感じすぎる”わたし”が「生きずらさ」を越えるまで
🍀「みんなができているのに、どうして
わたしだけうまくできないんだろう」
🍀「こんなことで疲れるなんて
おかしいのかな」
🍀「もっと普通にふるまえたら
こんなに悩まなくて済むのに…」
🍀「みんなと同じようにはできない」
──あなたも”少し違う”という
感覚ありませんか?
わたしも、ずっとそうでした。
自分が「ズレている」と思い
みんなと同じようにふるまうために
必死で“矯正”しようとしていました。
…でも、できなかった
”普通”って、なんなの?
“普通”って、誰が決めた?


🌹「少数派」は、ただ“違うだけ”で
“間違い”ではない
マイノリティ=少数派=劣っている
という無意識の刷り込み。
でもそれは
社会の“支配的な枠組み”や教育が
感受性よりも効率や足並みを
優先してきたからではないでしょうか?
マジョリティ(多数派)が
“正解”とは限らない。
むしろ、マイノリティ(少数派)だからこそ
見える景色がある。
「違う」ことは“外れ”じゃなくて
“もう一つの軸”なんです。

🌹社会が「多数派仕様」で
設計されているだけかもしれない
わたしたちHSPは
音や光、人の感情にすら敏感で
誰かの一言に深く傷ついたり
場所の空気に飲まれて
疲弊したりします。
それは、「感じすぎる性格」ではなく
“感じ取れてしまう能力”です。
でも社会は、そうした繊細さを
オーバースペックとして扱います。
”のけもの”にされ
”はみだしもの”の ように扱い
”扱いにくい”と ののしられ
「察しなくてもいい」人たちに
合わせて構築された社会の中で
わたしたちは“過敏”と
ラベリングされ
孤立感を深めてしまう。
でも、もしかしたら
“少数派”にされているだけ
なのかもしれません。

🌹「自分だけがズレている」と
思っていた頃のわたし
わたしは、にぎやかな場所
たくさん人がいる所が
苦手です。
集団の中にいると
だんだん呼吸が浅くなって
みんなが楽しそうにしていても
心だけ遠く感じる。
人の機嫌に敏感すぎて
何も言われてないのに
「怒ってるかな」
「傷つけたかな」と考えてしまう。
だけど
「これはわたしの欠陥じゃなかった」と
思えたんです。
敏感であることは
恥ずかしいことでも
直すべきことでもなかった。
それは、“言語化されていない感覚”を
見つけ出す力だったのです。


🌹マイノリティは、「静かな可能性」そのもの
「わたしはマイノリティ」
そう名乗れる人は
自分を見つめる力がある人。
“違い”に向き合い
“痛み”に気づくことができる人です。
あなたの繊細さは
まだ誰も言葉にできていない感情に
名前を与えることができる。
その感性は、世界をやわらかく
あたたかく変えていく力になります。
「感じすぎる”わたし”」は
能力でもあり、才能です。
マイノリティでいいんです。
だから、どうかそのままの
あなたでいてください━━━
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