"ブリッジ・コレクション① ~哀・戦士たちへ" ファーストガンダム・半スピンオフ作戦『テムよ…』 SCENE 8
この辺からは(この少し前からですが)、テレビ本放送と映画版で、けっこう違いが出るところです。
今回これを書くにあたって見返して、自分の記憶もやっぱりけっこうごちゃまぜになってます。割愛があるだけではなく、登場するストーリーの順番が違うとか、あのシーンとこのシーンが融合してるとか、セリフの追加、差し替えがあるとかで。
有名どころの、ランバ・ラルの最後の名セリフ、「戦いに敗れるということは、こういうことだ!!」っていうの、これ、テレビシリーズにはありません。(テレビでは「兵士のさだめがどういうものか、よく見ておくんだな」…これだとちょっと意味が違ってきちゃいますね。)
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そして、大きな違いとしてあるのが、『ニュータイプについての言及』です。
例えばマチルダさん2度目の登場、ブライトさんとの対話シーン。修理中のホワイトベース横でマチルダさんがブライトさんに語る内容に、映画版ではもう、"ニュータイプ"というワードが入ってきます。
その後の、レビル将軍がエルラン君(中将)に、なぜホワイトベースにそんなに肩入れするのかと問われる時にも、映画でのレビル将軍からは"ニュータイプ"というワードが出ます。
どちらも、テレビシリーズではここでのニュータイプへの言及はありません。
* ちなみに、マチルダさん初登場でアムロを『エスパーかもしれない』と言うのは、映画もテレビも同じです。
** あとついでに、エルランがスパイって設定、映画にはありません。
つまり、映画では早くから"ニュータイプ"について、見ている側に興味を持たせる作りになっています。
テレビ本放送も初回再放送もあった上での映画公開なので、"ニュータイプ"という『キーワード』が存在することは、観に来る人は分かっている前提の作りです。
この、最初から"ニュータイプ"を軸に映画を進めていく都合上、ホワイトベースクルー全体の成長劇より、アムロ個人の成長をベースにした構成になっていきます。
アムロはニュータイプ(と思われる存在)であり、彼がニュータイプとして如何に覚醒していくか、ということに、早くから物語の重点を置いて、展開していってる感じです。
先の、マチルダさん2度目の登場の時も、ミディア輸送機を助けるためホワイトベースクルーが結束するシーンがあり、カイが乗るガンキャノンの援護で、ハヤトが乗るガンペリーが運んできたガンダムに、アムロがコアファイターから戦闘中の空中換装という離れ業を見せ、心労で倒れてしまったブライトさんの代理として奮闘する不慣れなミライさんに、セイラさんやオスカ、マーカーが、それぞれのキャラとして助言するなどして徐々に安定感が出て、あえて余計な口出しをしない病床のブライトさんを、逆に安心させちゃったりもできるようになっちゃうミライさんで、そんなところへ、マチルダさんが持ってきたガンダムパワーアップメカを、なんと、いきなりハヤトが操縦しちゃって!複数のグフを殲滅。ミライさんの手を取り労うセイラさん。無事補給を受けるホワイトベース。美しきロボットヒーローもの展開、みたいなのがテレビではあるんですが、
映画ではこれ、全カットです。
そもそもここでのパワーアップパーツ自体出てきません。
嘘ーーー。そうだっけ。
(ブライトさんも、心労で倒れるとかしません。)
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そうなってくると、映画はガンダムの性能強化より、"ニュータイプ"の方が重視されます。
のちにセイラさんにも宇宙で戦ってもらうことにはなるし、スレッガーさんの登場もあるので、Gアーマーの代わりにという感じでコア・ブースターというものが登場したりしますが(逆にこのコアブースターって、テレビ版には出てこなくて、それはそれで違和感あったりしてます…)、新メカの設定よりはニュータイプの方を深堀っていくことになります。
で、ここもテムさんには申し訳ないんですけど、
新しいメカが開発されないので、アムロの父(=ガンダムを作った男)がいなくなったことを、さらに問題視しなくてもいい、ということにもなってしまいます。
もちろん、テム・レイは映画版でも再登場し、アムロとはテレビ版とほぼ同じように再会するのですが、セリフとかだいたい同じなのに、なんとなく映画版の方がテレビ版より悲しくて。これは、そういった映画の作りが、アムロがニュータイプ(かもしれない人、またはそうなっていくであろう人)であることが前提となっていることが、要因にもなってる気がします。
でも、そんなアムロも、何もない中で覚醒していったわけではありません。様々な敵。シャアやランバ・ラル。黒い三連星もかな。クワランとか、ドアンもか。様々な壁。仲間たち。上層部。そういったものに揉まれながら、成長していった。そして、その彼を支えたのは明らかに、モビルスーツガンダム。父の作ったモビルスーツでした。テム氏は別に息子のために作ったわけではなかったけれど。これほどまでに彼の能力を的確に目覚めさせ、彼のコントロールにいつもぴたっとマッチし、あの赤い彗星に勝るとも劣らないパフォーマンスを最初期の段階から発揮できたわけです。一番うまく使えるんだ!あの、誰にも言えない孤独の叫びも、そんな確信を秘めてもいたことでしょう。
もしも、終わらないニュータイプ論とテム・レイが、交錯する未来があったら。そこにはどんな物語があるだろうか。
そんなことを想像したりもしている、私だったりはします。
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