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近代的父親像「モダン・パパ」とはなんぞや?

「モダン・パパ」ってなんぞや?僕なりの定義、話します

「モダン・パパ」というアカウント名で発信を始めたからには、一度ちゃんと語っておかないといけない。

「モダン・パパって、結局なに?」

イクメン? 意識高い系? 家事が得意なパパ?

違います。少なくとも、僕の思う「モダン・パパ」は、そういう話じゃない。


まず「イクメン」という言葉が好きじゃない

結構前から「イクメン」という言葉が広まりましたよね。育児をする男性を指す言葉として。

でも正直、この言葉にずっと違和感があります。

だって考えてみてください。「イクウーマン」って言葉、ありますか?

ないですよね。育児をするお母さんは「イクウーマン」なんて呼ばれない。当たり前だから。

なのに、父親が育児に関わると「イクメン」と特別扱いされる。これって裏を返せば、「育児は基本母親の役割」「父親は育児をしなくて当然」という前提が社会にあるってことだと思うんです。

僕はその前提から、まず変えたい。


「モダン・パパ」の定義、4つ

じゃあ、僕が考える「モダン・パパ」とはなにか。自分なりに言語化してみます。

1. 家事・育児を「手伝う」のではなく、自分ごととして動く

「妻の手伝い」という感覚が、そもそもおかしい。家のことは、最初から夫婦ふたりの仕事です。妻がメインで、夫がサポート・・・そんな役割分担を、僕は捨てました。

洗濯、料理、保育園の送り迎え、学校の連絡帳、病院の付き添い。全部「自分ごと」です。妻に頼まれてやるんじゃなく、自分が当事者として動く。そこから始まると思っています。

2. 感情を隠さず、子どもに向き合う

昭和の父親像といえば「無口で厳格」。感情を出すのは弱さ、みたいな空気がありましたよね。

でも僕は、子どもの前で泣くこともあるし、「怖かった」「不安だった」と正直に話すこともあります。父親だって感情がある人間だと、子どもに伝えたい。そのほうが、子どもも自分の感情を素直に出せるようになると思うから。

3. 仕事も育児も、どちらも諦めない

「仕事か育児か」という二択を迫られる社会は、まだまだ変わりきっていません。でも、その二択を受け入れることが当たり前だとは思いたくない。

実際、僕は時短勤務を選んだことがあります。キャリアへの不安もありました。でも「仕事のために育児を削る」も、「育児のために仕事を諦める」も、どちらも選びたくなかった。両方やろうとすることで見えてくるものが、絶対あると思っています。

4. 「男は仕事」という呪いから、自由になる

これが一番深い話かもしれません。

僕の父は典型的な昭和のサラリーマンで、家庭のことには無関心でした。それが父の生き方だったし、時代もそれを求めていた。でも子どもだった僕は、父の愛情をあまり感じられなかったし、母の孤独も見ていました。

「男は外で稼いでくればいい」という価値観は、父親自身も、母親も、子どもも、全員を不幸にする可能性があると僕は思っています。その呪いを、自分の代で断ち切りたい。


完璧じゃなくていい。でも、向き合い続ける

誤解してほしくないのは、僕は「完璧な父親」を目指しているわけじゃないということです。

怒りすぎることもあるし、疲れて子どもに向き合えない日もある。全然かっこよくない。

ただ、向き合い続けることだけは、やめたくない。

「モダン・パパ」というのは、到達点じゃなくて、姿勢だと思っています。常にアップデートしながら、子どもと一緒に育っていく父親。それが、僕の目指すものです。


あなたの考える「いい父親像」は、どんなものですか?

ぜひコメントで教えてください。

モダン・パパ

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