東京再開発の現実と株主の要求
以前、東京の再開発が次々と行われているものの、2000年代前半の六本木ヒルズあたりから全然目新しさがなくなっているということや、日比谷公園の周辺で進む再開発について説明しました。明治時代に作られた素晴らしい公園の一部をわざわざ作り替えようとしているけれど、むしろ古いまま残した方が良いのではないか、という内容です。
また、こうした再開発のプロジェクトが短期的な思考になりがちなのは、投資家が早くリターンを求めることと関係しているという経済的な背景についても解説しました。
中野サンプラザ再開発の白紙化
最近では、こうした再開発プロジェクトが延期や中止になる例が増えてきています。
2025年6月に、中野のシンボル的存在だった中野サンプラザの再開発計画が白紙になったと発表されました。野村不動産が跡地に262メートルの高さの高層ビルを建てる計画を進めていたのですが、工事費が当初想定の2倍程度となり、3,500億円もの事業費がかかる見込みとなったため、計画を断念すると発表したのです。
中野サンプラザを含むこの一帯は、区民にとって特別な場所であり、100年先においても中野区の顔として愛され親しまれるようにすべき場所です。だからこそ、今一度立ち止まり、未来の中野にふさわしい姿を、区民の皆様との対話によりともに描き直す必要があると考えています。
津田沼駅周辺の再開発中止
このほか、千葉県船橋市の津田沼駅周辺の再開発計画も中止となりました。こちらも野村不動産によるプロジェクトで、モリシアという複合施設の跡地に52階建てのタワーマンションを建設する予定でした。最上階は3億円で売り出されるとされ、津田沼で3億円という価格が話題になったものです。ところがこれも事業費の高騰などを理由に中止となってしまいました。
施行予定者である野村不動産株式会社から、「津田沼駅南口地区第一種市街地再開発事業の延期(一時中断)について」の文書を収受しました。
建設費高騰の要因
では、なぜこんなにも費用が高くなっているのでしょうか。
要因はいくつかあります。まず建設資材の価格が上昇していること。そして人件費の上昇です。さらに、全国で開発計画が相次いでいるため、ゼネコンが強気の価格設定をしやすい環境になっているという指摘もあります。また、ゼネコンに対して株主である海外ファンドが高いリターンを求めていることも影響していると言われています。
株主とゼネコンの事情
不動産投資家のリターン追求が短期化することで、最終的に完成したものが安っぽいものになりやすいという説明をしました。
街の質と投資の短期化
私が本当に伝えたかったのは、「投資家が短期的な利回りを求めるようになると、物件の寿命や設計の前提もどんどん短期化し、その結果、街全体が“ちゃっちい”ものになっていく」という構造的な問題についてです。
今回はそれに加えて、建設会社の株主がゼネコンに高い利益を求めていることで、不動産デベロッパーとの目線が合わなくなり、プロジェクトが進められないという事態も生じています。清水建設など大手ゼネコンは、近年は仕事を受けまくっていたものの、事業費増大の影響で2024年3月期には赤字に転落するなどの経験もありました。そのため、株主が厳しい要求をするのも仕方ない部分はあるでしょう。こうした複合的な要因が重なり、開発を進められない状況に陥っているのです。
東京の再開発の行方
私はこれまで、東京の再開発がイマイチだという話をしてきましたが、だからといって今の計画が次々と白紙化していく状況は好ましいとは思っていません。費用が合わなくなったために計画を練り直すことになるでしょうが、結局もっと安上がりで安っぽい計画になる可能性が高いからです。
海外も同じ
これは東京に限らず、海外でも同じ傾向が見られます。たとえばロンドンのシティでは再開発が進み、高層ビルが次々と建てられています。中心部には18世紀や19世紀の街並みが残っていますが、その外縁部にはどこにでもあるような高層ビルが並び、結局は東京の再開発と似た光景になっています。建設費が高すぎれば投資家のリターンが減って資金が集まらなくなるため、現代社会では100年先を見据えた街づくりは最初から考えに入っていません。コストを抑えた再開発が主流になっているのが現実です。
古いものを残す
こうした現状だからこそ、古いものを大切にすることの重要性が増していると私は思います。新しい開発はどうしても短期的視点で安っぽいものになりがちです。だからこそ、歴史ある建物や街並みを残していくことに価値があるのではないでしょうか。
思い出
再開発されて街がきれいになって良かったと思う一方で、昔のごちゃごちゃした姿が懐かしいと感じることもあります。例えば東京の八重洲です。丸の内とは対照的に雑居ビルや小汚い飲食店が立ち並び、狭い路地が多くありました。私が証券会社で働いていた頃には、この辺りの鰻屋や居酒屋、焼き鳥屋などに通ったものです。今ではミッドタウン八重洲などが建ち、当時の風景はだいぶ失われました。八重洲ブックセンターもなくなり、当時を知る人にとっては寂しいでしょう。
また、かつて金融の中心だった地域でも大きな変化がありました。長銀の本社があったビル、第一勧業銀行の本社ビル、みずほ信託銀行や日本興業銀行の本社ビル、さらには朝日生命のビルも次々に建て替えられ、往年の面影はほとんど残っていません。
ニュー新橋ビル
そうした中で、なくなりそうでなくならないのが新橋駅前のニュー新橋ビルです。1971年に建てられた古い商業施設で、今もディープな店が並び、昭和の雰囲気を漂わせています。耐震問題などから再開発計画が持ち上がったこともありましたが、結局は進んでいません。

私はここの昭和レトロな喫茶店が好きでした。もう長らく訪れていませんが、もし残っているならまた行ってみたいものです。古くて汚いけれど、再開発されると寂しい気持ちになる、そのような場所です。
おわりに
皆様の中にも「ここは再開発してほしくない」という思い出の場所があるのではないでしょうか。東京はここ数年で大きく変わってきましたが、残すべきものは残す。そのバランスをどうとるかが問われているように思います。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
ご参考
予算が高すぎるとして計画は凍結されました。その後、2008年にベルルスコーニ政権が返り咲き、2009年に再着工を目指しましたが、欧州債務危機の影響で資金確保が困難となり、結局中止に至ったのです。
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