『なんのこっちゃい! Vol,3』🔳🔳🔳🔳🔳 🔳🔳🔳🔳EDO AKEMI & JAGATARA

松原研二写真展 JAGATARA1980-1990
松原研二×高橋慎一(映画監督・写真家)Vol.2 4/18(Sat)トークイベント
出演
○松原研二/写真家
○高橋慎一/映画監督・写真家・ライター
構成・文◎カスヤトシアキ
『続・高橋慎一という謎の天然人物』
真昼間(まっぴるま)から飲むビールは格別に美味い。
顔が赤くなっていくのを感じながら、豊島屋の日だまりの中で高橋くんと瓶ビールを注ぎあっていた。酔いに任せて次第に声が大きくなっていくのがわかる。気がつくと僕らのくだらない会話を聞いて、茶店の店員たちが笑顔になっている。
いけない、いけない、ここは少し自重しておこう。新宿ロフトにカズを迎えに行く段取りの打ち合わせしてから、日暮れどきにお開きとした。
「ところで今日の次の予定は大丈夫なの?」
時間がないと言う高橋くんに問うた。
「なくなったんですよ、予定が。だから此処に来たんです」
“そうなんだ…”と、心に中で呟き、「だったら!それを先に」って口に出そうとした時には、高橋くんはすでに背を向けて去って行くところだった。
「それじゃあ、当日はお願いします」
そう言いながら公園から遠ざかっていく高橋くんを見送るのと陽が沈むのが、ほとんど同時だったような気がする…。

しかしながら、結局は後日になって、新宿ロフトでの『映画「THE FOOLS」の試写会』におけるカズの送迎は、しなくてもよいことになった。
カズが断ってきたのである。
後年、僕はカズに嫌われていたのだ。それに関するこちらからの説明やら、言い分やら、切ない気持ちやらもあるのだが、長くなるのでここで記するのはやめておく。
そんな事もあり、僕は気楽に手ぶらで新宿ロフトに行くことにした。
「お待ちしております!」
くらいのおもてなしの心で高橋くんとサミー前田が招いてくれたのだから、少しばかり早目に行って軽く談笑でもしようかと思ったのだ。
かつては毎日(毎晩)のように遊び歩いていたゴジラビル(東宝ビル)前の広場を横切り、ロフト前の道に出ると、知っている顔つきの輩がそこかしこでタムロっていた。彼らはみんな『映画「THE FOOLS」の試写会』を見に来たのだろう。知り合いたちに軽く会釈をしながら階段を降りて受付に行く。

ロフト受付のバイトらしき店のスタッフに、
「招待リストに入っているはずだけど」
と、自分の名を告げた。
ところがどこにも(名前が)見当たらない、と言う。いやいや、そんなはずはないでしょう。ということで、(店内に居る)「高橋さんか、サミー前田さんに連絡してくださいな」と告げた。
10分くらい待っただろうか、バタバタと2人が仲良く走って来て、「スミマセ〜ン、バタバタしててぇー」と笑顔であやまりながら、「招待で大丈夫です」と受付に言っている。
「ざけんなよ!さんざん頼みごとだけして、リストに名前を入れ忘れただどぉ〜!」
僕は高橋くんの顔面に、いきなりひざ蹴りを入れた。返す身体の動きでサミーにチョウパンをおみまいする!飛び散る鮮血のなか、ひれ伏す2人…。
という妄想を描きながら、作り笑顔の2人に導かれ静かにロフトの店内に入る。
「すみません、ついさっきまで(カスヤさんのことを)覚えていたんですけど」と、説明をする高橋くんの言葉に対して、
「あぁ…、そうなんだ」
と、小さく頷くのだった…。

『「タンゴ」と「裸の王様」』
高橋/僕は『君と踊り明かそう日の出を見るまで』の中に収録されている『タンゴ』という曲が本当に素晴らしくて、何度も何度も聴いて、人生における一曲になっているんですけど。それと同じように『じゃがたら』のライブでよく思い出すのが、1986年に新宿ロフトで見たコンサートなんです。そのコンサートが自分の人生の中で一番好きで、本当に良かった。
松原/それは※バルサン(消火器)事件以来、長い間『じゃがたら』が出禁になっていた新宿ロフトでのライブだな。
(※バルサン「消火器」事件/何者かが新宿ロフトでバルサンを炊いたので、それを消そうとした山本正志大監督が消火器を撒いて、消防車まで呼んでしまったという事件。以来7年間『じゃがたら』は新宿ロフト=出禁になっていた)
高橋/はい。その時のライブが一番好きで、アンコール曲が当時の新曲で、『裸の王様』だったと思うんです。
松原/そう。『裸の王様』はアケミが復帰してから、EBBYとOTOが用意した曲。
高橋/その時に僕は本当に感動して、新宿ロフトのステージから客席に向かってダイビングしたんですよ。高校生だったので学生服を着ていたんですけど、あまりに感動してステージに上がってEBBYさんに抱き着いた後にダイビングして。だからあの時に聞いた『裸の王様』が一番感動しました。音楽ってこんなに素晴らしいんだと思ったんです。
JAGATARA - LIVE JACK (1986) 1/3
松原/『タンゴ』とは、また全然違うからね。
高橋/本当に、何て表現すればいいんでしょう。人間が生きているそのもののエネルギーが爆発するような、本当に素晴らしい演奏で、ちっちゃい頃の新宿ロフトですからね。 床が白と黒の格子柄の、あそこでぎゅうぎゅう詰めになって『じゃがたら』を見て、それでアンコールの最後の曲が『裸の王様』だったんですね。
松原/あの時はまだアケミも本調子じゃなかったけどね。復帰して、やっとロフトに出られるようになったぐらいの頃で・・・。僕はとにかく一番好きな曲は『タンゴ』で、最初にやっていた頃と、11人編成になってからやっていた頃と曲の長さも内容も全然違う。後期はとにかくイントロが長くて、“いつ始まるんだろう”っていうぐらいじらされて、そこでアケミが入ってきた時のあの感覚が、もう、たまんないですね。
JAGATARA - LIVE JACK (1986) 2/3
高橋/そうですね、あの期待値っていうか・・・。
松原/そうそう。だから、結構『じゃがたら』は、初期にやっていた曲をずっと最後の頃までやっていて、『タンゴ』にしても『もうがまんできない』にしても、全部初期の頃の曲なんだから。(歌詞も)大したこと言っているわけじゃない。🎵人類みな兄弟🎵なんて、右翼の笹川(良一)のパクリかよって(笑)。(もちろんパクリではありません。おちょくったのです)
高橋/全国行脚。笹川さんのCMですよね。
1980年代CM 日本防火協会 一日一善 「すいすい水曜日」篇 笹川良一 高見山
松原/🎵人類みな兄弟。兄弟なんで、やらせろやらせろ🎵🎵せろせろせろせろせろせろ🎵って繰り返して、ずーっと永遠に繰り返してると、なんか別の全然違うところへ連れて行かれちゃうんだよな。
高橋/そうですね。
松原/すごいよ、あれ。考えてできるもんじゃないよ、あんな曲は。
高橋/湧き出てくるんですね、きっと、エナジーが。
JAGATARA - LIVE JACK (1986) 3/3
『地方出身者=田舎者のエナジー』
松原/独特のエナジーがね。『じゃがたら』ってさ、みんな地方出身者で・・・。
高橋/あっ、そうですね。
松原/アケミは四万十川から来ているし、ナベちゃんは岐阜の山の中だし、OTOは富山の日本海側の出身。だからって決めつけちゃうわけじゃないけれど、やっぱ、土着性っていうけど、そういうのが東京のバンドや他の(都会の)バンドとは違う。なんか、あの、田舎もんって言うとあれだけど、田舎もんのすごいパワーがある気がするんだよな。
高橋/OTOさんに言われたことがあるんです。「高橋くんは高校生の時から俺たちのライブに通ってくれているんだ」って。だけどその後に、「いいなぁ〜」って付け加えて言われたんです。「俺も高校生の頃、『じゃがたら』を聴きたかったよ」って。田舎にいたから音楽そのものが素朴だったし、大学に入ってからじゃないといろんな音楽に出会えなかった。だから、羨ましいって言われたんですよ。
松原/情報がさ、地方にはなかなか行かない時代だった。今と違ってネットもないしね。
高橋/東京でも、当時はインディーズ・バンドのライブ情報なんて、レコード屋に行って、ディスクユニオンとか、CSV渋谷とか、そういうインディーズを扱っているレコード屋に行って、チラシをもらうしかないじゃないですか。地方にいたらそんなチラシも手に入らないですしね。そう考えると確かにそうですね、地方の人の情念っていうのは計り知れない。
松原/そうだね・・・、うん。
『「フールズ」の映像を撮ろうと思ったきっかけ』
高橋/例えば、東京出身の『フリッパーズ・ギター』と『じゃがたら』では、はなっから背景にあるものが違うじゃないですか(笑)。 あと今、また思い出したんですけど、僕、『フールズ』の映画を作ろうと思ったきっかけが、『じゃがたら』の「タンゴ」だったんです。もう随分と前になりますが、『フールズ』の『ドライブ2010』っていう新宿LOFTでのイベントがあって、その時に僕は、スチール・カメラマンとして写真を撮っていたんですね、『フールズ』の。で、ライブ自体もすごく良いライブで、ライブが終わって、『フールズ』のメンバーが楽屋に戻ってきて、ステージも終わったその時に、DJだったサミー前田が『タンゴ』のレコードをかけたんです。『フールズ』のメンバーが楽屋に引っ込むクロージングのタイミングで会場に『タンゴ』がかかった。そうしたら、お客さんたちが『タンゴ』の大合唱を始めたんですよ。新宿LOFTにいた『フールズ』のファンが、みんなで『タンゴ』を大合唱して。その時に、“あっ!このシーンは写真には写んないな”と思ったんですよ。だから、映像じゃなきゃダメだと思って。それで『フールズ』を映像で撮ろうと思ったら、その3日後ぐらいに伊藤耕さんが逮捕されちゃって。 まぁ、それはそれとして、話を元に戻すと、『タンゴ』っていう曲は、僕らの人生の主題歌っていうか、こういうシーンの音楽を聴いてた人たちの、ちょっと特別な、各々の人生を見返る曲みたいなニュアンスがあるのではと。
映画『THE FOOLS 愚か者たちの歌』予告編
松原/うん、まあ、人によっていろんな感じ方があると思うんですけど、僕はなんかやっぱりその「みっつ数える前に天国へ」っていうのが、なんか死の世界との境目にあるような曲だなっていうか、理屈っぽいけど、なんかそんな風に感じて、あと、サビの部分は何度聴いても“うるっ!”っとくる。最初に聴いた時に、ナベちゃんはレゲエだって言ってたんだけれど、“レゲエじゃないよな”って思って、パンクでもないし、何つっていいかわかんない。これまでに聴いたことないような曲だったので、それで、もう、“あれ!? こいつらひょっとしてすげえんじゃないの?”って。才能あるんじゃないの?アケミがひとりでこれを作ったとしたら“天才じゃねえか”って思っちゃって。それからはもう、ライブある度にべったり行ってましたね。
高橋/OTOさん家に行ったときもそんな話になりました。OTOさんが言うには、『じゃがたら』の音楽性について自分のことを重要だってみんなが言ってくれるのは嬉しいけれど、俺が入る前から『タンゴ』はあって、俺はそれを聴いてとても優れたバンドだって思ったし、だからこそ入ったんだって。確かに今聴いても、あの曲は本当に何て言うんでしょう、説得力があるというか、最初のバージョンの曲の存在感も、すごいものがあるなと思うんです。 ナベちゃんのベースもすごいじゃないですか。なぜかわかんないけど、特別なんですって。
JAGATARA『ニセ予言者ども』『それから』アナログ再発記念 OTOが語る“音”へのこだわり
Jagatara - ゴーグル、それをしろ
松原/うん。OTOが入ってからいろんなバージョンが生まれるから、どんどん(楽曲が)変わっていった。そういう意味ではオトの功績は凄いんだよ。『もうがまんできない』とかは、アケミがギター1本でフォークソングを演るみたいな歌だったのが、後期はイントロからオトがアレンジしちゃっている。もちろん、ナベちゃん、テイユウ、EBBY、他のみんなも凄い、だからこの5人が集まったっていうのは奇跡だと思う。曲そのものはアケミが作るんだけれど、5人のメンバーで完成させた曲っていうのはほんとうに素晴らしい。だからさ、最後はもう大人数でやる『じゃがたら』を一度でいいから聴きたい。
高橋/そうですね。
松原/死ぬまでにもう一回聴きたいし、見たい。
高橋/なんだったんでしょうね、あの『じゃがたら』のライブは。感動という言葉では形容できないほどの素晴らしさがあって、音楽性というのが何にもわかんないながらも、素晴らしい音楽だってことだけは感じている自分がいるというか・・・。
『高橋慎一がパンクをやめた理由(わけ)』
松原/そもそも高橋くんは、パンクが好きだったんですよね。
高橋/そうです。ガシャ!って、こう、髪の毛を立てて、リストバンドとかしてたんですけど、それをやめたんですよね、そういうファッションを。『じゃがたら』見てからパンクスをやめた。「ファッションじゃないんだ!」ってわかったんです。それは『フールズ』にも共通する意識で、アケミさんが『じゃがたら』のライブの時にいつもいつも「『フールズ』を見ろ!』って説教してた影響もあるんですけれど。
松原/説教をしてた?
高橋/するんですよ。するって言っちゃあ、松原さんに怒られるかもしれないですけど、「『フールズ』も見ねーで、くだらねえインディーズバンドとかで調子に乗ってんじゃねえぞ!」みたいな。そんなこと言われたら、僕もアケミ信者ですから、試しに『フールズ』ってのを見に行ったら、伊藤耕(いとうこう)さんはなんか、甚兵衛をハサミで切ったような格好でステージに立っていて、おまけにビーチサンダルなんですよ。そのうち裸に布切れかなんかを巻いて歌ってるし・・・。
松原/その格好でライブしていたんですか。
THE FOOLS「バラッド」
高橋/そうです。だから、ファッションじゃないんだって思ったんですよ。パンクってファッションじゃないんだって。その時の僕は、セックス・ピストルズのTシャツを着て、髪の毛を立てて、上野のJPドールで買ったリストバンドをしてました。そうしたら、アケミも伊藤耕もドテラみたいなの着てるんです。なんか、パンクって、ファッションじゃないじゃん!って。それで僕はもう、パンク・ファッションをやめたんです。パンクっていうのはファッションじゃなくて精神性なんだって、高校生のころに理解して。外見じゃないんだ、外見じゃなくてもっと本質的なことなんだっていう。
【Vivienne Westwoodの歴史】4分でわかる パンクファッションの火付け役 ヴィヴィアンウエストウッドの歴史
松原/ああ、(高橋くんが)初めてアケミを見たときに、アケミが「パンクは格好じゃねえんだ」とかって言ってたって話だね。
高橋/そう。僕が尊敬する山本政志監督も、いっつも変なファッションしてるじゃないですか。(会場爆笑!)これはアケミさんの葬儀の時の話なんですけれど、僕は喪服とか持ってないから、自由服で、トレーナーにジーパンで行ったんです。失礼だけど、それはもう、しょうがないじゃないですか。お金もないし、まさにそういう格好で行ったんですけれど、会場に着いたら『じゃがたら』のメンバーや『フールズ』のメンバーが喪服を着てるんですよ。驚いたことに川田良さんさえも喪服を着ていました。そこに、葬儀場の奥から山本政志監督が現れるんですけれど、ペイズリー柄のシャツに黄色のズボンを履いてるんですよ。それなのにですよ、山本さんの目がちょっと潤んでて、その時にも僕は思ったんです。ファッションじゃないよって。心とか、思いとか、ってファッションじゃないんだって。そのときの山本政志監督、本当に切ない目でアケミさんの遺影を見ているんです。僕が尊敬する3人(江戸アケミ・伊藤耕・山本政志)がファッションではない、パンクは心の中にある。っていうのを教えてくれたんです。
松原/・・・・・・。
ジョン・ライドン(ジョニー・ロットン)の人生を12分で解説【セックス・ピストルズのパンクの申し子】
『江戸アケミにとってのインディーズ』
高橋/インディーズ・ブームにもアケミさんはいつも怒っていて、インディーズ・ブームに対しての怒りをコンサート中に客に説教するんです。
松原/インディーズ・ブームに説教する、・・・の?
高橋/はい、そうなんです。インディーズ・ブームに説教。でも例外があって、 チャラついたインディーズ・ブームに対して、いつも怒鳴っているアケミさんがですよ、唯一評価していたインディーズ・バンドが『ブルーハーツ』だったんです。まだ『ブルーハーツ』が売れてない頃だったんですけど、大宮のフリークスでやった『じゃがたら』のステージ・アクトが『ブルーハーツ』で、30分くらいのステージだったんですけれど、すごく良かった。僕も 猛烈に感動して、なんて素晴らしいバンドなんだと思って。ステージが終わったらアケミさんが出てきて言うんですよ「いいかお前ら、『じゃがたら』なんてくだらねえバンドの音楽は今日はやんなくてもいいぐらいだ」って。それで「もう一度出て来い」って、自分たちの前座扱いの『ブルーハーツ』を呼ぶんです。そしたらヒロトさんやマーシーさんが出てきて、他のメンバーも出てきてもう一曲だけやりました。その時にやったブルーハーツの曲が『街』っていう曲。僕は、なんていい曲なんだと思いました。だからアケミさんは『ブルーハーツ』が大好きで、それもアケミさんらしいなと思って。だって『ブルーハーツ』も嘘をつかないじゃないですか。正直者が服着て出てるみたいな人たちですよね。
ザ・ブルーハーツ - 街【Lyrics 歌詞 Romaji ローマ字】 THE BLUE HEARTS - machi
松原/そうか。その頃はインディーズの中で『ブルーハーツ』の人気が出てきた頃?僕が覚えているのはヒロトは下北沢の『珉亭』でバイトしてたでしょ。東通りをアケミと歩いていたら、「アケミさん!」ってヒロトが寄って来たことがある。きっと慕ってたんだね。
(※『珉亭』/下北沢のかなり年季の入った老舗中華料理店)
高橋/ヒロトさんとアケミさん、2人とも嘘がない。例えば何て言うんですかね、こうすれば自分にとって得があるとか、人間って立ち回るじゃないですか。それがない似た者同士のような気がします。
松原/わかるけどね。
高橋/その半年後ぐらいには、もう『ブルーハーツ』はあっという間に大人気になって、メジャーデビューしちゃうんですが、『じゃがたら』のステージで『裸の王様』を演奏した時にアケミさんが言うんです。「ブルーハーツにも同じ曲がある」って。「すごくいい歌だ」って言うんですよ。「ブルーハーツの裸の王様もよろしく」なんて言って、本当に何の偽りもない人っなんだなって。
The Blue Hearts - Hadaka no Ousama (The Naked Emperor)
松原/あれはいい歌だよな。王様は裸だって。やっぱ次に出てくるやつっていうのは、しっかり見極めができる輩じゃないと。そう言う意味じゃ、町蔵だってそうだよね。彼もすげえアケミのこと慕っていた。
高橋/そうですよね。
松原/で、彼が東京出て来た時に『家族百景』のレコーディングを一緒にやったりして。
日本株式会社
高橋/そう、だから僕は、『ブルーハーツ』も好きだし、町田町蔵さんも好きだったから、それらがみんなアケミさんにつながっていくという。
松原/まぁ、でも、そのときの町蔵はもう一発目の『INU』で・・・。
INU -おっさんとおばさん
高橋/評価されていたから。
松原/俺らは知っていたし、あのときの町蔵ってまだ二十歳ぐらいの頃だから。
高橋/そういえば今度発売になるミュージックマガジンの表紙に、『INU』の町蔵の顔写真と、アケミと猿の『南蛮渡来』のジャケットが載っているんです。

松原/何でしたっけ?特集って。ロックを変えた・・・。
高橋/歴史を変えたファーストアルバム・ベスト100とか。歴史を変えたって、そんな表紙になっているってことは凄いことじゃないですか。
松原/『南蛮渡来』ね。それはそうですよね。すごい時代になったという思いがある。
高橋/そうなんですね。だから今になって歴史的評価が出てきたっていうのが驚きですよね。
松原/ “まさかっ!?”って、アケミもびっくりしていると思うけれど、でもさ、アケミだったら「音楽に順番なんかつけんじゃねぇ!」って言ってると思うけどね。そんなようなことを前に言っていたじゃない、鮎川さんとの対談の時に。
高橋/そうですね。
松原/ビデオにもなっているけど、あのときもやっぱり音楽誌のベストなんとかに選ばれて、鮎川さんが「おめでとうございます」とかって言ってて。
高橋/いい会談でしたね。
鮎川誠追悼、鮎川誠と江戸アケミの対談
松原/「音楽に順番なんかつけるな」って、その通りなんだよね。ただ、やっぱり、なんつうかな、それだけ評価されているってことなんで。いいことなんですよ。でも、アケミは最後まで音楽に順番なんか要らないってずっと言っていた。 商業ロックの“売れればいい”っていうような考え方も毛嫌いしていた。
高橋/そこがなんでしょう、僕自身の境遇とも照らし合わせて、すごくハマってしまったところなんですね。すごく影響を受けたっていうか。今も僕はフォトグラファーやライターという職業を生業にして、家族を養ってるという立場で、まぁ、もう大人ですよ。いや、大人っていうか、もう初老ですよ。だから、今更、商業主義がダメだなんて言ってるような年でもないんですけれど。ただ、根底にはやっぱりその、自分がいいと思ったものを素直に好きだという感情だとか、それをなんか商業行為でねじ曲げてまで何かをやるとかっていう、そういう状況に直面した時に・・・。
松原/直面した時に?
高橋/一つのブレーキになるというか、アケミさんはそんな存在なんです。今までやってきたことっていうのを振り返るとき、自分も嘘をついてきてないなって確かめるような。
松原/それがアケミから受け取ったメッセージなんだろうね。それらを貫くってことが、『じゃがたら』と出会ってしまった俺たちの生き方なんだろうな。
このとき、客席には山本政志大監督の他に、溝口洋(みぞぐちよう/『じゃがたら』初期の大マネージャー)、そして、さりげなくEBBYが時間差で集まって来ていた。当然の如くここまで饒舌だった松原・高橋ご両人の思い出話も、そのようなシチュエーションを意識しながら進行していくことになる。そして、ついには溝口御大がマイクを持ち、EBBYが自然の流れで巻き込まれていくのだが、それはまた次回のお楽しみということで。今回はこれにて終了いたします。


(ということで/松原研二×高橋慎一Vol.2終了▶︎ Vol.3に続きます)
松原研二(まつばら けんじ) プロフィール
1956年静岡県生まれ。日本大学芸術学部卒業。卒業後にジャガタラと出会い、ライヴ写真を撮影。音楽雑誌に発表する。1981年、山本政志監督映画『闇のカーニバル』のスチール撮影担当。以降映画スチール、ミュージシャン、タレント等多数撮影。現在雑誌、広告等で活躍中。
高橋慎一(たかはし しんいち) プロフィール
フィルムメイカー /フォトグラファー/ライター
東京工芸大卒。雑誌・書籍・CDジャケット等でフォトグラファーとして活動中。音楽之友社では『ステレオ』誌の撮影を担当、徐々にオーディオへと開眼しつつある。2015年にドキュメンタリー映画『Cu-Bup』を初監督。製作、撮影と一人三役をこなし、日本・キューバ・アメリカ合衆国のスタッフ、ミュージシャンが入り乱れる本作を完成にこぎ着けた。クラウドファウンディング、交通事故の慰謝料、大量に所有していたお宝レコードのトレード、でかき集めた300万円で作り上げた本作は、渋谷アップリンクで半年に渡る異例のロングランヒットを記録した。 2023年、10年かけて制作したドキュメンタリー映画「THE FOOLS 愚か者たちの歌」が完成。全国各地で公開された。現在進行中のキューバの首都ハバナに“ジャズクラブを作るまで”を記録した映画『ハバナの奇跡』は、2027年の完成を予定している。
高橋慎一hp https://takahashishinichi.com
映画『Cu-Bop』hp http://cu-bop.tumblr.com/url
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ISBN: 978-4-909856-30-2
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『じゃがたら全記録 1980-1990 松原研二写真集』
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ISBN: 978-4-909856-31-9
2026年1月27日刊行予定
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