PostPrimeの株価急落に見る上場基準厳格化論
今回は日本の株式市場について。ただし、株価が高いとか安いとか、そういう相場観の話ではありません。市場そのもの、つまり「株式市場はどうあるべきか」という内容です。
この話題を取り上げようと思ったきっかけは、PostPrimeの株価が急落した件です。この件について、経済評論家のエミン・ユルマズ氏が「そもそも証券取引所の上場基準はどうなっているんだ」といった趣旨の発信をされていて、そこから改めて考える価値があると思った次第です。ということでこの記事では、日本の株式市場、そして取引所の上場基準について、流れを整理しながら解説します。
はじめに
はじめに言っておきますが、エミン氏も高橋ダン氏も、私と同年代で、もともと金融業界で働いていたという意味では、個人的にはとても応援したい気持ちがあります。ご活躍もいつも拝見しています。今回も、お二人を批判したいということではありません。
そのうえで、今回の一連の出来事が「市場の仕組み」に目を向けるきっかけとして、多くの人にとって分かりやすい題材になっていると思いましたので、取り上げさせていただきます。
PostPrimeの株価急落と創業者の売却
発端は、PostPrimeの株価の急落です。皆様ご存じの投資系インフルエンサー、高橋ダン氏が作ったPostPrimeという会社は、2024年6月に上場しました。PostPrimeの株価は、2024年6月21日に初値が450円となり、その後7月には1,200円を超えるまで上昇しました。ただ、その後は株価が低迷し、あまり話題にも上らなくなっていました。ところが再び注目されるようになったのが、今年の秋以降です。

大口の投資家が提出しなければならない大量保有報告書によって、高橋ダン氏がPostPrimeの株を売っていることが明らかになりました。上場時点では66%あった保有比率が、12月には50%を下回る水準まで低下していることが分かり、ネットで話題になったわけです。

「投資は自己責任」か、「取引所が品質を担保すべき」か
これについて、エミン氏が「日本の証券取引所の基準がおかしい」、「もっと上場基準を厳格にするべきだ」といった主張をXで展開したところ、「いやいや投資は自己責任だろう」と反論が出ました。粉飾決算をしているわけでもないし、不正があったわけでもない。損をしたことを取引所のせいにするべきではない、という論理です。
それに対してエミン氏は、「高島屋で買った時計が偽物だったら、それはお客さんの責任じゃないだろう」と例えていました。高島屋が店に並べる商品のクオリティに責任を負っているのと同じように、取引所も上場企業のクオリティを保つために、もっと責任を負うべきではないか、という話です。
エミン氏の主張の軸は、上場企業のオーナーにとって優しすぎるのではないか、という点にあります。日本では所得税が累進課税なので、オーナー社長が役員報酬で受け取ると、場合によっては半分くらい税金で取られてしまう。そこで役員報酬を増やさず内部留保を厚くして企業価値を高め、上場して株を売却すれば、株の譲渡益課税は2割のため、大きな節税になる。

つまり、上場が「資金調達をして企業を発展させる」ためではなく、「税金を抑えてうまく懐にお金を入れる」インセンティブとして働いてしまっているのではないか、という問題意識です。そして、オーナーが自分の懐にお金を入れることしか考えていないような構図が広がるなら、それは株式市場の健全な発展にとって良くない。だから上場基準を厳格化すべきではないか、というのがエミン氏の論点だと思います。
私の考え
ここで私の見解を述べると、まず「投資は自己責任だよね」という指摘は、その通りだと思います。粉飾決算や違法行為があったわけではない中で、PostPrimeに投資した人たちが責任転嫁できるものではありません。
しかし一方で、市場の健全な発展を考えるなら、取引所がこうした問題に対処するために、上場基準の厳格化を進めるべきだ、という主張も、確かにそうだと思っています。
個別の損得の話と、市場設計として何が望ましいかの話は、同じではありません。取引所は、市場の健全な発展のために取り組むべき立場にあります。投資が自己責任であることと、取引所が市場の設計責任を負うことは、両立します。
実際に取引所は上場基準の厳格化に動いている
日本取引所グループとしても、このあたりの課題認識はもともとあって、今年に入って上場企業が減少してきています。新規上場、いわゆるIPOの件数が今年は43件にとどまり、2013年以来の少なさだった、ということはすでに報道されていると思います。SBI新生銀行など大型案件もあって、IPOで調達される金額自体は7年ぶりの高水準だった一方、件数は非常に少なかった。これは、取引所が上場基準を厳格化する方針を示したことが要因だと見られています。
実際、今年4月に東京証券取引所は、上場基準を厳格化する方向で動いていると発表しました。これまでの基準では、上場から10年経過した時点での時価総額が40億円以上とされていたものを、5年後に100億円へ変更する案などが示されました。発表時点でグロース市場に上場している615社のうち、7割に当たる446社がこの基準を満たしていないとされ、かなり大きく市場が変わるのではないか、という話になりました。

こうなってくると、「今から上場しても、5年後に時価総額100億円は難しそうなら、上場するのをやめておいた方がいいのではないか」と考える企業が増えたとしても不思議ではありません。その結果として、今年IPO件数が急激に減ったと見られているわけです。
上場廃止も増えている
そして新たに上場する企業だけではなく、上場廃止になる企業が増えていることも確認されています。今年は上場企業数が大きく減りました。上場廃止になる企業の傾向も近年変わってきているところがあり、株式投資をやっている人は知っておいた方がいいと思います。
上場廃止の理由は経営破綻ではなく、M&Aや親会社による完全子会社化が中心となっており、成長戦略としての再編の動きが目立つようになっています。
上場基準の厳格化
もちろん、取引所が進めている厳格化は、エミン氏が主張する「オーナーに優しすぎる」といった論点そのものというよりは、不正会計の防止などを目的とした面が大きいと見られます。そのあたりはエミン氏も当然理解したうえで発信されていると思います。
株式市場の役割
もちろん投資は自己責任です。ただ、そもそも株式市場の役割として、社会に役立つサービスなどを提供する企業が広く投資家から資金を集め、それによって事業を拡大していく。企業オーナーだけではなく、顧客も株主も従業員も、社会全体が利益を得られるような仕組みにしていかなければいけない。
金融は人間の体に例えると血液だと言われます。金融サービスによって体全体がいいパフォーマンスを発揮できるようにしなければいけません。企業オーナーだけが儲けやすい仕組みになってしまっているのであれば、それは本来の金融の目的から外れてしまう。制度設計を見直すべきだ、という主張は、その通りだと思います。
ご参考
ロンドン上場が避けられる理由
企業が上場に際して重視するのは、資金調達のしやすさや市場の知名度、上場することで得られる信用度の向上などですが、こうした点においてロンドンへの評価が下がっていると見られています。
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