大きな意味を感じます。(映画版ではイセリナ役は別の人。)

。。。。

ア・バオア・クーで、アムロとシャアの戦いは最後となります。傷ついた双方の機体は使い物にならなくなり、生身の体で対決し、それぞれの剣先は相打ちのようになりますが、シャアは自分で「ヘルメットがなければ即死だった」と語ります。その場での傷はアムロの方が深そうですが、アルテイシアもいるし、とどめを刺しません。そういう勝ち方はプライドが許さないシャアでもあります。ただ、アムロ君が呼んでいる、とは言えても、自分がアルテイシアにここをこう行けば安全な所へ出られるよとかは教えられない…。この後、あんな場所で撃ったらキシリアとともに自分も終わっても不思議ではないような行為に出たことに、自分の限界を思い知らされてしまった哀愁さえ感じます。

さて、アムロはと言えば、肩を貫通された痛みを抱え、爆発に煽られながら、「ここまでか…」と朦朧と弱音をはいたとき、視界の先、限界の先に、さっき乗り捨てた、半壊状態のガンダムを見つけます。

「まだ助かる…!」

彼がサイド6で変わり果てたテムに会うまで、「ガンダムに本当にもしものことが起こったら、もしかしたら父さんが助けに来てくれるかもしれない」と考えていた幼い思いが、この場面で奇跡を起こします。『アムロに本当にもしものことが起こった時』に、父の作ったモビルスーツが再びそこに現れてくれたのです。

コクピットに座ります。第1話と同じです。

ホワイトベースのみんなのことを案じます。セイラさんのことも。

しかし、意識が定まらず、絶望に暮れながら、ララァのところへ行くのか…、とつぶやいたそのとき、ララァがアムロの心に語りかけます。

このララァは、生きているのでしょうか。アムロの幻想なのでしょうか。分かりません。でも、アムロには、ララァにはいつでも会いに行けるとする意識が生まれます。アムロはセイラさんやホワイトベースの仲間と交信し始め、脱出の手助けをします。これは、心境としては複雑ではありますが、この場所だからできたことのように思えます。13基のドムを仲間と3分で撃破し、オールレンジ攻撃を読み、ララァのビットを打ち砕き、そのララァとの交信もしてきたここで、アムロは今までの能力を最大限に使って、仲間を助けるという行いをします。あの日ララァはアムロのことを、「守るべきものがない」と言っていましたが、そんなことはないのです。「家族やふるさともない」とも言っていますが、それも、あのときの彼には乗り越えるべきものだったから封印していただけです。母は地球にいる、ということに変わりはないし、自分が乗るモビルスーツが親父がつくったものであるということも、変えようのないこと。自分のアムロの見え方にどこか一方的な誤解があると気づいてしまったララァは、ガンダムがシャアにとどめを刺すのを、攻撃ではなく、身を挺して防いでしまった。あんな近距離なら、エルメスの主砲がガンダムに命中していたらひとたまりもないはずです。それをしなかった。…

みんなランチに乗ることができて、脱出成功です。ホワイトベースは沈みます。アムロがいません。

カツ、レツ、キッカが呼びかけてアムロも助かるのですが、アムロは自分が助かるために使う分の能力まで仲間を助けるためにほぼ全て使い切ってしまった。しかし、この3人が補助してくれたおかげで、余力を引き出すことができました。

思えばアムロのやることの見様見真似がうまい3人の子供たちです。ジムの工場で爆弾を外すことができたのも、クワランが仕掛けた爆弾をアムロが外すのを見ていたからでしょう(アムロは器具使ってましたけどね…、)。あのときアムロが外したのは5個でした。3人で15個くらい外してます。バギーで捨てに行くのも一緒でした。今回も、彼らが聞いたアムロ兄ちゃんの声は、アムロとしてはフラウへの呼びかけだったのですが、この3人にも聞こえていた。アムロはそこにこの3人もいると、分かっていたのでしょうか。美しすぎます。

そしてアムロは、コアファイターでア・バオア・クーから飛び出します。絵を見る限り、両翼は先端が破損しています。おそらく爆発の力も借りて飛び出していて、カウントダウンはそのために必要だったと思います。≪こんなこともあろうかと≫ 装備されていたであろう、姿勢制御エンジン程度の推進の仕方です。
思えば父が作ったモビルスーツ3体(ガンダム、ガンタンク、ガンキャノン)にはそれぞれ、変形して飛行するなんていうとんでもなく高性能の脱出機が搭載されていました。ジオンのモビルスーツには一貫して脱出用カプセルなどはありません。(モビルスーツじゃなくても、ハモンさんが乗ってた陸戦艇ギャロップくらいかな。ジオングも微妙なところ。)この辺りが、テム博士特有の優しさなのかなって思います。父さん、ありがとう。

コアファイターを乗り捨て、仲間の待つランチへ体を向かわせるアムロ。彼は自ら、ガンダムと、ホワイトベースを、手放しました。あの日、脱走するにもガンダムを連れて行ったアムロ。もうガンダム無しでも大丈夫なのです。あの日、ドアンに、「戦いのにおいが敵を引き付ける」と言ったアムロ。この日彼は、自分にも染みついていたその匂いから、自分を解放します。

アムロ、強くなったわね。

アムロの物語は、ここで終わりとなっています。

彼がララァと交信して引き出した力には、戦いやモビルスーツは必要ないからです。

アムロの母は、敵の勢力圏に近い場所にいたにも関わらず、ボランティアに参加している人でした。

父は、自分はモビルスーツの開発はしていても、これでこの戦争を終わらせたいと願う科学者でした。

その二人の血を受け継いだ彼が、どのような道を進んだか。

現在も続くガンダムの面白さ、奥深さとは、少し違う観点で、このアムロを見つめていたい、そんな気がしています。

カマリアの所属していたボランティア団体にはもちろん、代表者がいたことでしょう。彼女はあのとき帰ってきたアムロを、そのリーダーにも会わせたいと思っていたかもしれない。

アムロが「僕が作ったんだ」と言っていた『ハロ』は、きっとテムが息子に送ったもの。その穏やかなキャラクターから、息子の「機械好きで有名」な一面を、どう育ててほしいと考えていたかがうかがえます。

戦争が終わった後、アムロの中でもう一度、この2人と自分自身の思いが、手を取り合う世界があるとしたら、そのときこそ、真のアムロの能力が、ニュータイプというワードとは切り離されて発揮されるのではないか。

そして、あの日のアムロの続きが、僕らのまわりにはたくさんいる。

そんな気がするんです。


新しい世代には、新しいガンダムの物語が存在していきます。

最後までご覧いただき、ありがとうございました。

2026.4.2.

『テムよ…』ファーストガンダム半スピンオフ作戦

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